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第四章 ヒーラー 模索篇 《第一部》

第56話「邂逅」

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 あれからアイリスは『水の都フィルマリア』を創造するのを辞めた。それに伴いここ一帯は、ただの綺麗な湖となった。
 
「本当にもう街はいいのか?」
「はい、わたくしも目を覚まさねばなりませんので。いつまでも過去の幻影に囚われていては前に進めないと……ルクスお姉様に教えて頂きましたので」
 
 とこんな具合である。
 アイリスはルクスのことをあれからずっとお姉様と呼んでいた。
 その呼び名にルクスも最初こそ照れてはいたが、今はもう満更でも無い顔だ。
 身長はアイリスの方が若干高い……。しかも、年齢だってアイリスは神だ。どっちが姉か分からないなこれは。
 
「アスフィ? このルクスお姉様になにか言いたいことでも?」
「なにもないよ……」
 
 さっきからずっとルクスはこれだ。
 あと俺はルクスの弟になった覚えは無いぞ。
 しかし、アイリスが人間になると言い出して困ったことがある。
 
 あの後、アイリスは行くあても無いので俺たちに着いてくるとか言い出した。アイリスが仲間になるなら聞きたいことが聞ける……そう思っていた。だがそれは儚い希望だった……。
 
「わたくしはもう神ではないので、神については何も知りません」
 
 ということらしい。
 どうやら、アイリスの中では『水神ポセイドン』は死んだことになってるらしい。
 
「誰かに聞いてばかりいるより、自分で見つけて探す方が楽しくはありませんか?」
 
 アイリスは言う。人間になることを決めてから、アイリスは表情が少しだけ豊かになった気がする。
『水神ポセイドン』はもうどこにもいないということか……。
 
「ルクスお姉様、わたくし手を繋ぎたいです」
「いいですよ、アイリス」
 
 まるで姉妹だな……と考えていたらエルザが――
 
 
「アスフィお兄ちゃん、私も手を繋ぎたいですわ」
「……だれがお兄ちゃんだよ。俺はお前より年下だよバカエルザ王女お姉様」
「はっ!! 忘れていた!! 身長があまり私と変わらないから、アスフィがまだ12歳だということをすっかり忘れていた! ……ってだれがバカエルザ王女お姉様だ! 不敬ぞ!」
 
 一応俺はまだ12歳……あ、そういえばもうすぐ誕生日じゃなかったっけか。多分そんな時期だ。
 俺の誕生日を知っているのは父さんと母さん……レイラだけだ。
 しかしもう誕生日とかどうでもいいな……。
 かつては冒険者になれない足枷だとばかり思っていたが、
 今はなんとも思わない、なぜだろうか。
 なんだか日々感情が薄れていく気がする。
 
「アスフィよ! 今なら冒険者になれるのでは無いか?」
「……別になったところでだろ」
「冒険者になるとクエストを受けられる。そうすればお金も増えるぞ」
 
 それも問題ないだろう。
 こっちにはS級冒険者が2人もいる。それだけじゃない、こっちにはお嬢様までいるんだ。お金に困ることなんて――
 
「アスフィ、私ないですよ?」
「私もない! ハッハッハ!」
「……ルクスはともかくエルザはなんでだよ」
「城に全部置いてきてあるに決まってるだろう」
 
 決まってるのかよ、まじかよ……。だが大丈夫だ……!
 こっちには切り札がある。
 
「アイリスが水で金を作れば――」
「わたくし人間・・ですので、そんなことできません」
「………」
 
 まさかの全員一文無しか。
 だが、金は無くても食い物に関しては狩れば食える。
 
「やはり冒険者登録をするべきだろう」
「だけど、エルザは伝説の剣を求めて『炎城ピレゴリウス』に行くんじゃなかったのか?」
「あーー! そうだったぁぁぁぁぁぁ!」
 
 自分のことなのに忘れていたのか。
 そういえばその伝説の剣とやらはアイリスが確かにある・・と言っていたな。
 俺はアイリスの方をチラリと見た
 
「………プイッ」
 
 こ、このやろぉ……知ってるのに何も言わない気か。
 
「おい、アイリス! とっとと言えよ」
 
 俺は少し我慢の限界が来ていた。
 知っているのに知らないフリは一番タチが悪い。
 
「ルクスお姉様! アスフィさんが怖いですぅ」
「アスフィ、泣かせてはダメですよ」
 
 アイリスはルクスに抱きついた。
 身長の関係で、絵面的にはアイリスがルクスに抱きつかれたようにも見えるが。
 神を辞めたアイリスは少し面倒な性格になってしまった。
 
 
「なっ……いつか覚えとけよ……」
 
 アイリスはしてやったという様な顔でニヤリと笑った。
 
 
 ---
 
 
 俺たちは隣の国に行くことになった。
 そこで俺も冒険者になり、資金を調達してから、
『炎城ピレゴリウス』に行くことになったのだ。
 どうやらエルザやルクス曰く、お金は大事らしい。
 ……ならお嬢様はなぜ持ってこなかったんだ。
 ということは、今更言ってももう遅い。
 
「隣の国は『アスガルド帝国』ですね」
 
 アイリスが真面目な顔で言う。
 ……お前、そういう情報は教えてくれるんだな……。
 
「アスガルド帝国ってここからどれくらいだ?」
「近いですよ、人間の足なら4日程で着くと思います」
「ま、1ヶ月かかることに比べればマシか」
「そうだな! アイリスも加わってワクワクしてきたな!」
 
 エルザがいつにも増してテンションが高い。
 正直ちょっとウザイ。
 
「わたくしも街を出るのは久しぶりなのでワクワクしています」
「………なぁアイリスって何歳なんだ?」
「ごひゃ…………0歳です」
 
 ごひゃ? ……何を言いかけたんだ?
 というか0歳な訳ないだろ……やっぱりもう水神は消えたのか。
 俺はもうアイリスに頼るのは諦めることにした。
 
「お、久しぶりの魔物だ! それもゴブリンだ!!」
 
 ゴブリン……か。初めて見るな。
 母さんの冒険話で出てきた気がするが。
 緑の化け物が十数体は居た……がエルザが一瞬で斬った。
 
「……物足りん……物足りんぞぉぉぉぉぉ!!」
 
 とお嬢様は仰せである。どっちが魔物か分からないな。
 
 その後、しばらくゴブリンしか出なかった。
 ひょっとしたらこの近くにゴブリンの巣穴でもあるのかもしれない。魔獣は居ない。野生の熊もいない。
 
「腹減ったなぁ」
「そうですね」
「わたくしも減りました」
「…………仕方ないな。ゴブリンでも食べるか?」
 
 エルザの狂言に俺たちは勿論全員拒否した。
 
「ルクス……アイリスでもいい、ここら辺木の実とかないのか?」
「ここら辺はありませんね……」
「わたくしは食べなくても死にません」
 
 アイリスの戯言は放っておくとして、
 このままじゃ俺たちは『アスガルド帝国』とやらに着く前に飢え死にしてしまう……。
 辺りは暗くなりだんだんと視界が悪くなってきた。
 腹も減って歩く力がでない。
 
「仕方ありません、ここで野営しましょう」
「寝て忘れろってことか……」
「うむ、仕方あるまいな」
「わたくし、ルクスお姉様と寝たいです」
 
 俺たちは焚き火の準備をし、眠りにつくことにした。
 魔物であるゴブリンが出るここら一帯では、全員が眠りにつく訳には行かない。魔物は魔獣と違って火を怖がらないからだ。
 ……俺たちは交代で睡眠を取る事にした。
 
 誰が先に見張りをするかだが、これもゲームで決めることになった。簡単なゲームだ。細い木の棒を地面に突き立て、
 どの方向に倒れるかというものだ。
 
 結果、見張り一番手はエルザだった。
 ……俺は不安しか無かった。
 
 
 アイリス以外、全員お腹が鳴っている。
 
「……エルザうるさいです」
「仕方あるまい、腹が減っているのだ。生理現象だ」
「……俺も腹減ったなぁ」
「わたくしは――」
「もういい、お前には聞いてない」
「……アスフィ、もう少しアイリスに優しくしてあげて下さい」
 
 ルクスは相変わらずお姉様を実行しているようだ。
 その当の本人は、ルクスの横で既に眠っていた。
 神も寝るのか……ってもう神じゃないんだったか。
 にしても寝るの早いな。
 
 
「はぁ……俺も疲れたし寝るか、みんなおやすみ」
「はい、おやすみなさいアスフィ」
「見張りは私に任せろ」
 
 こうして俺たちはエルザを除いて睡眠を取る事にした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 次の日の朝、空腹は絶好調だ。
 腹が空いていつもより早く起きてしまった。
 
 
 
 
「ってエルザ寝てんじゃん」
 
 やっぱりこいつは期待を裏切らない奴だった……。
 
 
 
 
 俺はふと何か違和感を感じた。俺の横に何かが居た。
 白髪のルクス程の小さな何か・・が。
 
 
 
「…………………………だれこれ」
 
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