13 / 41
第11話 ノックス・リーチは忖度しない
しおりを挟む「おい! てめえ!」
と叫んだノックス・リーチは齢十八のヴァンパイア族の男ではあったけれど平民の出自で、ヴィラン家の分家ヴァンプ家の治める領地で鬱々と過ごしてきた。
(俺はもっとできるはずだ。ここにいるべきじゃない)
現にノックスのステータスは彼の生活する村だけではなく、ヴァンプ家の領地内でだって群を抜いていて、ことあるごとにモンスターの討伐を依頼され、使い倒されていた。
戦うのは好きだった。
けれど、自分と周りの差がつきすぎて、「アイツは天才だから」と強くなるために努力しない奴が多すぎて、彼らを軽蔑すると同時に、自分が彼らにとって毒なんじゃないかと思い始めていた。
(俺というあたりまえを奪えばこいつらはきっと努力する。最近感謝すらされないからな)
そう考えたからこそ、ノックスは噂に聞くこのヴィラン家の訓練場へと足を運んでいた。
ここで力を示せば、本家序列一位ヴィラン家での就労が保証される――つまるところこれは就労試験であり、正統な手続きだと一般には思われている。
要するに、レイが思っていた役者というのは間違いである。
ちなみに、ネフィラはまったく別の方法、すなわち「ヴィラン家に侵入する」という異常な方法でその力を認めさせるという邪道を通っているので、採用されるための方法は他にもある。
とは言え、ノックスは邪道など知らない。正統な正攻法で『100000の霧』を苦もなく超えて中に入り、すでにいた魔族たちを観察する。
(まさか、あの傷跡は《創痍工夫》か? それにあの弓! 《節制の射手》だ! さすがヴィラン家。志願する奴らのレベルが違う)
二つ名持ちの魔族を見られただけでもここに来た甲斐があるとノックスは思った。
倒し甲斐があると思った。
しばらくしてスケルトンの男に案内されていくつかの数値を測定し、何度かの戦闘の末に、現在、ノックスはこの部屋で待機していた。
(きっとここに集められたのは有力視された奴らだろう。《創痍工夫》も《節制の射手》も当然いる。ってことは俺はあいつらと同じかそれ以上のレベルってわけだな)
彼らとも戦えるのかと思うとノックスはうずうずして、全身に鳥肌が立つのを感じる。彼のあとからもたびたび魔族が部屋へとやってきていて、ノックスはまだかまだかと気を揉んだ。
そのときだった。
部屋のドアが開いて少年と少女――レイとネフィラが入ってきたのは。
とは言え、ノックスはヴィラン家のことを噂でしか聞いたことがない――つまり実際にヴィラン家の魔族を見たことがあるわけではなく、それはここにいる誰もがそうだった。
誰もレイのことを知らない。
随分若いのが来たなと思いこそすれ、ほとんどの魔族はすぐにレイたちから視線を逸らした。
ノックスを除いて。
彼はレイの後ろを歩く少女、ネフィラに釘付けになっていたが、別に、ネフィラの事を知っていた訳ではない。彼女のことも初めて見た。
初めて見て、恋に落ちた。
(うわ、なんだあの子! かっわいい!)
ノックスはロリコンの気があった。
ヴァンパイア族だから処女の生き血を欲するとかじゃなくてただ単にロリコンだった。
とは言え、彼は十八のちゃんとした大人なので目で見て愛でるだけで触れたりはしない――社会にやさしいロリコンである。
エコであると言ってもいい。
生態系に害をなさないから。
エコロリーな彼はじっとネフィラを見つめ続け一挙手一投足の全てを観察し、目に焼き付ける。
(可愛すぎる!)
と胸が締め付けられた彼ではあったが、ふと、ある事実に思い至った。
(ここにいるってことはあの天使は当然『100000の霧』を通って、幾多の戦闘を乗り越えてきたってことだ。あんな可愛いのにその上強いのか! ますます好きになってしまう!)
胸をかきむしるようにして(おい具合が悪いのか、と心配された)呼吸を整えていた時にその事件は起こった。
少年と少女は測定器の前で何やら武器を振るっている。ここからその数値までは見えなかったけれど、少年が武器を振るった直後に、少女はその場にしゃがみ込んで額を地面に擦りつけるのは見えた。
(俺の天使に何させてんだあのガキ)
お前のじゃねえだろ。
ノックスの胸中でふつふつと怒りがわき上がり、ぎろりと少年――レイを睨む。
が、レイはそれには全く気づかず、そのまま、ソードブレイカーを振り上げて、ネフィラを殴りつけた。
プツン、と頭の中でなにかがキレる音がした。
「おい! てめえ!」
ノックスはずかずかと歩いて行き、レイを見下した。
レイは少し怯えたように後退って、
「な、なに!?」
「はあ!? なにじゃねえだろうが! てめえぶっ殺してやる!」
と、ノックスが剣を抜こうとしたところで、ネフィラが顔を上げ、レイとノックスの間に割り込んだ。
もちろん彼女の顔には傷はないし、相変わらずの無表情である。
ただ、どこか冷たい怒りがその目には宿っていた。
レイに危害を加えようとする存在への怒り――ではなく、悦びの余韻を潰された怒りが。
一応整理しておくと、この場で誰が一番悪いのかといえば被虐趣味を我慢できなかったネフィラなのだけれど、一番怒っているのもネフィラだった。
理不尽にもほどがある。
彼女はノックスをじっと見て、
「わたしのご主人様に何をしようとしてるんです? どうして邪魔するんです? あなたなんなんですか?」
「俺は君を助けたいだけだ! そいつが君に暴力を振るうのが許せないんだ!」
「あなたわたしのなんなんですか?」
ノックスは一瞬口を噤んだが、すぐに、
「君はそいつに痛めつけられて少しまいってるんだ。だからそんなおかしなことを考えてしまうんだよ」
ネフィラがいわゆるストックホルム症候群的な、痛めつけ拘束してくる相手に対して好意を寄せてしまっている状態だと思ってノックスは言ったが、ネフィラは、
「邪魔です。どっか行ってください。わたしはあと十回は殴られなきゃいけないんですから」
貪欲すぎる。
と言うより今までハーピィ家で監禁されていた分の反動が来ているのだが、そんなことをノックスが知るはずもない。
ぐっと彼が歯ぎしりをしていると、後ろから《創痍工夫》がやってきてノックスに言った、
「さっきから話を聞いていたんだが、何かずれてないか?」
「何かって何です?」
「いや、この子は殴られたがっているように聞こえる。たぶん、それは正しくて、この男の子は女の子を鍛錬してあげていただけなんじゃないか? 防御力を上げるために」
「……そんな訓練ありません」
「そうか? 俺は結構やるけどな」
頭のおかしい奴しかいないので多数決が迷走している。自分がまさかのマイノリティであることに気づいたノックスに追い打ちをかけるように、未だ役者だと思っているレイが、
「もう茶番はいいよ。(演技の)実力を見せたいんでしょ。相手してあげるから」
もちろんその言葉はノックスの神経を逆なでした。
「はっ! いいだろう! てめえ後悔させてやるからな! そして、もし俺が勝ったら、二度とこの子に暴力を振るわないと約束しろ!」
「そんな約束わたしがさせません」
「なんで君が反対するかな!」
ネフィラに反論されてノックスは頭をかかえた。
「ああもう! やるぞ! 位置につけ!」
「じゃあ俺が公正な判断をしてやろう」
そう《創痍工夫》が言って、他の魔族たちを移動させ、レイとノックスの間に立つ。
ここでおさらい。
レイは攻撃力以下全て1でそれがMAX値であり、そして、ノックスのことをただの役者だと思っている。まるで時代劇の殺陣のように当たってもいないのにやられる演技をするプロだと思っている。
かたや、ノックスの攻撃力は300000を超え、村ではモンスターを屠って連戦連勝、防御力その他のステータスも軒並み100000を超えているのは霧を通り抜けたことからも明らかだった。
その二人がいま、武器を持って向かい合う。
《創痍工夫》が手を上げて、叫んだ。
「始め!」
というかけ声と共に、ノックスはレイの間合いに入った。
右足のつま先で地面を蹴っただけで、自分の身体三つ分を跳ぶ。
レイは持っている武器を振っているがその動きは素人丸出し。
(一瞬で片をつけてやる。なに、殺しはしない。ただ、俺の天使が受けた痛みは倍にしてぶつけてやる!)
ノックスは完全な私怨をレイにぶつけようとした。
レイの振ったソードブレイカーを避けて、
強烈な一撃を叩き込――
「――――――――あれ?」
ノックスの身体はいつの間にか宙を浮いて後方に跳んでいる。
握りしめていたはずの剣が手から離れて回転しながら遠ざかっていくのが見える。
完全に体勢を崩したノックスは、
そのまましたたか尻餅をついた。
何が起きたのか理解出来ない。
目をぱちくりさせているとレイが近づいてきて、ソードブレイカーを突きつけ、
「やられる演技もしないとね」
そう言って、顔面に思い切りソードブレイカーを振り下ろした。
77
お気に入りに追加
416
あなたにおすすめの小説
勇者一行から追放された二刀流使い~仲間から捜索願いを出されるが、もう遅い!~新たな仲間と共に魔王を討伐ス
R666
ファンタジー
アマチュアニートの【二龍隆史】こと36歳のおっさんは、ある日を境に実の両親達の手によって包丁で腹部を何度も刺されて地獄のような痛みを味わい死亡。
そして彼の魂はそのまま天界へ向かう筈であったが女神を自称する危ない女に呼び止められると、ギフトと呼ばれる最強の特典を一つだけ選んで、異世界で勇者達が魔王を討伐できるように手助けをして欲しいと頼み込まれた。
最初こそ余り乗り気ではない隆史ではあったが第二の人生を始めるのも悪くないとして、ギフトを一つ選び女神に言われた通りに勇者一行の手助けをするべく異世界へと乗り込む。
そして異世界にて真面目に勇者達の手助けをしていたらチキン野郎の役立たずという烙印を押されてしまい隆史は勇者一行から追放されてしまう。
※これは勇者一行から追放された最凶の二刀流使いの隆史が新たな仲間を自ら探して、自分達が新たな勇者一行となり魔王を討伐するまでの物語である※

スキルを得られない特殊体質の少年。祠を直したらユニークスキルもらえた(なんで??)
屯神 焔
ファンタジー
魔法が存在し、魔物が跋扈し、人々が剣を磨き戦う世界、『ミリオン』
この世界では自身の強さ、もしくは弱さを知られる『ステータス』が存在する。
そして、どんな人でも、亜人でも、動物でも、魔物でも、生まれつきスキルを授かる。
それは、平凡か希少か、1つか2つ以上か、そういった差はあれ不変の理だ。
しかし、この物語の主人公、ギル・フィオネットは、スキルを授からなかった。
正確には、どんなスキルも得られない体質だったのだ。
そんな彼は、田舎の小さな村で生まれ暮らしていた。
スキルを得られない体質の彼を、村は温かく迎え・・・はしなかった。
迫害はしなかったが、かといって歓迎もしなかった。
父親は彼の体質を知るや否や雲隠れし、母は長年の無理がたたり病気で亡くなった。
一人残された彼は、安い賃金で雑用をこなし、その日暮らしを続けていた。
そんな彼の唯一の日課は、村のはずれにある古びた小さな祠の掃除である。
毎日毎日、少しずつ、汚れをふき取り、欠けてしまった所を何とか直した。
そんなある日。
『ありがとう。君のおかげで私はここに取り残されずに済んだ。これは、せめてものお礼だ。君の好きなようにしてくれてかまわない。本当に、今までありがとう。』
「・・・・・・え?」
祠に宿っていた、太古の時代を支配していた古代龍が、感謝の言葉と祠とともに消えていった。
「祠が消えた?」
彼は、朝起きたばかりで寝ぼけていたため、最後の「ありがとう」しか聞こえていなかった。
「ま、いっか。」
この日から、彼の生活は一変する。
セーブポイント転生 ~寿命が無い石なので千年修行したらレベル上限突破してしまった~
空色蜻蛉
ファンタジー
枢は目覚めるとクリスタルの中で魂だけの状態になっていた。どうやらダンジョンのセーブポイントに転生してしまったらしい。身動きできない状態に悲嘆に暮れた枢だが、やがて開き直ってレベルアップ作業に明け暮れることにした。百年経ち、二百年経ち……やがて国の礎である「聖なるクリスタル」として崇められるまでになる。
もう元の世界に戻れないと腹をくくって自分の国を見守る枢だが、千年経った時、衝撃のどんでん返しが待ち受けていて……。
【お知らせ】6/22 完結しました!
髪の色は愛の証 〜白髪少年愛される〜
あめ
ファンタジー
髪の色がとてもカラフルな世界。
そんな世界に唯一現れた白髪の少年。
その少年とは神様に転生させられた日本人だった。
その少年が“髪の色=愛の証”とされる世界で愛を知らぬ者として、可愛がられ愛される話。
⚠第1章の主人公は、2歳なのでめっちゃ拙い発音です。滑舌死んでます。
⚠愛されるだけではなく、ちょっと可哀想なお話もあります。
愛されない皇妃~最強の母になります!~
椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』
やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。
夫も子どもも――そして、皇妃の地位。
最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。
けれど、そこからが問題だ。
皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。
そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど……
皇帝一家を倒した大魔女。
大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!?
※表紙は作成者様からお借りしてます。
※他サイト様に掲載しております。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる