上 下
30 / 41

第28話 いざ人間界へ

しおりを挟む
 魔族が人間界に行かなければならないのは、『先祖返り』が起きるからと言うのは先に書いたとおりである。十二歳から三年間という期間を人間界で過ごさなければ、魔族はモンスターへと姿を変えてしまう。


 とはいえ、それを知っているのは魔族たちだけであり、人間たちは人間界に魔族が紛れ込んでいることすら知らない。【漆黒の霧】は絶対であり、魔族は魔界に完全に封印されていると彼らは思い込んでいる。


 教会がそう教えているというのもあるけれど。


 詰まるところ、人間たちは【漆黒の霧】周辺の土地を守る『霧の伯爵』たちのほとんどが魔族であることなど知るよしもないし、人間界を守ってきた多くの英雄の中に魔族が紛れ込んでいることも知らない――これもまた教会の歴史改ざんが大きい。


(人間界で魔族だってバレないようにしないと。まあ【女王】の加護があるからバレないんだけどね)


 そう思いながらレイは、【漆黒の霧】を通り抜けて人間界にやってきた。


「お久しぶりだぜ、レイヴン様。抱きつかせろ、ぎゅー」


 と、つくやいなや、待っていたヨルが、その巨大で出るところが出ている身体でレイを抱きしめた。


 レイはされるがままである。


「あー癒やされるわあ。他の奴ら抱きしめさせてくれねえんだもん。レイヴン様だけだぜ」

「…………苦しいからでしょ」


 実際、ヨルが思い切り抱きしめてしまえば、防御力が高かろうと、背骨が折れ、肋骨が肺に刺さる――そのくらい、彼女の腕力は異常だった。


 ユニークスキルのおかげで、レイにはまったくダメージが入らないけれど。


「ちょ、ちょっとあんた! なにしてるのよ!」


 ちょうどそこで【漆黒の霧】から出てきたノヴァが悲鳴を上げた。


 人間界にやってきた瞬間、同行者が豊満な巨女に締め上げられていたのだから当然の反応である。


 腰に手をさまよわせて剣を探しているあたり、モンスターだと思ったのかもしれない――ノヴァの腰には剣なんてないけれど。


【漆黒の霧】は物質を通さないから。


 とは言え、それでは服も通さない――つまり裸で通り抜けることになってしまうけれど、そうならないようにレイたちは特殊な服を着ている。


 アラクネ族の服。


 その服は【女王の加護】を受けたアラクネ族たちの魔力糸によって作られ、【漆黒の霧】に弾かれることなく通り抜けられる。


 裏を返せば、レイたちはいま、それ以外の荷物を持っていない。


 馬車もなければ金貨もない。


 着の身着のままとはこのことである。


 だからこそ、ヨルが人間界で馬車を準備して待っていた訳だけれど、こう締め上げられてしまうと敵なのか味方なのか解らない。


「そろそろ降ろして」

「はいな」


 降ろされたレイは「ふう」と息を吐き出して自分の両手をみた。


 ちゃんと人間になっている。


 ノヴァも【女王の加護】で人間の姿になっているけれど、いまは顔を真っ赤にして文句を言っているのでそれどころじゃない。


「いや! 止めて! 近づくな!」

「ノヴァリエ様、聞いてるぜ。防御力が高いんだろ? じゃあウチの抱擁にも耐えられるよなあ。人間姿のノヴァリエ様可愛いなあ。抱きしめさせろ」

「いやああ! レイヴン助けて!」


 ノヴァはレイの後ろに隠れた。


「止めなよ。一応『猫の国』の姫なんだから」

「そ、そうよ! あたし偉いのよ! あたしが言えば国が総出で襲ってくるわよ!」

「受けて立つぜ! 国ぐらい何でもねえ」


(マジで言ってんの!? 止めてよ!! 僕のすみっこぐらしが!)


 一時の快楽で国と戦争することも辞さないとか頭がおかしい――これだから高レアキャラは、とレイは思った。


(ま、高レアだろうって僕が思ってるだけで、ヨルは実際にゲームには登場しないんだけどね)


 とは言え、四人一度に相手取って全員を無傷で気絶させ、担いで落ちてくるような奴が低レアなわけがなく、レイとしては、あんまり近くにいてほしい存在ではなかった。


 守ってくれているのにひでえ評価である。 


(僕の目的はひっそり暮らすことで、だからネフィラとかノヴァとか低レアキャラを仲間にして、裏切られるまで手伝ってもらってるのに、高レアキャラにぶっ壊されたんじゃたまったもんじゃない)


 そうレイは考えているけれど、そもそも適当やって色々ぶっ壊しているのはレイ本人だし、現在、すでにネフィラやノヴァは低レアキャラと言うにはステータスが優秀すぎている。


 レイに救われた時点でネフィラが『先祖返り』をせずに魔族として本領を発揮できるようになったのは先に書いたとおりだが、ノヴァもゲームでは薬を常習的に使われたせいで防御力が極端に下がっていた――それでもある程度壁役として使える低レアキャラとして地位を築いていたけれど。


 もちろんそんなゲーム的な裏話など知らないレイは、


(ノヴァは防御力お化けだけど、そうは言ってもダンジョン潜るなら一人で僕を守るのは無理があるだろうからなあ。パーティメンバーは必須だよね。……ヨルはパーティにしないけど。目立つから)


「ヨル。遊んでないで準備を手伝って。冒険者ギルドに行くんだから」

「ウチもついていくぜ。レイヴン様をお守りするぜ」

「来なくていい。僕が一人でも生きていけるようにする準備なんだからヨルがいたら準備にならないでしょ」

「おお! 偉いな、レイヴン様。感動したぜ。そういうことならウチは身を引くぜ。大教会で登録した時から成長したなあ。うんうん」


(あれからいろいろやらかしたからね! 僕がここにていよく追放されたんだってヨルも解ってるでしょ! 偉いとか皮肉じゃん!)


 頷いていたヨルは続けて、


「よっしゃ。じゃあ街の近くまで送ってやるぜ!」

「……あの、さっきから聞きたかったんだけどさ」

「ん? なんだ?」

「馬車は?」

「忘れてきた」

「……どうやってあたしたち送るつもりなのよ」


 ノヴァが言うとヨルはにっと笑った。


「ウチが担いでいくぜ」

「山賊かな?」

「メイドだぜ」

「……とりあえず一回屋敷に連れてってよ。そこから馬車で行くから」

「はいな」


 仕方なくレイとノヴァはヨルに担がれて屋敷へと向かった――その選択が後になって面倒なことを引き起こすのも知らずに。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女のチートな悠々自適生活〜伝統魔法を使い続けていたら気づけば賢者になっていた〜

犬社護
ファンタジー
ユミル(4歳)は気がついたら、崖下にある森の中にいた。 馬車が崖下に落下した影響で、前世の記憶を思い出す。周囲には散乱した荷物だけでなく、さっきまで会話していた家族が横たわっており、自分だけ助かっていることにショックを受ける。 大雨の中を泣き叫んでいる時、1体の小さな精霊カーバンクルが現れる。前世もふもふ好きだったユミルは、もふもふ精霊と会話することで悲しみも和らぎ、互いに打ち解けることに成功する。 精霊カーバンクルと仲良くなったことで、彼女は日本古来の伝統に関わる魔法を習得するのだが、チート魔法のせいで色々やらかしていく。まわりの精霊や街に住む平民や貴族達もそれに振り回されるものの、愛くるしく天真爛漫な彼女を見ることで、皆がほっこり心を癒されていく。 人々や精霊に愛されていくユミルは、伝統魔法で仲間たちと悠々自適な生活を目指します。

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

この度異世界に転生して貴族に生まれ変わりました

okiraku
ファンタジー
地球世界の日本の一般国民の息子に生まれた藤堂晴馬は、生まれつきのエスパーで透視能力者だった。彼は親から独立してアパートを借りて住みながら某有名国立大学にかよっていた。4年生の時、酔っ払いの無免許運転の車にはねられこの世を去り、異世界アールディアのバリアス王国貴族の子として転生した。幸せで平和な人生を今世で歩むかに見えたが、国内は王族派と貴族派、中立派に分かれそれに国王が王位継承者を定めぬまま重い病に倒れ王子たちによる王位継承争いが起こり国内は不安定な状態となった。そのため貴族間で領地争いが起こり転生した晴馬の家もまきこまれ領地を失うこととなるが、もともと転生者である晴馬は逞しく生き家族を支えて生き抜くのであった。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

爺さんの異世界建国記 〜荒廃した異世界を農業で立て直していきます。いきなりの土作りはうまくいかない。

秋田ノ介
ファンタジー
  88歳の爺さんが、異世界に転生して農業の知識を駆使して建国をする話。  異世界では、戦乱が絶えず、土地が荒廃し、人心は乱れ、国家が崩壊している。そんな世界を司る女神から、世界を救うように懇願される。爺は、耳が遠いせいで、村長になって村人が飢えないようにしてほしいと頼まれたと勘違いする。  その願いを叶えるために、農業で村人の飢えをなくすことを目標にして、生活していく。それが、次第に輪が広がり世界の人々に希望を与え始める。戦争で成人男性が極端に少ない世界で、13歳のロッシュという若者に転生した爺の周りには、ハーレムが出来上がっていく。徐々にその地に、流浪をしている者たちや様々な種族の者たちが様々な思惑で集まり、国家が出来上がっていく。  飢えを乗り越えた『村』は、王国から狙われることとなる。強大な軍事力を誇る王国に対して、ロッシュは知恵と知識、そして魔法や仲間たちと協力して、その脅威を乗り越えていくオリジナル戦記。  完結済み。全400話、150万字程度程度になります。元は他のサイトで掲載していたものを加筆修正して、掲載します。一日、少なくとも二話は更新します。  

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

処理中です...