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141:リザール・ガザフ執政官
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「隊の集合完了しました。武装の点検整備と休暇を取るために地上に戻っていた者が殆どの為に、一部連絡がすぐに取れずかなり時間を取られましたが……何とか出発出来そうです」
サラから報告を受けたミリアはフィーネの予想通り即座に追加の調査隊を自ら率いて出発しようとしたのだが――遺跡調査に参加していた人員の半数以上を地上に戻し休暇を取らせていた為に集合が遅れる結果になった。
最近になって拠点が整備され余裕が出来た事による措置だったのだが、その為に準備が整わない者や外出中ですぐに連絡が取れない者が出たのは仕方のない事だったかもしれない。
「いや、休暇を早々に切り上げる事になって申し訳なく思っています。本来ならリサの報告を待って動くべき所なのでしょうが……報告の内容が気になります。思っている以上にダンジョンの各所で綻びが進行しているのかもしれませんね」
今回、休暇を切り上げられて不満を持つような者は査察団には存在しなかった。報告の内容を告げられてミリアが即応するのは当然だろうと考える程度には危機感の共有がなされていたのだ。
「無駄足になるのなら結構な事です。恐ろしいのは動かなかった事で、後で後悔する事ですから」
隊の次席副官のナザリーの言葉にミリアも頷いた。
「それでは出発……」ミリアが調査隊に号令を発しようとした時、館から見知った姿の人物が二人出てくるのが見えた。
「やれやれ、少し遅かったようだレイラもなかなか手回しの良い事だな。ナザリー、すまないが指揮は任せる。現地でリサと合流出来ればよし、無理なら独自の判断で調査を続行せよ」
そうナザリーに命じると、ミリアは歩いて来る人物――ギルド長のレイラ、そしてリザール・ガザフ執政官の元に向かったのだった。
◻ ◼ ◻
「ミリア殿、お引き留めするような形になり申し訳ありません。話はレイラから伺いました。精霊の警告を重要視されるエルフィーデの方針に異を唱えるつもりは有りませんが……ミリア殿自ら赴かれるのは、些か性急に過ぎませんか?」
リザール・ガザフ執政官は如何にも武人然とした父親のダスティン・ガザフ辺境伯とは違い、その見た目通りの物腰の穏やかさで秀才官僚のような印象を相手に持たれる人物だった。
彼自身はどちらかというと武術よりも学問を好む秀才肌の人物といえたが決して文弱の徒と云うわけではなく、幼少より父親に厳しく育てられた事により文武共にバランスの取れた優秀な人物と言えただろう。
(優秀で聡明な人物ではあるが、この難局に挑むには些か線が細いな……惜しいかな人間は寿命が短かすぎる)
ミリアのこの感想はリザール執政官と父親のダスティン辺境伯を比較した物に他ならない。
彼が執政官に就任しガザフの実務を取り仕切るようになって十年でガザフの経済的発展には目を見張るものがあったが、ダンジョンに対する対応が些か経済合理性に傾倒し過ぎているというのがエルフィーデ側の見方だった。
その最たる結果が近年の遠征の停滞にあると言えるのかもしれない。
「貴方、最近のダンジョンには異常な現象が既に発生しているし、ギルド長の立場から言わせて貰うなら特定の階層にのみ探索者が集中する現状を打破する仕組みを導入すべきよ」
レイラが執政官を貴方と呼ぶのは彼女がリザール執政官の妻だからだ。公式の場ではこのような呼び方をする事は当然なかったが、今は余人を交えずの非公式な会話だったからに他ならなかった。
「確かに変異種の発生は現状の問題点が原因である事は私も認めるところだ……だが君の言うガザフの負担による討伐依頼制度の創設は費用対効果の面で負担が大きすぎる。有り体に言えば効果がはっきりしない物には予算を投じる事は難しいし、周りの理解も得られない」
探索者にも生活がある、収入にならない階層での狩りを無料で強制する事は難しかった。そうなるとガザフが旨みのある報酬を提示して探索者を誘導する必要があった。
「ならせめて探索者ギルドにも、今回のような問題が発生した場合に動かせる部隊が必要ね、例えばガザフ領軍が密かに組織して育成している歩兵部隊のような物をね」
レイラがわざわざ執政官を引っ張り出して来たのは、自分の出立を邪魔する為でも、ましてや夫婦喧嘩のようなやり取りを見せる目的でもない事はミリアにも分かっていた。だから敢えてレイラの思惑に乗ってこのような助言を行ったのだ。
「それは……」ミリアの予期せぬ援護に、返答に窮した執政官を畳み掛けるようにレイラが――
「全てとは言わない……一部でも良いのでギルド配下として貰えないかしら? 騎士団の動員が難しくても、ギルド配下ならすぐにでも十層の拠点に向けて派遣できるわよね? 仮に何も無くてもギルド配下なら名目は何とでもなるでしょうし」
実際、騎士団の派遣となれば有事の時と遠征に限られている。つまり何か起こってからか、目的がはっきりしなければ動く事が難しいのが騎士団の現状だった。
臨時徴収的な歩兵とはいえ、それを切り離して配属替えを行えというのはかなり無茶な要求であったが、レイラがこの件に関してかなりの危機感を持っている事の現れでもあったのだった。
サラから報告を受けたミリアはフィーネの予想通り即座に追加の調査隊を自ら率いて出発しようとしたのだが――遺跡調査に参加していた人員の半数以上を地上に戻し休暇を取らせていた為に集合が遅れる結果になった。
最近になって拠点が整備され余裕が出来た事による措置だったのだが、その為に準備が整わない者や外出中ですぐに連絡が取れない者が出たのは仕方のない事だったかもしれない。
「いや、休暇を早々に切り上げる事になって申し訳なく思っています。本来ならリサの報告を待って動くべき所なのでしょうが……報告の内容が気になります。思っている以上にダンジョンの各所で綻びが進行しているのかもしれませんね」
今回、休暇を切り上げられて不満を持つような者は査察団には存在しなかった。報告の内容を告げられてミリアが即応するのは当然だろうと考える程度には危機感の共有がなされていたのだ。
「無駄足になるのなら結構な事です。恐ろしいのは動かなかった事で、後で後悔する事ですから」
隊の次席副官のナザリーの言葉にミリアも頷いた。
「それでは出発……」ミリアが調査隊に号令を発しようとした時、館から見知った姿の人物が二人出てくるのが見えた。
「やれやれ、少し遅かったようだレイラもなかなか手回しの良い事だな。ナザリー、すまないが指揮は任せる。現地でリサと合流出来ればよし、無理なら独自の判断で調査を続行せよ」
そうナザリーに命じると、ミリアは歩いて来る人物――ギルド長のレイラ、そしてリザール・ガザフ執政官の元に向かったのだった。
◻ ◼ ◻
「ミリア殿、お引き留めするような形になり申し訳ありません。話はレイラから伺いました。精霊の警告を重要視されるエルフィーデの方針に異を唱えるつもりは有りませんが……ミリア殿自ら赴かれるのは、些か性急に過ぎませんか?」
リザール・ガザフ執政官は如何にも武人然とした父親のダスティン・ガザフ辺境伯とは違い、その見た目通りの物腰の穏やかさで秀才官僚のような印象を相手に持たれる人物だった。
彼自身はどちらかというと武術よりも学問を好む秀才肌の人物といえたが決して文弱の徒と云うわけではなく、幼少より父親に厳しく育てられた事により文武共にバランスの取れた優秀な人物と言えただろう。
(優秀で聡明な人物ではあるが、この難局に挑むには些か線が細いな……惜しいかな人間は寿命が短かすぎる)
ミリアのこの感想はリザール執政官と父親のダスティン辺境伯を比較した物に他ならない。
彼が執政官に就任しガザフの実務を取り仕切るようになって十年でガザフの経済的発展には目を見張るものがあったが、ダンジョンに対する対応が些か経済合理性に傾倒し過ぎているというのがエルフィーデ側の見方だった。
その最たる結果が近年の遠征の停滞にあると言えるのかもしれない。
「貴方、最近のダンジョンには異常な現象が既に発生しているし、ギルド長の立場から言わせて貰うなら特定の階層にのみ探索者が集中する現状を打破する仕組みを導入すべきよ」
レイラが執政官を貴方と呼ぶのは彼女がリザール執政官の妻だからだ。公式の場ではこのような呼び方をする事は当然なかったが、今は余人を交えずの非公式な会話だったからに他ならなかった。
「確かに変異種の発生は現状の問題点が原因である事は私も認めるところだ……だが君の言うガザフの負担による討伐依頼制度の創設は費用対効果の面で負担が大きすぎる。有り体に言えば効果がはっきりしない物には予算を投じる事は難しいし、周りの理解も得られない」
探索者にも生活がある、収入にならない階層での狩りを無料で強制する事は難しかった。そうなるとガザフが旨みのある報酬を提示して探索者を誘導する必要があった。
「ならせめて探索者ギルドにも、今回のような問題が発生した場合に動かせる部隊が必要ね、例えばガザフ領軍が密かに組織して育成している歩兵部隊のような物をね」
レイラがわざわざ執政官を引っ張り出して来たのは、自分の出立を邪魔する為でも、ましてや夫婦喧嘩のようなやり取りを見せる目的でもない事はミリアにも分かっていた。だから敢えてレイラの思惑に乗ってこのような助言を行ったのだ。
「それは……」ミリアの予期せぬ援護に、返答に窮した執政官を畳み掛けるようにレイラが――
「全てとは言わない……一部でも良いのでギルド配下として貰えないかしら? 騎士団の動員が難しくても、ギルド配下ならすぐにでも十層の拠点に向けて派遣できるわよね? 仮に何も無くてもギルド配下なら名目は何とでもなるでしょうし」
実際、騎士団の派遣となれば有事の時と遠征に限られている。つまり何か起こってからか、目的がはっきりしなければ動く事が難しいのが騎士団の現状だった。
臨時徴収的な歩兵とはいえ、それを切り離して配属替えを行えというのはかなり無茶な要求であったが、レイラがこの件に関してかなりの危機感を持っている事の現れでもあったのだった。
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