上 下
22 / 78

ベッキーの密偵生活1日目

しおりを挟む
 噂どおり調理場だけでなく、ルーレシア城内は殺伐としていた。

「やっぱ妥当な額だったわ」

 やたら顔の綺麗な(多分騎士とは名ばかりのお貴族様だと思う)騎士の金貨の袋は、多すぎるとは思ったけど、妥当な額だったね。もっと請求すればよかった。

「ベッキーです。よろしくお願いします」

 王宮の台所に通されて、料理人一同と顔合わせした。私の1つ上の見習いの少年が、私の仕事内容を手短に話してくれる。私の仕事は、皇太子の夜食や間食(それも王宮の料理と比べれば粗食)作りの手伝い。

 皇太子は王族の中でも特に冷酷だと有名な人だ。そして城の王族は皆グルメらしい。皇太子の食事だけでなく、妾腹の皇子や皇女たちがさらに八人、そして美食趣味の国王夫妻の世話や度々訪れる国賓のもてなし料理で、宮廷料理人たちはすでに手一杯だったらしい。なのに、最近皇太子が間食や夜食を所望するようになった。最近、皇妃様の気まぐれで、首になった料理人が数人クビになったことで、さらに大変さに拍車がかかったらしい。だから求人募集となった。だけど、残忍でいつ殺されてもおかしくないという噂が流れているところでわざわざ働きたいと思う者なんていないから、向こうも必死だったみたい。求人募集を風の噂に聞いて来た人たちもよほどお金に困っているか、他に職が見つからないみたいな怪しい人たちばっかりで、経験があって、一番マシだったのがあたいだったみたい。だから、即採用となって、数日後、ここにいる。

「とりあえず、宜しくな!いやー!来てくれて助かった!」

 あたいの上司というか、皇太子の夜食や間食を主に作ることになった第3料理長のマッチョな体格のヒゲ面、マットさんが私の手を掴んでブンブン握手する。

 父が素人料理の店をやっていたせいで料理の経験はある。ウチは病弱な母親や幼い兄妹を抱えて貧乏だったからね、家族を養うために、父は毎日、流行っていない店に出て行った。あたいもそこの看板娘として、調理の手伝いと給仕をしてたんだけどね、お城の職を選んだ。だって、経済的な助けになるから。1ヶ月働いてルーレシア銀貨1枚。それは、店の売り上げより多いもの。

「まあ、慣れればお前さんにも作れるものが多いだろうから、期待してるぜ」

「はい。頑張ります」

基本、父のレストランと違って、料理人は給仕をしない。宮廷の給仕たちが出来上がった料理を運んでいくから。だから、ルーレシア城の使用人の出入り口から、料理場までが私の歩き回れる範囲。だから、正門から登城する今日以外、じっくりと中を見て回れる機会はない。だけど、少しでも城の間取りや様子をちょっとでも目に焼き付けたかったから、ゆっくりと案内の兵士にの後ろを歩いた。兵士はおしゃべりな新米の男のコ。歩きがてら、どの建物が何か説明しながら、歩いてくれた。

城内は思っていたような華やかな作りではなく、がっしりとした印象。いろいろなところに兵士がいる。で、兵士ではない人たち(文官という人たちらしい)も忙しく動き回っていた。

「お前さんには、当分下ごしらえと出来上がった料理を運んでもらうことにする。くれぐれも粗相のないようにな。皇太子が直々に取りに来るから」

「はっ?」

「皇太子がご自分で夜食や間食を取りにこられるんだよ。だいたい決まった時間に」

「そうなんですか」

「ああ。暗殺の心配でもしてるのかな。最近、あまり宮廷料理も食べてないそうだ。まっ、とりあえず料理さえ出しとけば心配ないから」

「そうなんですか?」

「ああ!冷めても大丈夫な簡単料理だしな!まあ、皇太子の食事だから気は抜けんがな!」

ガハハとマットさんが笑う。

銀貨1枚で死の危険。下ごしらえは別として、冷酷で残忍だと有名の皇太子との対面は「手伝い」の範囲を超えてる気がする。命は惜しい。けど、あの騎士から小袋の金貨以上の臨時報酬をゲットするにはオイシイ役目かも!家族のために頑張ることにするか!

というわけで、気を取り直してあたいはニカッと微笑み返した。

その日の夜、皇太子が食事を取りに来た。あたいは目を合わせないようにお辞儀をしながら、「本日のお食事でございます」といって、料理がおかれた盆を手渡す。

皇太子は無言でそれを受け取って、宮廷とは反対側に歩いて行った。

粗相をしないようにドキドキしたけど、父さんの店で重い料理を運び慣れてたから、手でつまめる料理とパンとスープやサラダの盆は軽すぎるぐらいで、高貴な方とは目を合わせないようにといわれていたので、皇太子を見ることもなく、スンナリと恐怖の役目は終わった。

あの騎士に頼まれたことにほとんどを1日で達成したような気がするけど、2、3日様子を見てから連絡するのがいいよねえ。すぐ報告して、有能だとわかると仕事が増えそうだしさ。

とりあえずいい滑り出しだよね~。

職場も思ったより、普通だし?楽勝!楽勝!

鼻歌気分で賄いを食べて、家族の待つ家路についた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移したら、推しのガチムチ騎士団長様の性癖が止まりません

冬見 六花
恋愛
旧題:ロングヘア=美人の世界にショートカットの私が転移したら推しのガチムチ騎士団長様の性癖が開花した件 異世界転移したアユミが行き着いた世界は、ロングヘアが美人とされている世界だった。 ショートカットのために醜女&珍獣扱いされたアユミを助けてくれたのはガチムチの騎士団長のウィルフレッド。 「…え、ちょっと待って。騎士団長めちゃくちゃドタイプなんですけど!」 でもこの世界ではとんでもないほどのブスの私を好きになってくれるわけない…。 それならイケメン騎士団長様の推し活に専念しますか! ―――――【筋肉フェチの推し活充女アユミ × アユミが現れて突如として自分の性癖が目覚めてしまったガチムチ騎士団長様】 そんな2人の山なし谷なしイチャイチャエッチラブコメ。 ●ムーンライトノベルズで掲載していたものをより糖度高めに改稿してます。 ●11/6本編完結しました。番外編はゆっくり投稿します。 ●11/12番外編もすべて完結しました! ●ノーチェブックス様より書籍化します!

色々と疲れた乙女は最強の騎士様の甘い攻撃に陥落しました

灰兎
恋愛
「ルイーズ、もう少し脚を開けますか?」優しく聞いてくれるマチアスは、多分、もう待ちきれないのを必死に我慢してくれている。 恋愛経験も無いままに婚約破棄まで経験して、色々と疲れているお年頃の女の子、ルイーズ。優秀で容姿端麗なのに恋愛初心者のルイーズ相手には四苦八苦、でもやっぱり最後には絶対無敵の最強だった騎士、マチアス。二人の両片思いは色んな意味でもう我慢出来なくなった騎士様によってぶち壊されました。めでたしめでたし。

【R18】氷の悪女の契約結婚~愛さない宣言されましたが、すぐに出て行って差し上げますのでご安心下さい

吉川一巳
恋愛
老侯爵の愛人と噂され、『氷の悪女』と呼ばれるヒロインと結婚する羽目に陥ったヒーローが、「爵位と資産の為に結婚はするが、お前みたいな穢らわしい女に手は出さない。恋人がいて、その女を実質の妻として扱うからお前は出ていけ」と宣言して冷たくするが、色々あってヒロインの真実の姿に気付いてごめんなさいするお話。他のサイトにも投稿しております。R18描写ノーカット版です。

大嫌いなアイツが媚薬を盛られたらしいので、不本意ながらカラダを張って救けてあげます

スケキヨ
恋愛
媚薬を盛られたミアを救けてくれたのは学生時代からのライバルで公爵家の次男坊・リアムだった。ほっとしたのも束の間、なんと今度はリアムのほうが異国の王女に媚薬を盛られて絶体絶命!? 「弟を救けてやってくれないか?」――リアムの兄の策略で、発情したリアムと同じ部屋に閉じ込められてしまったミア。気が付くと、頬を上気させ目元を潤ませたリアムの顔がすぐそばにあって……!! 『媚薬を盛られた私をいろんな意味で救けてくれたのは、大嫌いなアイツでした』という作品の続編になります。前作は読んでいなくてもそんなに支障ありませんので、気楽にご覧ください。 ・R18描写のある話には※を付けています。 ・別サイトにも掲載しています。

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

【R18】殿下!そこは舐めてイイところじゃありません! 〜悪役令嬢に転生したけど元潔癖症の王子に溺愛されてます〜

茅野ガク
恋愛
予想外に起きたイベントでなんとか王太子を救おうとしたら、彼に執着されることになった悪役令嬢の話。 ☆他サイトにも投稿しています

かつて私を愛した夫はもういない 偽装結婚のお飾り妻なので溺愛からは逃げ出したい

おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※また後日、後日談を掲載予定。  一代で財を築き上げた青年実業家の青年レオパルト。彼は社交性に富み、女性たちの憧れの的だった。  上流階級の出身であるダイアナは、かつて、そんな彼から情熱的に求められ、身分差を乗り越えて結婚することになった。  幸せになると信じたはずの結婚だったが、新婚数日で、レオパルトの不実が発覚する。  どうして良いのか分からなくなったダイアナは、レオパルトを避けるようになり、家庭内別居のような状態が数年続いていた。  夫から求められず、苦痛な毎日を過ごしていたダイアナ。宗教にすがりたくなった彼女は、ある時、神父を呼び寄せたのだが、それを勘違いしたレオパルトが激高する。辛くなったダイアナは家を出ることにして――。  明るく社交的な夫を持った、大人しい妻。  どうして彼は二年間、妻を求めなかったのか――?  勘違いですれ違っていた夫婦の誤解が解けて仲直りをした後、苦難を乗り越え、再度愛し合うようになるまでの物語。 ※本編全23話の完結済の作品。アルファポリス様では、読みやすいように1話を3〜4分割にして投稿中。 ※ムーンライト様にて、11/10~12/1に本編連載していた完結作品になります。現在、ムーンライト様では本編の雰囲気とは違い明るい後日談を投稿中です。 ※R18に※。作者の他作品よりも本編はおとなしめ。 ※ムーンライト33作品目にして、初めて、日間総合1位、週間総合1位をとることができた作品になります。

皇帝陛下は皇妃を可愛がる~俺の可愛いお嫁さん、今日もいっぱい乱れてね?~

一ノ瀬 彩音
恋愛
ある国の皇帝である主人公は、とある理由から妻となったヒロインに毎日のように夜伽を命じる。 だが、彼女は恥ずかしいのか、いつも顔を真っ赤にして拒むのだ。 そんなある日、彼女はついに自分から求めるようになるのだが……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...