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失恋と旅立ち

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エリアスが深淵の森から去って、1週間泣き続けた。

自分の死を演出してまで一緒になりたいと思ったのに、ハインリッヒから逃れてやっと一緒になれると思ったのに、別れは突然訪れた。

フィニアンとも話したくなくて、食欲もあまりでなかったから、自分の部屋に籠って泣き続けた。

時々、フィニアンが食事を持って来て、ドアの前に置いてくれたけれど、エリアスのいなくなった今、別に死んでもよかった。

セシリアはもういないのだから。お父様にもお母様にも可愛い弟にも会うことはできない。

エリアスがいなくなって、本当に孤独を感じた。

泣き続けて涙が枯れ果てて、魂の抜けたようになっている私にフィニアンは相変わらず優しくしてくれる。塔での約束どおり、セシリアの体を求めてもこない。賭けに負けた代償としてフィニアンの手伝いをするならここにいても良いというありがたい提案もしてくれた。祖国も捨て、エリアスがいなくなった今、私の居場所はここしかないのだ。

数週間後、

「東の国で大きな仕事を頼まれたから一緒に行きましょう」

と、フィニアンに誘われた。深淵の森の暮らしは快適だったけれど、あくまでそれはフィニアンがいたから、で、私一人では安全な場所ではない。

だからついていく事にした。死にたいとは思っていたけれど、森の魔物に襲われて殺されるのは避けたかった。

その東の国はガートランドとは国交のない小国で、私の身の上もバレることはなかったから。


 ◇ ◇ ◇

東の国はガートランドなどの西の国とは全く違ったところで、もう記憶にぼんやりとしか残らない前世の世界に似た感じのところだった。王国ではあるけれど、商人文化が発達しており、豪商がたくさんいて下級貴族達と婚姻も結んでいた。パンではなく、白い穀物を炊いたものが主食で、ガートランドで出されるスープとは全然違った風味の豆を発酵させたスープ、そしてそれらから作った調味料など、異国風味が漂うところだった。

「まいど!フィニアンさん、いつもお世話になっとります」

「お久しぶりです」

「大旦那さんの依頼を受けてくださって、ありがとうございました。うちら、こういうスーパーナチュラルなことは慣れてませんよって、えらい助かりますわー。茶畑が荒らされて困り果ててますねん。ほんまおおきに!」

「こちらこそ。今回の件の調査ともし、原因が魔物だった場合その処理もいたしますので」

「へえ。ゆっくり滞在ください。出来るだけのことはさせて頂きます」

東の国のチリアという大都市の豪商、エベスさんは呉服屋を始めとして、茶栽培、旅館、貿易相も手がけているこの街の実力者で、もちろん貴族との繋がりもあるらしかった。

「ありがとうございます」

「奥さんも、自分の家と思ってゆっくり静養ください」

私はフィニアンの妻と思われているらしかった。ここで訂正するのもどうかと思ったので、微笑みを浮かべて会釈しておくと、満面の笑顔が返って来た。

「さ、こちらにどうぞ!」

案内されたところは温泉付きの旅館で、お部屋は一番広い「タタミ」と呼ばれる床の大きなお部屋で、その奥にお庭に面したお部屋があり、ベッドはなかった。

「この国の人たちはフトンという物を敷いてそこで寝るのですよ。貴族も平民もね」

フィニアンの説明でうっすらと偽観感を感じて、なんとなく懐かしい気分になった。

「まあ、そうなんですの?東の国は西とは全く違った文化なのですのね」

「ええ。私が仕事をしている間、町の見物などして見てはいかがですか?ここは本当に安全なところなので、セシリア一人でも大丈夫ですよ」

「まあ、そうなんですの?」

「ええ。これで色々買ってください」

皮袋を渡される。

「これは?」

「ガートランドの貨幣ですよ。自由に使ってください」

「ありがとう。フィニアン」

「明日から仕事ですが、気分転換に少し散歩でもしましょう。今日少し出かければ明日から一人でも大丈夫ですよね?」

「ええ。楽しみだわ。」

いつでもどこでも護衛が付く生活だったから、一人で行動するということはなかった。だから一人で町の見物をしても全く危険の心配のないチリアに大きな興味が湧いた。侍女がいなくても、身の回りの世話は一人でできるようになっていたから、フィニアンが仕事で出かけても問題はなかった、旅館の女中さんにいろいろ温泉のことやオススメの近所のお店などを教えてもらって出かけてみることにしよう。

夕食の前に近くのお店などをフィニアンと回って、本当に安全なのがわかった。そして海の幸が満載なお料理を頂いて、温泉に入ることには気分が少し軽くなっていたセシリアだった。


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