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166:討伐軍2
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「あの山の向こう! いっぱいいるよ!」
偵察から戻ってきたニースがルピナスに乗ったまま上空からそう報告してくれた。
飛行速度の速いニースとルピナスの組み合わせは偵察役としては理想的だったが、ニースが幼いという点だけが問題だった。今回はそれも特に問題にはならなかったようだ。
「ニース、あの一番高い山の向こうからだね?」報告を聞いていたリサさんがニースと確認を行っている。
「うん! そうだよ!」ルピナスに乗ったニースが可愛らしい手を挙げて元気に答えた。
「なるほど、よくやってくれたね、ありがとうニース」
リサさんに誉められて喜んだニースは、サラの側にいるフィーネに誉められた事を報告する為に飛んでいった。
「あの山の向こうという事は……ゴブリンどもの今までの移動速度から考えると、ここから見える所まで来るのは早くても昼過ぎだな。奴等どうやってあの壁を越えたのやら、まあとにかくここまで時間が掛かったという事は奴等も随分苦労したに違いないな」
まだ姿の見えない山の方角を眺めながらリサさんはそう呟いた。
「タリア、この件をミリア様に急ぎ報告を! ガザフの領軍も敵の動向を知りたくて偵察部隊の編成を考えている頃だろう」
報告に赴くタリアさんを見送った後に――
「ユーリ、ニースに勝手に偵察を頼んでしまって、申し訳ない」リサさんが僕に向き直り謝罪してきた。
「いえ、眠り込んでいた僕が悪いんですから気にしないでください。でもニースが役に立って良かったですよ、ニースも喜んでるみたいですし」
いきなり謝罪されて驚いた僕だったが、フィーネに嬉しそうに報告しているニースを見て心が和んだ。
「我々が休んでいる間に、拠点の拡張をしていただろう? それに休憩を取れる時にしっかり取るのも任務に於いては大切な事だ……特にダンジョンでしっかり休めるというのはある種の才能だよ」
リサさんはそう言うと、笑いながらサラ達のいる場所に移動した。そして、フィーネと楽しそうに遊んでいるニースを撫で始めた。
――残された僕は、やっぱり少し恥ずかしく思ったのだった。
◻ ◼ ◻
エルフィーデからもたらされた情報を受けて、ガザフの領軍は戦闘待機状態を一旦解き、各自休憩に入っている。
転移魔法陣を使用しての初行軍によって、予想以上に迅速に、そして少ない疲労でここまで領軍を展開する事が可能だと今回の行軍で実証された。
だが軍という巨大な組織を普通に動員するだけでもかなりの準備が必要とされるのだ。突然、今回のように緊急動員すればやはり問題はあった。
「各自、今のうちに配給品の確認をせよ! 不足があれば今のうちに申し出るように!」
各部隊長が休憩中である事を利用して最終確認を行っている。マジックポーチが全員に配布されているので、補給部隊のような物は本来必要ないのだが、今回は分配の時間が取れず、納品された品等をそのまま纏めて戦場に運んできたのだ。
「とにかく出発する事を最優先したツケがきましたな、短期決戦ならばともかく長引けば混乱は避けられそうもありませんわな」
混乱する部下達を見つめるダスティン・ガザフ辺境伯に一人の老騎士がそう話しかけてきた。
見かけの様子だけでもダスティンより年齢は明らかに上だろうと思われた。老騎士は真っ白になった髪と長く伸びた髭のせいでよけいに年老いて見えた。小柄な体躯ではあったが、背筋は曲がっておらず身体だけを見れば壮年の男性のようだった。
だが老人であるという点を除けば、健康な老人……健康すぎる老人にしか見えない彼だったが、一点だけ他の者と違うところと言えば、その背に背負った巨大な黒い両手剣の存在感だった。
「なにいざとなれば転移魔法陣で補給は可能だし、マジックポーチは全員に配布されている。我々が戦った十年前とは状況は違うのだ。それよりもニールセン、お前達は引退したのではなかったのか? 何故老骨に鞭打ってこんな戦場に出てきた?」
そう言いながら、ダスティンはある集団を眺めやった。そこには騎士団の鎧は着ているが、どこか古びた感じがする三十人ばかりの集団が、呑気そうに座り込んで話に興じている姿があった。
緊張と混乱の中にある騎士団の者達とは全く違うその異常な集団は皆、老騎士だった。
その中に騎士ではない三人の探索者の姿もあり、違和感なく溶け込んでしまっている。皆、楽しそうに昔話に花が咲いているようだった。
「皆、閣下の親征を待ち望んでいた者達のです。半分棺桶に足を突っ込んだような者達ばかりですが……まあ閣下の露払い役くらいにはなりましょうぞ」
ニールセンと呼ばれた老騎士は、白髭を弄りながら楽しそうだった。
今回の討伐軍は普段の遠征とは違い、動員可能な者は全員と言っても良いくらいの人員が集められた。
育成中の弓歩兵部隊の初投入が決まったのも、親征が原因といっても良かったのだ。
そしてその動員数を更に増やす要因となったのは、この元騎士の老騎士達により結成された義勇軍の存在だった。
呆れたようでいながらどこか嬉しそうに見えたダスティンだったが――
ダスティン辺境伯の顔が急に厳しい様子に変化した。
「どうやら見えたようだな……総員警戒体制に入れ!」
外郭の防壁上いるエルフィーデの調査隊からの合図を受けて、ダスティンは大声でそう指示を出したのだった。
偵察から戻ってきたニースがルピナスに乗ったまま上空からそう報告してくれた。
飛行速度の速いニースとルピナスの組み合わせは偵察役としては理想的だったが、ニースが幼いという点だけが問題だった。今回はそれも特に問題にはならなかったようだ。
「ニース、あの一番高い山の向こうからだね?」報告を聞いていたリサさんがニースと確認を行っている。
「うん! そうだよ!」ルピナスに乗ったニースが可愛らしい手を挙げて元気に答えた。
「なるほど、よくやってくれたね、ありがとうニース」
リサさんに誉められて喜んだニースは、サラの側にいるフィーネに誉められた事を報告する為に飛んでいった。
「あの山の向こうという事は……ゴブリンどもの今までの移動速度から考えると、ここから見える所まで来るのは早くても昼過ぎだな。奴等どうやってあの壁を越えたのやら、まあとにかくここまで時間が掛かったという事は奴等も随分苦労したに違いないな」
まだ姿の見えない山の方角を眺めながらリサさんはそう呟いた。
「タリア、この件をミリア様に急ぎ報告を! ガザフの領軍も敵の動向を知りたくて偵察部隊の編成を考えている頃だろう」
報告に赴くタリアさんを見送った後に――
「ユーリ、ニースに勝手に偵察を頼んでしまって、申し訳ない」リサさんが僕に向き直り謝罪してきた。
「いえ、眠り込んでいた僕が悪いんですから気にしないでください。でもニースが役に立って良かったですよ、ニースも喜んでるみたいですし」
いきなり謝罪されて驚いた僕だったが、フィーネに嬉しそうに報告しているニースを見て心が和んだ。
「我々が休んでいる間に、拠点の拡張をしていただろう? それに休憩を取れる時にしっかり取るのも任務に於いては大切な事だ……特にダンジョンでしっかり休めるというのはある種の才能だよ」
リサさんはそう言うと、笑いながらサラ達のいる場所に移動した。そして、フィーネと楽しそうに遊んでいるニースを撫で始めた。
――残された僕は、やっぱり少し恥ずかしく思ったのだった。
◻ ◼ ◻
エルフィーデからもたらされた情報を受けて、ガザフの領軍は戦闘待機状態を一旦解き、各自休憩に入っている。
転移魔法陣を使用しての初行軍によって、予想以上に迅速に、そして少ない疲労でここまで領軍を展開する事が可能だと今回の行軍で実証された。
だが軍という巨大な組織を普通に動員するだけでもかなりの準備が必要とされるのだ。突然、今回のように緊急動員すればやはり問題はあった。
「各自、今のうちに配給品の確認をせよ! 不足があれば今のうちに申し出るように!」
各部隊長が休憩中である事を利用して最終確認を行っている。マジックポーチが全員に配布されているので、補給部隊のような物は本来必要ないのだが、今回は分配の時間が取れず、納品された品等をそのまま纏めて戦場に運んできたのだ。
「とにかく出発する事を最優先したツケがきましたな、短期決戦ならばともかく長引けば混乱は避けられそうもありませんわな」
混乱する部下達を見つめるダスティン・ガザフ辺境伯に一人の老騎士がそう話しかけてきた。
見かけの様子だけでもダスティンより年齢は明らかに上だろうと思われた。老騎士は真っ白になった髪と長く伸びた髭のせいでよけいに年老いて見えた。小柄な体躯ではあったが、背筋は曲がっておらず身体だけを見れば壮年の男性のようだった。
だが老人であるという点を除けば、健康な老人……健康すぎる老人にしか見えない彼だったが、一点だけ他の者と違うところと言えば、その背に背負った巨大な黒い両手剣の存在感だった。
「なにいざとなれば転移魔法陣で補給は可能だし、マジックポーチは全員に配布されている。我々が戦った十年前とは状況は違うのだ。それよりもニールセン、お前達は引退したのではなかったのか? 何故老骨に鞭打ってこんな戦場に出てきた?」
そう言いながら、ダスティンはある集団を眺めやった。そこには騎士団の鎧は着ているが、どこか古びた感じがする三十人ばかりの集団が、呑気そうに座り込んで話に興じている姿があった。
緊張と混乱の中にある騎士団の者達とは全く違うその異常な集団は皆、老騎士だった。
その中に騎士ではない三人の探索者の姿もあり、違和感なく溶け込んでしまっている。皆、楽しそうに昔話に花が咲いているようだった。
「皆、閣下の親征を待ち望んでいた者達のです。半分棺桶に足を突っ込んだような者達ばかりですが……まあ閣下の露払い役くらいにはなりましょうぞ」
ニールセンと呼ばれた老騎士は、白髭を弄りながら楽しそうだった。
今回の討伐軍は普段の遠征とは違い、動員可能な者は全員と言っても良いくらいの人員が集められた。
育成中の弓歩兵部隊の初投入が決まったのも、親征が原因といっても良かったのだ。
そしてその動員数を更に増やす要因となったのは、この元騎士の老騎士達により結成された義勇軍の存在だった。
呆れたようでいながらどこか嬉しそうに見えたダスティンだったが――
ダスティン辺境伯の顔が急に厳しい様子に変化した。
「どうやら見えたようだな……総員警戒体制に入れ!」
外郭の防壁上いるエルフィーデの調査隊からの合図を受けて、ダスティンは大声でそう指示を出したのだった。
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