レイヴン・ヴィランは陰で生きたい~低レアキャラ達を仲間にしたはずなのに、絶望を回避してたらいつのまにか最強に育ってた、目立つな~

嵐山紙切

文字の大きさ
上 下
19 / 41

第17話 とらわれの猫姫

しおりを挟む
『猫の王国』第二王子の娘――すなわち王族であるノヴァリエ・キャットは蹲って血を吐き、なんとか呼吸をしようと口を開けたが、その瞬間、思い切り髪を引っ張られて悲鳴を上げる。


 すぐに拳が飛んでくる。


 衝撃――だが、先ほどよりはずっと弱い。


ってえな、コイツ。薬切れてきたらしいぜ。ったく、防御力いくらあんだ? 手の方がいかれちまう」

「早く次の薬入れてやれ。注射針も通んなくなる」

「解ってるって」


 殴っていた男は言って、一度牢から出ると手に注射器を持って戻ってきた。


 ノヴァの髪を引っつかむと、前髪が流れて彼女の顔がランプの光に照らされる。


 ノヴァは男を睨んでいた――その目は死んでいない。


「おお、怒ってる怒ってる。まだ殴られ足りねえか」

「今のうちに吠えてなさい。すぐに騎士たちが来てあんたたちなんかあっという間に倒しちゃうんだから」

「それまでお前の根性が保てばいいけどな」


 男は薬を投与しようとしたが、その腕にノヴァが思い切り噛みつく――薬が地面に落ちた隙にノヴァは踏みつけ、割った。


「痛っ! てめえ!!」


 男がノヴァの腹部を殴ると彼女の身体が浮く。後ろ手で縛られている上に、両足も拘束されているため受け身などとれるはずもなく、ノヴァは地面に全身を強くぶつけた。


 血で濡れた頬に砂がつく。


「貴重な薬に何しやがる、ガキ!!」


 二人の男はノヴァの身体を蹴り始めたけれど、すでに防御力が戻ってきている関係上、そこまで大きなダメージにならない。


 対して男たちは岩でも蹴っているみたいに反動を受けていたし、疲弊していた。


「くっそ。最後の一個だったのによ。薬運んで来なきゃいけねえじゃねえか」


 男たちはグチグチと言いながら、ようやく暴行を止めてノヴァを投げ出すと、牢の扉を閉めた。


(やっと終わった)


 ぐったりと地面に横たわりながらノヴァは咳き込む。男たちがランプを持って離れると暗闇があたりを覆い尽くしていく。


 どうもこの洞窟は盗賊か何かの根城として長いこと使われてきたらしい。地下にあることくらいは解るけれど、気絶した状態で連れてこられたので具体的な場所は解らない。


 遠くから洞窟内に男たちの笑い声が反響してきて、ノヴァは歯ぎしりをした。


(早く騎士を連れて来なさいよ、ダルトン! あたしのこと必ず守るって言ったでしょ!)


 怖くて、体中が痛かったけれど、いまはただ怒りで心を支配して、恐怖と痛みを駆逐することでノヴァは自分を保っていた。


 なぜ殴られなければいけないのかとか、どうしていまなのかとか、そんなことは考えない――考えてしまえば最後、「もしかすると見つけてもらえないかも」なんて余計な思考が溢れてしまうんじゃないかと不安だったから。


 だから怒る――代わる代わる殴る男たちにも、全然やってこないキャット家の騎士団長にも、


 そして、自分自身にも。


(どうしてこんなノロマたちに捕まったのよ、あたし!)


 呼吸をするたびに胸が痛む――きっとまだ薬が切れていないうちに蹴られたときに肋骨が折れたのだろう。


 モンスターに襲われた時とはまるで勝手が違う――男たちは執拗に一カ所を狙って殴り、蹴り、効率的に破壊することを目的にダメージを与える。


 痛めつけるためだけに暴力を振るう。
 弱い場所を必要に狙ってくる。
 

 奴らが戻ってきたらまた暴力を振るわれると思うと恐怖で身体が震えた。痛いのはもう嫌だった。周囲が暗いこともあって、ネズミか何かの物音がするだけでビクついてしまう――すでに怒りのまやかしを恐怖が上回っている。


 自分をだませない。


(怒らないと……怒らないと! あいつらがむかつく! いつまでも来ないダルトンがむかつく! 捕まっちゃったあたしがむかつく! むかつく! むかつく!)


 怒りは湧いてこない。


「……助けて、お父様」


 そう、ノヴァが呟いた瞬間、足音がして、通路の向こうから光がやってくる。


 もう戻ってきた。また殴られる――ノヴァの身体は反射的に身を守ろうとして、牢の隅に縮こまる。


(怒れ! 怒れ、あたし! そうすれば痛いのが少しはマシになるから! 怒って!!)


「……大丈夫ッスか、お嬢様?」


 その聞き覚えのある声にノヴァははっと顔を上げ、


 そしてボロボロと涙をこぼした。


 そこにはキャット家騎士団長、ダルトンの姿があった。


「遅いわよ、ダルトン!!」

「すいやせん。ちょっと時間かかったッス」


 言いながらダルトンは鍵を開け、縛られたノヴァに近づいた。


「なかなかやられたッスね」

「それより、どうやってここを見つけたのよ?」

「それはッスねえ……」


 と、ダルトンが言った瞬間、また新しい光が通路の向こうからやってくるのが見えて、ノヴァは身を固めた。


 現れたのはノヴァを殴っていた二人の男。
 彼らはダルトンを見ると、言った。


「やっと来ましたか、頭領ボス

「ちょっと手間取ったッス。とは言え計画は順調ッスよ。キャット家当主はもうすぐ死ぬッス」



「……………………え?」



 ノヴァは信じられないものを見る目でダルトンを見た。


「な、何言ってんの、あんた」

「何って、言ったとおりッスよ」


 ダルトンはノヴァの髪を掴んで顔を近づけ、


「第一王子が王になるには、第二王子って邪魔じゃないッスか」

「あ……あんた、裏切ったわね!!」

 
 ノヴァは反抗しようとしたが、ダルトンがぐいと髪をひっぱり悲鳴を上げる。彼は涼しい顔をしてノヴァを見て、


「ああ、逃げないでくださいよ、お嬢様」

「離しなさい! ダルトン! どうして!?」

「いやね、色々考えたんッスけど、やっぱり第一王子の方が得なんッスわ。聖人君子は金にならねえッス。それに――お行儀良くしてる奴ってぶっ壊したくならないッスか?」

「そ……そんなことで……お父様を!!」

「安心してくださいよ、お嬢様。当主はまだ死んでないッス。死ぬ瞬間は、お嬢様にもしっかりと見てもらうッスから。ほら、歩いてください」

「嫌! 嫌! 離しなさい!」

「聞き分けがない子ッスね」


 ダルトンは言ってノヴァの首を掴むと腕を伸ばしたまま彼女を持ち上げた。あまりの苦しさにノヴァは足を動かし、ダルトンを蹴ろうとするが、届かない。


「これは、徹底的に痛めつけて教え込まないとダメッスね。あの方――第一王子に刃向かわないように。これからたくさん教育してあげるッス。だって俺、お嬢様の教育係ッスから」


 ぱっとダルトンが手を離してノヴァは地面に倒れこみ大きく咳き込む。彼はそれも構わずに襟首を掴んでそのまま歩き始めた。


 ノヴァは抵抗しながらも引きずられて、たどりついたのは比較的広い部屋――と言っても洞窟であることには変わりなく、ドーム状の天井は岩で、壁がくりぬかれてランプが置いてある。


 そこには何人もの男たちが待っていて、ノヴァを見るとニヤリと笑う。


 背筋が凍った。


「当主が死ぬまで時間があるッスから、その間こいつらの相手をしてるッス。なに、これからもずっとやる教育の一環ッスよ。たくさん殴られればその性根も少しは変わるっしょ」


 そう言って、ダルトンはノヴァを広間の中央に放り投げた。


 身体が打ち付けられて、さっきまで殴られていた痛みがぶり返して、同時に恐怖まで思い出す。


 男たちがノヴァの身体を押さえつけると、ダルトンが薬を手に近づいてきた。

 
 頼みの綱は全て断ち切られた。

 
 ダルトンは寝返り、父はここにいない。


 誰も助けてなんてくれない。


「やだ! やだやだやだ! その薬やだ! 痛いのやだ! もう終わりにして!」


 さっきよりさらに屈強な男たちがのぞき込んできて、ノヴァの顔に影ができる。


「やだ! 嫌! いやああああああああああああああああああああああ!! やめてやめてやめて!! 誰か助けてえええええええええええええええ!!」







「うるさいなあ! 気持ちよく寝てたのに!!」







 部屋の隅、ちょうどランプの光が当たらない薄暗がりの方から声が聞こえる。


 この瞬間まで眠っていた――と言うより眠らされていたその少年は、椅子に縛られたままゆっくりと顔を起こして、あくびをした。


「あれ? ここどこ?」


 そう、レイは呟いた。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

『自重』を忘れた者は色々な異世界で無双するそうです。

もみクロ
ファンタジー
主人公はチートです!イケメンです! そんなイケメンの主人公が竜神王になって7帝竜と呼ばれる竜達や、 精霊に妖精と楽しくしたり、テンプレ入れたりと色々です! 更新は不定期(笑)です!戦闘シーンは苦手ですが頑張ります! 主人公の種族が変わったもしります。 他の方の作品をパクったり真似したり等はしていないので そういう事に関する批判は感想に書かないで下さい。 面白さや文章の良さに等について気になる方は 第3幕『世界軍事教育高等学校』から読んでください。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

前世を思い出しました。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

棚から現ナマ
恋愛
前世を思い出したフィオナは、今までの自分の所業に、恥ずかしすぎて身もだえてしまう。自分は痛い女だったのだ。いままでの黒歴史から目を背けたい。黒歴史を思い出したくない。黒歴史関係の人々と接触したくない。 これからは、まっとうに地味に生きていきたいの。 それなのに、王子様や公爵令嬢、王子の側近と今まで迷惑をかけてきた人たちが向こうからやって来る。何でぇ?ほっといて下さい。お願いします。恥ずかしすぎて、死んでしまいそうです。

処理中です...