レイヴン・ヴィランは陰で生きたい~低レアキャラ達を仲間にしたはずなのに、絶望を回避してたらいつのまにか最強に育ってた、目立つな~

嵐山紙切

文字の大きさ
上 下
5 / 41

第3話 吊るされた娘 side アリス

しおりを挟む
 序列三位のスパイダー家を本家に持ちながら、スパイダー家と同等かそれ以上に力を持つハーピィ家は、財力もさることながらその戦闘力も分家一であり、二つを使って多くの無理を通していた。


 無理によって分家間に生まれた軋轢は数年前に一度爆発しており、その際、本家であるアラクネ族のスパイダー家を主導として大規模な戦闘が行われ、双方に大きな損害を与えた後に、【女王】による仲裁が入り終結を迎えた。


 が、天使のような見た目に反して、その裏側は暴力的なハーピィ家がただはいはいと矛を収める訳がない――彼女たちはこの戦闘で切り札を手に入れていた。


 それが、ネフィラ・スパイダー――スパイダー家当主の娘である。


 彼女は戦闘に巻き込まれて死んだことになっているが実際はそうではない――混乱に乗じて誘拐された彼女の存在は厳重に秘匿され、情報戦を得意とするアラクネ族にすら知られずに、交渉の切り札として隠されている。


(その事実を知っているのでしょうか――いえ、あり得ませんね)


 アリス・ハーピィは唾を飲み込んで、目の前に座るレイをじっと観察した。


 白髪のカールした髪とそこに生えた小さな角、骨の両手、女の子と言われても違和感がないほどかわいらしい顔をしている、子供。


 それがアリスのレイに対する印象であり、社交難易度は明らかに低く、籠絡し安いと考えていた。甘やかして褒めそやして、すごいすごいと言っていればそれだけで落ちると考えていた――実際ゲームではそうなっていたので、アリスの考えは基本的には正しい。


 とは言え、難易度が低いからと言ってアリスが手を抜いていた訳ではない。


「なんとしてでもレイヴン様に気に入られなさい」


 両親からはそう言い含められ、釘を刺されていた。

 
 それもそのはず。


 レイの属するヴィラン家は序列一位でありながら社交を重んじない――故に、レイを家に招いたというのは一つの偉業であり、ハーピィ家はこのチャンスを逃すまいとしている。


 そして、こういう好機を逃さないためにアリスは厳しい教育を受けてきたと言っても過言ではない。


 よわい十二にしてすでに社交ももてなしも完全に身につけており、まだ精神的に幼いレイを手玉に取ることなど容易い――そのはずだった。


 アリスは考える。


(ハーピィ家とスパイダー家との間にある確執はご存じのはず。それでもなおここで発言されるとはどういうことでしょう? 意図が読み取れません)


 深意を探るべく、アリスは口を開いた。


「え、ええ。存じ上げておりますが――あまりお話したことはありませんでした」

「え? そんなはずは……確かあだ名をつけていましたよね」

「いえ、つけてなど――」

「『吊るされた娘』、って」

「どうしてそれを知ってるんですか!?」


 驚きのあまり立ち上がった瞬間、カップが倒れて白いテーブルクロスにシミが広がる。


 アリスは自分の顔から血の気がひくのを感じた。

 
(どうして知ってるんです、どうして知ってるんです、どうして知ってるんです! それはなのに!)


 アリスは陰湿だった。


 毎日の厳しい教育と社交にうんざりして、けれど、親に反抗することもできない彼女は、夜な夜な家族に隠れて地下牢に降りていきネフィラをいじめ、憂さを晴らしていた。


――お前は見捨てられたんです。『吊るされた娘』を本当の名で呼ぶ方はもういません。

――誰も助けになんて来ませんよ。あなたは私にいじめられるだけいじめられて、腐って死んでいくんですよ。


 自分より惨めな存在が目の前にいるとわかるだけで、アリスの心は満たされた――厳しい教育も嫌な社交もネフィラをいじめれば我慢できた。


(全部バレてる。どうやって知ったのかは解りませんが、要するにこれは、レイヴン様が――ひいてはヴィラン家がスパイダー家の肩を持つということ……)


 あまりの恐怖に胃酸が口に上ってくるのを感じる。
 油断しているつもりはなかったし、社交態度は完璧だった。
 それでも心のどこかで侮っていた。

 
(そう、そもそも籠絡しようなどと言う考えが、手駒にしようという考え自体が間違っていました)


 ヴィラン家がどうして禁忌的なのかを忘れていた、と言うより常識過ぎて、当たり前すぎて、完全に意識の外にあった。


 だから見過ごした。


 アリスは思い出す。
 ヴィラン家に幾つも存在する伝説や逸話を。


 例えば、ヴィラン家の先代当主は二十の家を滅ぼして再編し、五つの魔力災害を事前に収め魔界の危機を救ったと言われている。

 
 対して現当主は、社交をほとんどしないものの、いわゆる危険分子と呼ばれた魔族たちを片っ端から掌握し、あるいは消滅させて、先代の成した基盤をさらに固めている――こちらは表にはまったく出ていない情報だけれど。


 その強大さ故に、社交を行おうものならパワーバランスが崩壊するどころか、社交をしている相手を殺してしまいかねないと言われている。


 だからこその、孤立。
 孤高。

 
(他の分家を相手取って戦うのとは訳が違います。私たちは、嵌められたのですね……。ヴィラン家と手を組めばより強大な権力を手にできると考えて、レイヴン様のお誘いを二つ返事で受けてしまいましたが、その深意を考えることなど誰もしませんでした)


 そう、ネフィラを救うという深意を。
 ハーピィ家を断罪するという深意を。


 まあそんなものレイにはなく、水たまりくらい浅い考えしか持っていないのだけど、アリスが知るはずもない。


 アリスは震える手で口を押さえて嘔吐くのをなんとか抑えると、


「申し訳ありません。レイヴン様。このお話は私には荷が重すぎます。当主をお呼びしますので、少々お待ちいただけますか?」

「え? あ、はい」


 レイの返事を聞くやすぐに姉たちを連れ、レイ一人を残して応接間を出た。
 姉たちに矢継ぎ早に質問されるのを無視して、アリスは当主にして母のもとへと向かう。


 その頭は「死にたくない」という言葉でいっぱいだった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

異世界は流されるままに

椎井瑛弥
ファンタジー
 貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。  日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。  しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。  これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。

今日も学園食堂はゴタゴタしてますが、こっそり観賞しようとして本日も萎えてます。

柚ノ木 碧/柚木 彗
恋愛
駄目だこれ。 詰んでる。 そう悟った主人公10歳。 主人公は悟った。実家では無駄な事はしない。搾取父親の元を三男の兄と共に逃れて王都へ行き、乙女ゲームの舞台の学園の厨房に就職!これで予てより念願の世界をこっそりモブ以下らしく観賞しちゃえ!と思って居たのだけど… 何だか知ってる乙女ゲームの内容とは微妙に違う様で。あれ?何だか萎えるんだけど… なろうにも掲載しております。

処理中です...