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氷の姫と悪魔の中間試験
悪 対 正義 Haruto's battle
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「煌々と燃え盛れ!紅煉!」
紅い炎を纏い、アンリ・マンユに向かっていく。この状態で本気を出すのは初めてで体が圧に耐えられないが、それを気にせず走る。
「紅煉・刃の型!」
右手で剣を握りしめて、地面と平行に振るう。どれだけ自分に刃が迫ろうと微動だにしないアンリ・マンユ。炎の刃がその体を捉えた、そのまま振り切り、体を真っ二つに切ってやったと思ったが、後ろを振り向くと、先程と何も変わらない様子で立っていた。
「私は───戻す───帰す───この身を───虚無へと帰す───」
手を上に挙げて、それを力無くただ振り下ろす、それだけの動作で、その延長線上にあったもの全てが無くなってしまった……と思ったら、その削られた場所が直り始めた。
「私は───輪廻の神───戻す───戻す───」
なるほど戻したってわけか。
『悠斗!ぼさっとしない!その姿になってから三十秒は経ってるわよ!』
リーナ先輩に叱咤される。
「すみません、ボーっとしてました」
気合を入れて、アンリ・マンユに何度も攻撃を仕掛ける。確実にダメージは通っている、だが、それ以上に敵の『回帰』の力が強すぎる。どれだけ多くの、どれだけ大きな規模の攻撃を叩き込んでも全て何事もないような感じだ。それとは反対にこいつの攻撃は俺にとっては不利すぎる、もし当たってしまったら、俺は前の状態に回復するかもしれない、だがそれと同時にこいつに俺の魔術を盗まれてしまう。こんな力を神が使うと思うととてもじゃないけど勝てる気がしない。
体にまた、激痛が走る。ローランがくれた延命処置も既に終わり、今やそれよりも酷い状態にあった。
対するアンリ・マンユは全くダメージを受けてない、これが神なのだと痛感する。
『坊主!それが切れるまであと少ししかない!さっさと決めろ!』
ファーブニルにそう言われ、両手に巨大な剣を二本作りだし、クロスさせてそれを叩き込む。普通なら死んでもおかしくない威力、さすがにアンリ・マンユも消滅しただろう。
だが、現実はそんな簡単では無かった。
「やっぱり───アジ・ダハーカ───滅ぼす───私に歯向かった───死ね、シネ、死ね、死ね、死ね、死ね───」
アンリ・マンユはが高速でこっちに向かって来た。構えて迎え撃とうとするが、いっこうにかかってこない。
「悠斗君!」
氷翠が俺の事を呼ぶ。なんだよこんな時に、こっちは今大変なんだぞ?
正面に向き直り、アンリ・マンユを探すがやはり見つからない。
「───死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
呪詛のような声が聞こえてくる。その声の発生源を探すと俺のすぐ側だった。
下を見ると、俺の懐に潜り込んだアンリ・マンユがその腕を俺の腹に突き刺していた……?
「あ……れ……?」
「死んだ?───死ぬ?死ね───私は神───死んで?───死んだ」
俺の体から腕をずるりと引き抜き、その場に倒れた俺と手に付いた血を見て一瞬だけ満足そうな顔をする。
「殺した───逆らうから───歯向かうから───罪───それだけで罪───殺した」
一人ブツブツと呟きながらゆっくりとザスター達に歩み寄っていく。
「ま……てよ、深蝕蠢」
闇のドラゴンを作りだし、アンリ・マンユを喰らうが、すぐさま治ってしまう。
消し続ければ回復することがないって踏んで作った技だったんだけどな……これはもう回復とかそういう次元じゃないだろ……。
ギリギリの状態で力を行使したせいかその反動か、血を吐き出してしまう。
口から流れる血を拭い、立ち上がる。身体中が悲鳴を上げている、身に纏っていた炎が消えて、タイムアップを宣告する。
膝が震える、寒い、あぁ、そうか、もう氷がここまで来ているのか。
体を蝕んでいた氷は既に身体の半分を覆っていた。これが全身を覆う時が俺が死ぬ時なんだろう。
一度は立ったが、心が完全に折れてしまった、もう無理だ……
薄れていく意識の中で体が揺さぶられるのが分かる。
「悠斗君!ねぇ悠斗君!目を開けてよ!」
ダメだろ……ちゃんと先輩の所にいなきゃ……何してんだよ。
やべ……もう目も上手く見えねぇや……最後に……これだけは……
「なぁ氷翠……もし……負けそうになったら……先輩に降参するよう……言っといて……くれよ」
「何勝手に諦めてるの!?ダメだって諦めたら!もう!なんで治らないの!」
俺の体に当てられてた手を退ける。しっかりと氷翠の顔を見て言う。
「いいか……俺は……諦めたぁわけじゃない……だから……待っとけよ……ほら、先輩の所に行けって」
泣きながら頷いて、先輩のもとに走っていく氷翠の背中を見て、俺の意識は途絶えた。
───始まりの終わり 絶対の悪意
あーあ、負けちまったか……そんでもってそろそろ死ぬと……意外とあっけなかったな。氷翠に待っとけやとか言ったけど無理かな?
意識を失った俺が目覚めたのはいつもの場所だった。いつもと違うといえば、周りが完全に氷で覆われてしまっていることだ。
酷いもんだな、人一人助けるのがこんなに大変だったなんて思ってもみなかったよ。おれが死んだら何人泣いてるれるんかな?拓翔は泣くな、あいつの泣いてるところを見れるならそれはそれで面白そうだよな。
『諦めたのか?お前はまだ負けたと決まったわけじゃないだろ?』
いや、負けたんだよ。
「諦めるの?あの時の悠斗はあんなにかっこよかったのに、今はかっこ悪いよ、そんな悠斗僕は嫌だよ」
誰がかっこいいって?ありえないだろ。…………え?
聞いたことのある二種類の声に驚き、おそるおそるそちらを見る。
「アジ・ダハーカ!それとあの時の!」
『三日、いや、二日ぶりか?相棒』
「久しぶりじゃなくて、なんでここにいるんだよ?もう出てきて大丈夫なのか?」
『いや、俺が氷を抑え込んでいる時にこいつに出会ってな、相棒に会いたいと言うから連れてきたんだ』
その子どもは俺に抱きついてきた。
「やっと会えた!ずっと会いたかったよ悠斗!」
「俺もだよ、あれからずっとどこ行ってたんだよ…………アンリ・マンユ」
名前を呼ぶとその子は俺から離れて寂しそうな顔をする。
「気付いてたんだね、それもそうか……いつかは分かるとこだからね」
「教えてくれ、なんでお前達は二人に別れたんだ?そしてなぜお前だけがここにいるんだ?」
「分かった、悠斗に全部教えるよ、それにアジ・ダハーカにも聞いて欲しいんだ」
俺達はアンリ・マンユの言葉に耳を傾ける。
「昔、ほんとにどれくらい前かすら忘れてしまうほど昔、僕は死んだ。大人達のせいで、彼らの醜い感情のせいで。僕は憎んだ、彼らを殺してしまいたいと思った。それで生まれたのがあの悪神だよ。僕の中の膨大な悪意だけが具現したんだ」
それは知っている。災厄だと言われた子供が死んで、そこから生まれたという話は前に先輩から聞いた。
「そしてアジ・ダハーカ、君はこの僕だ」
『どういうことだ?』
「僕から生まれた悪神は本来の僕──悪意の抜けた言わいる『善』の僕を抹消しようとしたんだ、そして僕の身体を依代にして生まれたドラゴンが君だ」
『ではなぜあの時、善伸と戦う時にやつに歯向かわなかったのだ?あの時は俺の意識しか無かったぞ』
「僕の意識は君の魔力の最深部に封印されていたんだ。そして今の宿主である彼、際神悠斗が僕を見つけてくれたのさ。偶然なのかもしれないけど」
「でも、それを分かっていてなんで今まで何も無かったんだ?」
アンリ・マンユは申し訳なさそうな顔で言う。
「それに気付いたのがついさっきだからだよ。……悠斗、僕はここから出ていこうと思う、あの悪神は僕自身だ、だから僕が止めてみせる。だからね、悠斗にはそれを手伝って欲しい」
頭を下げてまで頼み込んでくるとは思わなかったが、アンリ・マンユも責任を感じているんだろう。自分は悪くないというのに。
『だ、そうだ。俺としてもやつをここでとめられるとなれば協力するのもやぶさかではない。あとは相棒の意思しだいだ』
「そんなのやるに決まってんだろ」
「それじゃぁいこうか、あとね悠斗?最後に僕から言いたいことがあるんだ」
「なんだよ、最後とか言うなよな」
アンリ・マンユは見た目相応の満面の笑みで、
「凍っちゃうなら、溶かせばいいじゃないか」
そこで俺の意識は現実に引き戻される。
───氷の悪魔 氷の姫君───
目が覚めてまず視界に飛び込んできたのは氷翠だった。
「よかった、生きてた」
先輩のところに行けって言ったのに……と言いそうになったが、それを飲み込んでかっこつけてみせる。
「だから言ったろ?ちょっと待っとけって、今から……あいつに反撃してやるからな」
体を動かすとパキパキと音を立てて崩れていく、既に大半が凍ってしまっていて、自由が効かない。
──凍っちゃうなら、溶かせばいいじゃないか。
「来いよ、アンリ・マンユ。そこにいるんだろ?」
目の前が白く光だし、そこから一人の少年が現れる。
「なんでわかったのさ?最後まで隠れてようかと思ってたのにー」
氷翠の膝から頭を離して立ち上がる。
「そんなの……しょっと……約束したからに決まってんだろ?」
アンリ・マンユは何も言わずに、自分の分身の方を向く。
「やぁ僕、一体何千年ぶりだろう?君を倒しに来たよ」
ザスターとリーナ先輩の方に歩いていたアンリ・マンユがピタリと止まり、勢いよくこちらを向く。
その表情は先程までの『無』では無かった。
「久しぶりの再会に感動しちゃったのかな?僕は最悪な気分だよ。冗談はさておき真面目な話をしよう……どうやってバベルの塔から出てきた」
その体から灰色のオーラが滲み出る。それを見てあまりの迫力に息を呑む。
これが悪神の分身体……もう一人の神……。
「お前は───殺した───死んだ───心も───体も───全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て、全て───」
向こうも黒いオーラを出しながらもう一人の自分目掛けて高速で移動してくる。
「悠斗、僕は君にヒントをあげたよ。だから答えは君自身が見つけるんだ」
黒い攻撃を灰色のオーラで防ぐ。
「僕にはこいつを倒しきる力は無い!でも君がいれば別だ!」
そう言って自分を連れてどこかに転移してしまった。
───凍るなら、そこから燃やして溶かしてやる。
「行くぞ、アジ・ダハーカ、俺は今からとんでもない無茶をする。でもこれはお前がいないとできない無茶だ」
アジ・ダハーカは楽しそうに笑いながら、
『なんてこと考える……!いいだろう!あいつを倒すためだ、俺も存分に戦ってやろうではないか!』
深呼吸を一つして、自分の魔力と氷翠の魔力に意識を向ける。
「『紅煉』」
体が凍るなら炎で溶かせ、それでも凍るならもっと燃やせ。
俺の周りで氷と炎が循環する。
軈てその二つが統合していき、青い、冷たい炎となっていく。
渦巻いていた炎が落ち着き始めて背中に八枚の翼、右手には『紅煉・刃の型』に似たような青い剣が、左手には右手よりも一回り小さい剣が出現する。
脚を覆い、左眼に炎が宿る。
オーラが一気に弾け、周りの景色を消し飛ばす。
これが俺の、俺が使う初めての魔術。
「リーナ先輩!俺は今からアンリ・マンユを倒してきます!ザスターをよろしくお願いします!」
先輩は何も言わなかったが、俺の宣言に強く頷いてくれた。
八枚の翼をはためかせて、その場から飛立つ。そこから一瞬で目的地に到着した俺はリーナ先輩の時と同じようにアンリ・マンユに一撃与える。
「悠斗!」
「よー、調子はどうよ?俺は今すこぶるいいぜ?」
アンリ・マンユは感心したように俺の変化を見る。
「うん、うん、十分だ。というよりも僕の想像を超えているよ。本来不可能な相反する力の同化を完成させるなんて、命を落とす可能性すらあるのに!まるで地獄の最下層──コキュートスの奥に眠る炎みたいだね。名付けるとすれば、うーん……『氷獄の悪魔』って所かな?」
「『氷獄の悪魔』か、いいなそれ」
不意に背中から殺気を感じて咄嗟に振り向き、攻撃を弾き返す。
「悪いけどこの続きはこいつを倒してからにしようぜ?後でいくらでも話し相手になってやるよ……あーっと……アンラマユ」
「プッ、何それ?僕の名前かい?」
「うるせぇな、二人ともアンリ・マンユだと区別つきにくいだろ?」
「アンラマユか……分かったよ悠斗、じゃぁ行こうか!」
紅い炎を纏い、アンリ・マンユに向かっていく。この状態で本気を出すのは初めてで体が圧に耐えられないが、それを気にせず走る。
「紅煉・刃の型!」
右手で剣を握りしめて、地面と平行に振るう。どれだけ自分に刃が迫ろうと微動だにしないアンリ・マンユ。炎の刃がその体を捉えた、そのまま振り切り、体を真っ二つに切ってやったと思ったが、後ろを振り向くと、先程と何も変わらない様子で立っていた。
「私は───戻す───帰す───この身を───虚無へと帰す───」
手を上に挙げて、それを力無くただ振り下ろす、それだけの動作で、その延長線上にあったもの全てが無くなってしまった……と思ったら、その削られた場所が直り始めた。
「私は───輪廻の神───戻す───戻す───」
なるほど戻したってわけか。
『悠斗!ぼさっとしない!その姿になってから三十秒は経ってるわよ!』
リーナ先輩に叱咤される。
「すみません、ボーっとしてました」
気合を入れて、アンリ・マンユに何度も攻撃を仕掛ける。確実にダメージは通っている、だが、それ以上に敵の『回帰』の力が強すぎる。どれだけ多くの、どれだけ大きな規模の攻撃を叩き込んでも全て何事もないような感じだ。それとは反対にこいつの攻撃は俺にとっては不利すぎる、もし当たってしまったら、俺は前の状態に回復するかもしれない、だがそれと同時にこいつに俺の魔術を盗まれてしまう。こんな力を神が使うと思うととてもじゃないけど勝てる気がしない。
体にまた、激痛が走る。ローランがくれた延命処置も既に終わり、今やそれよりも酷い状態にあった。
対するアンリ・マンユは全くダメージを受けてない、これが神なのだと痛感する。
『坊主!それが切れるまであと少ししかない!さっさと決めろ!』
ファーブニルにそう言われ、両手に巨大な剣を二本作りだし、クロスさせてそれを叩き込む。普通なら死んでもおかしくない威力、さすがにアンリ・マンユも消滅しただろう。
だが、現実はそんな簡単では無かった。
「やっぱり───アジ・ダハーカ───滅ぼす───私に歯向かった───死ね、シネ、死ね、死ね、死ね、死ね───」
アンリ・マンユはが高速でこっちに向かって来た。構えて迎え撃とうとするが、いっこうにかかってこない。
「悠斗君!」
氷翠が俺の事を呼ぶ。なんだよこんな時に、こっちは今大変なんだぞ?
正面に向き直り、アンリ・マンユを探すがやはり見つからない。
「───死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね」
呪詛のような声が聞こえてくる。その声の発生源を探すと俺のすぐ側だった。
下を見ると、俺の懐に潜り込んだアンリ・マンユがその腕を俺の腹に突き刺していた……?
「あ……れ……?」
「死んだ?───死ぬ?死ね───私は神───死んで?───死んだ」
俺の体から腕をずるりと引き抜き、その場に倒れた俺と手に付いた血を見て一瞬だけ満足そうな顔をする。
「殺した───逆らうから───歯向かうから───罪───それだけで罪───殺した」
一人ブツブツと呟きながらゆっくりとザスター達に歩み寄っていく。
「ま……てよ、深蝕蠢」
闇のドラゴンを作りだし、アンリ・マンユを喰らうが、すぐさま治ってしまう。
消し続ければ回復することがないって踏んで作った技だったんだけどな……これはもう回復とかそういう次元じゃないだろ……。
ギリギリの状態で力を行使したせいかその反動か、血を吐き出してしまう。
口から流れる血を拭い、立ち上がる。身体中が悲鳴を上げている、身に纏っていた炎が消えて、タイムアップを宣告する。
膝が震える、寒い、あぁ、そうか、もう氷がここまで来ているのか。
体を蝕んでいた氷は既に身体の半分を覆っていた。これが全身を覆う時が俺が死ぬ時なんだろう。
一度は立ったが、心が完全に折れてしまった、もう無理だ……
薄れていく意識の中で体が揺さぶられるのが分かる。
「悠斗君!ねぇ悠斗君!目を開けてよ!」
ダメだろ……ちゃんと先輩の所にいなきゃ……何してんだよ。
やべ……もう目も上手く見えねぇや……最後に……これだけは……
「なぁ氷翠……もし……負けそうになったら……先輩に降参するよう……言っといて……くれよ」
「何勝手に諦めてるの!?ダメだって諦めたら!もう!なんで治らないの!」
俺の体に当てられてた手を退ける。しっかりと氷翠の顔を見て言う。
「いいか……俺は……諦めたぁわけじゃない……だから……待っとけよ……ほら、先輩の所に行けって」
泣きながら頷いて、先輩のもとに走っていく氷翠の背中を見て、俺の意識は途絶えた。
───始まりの終わり 絶対の悪意
あーあ、負けちまったか……そんでもってそろそろ死ぬと……意外とあっけなかったな。氷翠に待っとけやとか言ったけど無理かな?
意識を失った俺が目覚めたのはいつもの場所だった。いつもと違うといえば、周りが完全に氷で覆われてしまっていることだ。
酷いもんだな、人一人助けるのがこんなに大変だったなんて思ってもみなかったよ。おれが死んだら何人泣いてるれるんかな?拓翔は泣くな、あいつの泣いてるところを見れるならそれはそれで面白そうだよな。
『諦めたのか?お前はまだ負けたと決まったわけじゃないだろ?』
いや、負けたんだよ。
「諦めるの?あの時の悠斗はあんなにかっこよかったのに、今はかっこ悪いよ、そんな悠斗僕は嫌だよ」
誰がかっこいいって?ありえないだろ。…………え?
聞いたことのある二種類の声に驚き、おそるおそるそちらを見る。
「アジ・ダハーカ!それとあの時の!」
『三日、いや、二日ぶりか?相棒』
「久しぶりじゃなくて、なんでここにいるんだよ?もう出てきて大丈夫なのか?」
『いや、俺が氷を抑え込んでいる時にこいつに出会ってな、相棒に会いたいと言うから連れてきたんだ』
その子どもは俺に抱きついてきた。
「やっと会えた!ずっと会いたかったよ悠斗!」
「俺もだよ、あれからずっとどこ行ってたんだよ…………アンリ・マンユ」
名前を呼ぶとその子は俺から離れて寂しそうな顔をする。
「気付いてたんだね、それもそうか……いつかは分かるとこだからね」
「教えてくれ、なんでお前達は二人に別れたんだ?そしてなぜお前だけがここにいるんだ?」
「分かった、悠斗に全部教えるよ、それにアジ・ダハーカにも聞いて欲しいんだ」
俺達はアンリ・マンユの言葉に耳を傾ける。
「昔、ほんとにどれくらい前かすら忘れてしまうほど昔、僕は死んだ。大人達のせいで、彼らの醜い感情のせいで。僕は憎んだ、彼らを殺してしまいたいと思った。それで生まれたのがあの悪神だよ。僕の中の膨大な悪意だけが具現したんだ」
それは知っている。災厄だと言われた子供が死んで、そこから生まれたという話は前に先輩から聞いた。
「そしてアジ・ダハーカ、君はこの僕だ」
『どういうことだ?』
「僕から生まれた悪神は本来の僕──悪意の抜けた言わいる『善』の僕を抹消しようとしたんだ、そして僕の身体を依代にして生まれたドラゴンが君だ」
『ではなぜあの時、善伸と戦う時にやつに歯向かわなかったのだ?あの時は俺の意識しか無かったぞ』
「僕の意識は君の魔力の最深部に封印されていたんだ。そして今の宿主である彼、際神悠斗が僕を見つけてくれたのさ。偶然なのかもしれないけど」
「でも、それを分かっていてなんで今まで何も無かったんだ?」
アンリ・マンユは申し訳なさそうな顔で言う。
「それに気付いたのがついさっきだからだよ。……悠斗、僕はここから出ていこうと思う、あの悪神は僕自身だ、だから僕が止めてみせる。だからね、悠斗にはそれを手伝って欲しい」
頭を下げてまで頼み込んでくるとは思わなかったが、アンリ・マンユも責任を感じているんだろう。自分は悪くないというのに。
『だ、そうだ。俺としてもやつをここでとめられるとなれば協力するのもやぶさかではない。あとは相棒の意思しだいだ』
「そんなのやるに決まってんだろ」
「それじゃぁいこうか、あとね悠斗?最後に僕から言いたいことがあるんだ」
「なんだよ、最後とか言うなよな」
アンリ・マンユは見た目相応の満面の笑みで、
「凍っちゃうなら、溶かせばいいじゃないか」
そこで俺の意識は現実に引き戻される。
───氷の悪魔 氷の姫君───
目が覚めてまず視界に飛び込んできたのは氷翠だった。
「よかった、生きてた」
先輩のところに行けって言ったのに……と言いそうになったが、それを飲み込んでかっこつけてみせる。
「だから言ったろ?ちょっと待っとけって、今から……あいつに反撃してやるからな」
体を動かすとパキパキと音を立てて崩れていく、既に大半が凍ってしまっていて、自由が効かない。
──凍っちゃうなら、溶かせばいいじゃないか。
「来いよ、アンリ・マンユ。そこにいるんだろ?」
目の前が白く光だし、そこから一人の少年が現れる。
「なんでわかったのさ?最後まで隠れてようかと思ってたのにー」
氷翠の膝から頭を離して立ち上がる。
「そんなの……しょっと……約束したからに決まってんだろ?」
アンリ・マンユは何も言わずに、自分の分身の方を向く。
「やぁ僕、一体何千年ぶりだろう?君を倒しに来たよ」
ザスターとリーナ先輩の方に歩いていたアンリ・マンユがピタリと止まり、勢いよくこちらを向く。
その表情は先程までの『無』では無かった。
「久しぶりの再会に感動しちゃったのかな?僕は最悪な気分だよ。冗談はさておき真面目な話をしよう……どうやってバベルの塔から出てきた」
その体から灰色のオーラが滲み出る。それを見てあまりの迫力に息を呑む。
これが悪神の分身体……もう一人の神……。
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「悠斗、僕は君にヒントをあげたよ。だから答えは君自身が見つけるんだ」
黒い攻撃を灰色のオーラで防ぐ。
「僕にはこいつを倒しきる力は無い!でも君がいれば別だ!」
そう言って自分を連れてどこかに転移してしまった。
───凍るなら、そこから燃やして溶かしてやる。
「行くぞ、アジ・ダハーカ、俺は今からとんでもない無茶をする。でもこれはお前がいないとできない無茶だ」
アジ・ダハーカは楽しそうに笑いながら、
『なんてこと考える……!いいだろう!あいつを倒すためだ、俺も存分に戦ってやろうではないか!』
深呼吸を一つして、自分の魔力と氷翠の魔力に意識を向ける。
「『紅煉』」
体が凍るなら炎で溶かせ、それでも凍るならもっと燃やせ。
俺の周りで氷と炎が循環する。
軈てその二つが統合していき、青い、冷たい炎となっていく。
渦巻いていた炎が落ち着き始めて背中に八枚の翼、右手には『紅煉・刃の型』に似たような青い剣が、左手には右手よりも一回り小さい剣が出現する。
脚を覆い、左眼に炎が宿る。
オーラが一気に弾け、周りの景色を消し飛ばす。
これが俺の、俺が使う初めての魔術。
「リーナ先輩!俺は今からアンリ・マンユを倒してきます!ザスターをよろしくお願いします!」
先輩は何も言わなかったが、俺の宣言に強く頷いてくれた。
八枚の翼をはためかせて、その場から飛立つ。そこから一瞬で目的地に到着した俺はリーナ先輩の時と同じようにアンリ・マンユに一撃与える。
「悠斗!」
「よー、調子はどうよ?俺は今すこぶるいいぜ?」
アンリ・マンユは感心したように俺の変化を見る。
「うん、うん、十分だ。というよりも僕の想像を超えているよ。本来不可能な相反する力の同化を完成させるなんて、命を落とす可能性すらあるのに!まるで地獄の最下層──コキュートスの奥に眠る炎みたいだね。名付けるとすれば、うーん……『氷獄の悪魔』って所かな?」
「『氷獄の悪魔』か、いいなそれ」
不意に背中から殺気を感じて咄嗟に振り向き、攻撃を弾き返す。
「悪いけどこの続きはこいつを倒してからにしようぜ?後でいくらでも話し相手になってやるよ……あーっと……アンラマユ」
「プッ、何それ?僕の名前かい?」
「うるせぇな、二人ともアンリ・マンユだと区別つきにくいだろ?」
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