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修学旅行の英雄譚 Ⅰ

それとの遭遇 波乱の予感

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買い物を済ませて二キロ超あった商店街を抜けた俺達を待っていたのは巨大な美術館だった。
「でっけー、今日中にこれ全部見てまわるのかよ」
拓翔が入口前の橋の真ん中に立って美術館を見上げながらそう漏らす。
「はい、せっかく来たのですからどうせなら全部見てしまいましょう。その方が心残りも無いでしょうし」
二キロをほぼノンストップで歩いてきた俺達は既に疲労がピークに達しており、黒澤なんか「もう無理、もう絶対歩けない」と息を切らしている。人間よりもスペックが高い悪魔だけどこの距離を歩いてピンピンしてるとか体力どうなってんだよ。
「みんな、とりあえず中に入ろう。中ならどこかに座る場所があるかもしれないし黒澤も休めるだろ?」
ミラを先頭にぞろぞろと四人がついていく。
「でっけー、今日これ全部見てまわるのかよ」
さっき聞いたのも全く同じ台詞がさっき俺達が渡った橋から聞こえてきた。
振り向いて見るとそこには久瀬とローランとあと一人俺の知らない生徒がいた。
向こうも俺達に気付いたようでこちらに駆け寄ってくる。
「際神に新條じゃねぇかよ。お前らもここ見て回るのか?」
「おう、そのつもりだぞ?」
「それなら一緒に回らね?これだけでかいと迷子になりそうでよ」
そういうことなら断る理由は無いだろう。俺としてもローランか近くにいると安心できるしこいつにも本来の役割を果たしてもらわないとな。
「黒澤と氷翠とミラは先に中に入っててくれないか?」
氷翠が聞き返してくる。
「悠斗君は?」
後ろにいるローランを指差す。この動作で氷翠に伝わったようで二人を中に連れて行ってくれた。
「さぁ二人共!女子達で仲良く見て回ろう!ミラちゃん案内よろくしく!」
「え……?え?どうしたの氷翠さん?」
「ちょ……ちょっと、押さないでよ」
黒澤とミラは急に元気になった氷翠に強制連行されて行った。
ありがとう氷翠、後でなにか奢るよ。
そう心の中で手を合わせた俺はローランの方に歩みよる。
「一応今日の朝会ってるけど久しぶりだな?」
すごく気まずそうにしている、俺と目も合わせようとしない。
「そうだね、今までちょっと用事があってね」
「俺と久瀬は結斗さんの言われを守ってたのにお前だけ放ったらかしにしやがったな?」
決して責めることなく、決して怒ることなく、約束を破られた子供のように。こいつの口から「ごめん」の言葉が出るまでは。
「拓翔にまで負担かけさせやがって、こいつ全く関係無かったのによ、俺に免じて協力してくれるんだとよ」
ローランが一瞬拓翔に視線を送る、それに気付いた拓翔は二ッと笑う。
「久瀬なんか修学旅行が始まるまでお前のこと探し回ったんだぜ?」
「あ、あの……悠斗君……」
「先輩達も心配してるだろうなー」
「悠斗君……すま──」
「帰ってからリーナ先輩に何されるかわかんねぇぞ?俺はそれ見て笑ってるかもしれないけどな」
「悠斗君!」
ここまできてようやくローランが俺の目を見て話そうとする。
「なんだよ?」
優しく訊く。しっかりとローランの目を見て。
「あ……と、ごめん」
ようやくか……。
「それでいいんだよ馬鹿」
俺達の隣にいた二人も安心した顔をしていた。
しかし、ローランは言葉を続ける。
「君達が僕のことを心配してくれているのは嬉しい。でもやっぱりダメだ、君達はここで手を引くべきだ。これは僕と彼ら二人の教会に関わるものの問題だ」
こいつ……!まだそんなこと言うのか。
拓翔が俺の肩に手を置いて、一歩前に出て首を横に振る。
「ダメだぜハル?こいつはもう前が見えちゃいねぇ、頭の中にあるのは強い憎悪と復讐心だけだ。なぁローランよ、俺は昨日お前のことをこいつから全部聞いた。だからお前が今どういう気持ちでこの地にいるかも分からないことも無いぜ?」
拓翔からオーラが漏れ出してバチバチと音を立てている。怒ってやがる……。
「俺らみたいなたかが十何年しか世の中みてねぇやつがよ、何千年と世界を放浪してきたやつの考えることなんざ測れねぇよ。でも今のお前はこんな俺でも手に取るようにわかるぜ?」
そう鼻で笑われたローランは拓翔を本気で睨みつける、その瞬間に対峙していない俺と久瀬が一歩後ずさってしまった。拓翔は表情を崩さずに、じっとローランを見つめる。
「別に僕は私怨だけでこう言っているわけじゃない、君達三人に氷翠さんのことを心配して言っているんだ」
その一言でさすがに我慢ならなくなり、こいつを一発殴ってやろうかと踏み込んだ時に、今朝も感じた二つの気配がした。
「ほう?お前はそんなことが言えるほど強かったのか?この俺に負けたというのに?」
「やっほー!さっきぶりだね」
光崎とオリヴィエ、時間もろくに伝えなかった二人がまた俺たちの目の前に現れた。二人の格好を見るとかなり軽装だ、あの聖剣は持ってないのだろうか?
「禁龍、お前達に時刻を伝えるのを忘れていたな。今日の十時にもう一度この場所に集まろう、その時は氷翠のお嬢様も連れて来てくれ」
「氷翠?なんで?」
「お前達は先輩方から護衛を任されているのだろう?ならば彼女を連れてくるのはごく自然なことだと思うが?安心しろ、今朝も話したが俺は彼女に手を加えるつもりは一切無い、むしろ逆だ」
言っていることは至極真っ当だけどやっぱり信用出来ない部分がある。
「ちょっと待ってくれ、先輩に電話で確認してみるよ」
携帯を取り出して結斗さんに繋げる。時間的にまだ家にいるはず……。
『はい?』
「あ、結斗さんですか?悠斗ですけど今時間大丈夫ですかね?」
『あら?悠斗じゃないの?今結斗に渡すわね』
あっぶな!?リーナ先輩にうっかり話すところだった。こんなことが先輩に知られたら何されるか……。耳元で先輩が「結斗ー!悠斗から電話よー!」と叫ぶのが聞こえ、結斗さんに携帯が渡った。
『変わったよ、それで?急にどうしたんだい?』
「結斗さん、実は今面倒事に首突っ込んじゃいまして……それで相談に乗ってもらおうと」
『いいよ。何があったんだ?』
光崎に目配せすると頷いたので、二人の名前を出しつつ詳しく話す。
「今朝、ホテル前で教会のエージェントの光崎、オリヴィエに接触されまして、ステインていうあの……ルビナウスのそばにいたエクソシストを探すことになったんですよ」
『ステイン……彼か、彼がそっちにいるんだね?』
「はい、ローランも昨日の夜に一戦交えたと言ってますしほんとで間違いないです」
『うーん……読めないな……』
「どうしたんですか?」
『あぁいや、その事件の黒幕さ、この前も言ったけどおそらくステインのバックには強力な組織、もしくは存在がいるはず。でも考えてもおかしいんだよ。とりあえず俺はこっちでできることをするから、悠斗君達はそこの男と行動するんだ。その方が氷翠さんも安全だからね』
「分かりました」
そこで通話が途切れた。
「なんて?」
光崎が訊いてくる。
「結斗さんに許可貰ったし、氷翠も連れて行くよ」
「……そうか。それなら先程伝えた通りで問題ないな、俺達はここで失礼する」
「じゃぁねー」
そう言って二人はどこかに行ってしまった。
「さて、旅行再開するか、拓翔、誤魔化し頼む」
「まかせろ」
親指を立ててそう言うと美術館に向かって走っていく。
俺は道中であることを思いついたので、ローランと久瀬達のグループに尋ねる。
「なぁ、ローラン借りるぞ?」
返事を待たずにローランの手を引き強引に建物の中に引き込む。そのまま他の作品に目もくれず、ある絵画を目指す。
「ちょ、ちょっと悠斗君、どこに行くのさ?」
「いいから黙って着いてこいよ。悪いことはしないからさ」
長い廊下を歩き続け一枚の絵の前で立ち止まった。
「これは……」
民衆の先頭に立ち、剣を掲げ雄々しく叫び戦う一人の戦士の姿が描かれた一枚の絵、誰かなんて言わなくても分かってしまう。
タイトルは『不屈の英雄』
「お前はこれまでずっと相手を恨んで、憎んで、自分を責めてくることしかしてこなかったかもしれないけどな?かつての仲間はあながちそうは思ってないみたいだぜ?」
ローランはその場で立ちつくしているが、これを見てどう思うかなんて俺には分からない、けれどこいつがこれを見て少しでも報われてくれればと思う。
「あなたがあの英雄殿ですね?」
後ろからミラの声が聞こえた。その声音は今までよりも柔らかく、ローランを慕っているような様子だ。
「お、ミラか。他の二人はどうしたよ?」
俺の質問を無視して、ローランに近づきその場で膝を着く。その行動に俺は驚いた。
「お、おい、こんなところで何やってんだよ?」
「うるっさいわね、今あなたに構ってる暇はないのよ」
もう一度ローランの目を見て頭を垂れる。
「初めましてローラン・デミディーユ様。私はミラ・アークノエル、悪魔ゴート・アークノエルの娘でございます」
ゴートという名を出した途端にローランの顔色が変わる。
「ゴート……ゴートと言ったかい?」
「はい」
優しく微笑み頷く。
「そうか……あいつ……あいつ……」
流れ出る涙を必死に抑えようとするが、遂には決壊してしまう。
「父は今も生きております。悪魔の生は永い、幼少の頃からあなたの話は幾度と伺っておりますよ?」
ミラはローランの手を握って真っ直ぐに言う。
「だから、かつて民のために戦ったあなたが今、友人のために戦えないわけが無いのです」
このいい流れに乗っかるようだけど俺も言いたいこと言わせてもらうぜ?
「なぁ、俺達は仲間だろ?同じ屋根の下に住む家族だろ?それなら頼れよ、俺がお前を頼ってたようにお前も俺達を頼れよ」
驚いた表情を見せて困惑していたが、いつもどうりのイケメンフェイスに戻ったローランは未だ自分の手を握るミラを見て笑う。
「ゴートの娘にそう言われちゃったら断る理由もなくなってしまうよ。悠斗君、情けないようだけど君たちの好意に甘えさせてもらうよ」
ようやく本当に戻ってきやがったなこの馬鹿は。一先ず第一関門突破といった感じかな?
その後誤魔化し担当の拓翔と合流して、氷翠達とも合流を果たした。
「あぁ!ミラちゃんどこ行ってたの!探したんだよ!?」
「叫ぶな馬鹿、それよりほら」
後ろについてくるローランを顎で指す。その先を見た氷翠は嬉しそうに笑って親指を立てたので俺もそれに応えて親指を立てた。
合流した俺達八人はそのままの流れで美術館を見て回った。
「そう言えばミラってなんであいつがあのローランだって分かったんだ?」
なんとなく気になったのでそう尋ねてみる。俺は一度もこいつらの前でそのことについて触れていない。それなのにこいつだけはローランの正体に気づいた。
「最初は半信半疑だったわ、でも父が言っていたのを思い出したのよ。彼からはなんの魔力も感じなかったと……だからすぐに分かった、悪魔である私たちは『魔』という存在にどの種よりも敏感だから」
なるほど、そういうことだったのか。
「そのゴートさんは今?」
「今は冥界で鍛冶屋をやってる。なんでも直さなければいけない物があるとか……?」
話している途中でミラが突然立ち止まった。
「おーい、急に立ち止まるなよ。ただでさえここ広いんだから止まってる暇ないぞ?」
「魔龍皇、私はここで席を外させてもらうわ」
「はい?なんでそんな急に?」
「もしかしたら父がそうなのかもしれない……」
一人でなにか呟いているけど声が小さすぎて何も聞こえない。
「なぁ、一体何が───」
「いい?私が戻るまで絶対氷翠さんを守りきるのよ?今から冥界に帰る、すぐに戻ってくるから!」
俺の質問を遮って自分の言いたいことだけ話したミラは走ってここから離れていった。事情くらい説明してくれてもよかっただろ?
俺のはるか前を歩いていた五人が不思議そうな顔をしながら俺の方に戻ってくる。ローランが出口を指さして言う。
「ミラさんが物凄いスピードで走っていったけどどうしたんだ?」
「知らね、なんか用ができたとかで冥界に帰ったよ」
「冥界?」
しまった……ローランの前だからついうっかり……。どう誤魔化そうかと考えたがどれも苦しく、正直に明かすことにした。
「ミラは悪魔だよ、ザスター・メフィストって言う悪魔の眷属で、俺を吹っ飛ばしたやつ」
「ザスターってあのザスターの旦那か?」
「なんだ知ってるのか?」
「多分会長繋がりじゃないかな?ほら、姉さんと七宮会長は友人だし」
ローランがそう説明をくれた。先輩と会長って友達だったのか、そういや久瀬が前に会長の友人の深那先輩がどうとかって言ってたっけ?
「ザスターさんのこと知ってるなら話は早いな。実はザスターさんは悪魔でミラはその眷属なんだよ。吹っ飛ばされたってのは俺達だいぶ前にあの人とゲームで戦ったんだ」
「ブレイビンフィールドか?俺達はあれに出たことないけど……でもなんであの人と?あれは出場資格がいるはずだしプライベートな戦いでもきちんとした段取りが必要だって会長から聞いたんだけど?」
初耳だ、そんなにめんどくさいものだったのかあのゲーム。後で先輩に聞いてみようかな?
「俺はそこらへんよく分かんないけど……まぁとにかくその時に俺を吹っ飛ばしたのがあいつなの、最終的には俺が吹き飛ばしたけどな」
すると久瀬はにんまりと笑う。
「な……なんだよ急に、気持ち悪いぞ?」
「いやぁ?別になんでもありませんよ?」
「はぁ?絶対なんかあるだろそれ」
「だからなんもないって」
明らかに何かを知っている様子だが、どれだけ問い詰めても絶対に教えてくれない。久瀬の様子を見て、ローランともう一人の男子は苦笑いをしていた。
「まぁまぁ、その話は日本に帰ってからだよ。今は修学旅行なんだし楽しまなきゃ」
そんなことを言ったのは意外にもローランだった。それを聞いて、こいつに心の余裕が生まれたことを嬉しく思う。
まだまだ不安をぬぐい去ることは出来ない修学旅行だけど、今は仲間が帰ってきたことを喜んでてもいいのかな?


───The night

「───そうだ、彼女の無事は俺達が保証しよう。それにあいつら四人がいるんだ、そう簡単に敵も手を出すことは無い」
『君に頼るのは俺としてはあまり乗り気にはなれないけれど、今回は仕方ない、彼らをよろしく頼む』
「なんだ、珍しく素直じゃないか?」
『状況を分析した上での判断だ。君のことを信用しているわけじゃないことは覚えておいてくれ』
少し怒りを孕んだ相手の言葉についつい笑ってしまう。
「分かっているさ、彼女は今回の任務において最重要人物だからな」
『もし君が約束を破り彼らを見捨てるようなことがあれば、俺は君のことを躊躇無く燃やす』
「妖怪と人間の紛い物のくせによく言う……安心しろ、俺達の任務は聖剣の奪還と異端者の排除。彼らにもそれは既に伝え協力を仰いだ。それに乗ってくれたんだ、それを無下にすることはない」
携帯を閉じて通話を切る。時計台を見ると約束の時間まであと十五分ほどある。
「ねぇ、電話終わった?」
ベンチに座って足をぶらぶらさせながら暇そうにしている少女が出発を急かす。
「終わったよ、少し早いけどそろそろ向かおうか」
ベンチから立ち上がり二人並んで際神悠斗達の元へと向かう。
「あーあ、ローランかぁ……もしかしたらってあるのかな……?」
隣でなにかボヤいているが何を言っているのか聞き取れない。
「何か言ったか?」
少女は体の前で両手を振って否定する。
「なんでもない!これからどうなっちゃうのかなって」
緊張しているのか。前任者が三人も殉職している任務が二十歳にも満たない二人に課せられる。教会の方針からしても本来ありえないことだが、今教会が出動させられる実力者ツートップなのが俺達なのもまた事実。俺がことを知る一部の上層部が俺の排除も目的としていると考えられないわけじゃないが……。
「まーた考え事?すぐそうやって自分の世界に入る癖やめた方がいいよ?」
そう言われるが自分ではそんなつもりは全く無いから分からない。
「何も考えずに行動するお前よりはマシだろう?」
冗談交じりでそう言い返すと、肩を何度もグーで殴ってくる。
「もー!すぐそうやって人の事馬鹿にするー!」
半泣きで抗議されるけれど、これでこいつの緊張も少しは解けただろ。
俺達は絶対に生きてこの任務を達成する。
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