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124:猪鹿亭での夕べ

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 僕は十層での作業が終わったので転移魔法陣を使用して一層に戻ってきた。

 僕が一人で転移の部屋に向かうのを誰一人咎める人もおらず「帰るのか! 明日また頼むよ」と施設部隊の面々に声を掛けられるぐらいには、すっかり有名になってしまっていた。

 明日から階層攻略に戻る旨を伝えると、とても残念がられた。

(駐屯地にはこれからも来ることになるだろうし……まあ困った事が発生すれば、また手伝っても良いよね)

 地上に戻った僕は、特に他に用事も無かったので早々に猪鹿亭に帰ってきた。猪鹿亭の入り口に立った僕は、夕食前の時間帯にも関わらず食堂に人が沢山いるのに気が付いた。

「あら、今日は早かったのね」

 僕に気が付いたラナさんがパタパタと近づいてきて早速、洗浄魔法をかけてくれた。洗浄魔法は帰ってきた時の挨拶のようにすっかり習慣の一つになっていた。

 僕もこれも習慣のようにポーチからレッサーラビットを取りだしラナさんに手渡した。

「最近ではキャロちゃん達が届けてくれるので、無理しなくても構わないのよ」

 キャロ達は猪鹿亭にはウサギを、パン屋のミレさんの所には蜂蜜を届けているのだ。

「一層を横断する時に見つけたので仕留めたんですよ、無理はしていないので大丈夫ですよ」

 このウサギはルピナスに乗ったニースが見つけて、ルピナスが【風刃】で仕留めたのだ。血抜きもディーネがやってくれて僕がやった事といえば受け取ってポーチに収納しただけだ。

(ガザフに来たばかりの頃にウサギと必死に戦って苦戦して悩んで……あの頃はガザフでやっていけるか必死だったな……)

「ユーリ! お帰りなさい!」そんな風に思い出に浸っていると、キャロが飛ぶように元気にやって来た。

「ただいま、みんなは今日は何をしているの?」

 最近は孤児院の子供達とラナさんのお友達の奥様達が、色々と交流を持っているのを狩りから帰ってきた時に見かける事があった。

「今日はお裁縫の会と、奥の台所でカロおじさんにお料理を習ってるんだよ」

 キャロが嬉しそうに教えてくれた。

「そうか、孤児院でもあの煮込み料理が食べられるようになるんだね」

 ここの煮込みはとても美味しいし、食材も手に入り易い物で作られているとても良い料理だ。

「新しいお店で出すんだよ」

 キャロの言っているのは旧市街で出そうとしているお店の事だろうと思われた。

「串焼きだけじゃなくて?」

「私が勧めたのよ、お店をやるにしても串焼きは設備が必要だから、最初は孤児院にある大鍋が使える煮込みにするようにってね」僕の質問に、ラナさんがキャロの代わりに答えてくれた。
 
(確かにいきなり色々と揃えたら、もし上手くいかなかった場合の被害が大きくなるな)

 商売だから上手くいく保証もない。まずは最低限のところから始めたほうが良いかもしれなかった。

「皆さんお待たせ! 煮込みが出来上がりました!」奥から聞き覚えのある声がしたかと思うと台所から出てきたのはリーゼとルナだった。

「一から私達が作ったので猪鹿亭の物ほど美味しくないかもしれないですけど……味の批評をお願いします」

 ルナがそう告げると、他の女の子達が各テーブルに煮込みを皿によそってどんどん配膳していった。

「ユーリさん、ユーリさんも食べて感想をお願いします」僕に気が付いたリーゼがそう声をかけてきた。

「そうさせて貰うよ。ありがとう」部屋中に美味しそうな香りが充満していて思ってたより空腹だった事に気付かされた。

「おう! なんだか旨そうだな! 夕食には少し早いと思ったんだがな」そう言って入り口から現れたのはザザさんだった。

「我々は良いタイミングでお邪魔したようだな」その少し堅苦しい物言いはゼダさんだろう。

「ちげえねえや! お邪魔するぜ」そう言って最後に入ってきたのはいつも酔っ払ってるようなドルフさんだった。

 三人が僕の座っているテーブルに座ると、女の子達がさも当然の如く三人の前に煮込み入りの皿を置いていった。

「今日はやけにサービスが良いじゃねえか! いい子達だな! ありがとよ!」

 ドルフさんは孫のような年頃の女の子達が、楽しそうに持って来てくれた事がかなり嬉しかったようだ。

「あらあら、楽しそうね」ラナさんがエールを運んできた。

「どうぞ」その後ろからキャロもラナさんのお手伝いでエールを運んできた。

「ラナちゃん、何時からこんな可愛い子を雇ったんだい?」ゼダさんがキャロからエールを嬉しそうに受け取り、キャロの頭を撫でながら尋ねた。

「あら、キャロちゃんは、あなた方の後継者のウサギ狩りの探索者なのよ」

 ラナさんがそう説明すると、補足するように「それに一つ羽の探索者でもあるんだから」キャロの頭の上に姿を現したシルフィーが、自慢そうにそう言った。

「おいおい、精霊術師かよ! すげえなキャロちゃんは!」ザザさんが大声を上げ……

「マジかよ! 新しきウサギ狩りの誕生に乾杯だぜ!」ドルフさんがエールを掲げる。

「ああ、乾杯しよう記念すべき日だ」ゼダさんが厳かにそう告げた。

「結局そうなるんですね」僕の呟きは三人の乾杯の声に空しく掻き消されるのだった。

◻ ◼ ◻

「それでいよいよ、十一層って訳かい?」ゼダさんが考え込みながらそう言った。

「はい、今日レッサーベアと戦ってみて、十層近辺ではこれ以上の成長はもう難しそうですから」

 僕は三人にはよく色々な事を普段から相談していて、僕にとっては善き理解者と言えた……酔っ払いだけど……

「まあ、オメエの精霊達がいれば一人でもやってけそうだがな……そろそろ防具の更新時期かもしれねえな」ドルフさんがエールを一息に飲み干すとそう言った。

「ああ、俺達が渡した装備品でも当面は行けるだろうが……そろそろ考えるべきだな」ゼダさんも重々しくそう同意する。

「なら! リザードマンの鱗が良いんじゃねえか?」ザザさんが大声を上げた。

「おうザザ! たまには良いこと言うじゃねえか」ドルフさんがまた余計な突っ込みをいれた。

「なんだと! たまには余計だろ!」

 二人がまた始めたので、それを放置してゼダさんが「確かにリザードマンの鱗は今の装備品の補強材として手頃かもしれんな」

「だろ! 後はサーベルタイガーとかも良さそうじゃないか?」ザザさんは意外と素材に詳しいみたいだ。

 僕達はその夜、遅くまで今後の防具強化について話し合ったのだった。
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