NITE-傷だらけの翼-

白猫

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第2章 現在編-悲劇の産物-

15話 恨みのDamage

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 目覚めた俺の視界に映ったのは、床で伸びている燐と横たわる俺の胴だった。
 俺はゆっくり立ち上がると、上から彼を見下ろした。夢の中で俺はあの日のことを思い出していた。もう誰も死なせないと覚悟に決めたのに、あの時の少年を殺してしまった。

ー 嫌な夢を見てしまった...と言ったらダメなんだろうな...

 後悔の念にうなされていたのは俺だけではなかったはずだ。
 踏押 燐。あの少年の兄と聞いた。それを知ったのは、あの少年が死んでから二日後のことだった。
 『パンチアーマー』という武器は聞いたことも見たこともなかった。元々格闘型というものは存在しなかった。しかし、防具の中には毒性のあるものや反動のあるものが存在した。そこから一部のユーザーがカスタムし、格闘用の防具が世に知れ渡った。
 さらに、カルデァルシティにいる格闘型のプレイヤーは数少なかった。踏押 蓮に影響されて格闘型にした人が数人いるくらいだった。
 そして、防具のDEFの高さからして優秀プレイヤーだと察せた。さらに、あの少年が着ていた焦げ茶色のパーカーには見覚えがあった。

 もっと早く気づいておけばよかったと今でも思う。だが、あの少年、踏押 蓮が俺に言い残した言葉をいつか兄貴に伝えなくてはならないという使命感があったのも事実だった。
 ずっと側で俺の様子を伺っていた恵美と紅葉が喋りかけてきた。

「仁さん!大丈夫ですか?」

「仁、大丈夫?」

 心配そうな顔を俺に向けてくる。

「あぁ、俺は大丈夫だ」

 それよりも、彼の方が気になった。
 俺の視線に気づいていたのか、彼はすばやく起き上がるとこちらを気だるそうに見つめた。

「俺のことなんて考えるな。人殺し」

 その言葉に紅葉がまた反応する。

「だから!仁さんは...」

 だが、その言葉を俺は言葉で制した。

「いいや、そう思われても仕方がない」

 紅葉が何か言いたげにこちらを向く。

「仁...さん...?」

「何があったの?」

 恵美がいつもながらに冷静に問いかける。
 その質問には俺ではなく、彼が答えた。

「そいつは一年前、カルデァルシティで俺の弟を殺したんだ。爆弾を使って、街のヤクザ達と手を組んでな...」

ー それは違う。

 それは違った。早く誤解を解かなければならない。

「違う。違うんだ」

 すばやく訂正したはずだが、彼は聞き入れようとしなかった。

「黙れ!...言い訳をするな!」

 それでも反論する。
 俺は伝えなければならない。あの少年が残した言葉を彼に伝えるために...

「違うんだ!」

 だが、それも「黙れ!」と否定される、はずだった...

「うっ...」

 突然、彼が目の前でまた倒れてしまった。ふらっと胸を抑えて苦しそうに倒れた。

「お、おい!...大丈夫か?」

 倒れこむ彼をがっしり支えこむと、床に体を横にさせた。
 彼のナイトブレスを見るとその理由は一目瞭然だった。
 ナイトブレスにはヘルスアプリケーションというものが最初から内臓されており、ユーザーの健康情報を把握することができる。さらには、ナイトブレスなどの機器の方の健康情報も確認することができる。例えば、残りの使用可能ストレージ容量やバッテリー残量、電子マネーの残高や破損部位の情報やエラーメッセージの通知などがある。
 彼のナイトブレスには彼の心臓部分に負荷が掛かっているメッセージと機器破損のメッセージがきていた。

「お前...まさか...」

 彼が病気を持っているのかとばかり思っていた。
 だが、そうではなかった。

「気にするな...ただの...使い...過ぎな..だけだ...」

 そう言ってひ弱に倒れこむ彼を見ると、そうではないと否定してしまう。

「でも、これは...」

 だが、彼の事をいち早く感づいたのは恵美だった。

「違うわ、仁。彼のナイトブレス、ボディシェアリングが壊れているわ。...これは直せなさそうだわ」

 その言葉に反応したのか彼は力を振り絞って喋った。

「お前、よくわかったな...。さすが、パーフェクトバーサーカーだけある。...俺のボディシェアリングが壊れていたのに気づいたのは一ヶ月前だった。...それで少しずつ体に負担が掛かっているんだ。...だが...俺には関係のない事だ。...放っておいてくれ...」

 そう言って俺の手を振り払ってゆっくり立ち上がった。

「そんな...」

 立ち上がったが、それでもフラフラとよろけながら彼は戦意を喪失したかのように出口へ向かっていった。

「おい、待てよ...」

 だが、その後に続く言葉が俺には言い出せなかった。
 力一杯歩くその後ろ姿は、いかにも貧弱で、さっきまでの勢いを完全に失っていた。その姿があまりにも可哀想で、敵対する俺が何かとやかく言えるようではなかった。
 弟の敵討ちと思っている男を目の前にして、おずおずと帰っていく時の気持ちはどういうものなのだろうか。
 俺が恵美を一度殺した奴を許さない。たとえ自分が死んでも、地獄の底から這いずり回って、仇を討つ。
 それができない。
 その苦しみを、俺は彼の背中からしか感じ取ることしかできなかった。
 彼が出て行ってから数分後、放心状態から解放された俺はとっさに駆け出した。

ー 行ってはならない。伝えなければならない。あの少年の言葉を。兄に向けた、最後の言葉を。

 二人を置いて、俺は颯爽と相澤家を出て行った。その後ろ姿は一体どういうものだったのかは、俺にはわかるはずもなかった。
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