ティルナノーグの扉

Erie

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星見の宴1

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「リナ!お姫様みたいになったね!」

 レースがふんだんに飾り付けられた薄紫のシフォンドレスに身を包んだ私を見てプカがいう。

「ええ!とっても素敵ですわ!リナ様、星見の宴がリナ様のお披露目の日ですから、髪を上げた大人っぽいスタイルにいたしましょう」

 エトワール人の侍女、マリアンヌさんが、鮮やかな若葉の瞳を輝かせていう。マリアンヌさんはエトワールのドヌーブ男爵家の三女、でちょっと不思議なことが大好きで、ロマンス小説の大好きな16歳の女の子だ。こちらの世界の貴族や王族と接する時の礼儀作法や基本的なことも教えられるように、妖精王が探して来てくれた私専用の侍女。妖精たちは可愛らしいけれど、やはり同じ年で、同じ人間の女の子の方がいいだろうという配慮はありがたかった。お城の外はどんなかわからないけれど、お城にいる妖精たちは人間の背の高い男の人に見えるマナナンみたいじゃなくて、おとぎ話に出てくるみたいな小さくて羽のある妖精さんたちか、プカみたいな動物型なので、ちょっと、寂しいと思ってたりしたんだよね。

「こういう風に前髪を流して、アップにすると大人っぽく見えますわ」

 器用に櫛と指を動かしながら、私の髪を編み上げていく。

「リナ様の髪は綺麗ですね。まっすぐで、色々ヘアアレンジをしても痛まなさそうで羨ましいですわ」

 鳶色の髪の少女が羨ましげにいう。

「ありがとう。私の国の人は生まれつきみんな同じ髪と目の色をしてるよ」

「紫の瞳に紫の髪ですか?」

 髪を編み込んで上げるとやっと15歳ぐらいかも?っていう感じになった。

「ああ、この色はこの世界に来て変わっちゃったから。元は黒目黒髪だよ」

「へえ。珍しい。こちらのヒト族にもたまに黒髪の方がいますけれど、瞳の色は大体、青か緑ですわ」

「そうなんだ。私のいた世界でもそういう人たちは他の国にいたけど、私が生まれたところはみんな同じ肌の色で、髪の色だったの。だから、おしゃれの一環として髪の色を変えたり、目の色を変えたりする子もいるよ」

 髪を結い上げて、同じ色合いの紫のバラを飾る。それから、お化粧に移った。

「魔法でですか?」

「魔法がない国だから、コンタクトっていう目の上に入れるガラスに色がついているのを目につけるの。それで色を変えたり、染料で染色したりして、髪の色を変えたりして色を変えるの」

 ファンデーションはないらしく、キラキラ粒子のお粉をふわふわのパプで顔と首とデコルテにつけていく。

「まあ、面白そうですわね。これで肌が明るくなったわ」

 そのあと、お花の香りのするピンクのチークを入れて、それと同系色の色付きのリップバームみたいな口紅をつけて、お化粧が完了。

「お肌のキメが細かいから、メイクが映えますわ」

 お化粧が終わった頃、お部屋のドアがノックされて、妖精王が入って来た。

「ああ、王様、リナ様の支度ができました」

 妖精王にじっと見つめられて、ドキドキしてしまう。

「リナ、花の女神のように美しいですよ」

「あっありがとうございます」

「プカ、がドレス選んだの!」

 マリアンヌと私の会話を聞いていたプカがピョンピョン跳ねて自己主張する。

「あとは、これで仕上げですね」

 王様が手を上げると、首に大きなアメジストの宝石のついたネックレスと、同じデザインのイヤリングが私の首と耳を飾る。

 すごく綺麗!

「わあ、素敵ですわ!リナ様」

「気に入ったようですね?」

「ありがとうございます」

 鏡に映る私はデビュタントに出る令嬢そのもの。

「基本的な作法は、マリアンヌに説明を受けましたか?」

「はい」

「会場ではいろいろなことが起こるでしょうから、ダウンロードしておきましょう。1日しか持たないので、付け焼き刃ですが」

 妖精王は私に近づくと、大きな手を額に当てた。

「ダウンロード?」

「ドワールでの基本的な貴族の令嬢の作法やマナー、それにトラブル対処法です」

「ありがとうございます、妖精王様」

 私はドレスのスカートの裾をつまんで、礼をした。

「こんなに美しい花をエスコートする機会ができて私の方こそ光栄ですよ。さあ、参りましょう」



 ◇ ◇ ◇



 星見の宴は妖精城の城の天井をガラスのように透き通るようにして、蔓延の星空の下でもようされる舞踏会のことだった。

 舞踏会に出席している各国の貴族や王族の人たちの視線を一同に受けながら、クリスタルでできた階段の上から、マナナンにエスコートされて、1段1段降りていく。

「本日は100年ぶりの星見の宴にお招きいただきましてありがとうございます。マクリール王」

 エトワールの王妃、ソフィア・ド・エトワールの手を取って口付け、金髪碧眼の社交会の華に挨拶をする。

「相変わらずお美しい。こんなに美しい奥方を持つエトワール王が羨ましい」

「国を平和に保とうというやる気を起こさせてくれます。マクリール王の方こそ、こちらの美しいお嬢さんは、どなたですかな?」

 少しグレイががった髪のたくましい体格の王がソフィア妃の隣で妖精王に言葉を返した。

「リナでございます。ニホンから参りました」

 淑女の礼をとってエトワールの王と王妃に挨拶をする。

「まあ、ではあなたが異世界から来たお嬢さんね?」

「こんな可憐な娘さんとは聞いていないぞ。フワンソワの奴は、全く!」

「マクリール王、フワンソワはそちらで失礼をしませんでしたか?」

「ソフィア様、リナも私も大変興味深い会話を楽しませていただきましたよ」

「ええ、色々、エトワールやドワールのお話を聞かせていただいて、為になりました」

 リナがにっこり微笑むと、エトワールの王と王妃も優しげな表情を浮かべて異界から来た少女を見つめ返した。

 妖精たちの音楽隊がファーストダンスの音楽を奏で始めた。

「では、後ほど、ゆっくりお話いたしましょう。リナ、ファーストダンスですよ?」

 妖精王の言葉で注目される中、ワルツを踊らなければならないことを思い出す。

 リナと妖精王が中央で1曲目を踊ってから周りのゲストたちが踊り始めるのだ。

「姫、お手をどうぞ」

 妖精王は銀の髪が映える白い礼服を身につけている。王様だが、見かけは若いので王子様にしか見えない。若葉色の瞳が踊ろうと促す。

「上手ですよ」

 妖精王にリードされながら、会場の真ん中で微笑みながらステップを踏む。

「印象的なお披露目になりそうですね。ほら、みんなあなたに釘付けですよ?」

 いや、注目されているのは妖精王の方だと思う。

 一曲目が終わる頃、黒い軍服に黒髪の青年が、リナと妖精王の元に来て、

「一曲お願いできますか?」

 とリナにダンスを申し込んだ。

「大丈夫ですよ、リナ」

 一瞬会場が静かになったような気がしたが、妖精王の言葉の後、、リナが頷いて、青年と踊り出すと、ほかの王族や貴族たちもダンスを踊り始める。

「お前が、異世界から来た娘か?」

 リナと同じ瞳の色をした冷たいほど整った顔の黒髪の男が優雅にステップを踏みながら、尋ねる。

「ええ。リナです」

 菫色の瞳がリナの首の宝石を見つめる。

「同じ色だな…マクリールに召喚されてドワールへ来たのか?」

「いえ、迷い子になってたのを助けていただいて…」

「迷子?」

「だから、聖女とかでないです。ごめんなさい」

 リナの言葉に笑いそうになった青年の顔が先ほどより、柔和になった。

「そうか。なら、問題ないな。ドナゴルへ来い」

「はい?」

「お前を私の妃として迎えてやる」

「えっ…」

「妖精国も魔族の住む私の国もそんなに違いはないと思うが?生活に不自由はさせない」

 リナと同じ色合いの瞳の男は魔族の王太子、アルフォンソ・ドナゴル、その人だった。

「彼女は私の大切な客人ですから、お断りさせて頂きます」

 2曲目が終わりかけると同時に長い髪の銀髪の王が、リナの腕を掴んで、守るように自らの胸元に引き寄せた。

「久しぶりだな、マクリール」

「この間お会いした時は王太子はまだ王妃さまのスカートの陰に隠れていたシャイな王子様でしたのに、大きくなられたものだ」

「エトワールの聖女に母を葬られれば、流石に大人になる。もうすぐ戴冠式なので、それが終ればあなたと私は同じ立場だ」

「ええ。おめでとうございます。なので、これからのことを色々お話したいと考えておりました」

「その娘も同席なら、話し合いの席を持とう」

「では、そういたしましょう。魔王が探しておられた忘却の実がもうすぐ採れる頃です。数日間、当地で、ゆっくりなさって、お土産に持たれればどうでしょう?」

「そうだな。もう少し知りたいこともあるので、そうさせてもらおう」

「アルフォンソ様、イシュトハーンの王が呼んでおられます」

 魔族の王太子の側近が、話に腰を折った。

「獣人の王もついに姿を現したか。勢ぞろいで、嬉しかろう?マクリール?」

「ええ、久しぶりに星見の宴を開いた甲斐があります」

「では、後ほど、マクリール。リナ、先ほどの返事、待っているぞ」

 リナは唖然としながら、遠ざかっていく魔界の王太子を見つめた。
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