NITE-傷だらけの翼-

白猫

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第2章 現在編-悲劇の産物-

17話 その拳に宿るモノ

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 体の一部がポリゴンのようになり、霞んで見えるこの男は、人間ではない。人間のようには見えないからというのもあるが、その言葉、行動から推察するに彼は人間ではない。
 その浅はかなのか、洞察力溢れるのかわからない思考の結果、俺は彼に剣を振るった。
 左手に人一人持っているというのに、その動きは俺をも凌駕しかけていた。
 それに、かろうじて当たった攻撃はいとも簡単に薙ぎ払われ、反撃によるダメージだけが俺のHPゲージと体力を奪っていく。

 俺の右目にドーナツ型に表示されいているHPは通常、装備している防具についているVITとレベルによるHPボーナスの合計値から構成される。
 さらに、BAバトルスキルによる特殊効果で特定の能力を上げることができる。
 今俺がかけているBAは、攻撃力が上がる「マッチョリアリズム」と、移動速度が上がる「Vモード」と、毎秒100ずつ回復する「ハイリジェネ」の三つだ。BAは最大で三つまでかけることができる。
 そして、それぞれの残りの秒数は1分、30秒、2分だ。Vモードがそろそろ切れてしまう。
 薙ぎ払われる度に襲いかかる触手のような機械をなんとか避け切れているのもVモードのおかげった。だが、これが切れてしまうとそれは難しくなってしまう。
 だから、勝負の分かれ目はVモードが切れるその瞬間だった。
 その瞬間、新たな策を講じなければならない。新しいBAを発動させるのもよし、Vモードのリキャストを待つのもよかった。しかし、Vモード以外のBAは今はあまり使えるものはなかった。あるにはあるのだが、速さを追求する代わりに折角上げた攻撃力などを犠牲してしまうのは得策ではなかった。

 だから俺は、すべての決着をVモードが切れる直前まで高めたスキルゲージで放つスキルで決めることにした。
 ナイト オブ ファングを逆手に持ち替え、左腕に差し込む。奴の攻撃をかわしながら、合間合間に少しずつダメージを与えていく。
 最初は痛くもかゆくもない表情だったが、Vモードが切れる10秒前には、左腕をかばうようになってきていた。
 少しずつでもダメージを与えてきた左腕に必殺のスキルを打ち込めば、少女を掴む左腕を奴から切り離せると思っていた。
 Vモードが切れる5秒前、再度心の中で叫ぶ。

ー ストームアクセレレータ

 光り輝く刀身が風を纏い、白色に輝く装飾は灰色に染まり、疾風の如く必殺のスキルは奴の左腕を突き刺した...はずだった。
 だが、俺が刺したのは奴の左腕ではなく、左腕をかばおうとして前に出た右腕だった。

ー しまった...

 筋肉が露天した黒光りするほどのがっしりとした右腕に青白い狼の牙が突き刺さっていた。

ー これじゃあ、あの子を助けられねぇじゃねぇか...

 右腕に激痛が走り、その形相をまさに鬼のように変えた奴は悲鳴のような咆哮を吐いた。

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 痛い痛いと言わんばかりに右腕を大きく振り回す。
 それに俺の剣は、俺の体はいとも簡単に宙に舞い、引きちぎれた右腕と共に遠くへ飛ばされてしまった。
 そして、俺の目に映ったものを俺は信じることができなかった。
 ちぎれた右腕から吹き出る血しぶき、真っ赤な肉塊、人の骨が粉砕される生ナマしい音。

ー こいつ...本当に人間なのか?

 そう思った瞬間、これまで俺がしてきたことの矛盾が脳裏をよぎる。
 そして、ふいに剣を握る手の力が抜けてしまった。

ー しまった。

 藍色の装飾の狼の牙はするすると俺の手から姿を消すと、後方にさらに遠くに飛んでいってしまった。
 地面に突き刺さった剣は光を反射させ、敗北を告げているようだった。
 バク転の要領で着地をしたが、あまりの勢いに地面についた黒のズボンは膝のところを破かれ、露出した肌から血が出ている。

ー 痛てぇ...

 奴がそれの何十倍の痛みを味わっているとしらと考えるたびに戦意が失われてゆく。
 だが、怒り狂ったように暴れまくるやつを見ると、やはり奴は人間ではないと思い直す。
 右腕を消失させた異形の者は泣き叫ぶような顔をしながら俺を睨みつける。だが、その瞳には俺への憎しみではなく、そんなものを超えた、この世界の理をも恨み、呪い殺すような黒い闇に覆われてた。
 握った拳に問いかける。
 俺が失いたくなかったものなんだったのか?それは取捨選択の中で起こる必然的な犠牲を容認した正義だったのか。
 涙までもが乾いた肌の少女は完全に気を失い、周りには誰もいない。

ー この子を救えるのは俺だけなんだ。だけど...

 正義とは悪を犠牲にした決して正しいとは言えない行為のことなのだろうか。そこにあるのは微かな優越感と染み付いた罪悪感なのだろうか。
 これまで失うことばかりだった俺にとって、正義のヒーローはあまりにも重すぎる役割だった。俺は失うことに対して鈍感になっていたのかもしれない。だから、何かを守るための手法を見失っていたのかもしれない。
 二兎追う者は一兎も得ずという言葉があるように、正義と悪は共存できないのかもしれない。それ以前に、やつを完全な悪と決めつける俺の心は本当に正義なのか?
 それすらわからないジレンマのようなものに俺は頭を抱える。
 怒りに任せ振り上げた左腕がまた地面に叩きつけられようとする。

ー 最初と同じシチュエーションだ。

 俺はあの時、とっさに剣を抜き、少女を助けようと駆け出した。その行動には嘘や欺瞞、偽りはないつもりだった。
 でも、今度はそう簡単にはいかなかった。
 足がすくんでしまう。地面についた右膝がビクとも動かない。

ー なんでだ?動け!動けよ!

 動かない体を必死に動かそうとするが、力なく動かない。
 全国指名手配中の自分が今更何かできるとは思ってもいなかった。

「どうすればいいんだよ...」

 ぼそっと声が出る。
 自分の無力さに驚く。
 たった一人の少女を守ることすらままならない自分に失望する。
 自分は誰の為に剣をとったのか?誰の為に守に剣術を教えてもらったのか?俺は答えを求めていた。わけもわからず立膝をついてうつむくしかないこの状況はなんで起こっているのかを。
 その拳は、何の為に握るのか。
 俺に永遠の課題を突きつける。

 不意に目を覚ました少女が目前に迫る地面を見つめ、叫ぶ。

「キャァァァァァァァァァァァ!!!!」

 もうどうすることもできない。
 だが、そう思ったその時...

「何してんだ!!!!!!!!!!」

 ハッと前を向く。
 奴の体を壁に、向こう側から叫び声が聞こえた。

『リアライズ レッグアーマー』

 聞いたことのある音声。つい先ほどまで探していた人物の声だった。
 緑色に光り輝く右足が奴の左腕をえぐる。

「ぐちゅぁぁ!」

 肉が剥がれ落ちる音がする。
 だが、それよりも先に向こう側から現れた人物は、ひん曲がった機械の触手から少女を救い出す。
 地面に両足で着地し、少女を抱きかかえる男の姿は見に覚えがあった。

「お前...燐...」

 逆立った髪の毛が風になびいている。キリッとつり上がった目がこちらを向く。

「お前、何してんだ?」

 その問いかけに俺は答えられずに俯く。

「それは...」

 そんな俺を見下げ、ため息をつく。

「俺はお前を恨んでいる。蓮を殺したお前をこれから先もずっと恨み続けるだろう。...でもな、知っているんだ。お前はあのチンピラの仲間なんかじゃねぇってことくらい。蓮が、お前を助ける為にビルを飛び出したってこともな」

 その瞳に滲むものがあることに俺は気づいていた。それは燐も同じだった。

「お前は一度、命の取捨選択によって命を救われたんだ。お前にとってはそれはただの一瞬の出来事だったのかも知れねぇが、蓮にとっちゃ人生で最後の正義の行使だったんだ」

 その言葉に俺は思わず反論してしまう。

「それなら...あいつは、間違ったのかもしれない。...俺なんかを助けて、兄を悲しませて...」

 燐は怒りの表情を俺に向ける。

「馬鹿野郎!!!蓮の思いを無駄にする気か!...お前の話は元のレイズ本部の奴らに聞いている。相澤恵美という同僚の為にその父親である上司にたて突いて、挙げ句の果てに勝ったんだとな。全く、たいしたものだ。もしそこに俺たちがいたら、お前の弟子になってたかもな。...だからあの時ホッとしたんだ」

 燐の頰に涙が伝う。

「蓮が繋いだ命がここで笑顔を生んでいるのだってな。たったそれだけでもいいんだ。その後どんなに後悔しようとも、その瞬間自分の正義を貫き通せたら、それが正解なんだってな。...だから、お前も繋げ!蓮がお前を助けたように、お前も誰かを助ける光になってくれ。...それが、お前が蓮にできる唯一の罪滅ぼしだ」

 いつしか涙は乾き、その目は戦場を見据えている。

ー 悲しみに暮れていたのは、俺の方だったのかもな。

 頰を伝う涙を拭い、しっかりと大地を踏みしめる。
 少女を地面にゆっくり寝かせた燐が立ち上がった俺を見る。

「ありがとう。俺なんかの為に。それと、俺も伝えなければならない、お前に。あの少年の、俺の命を救ってくれた彼がお前に残した最後の言葉を」

 驚愕の表情が燐の顔に現れる。
 だが、感嘆の言葉を口にしようとした瞬間、奴が叫んだ。

「貴様らぁ!!!!!許さん!!またしてもぉぉぉぉ!!」

 燐の言葉を遮るよかのように俺が口を開く。

「すまない。それはこれが終わった後だ」

 俺は燐の顔を見ず、機械仕掛けの異形の者を見た。
 そして、そっと右手のナイトブレスをフリックする。

『デコンポーズ ブラックネイル』

 続けてフリックする。そして祈る。

ー 俺に力をわけてくれ。

『リアライズ ハンドアーマー』

 両腕に茶色の光の線が出現する。それはみるみるうちに色を変えてゆき、屈強な金属製の腕の走行に切り替わると、右端に武器アイコンをつけた。
 ハンドアーマー。俺を助け、そして命を落とした少年が最後に俺に託したもの。それも含め、俺は燐に彼の想いを伝える決心をした。
 その拳に握った熱い想いは、もう誰にも止められない。

ー 後悔してもいい。それが俺の進むべき道だと、俺が信じ続ける限り!
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