上 下
166 / 213

166:討伐軍2

しおりを挟む
「あの山の向こう! いっぱいいるよ!」

 偵察から戻ってきたニースがルピナスに乗ったまま上空からそう報告してくれた。

 飛行速度の速いニースとルピナスの組み合わせは偵察役としては理想的だったが、ニースが幼いという点だけが問題だった。今回はそれも特に問題にはならなかったようだ。

「ニース、あの一番高い山の向こうからだね?」報告を聞いていたリサさんがニースと確認を行っている。

「うん! そうだよ!」ルピナスに乗ったニースが可愛らしい手を挙げて元気に答えた。

「なるほど、よくやってくれたね、ありがとうニース」

 リサさんに誉められて喜んだニースは、サラの側にいるフィーネに誉められた事を報告する為に飛んでいった。

「あの山の向こうという事は……ゴブリンどもの今までの移動速度から考えると、ここから見える所まで来るのは早くても昼過ぎだな。奴等どうやってあの壁を越えたのやら、まあとにかくここまで時間が掛かったという事は奴等も随分苦労したに違いないな」

 まだ姿の見えない山の方角を眺めながらリサさんはそう呟いた。

「タリア、この件をミリア様に急ぎ報告を! ガザフの領軍も敵の動向を知りたくて偵察部隊の編成を考えている頃だろう」

 報告に赴くタリアさんを見送った後に――

「ユーリ、ニースに勝手に偵察を頼んでしまって、申し訳ない」リサさんが僕に向き直り謝罪してきた。

「いえ、眠り込んでいた僕が悪いんですから気にしないでください。でもニースが役に立って良かったですよ、ニースも喜んでるみたいですし」

 いきなり謝罪されて驚いた僕だったが、フィーネに嬉しそうに報告しているニースを見て心が和んだ。

「我々が休んでいる間に、拠点の拡張をしていただろう? それに休憩を取れる時にしっかり取るのも任務に於いては大切な事だ……特にダンジョンでしっかり休めるというのはある種の才能だよ」

 リサさんはそう言うと、笑いながらサラ達のいる場所に移動した。そして、フィーネと楽しそうに遊んでいるニースを撫で始めた。

 ――残された僕は、やっぱり少し恥ずかしく思ったのだった。

◻ ◼ ◻

 エルフィーデからもたらされた情報を受けて、ガザフの領軍は戦闘待機状態を一旦解き、各自休憩に入っている。

 転移魔法陣を使用しての初行軍によって、予想以上に迅速に、そして少ない疲労でここまで領軍を展開する事が可能だと今回の行軍で実証された。

 だが軍という巨大な組織を普通に動員するだけでもかなりの準備が必要とされるのだ。突然、今回のように緊急動員すればやはり問題はあった。

「各自、今のうちに配給品の確認をせよ! 不足があれば今のうちに申し出るように!」

 各部隊長が休憩中である事を利用して最終確認を行っている。マジックポーチが全員に配布されているので、補給部隊のような物は本来必要ないのだが、今回は分配の時間が取れず、納品された品等をそのまま纏めて戦場に運んできたのだ。

「とにかく出発する事を最優先したツケがきましたな、短期決戦ならばともかく長引けば混乱は避けられそうもありませんわな」

 混乱する部下達を見つめるダスティン・ガザフ辺境伯に一人の老騎士がそう話しかけてきた。

 見かけの様子だけでもダスティンより年齢は明らかに上だろうと思われた。老騎士は真っ白になった髪と長く伸びた髭のせいでよけいに年老いて見えた。小柄な体躯ではあったが、背筋は曲がっておらず身体だけを見れば壮年の男性のようだった。

 だが老人であるという点を除けば、健康な老人……健康すぎる老人にしか見えない彼だったが、一点だけ他の者と違うところと言えば、その背に背負った巨大な黒い両手剣の存在感だった。

「なにいざとなれば転移魔法陣で補給は可能だし、マジックポーチは全員に配布されている。我々が戦った十年前とは状況は違うのだ。それよりもニールセン、お前達は引退したのではなかったのか? 何故老骨に鞭打ってこんな戦場に出てきた?」

 そう言いながら、ダスティンはある集団を眺めやった。そこには騎士団の鎧は着ているが、どこか古びた感じがする三十人ばかりの集団が、呑気そうに座り込んで話に興じている姿があった。

 緊張と混乱の中にある騎士団の者達とは全く違うその異常な集団は皆、老騎士だった。

 その中に騎士ではない三人の探索者の姿もあり、違和感なく溶け込んでしまっている。皆、楽しそうに昔話に花が咲いているようだった。

「皆、閣下の親征を待ち望んでいた者達のです。半分棺桶に足を突っ込んだような者達ばかりですが……まあ閣下の露払い役くらいにはなりましょうぞ」

 ニールセンと呼ばれた老騎士は、白髭を弄りながら楽しそうだった。

 今回の討伐軍は普段の遠征とは違い、動員可能な者は全員と言っても良いくらいの人員が集められた。

 育成中の弓歩兵部隊の初投入が決まったのも、親征が原因といっても良かったのだ。

 そしてその動員数を更に増やす要因となったのは、この元騎士の老騎士達により結成された義勇軍の存在だった。
 
 呆れたようでいながらどこか嬉しそうに見えたダスティンだったが――

 ダスティン辺境伯の顔が急に厳しい様子に変化した。

「どうやら見えたようだな……総員警戒体制に入れ!」

 外郭の防壁上いるエルフィーデの調査隊からの合図を受けて、ダスティンは大声でそう指示を出したのだった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【12/29にて公開終了】愛するつもりなぞないんでしょうから

真朱
恋愛
この国の姫は公爵令息と婚約していたが、隣国との和睦のため、一転して隣国の王子の許へ嫁ぐことになった。余計ないざこざを防ぐべく、姫の元婚約者の公爵令息は王命でさくっと婚姻させられることになり、その相手として白羽の矢が立ったのは辺境伯家の二女・ディアナだった。「可憐な姫の後が、脳筋な辺境伯んとこの娘って、公爵令息かわいそうに…。これはあれでしょ?『お前を愛するつもりはない!』ってやつでしょ?」  期待も遠慮も捨ててる新妻ディアナと、好青年の仮面をひっ剥がされていく旦那様ラキルスの、『明日はどっちだ』な夫婦のお話。    ※なんちゃって異世界です。なんでもあり、ご都合主義をご容赦ください。  ※新婚夫婦のお話ですが色っぽさゼロです。Rは物騒な方です。  ※ざまあのお話ではありません。軽い読み物とご理解いただけると幸いです。 ※コミカライズにより12/29にて公開を終了させていただきます。

今日も聖女は拳をふるう

こう7
ファンタジー
この世界オーロラルでは、12歳になると各国の各町にある教会で洗礼式が行われる。 その際、神様から聖女の称号を承ると、どんな傷も病気もあっという間に直す回復魔法を習得出来る。 そんな称号を手に入れたのは、小さな小さな村に住んでいる1人の女の子だった。 女の子はふと思う、「どんだけ怪我しても治るなら、いくらでも強い敵に突貫出来る!」。 これは、男勝りの脳筋少女アリスの物語。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

異世界でもプログラム

北きつね
ファンタジー
 俺は、元プログラマ・・・違うな。社内の便利屋。火消し部隊を率いていた。  とあるシステムのデスマの最中に、SIer の不正が発覚。  火消しに奔走する日々。俺はどうやらシステムのカットオーバの日を見ることができなかったようだ。  転生先は、魔物も存在する、剣と魔法の世界。  魔法がをプログラムのように作り込むことができる。俺は、異世界でもプログラムを作ることができる! ---  こんな生涯をプログラマとして過ごした男が転生した世界が、魔法を”プログラム”する世界。  彼は、プログラムの知識を利用して、魔法を編み上げていく。 注)第七話+幕間2話は、現実世界の話で転生前です。IT業界の事が書かれています。   実際にあった話ではありません。”絶対”に違います。知り合いのIT業界の人に聞いたりしないでください。   第八話からが、一般的な転生ものになっています。テンプレ通りです。 注)作者が楽しむ為に書いています。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第直していきますが、更新はまとめてになります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

処理中です...