上 下
21 / 24
第二章 幻影の都市ヴァルフォート編

第20話: 揺れる決意と守る誓い

しおりを挟む
冷たい夜風が吹き荒れる草原の片隅。洞窟からの脱出後、悠斗と緋奈は簡易的な焚き火を起こしていた。震える緋奈の体を包むように、自分の外套を肩に掛けながら、悠斗は黙々と火を見つめる。

「本当に助けてくれて、ありがとうございます」

緋奈がぽつりと呟く。声は小さいが、その言葉には確かな感謝が込められていた。しかし、悠斗は彼女の顔を見ず、どこか険しい表情を浮かべたまま答えた。

「当たり前だろ。お前が俺の隣にいるのは当然のことなんだから」

その一言に、緋奈の胸が温かくなる。けれど、彼女の心の中には拭いきれない不安が渦巻いていた。

――自分の過去を、彼に話すべきなのだろうか。

彼に隠している真実、それは彼女自身が背負ってきた罪であり、今もその罪の鎖に囚われている。悠斗が自分を守ると誓ってくれるたび、その言葉が彼を傷つける刃になるような気がしてならなかった。

「悠斗さん……私は……」

声を絞り出そうとするが、その瞬間、悠斗が焚き火の木枝を動かし、ぱちぱちと弾ける火花が夜空に散る。彼の横顔は真剣そのもので、緋奈の心をさらに乱す。

「話したくなければ話さなくていい。ただ、俺を信じろ。それだけで十分だ」

その言葉に、緋奈はかすかに頷くしかなかった。

翌朝

太陽が昇るころ、二人は新たな道を進み始めた。目的地は近くの都市、アルバード。そこはこの地方で最も賑わう交易の拠点であり、悠斗はここで緋奈の安全を確保しつつ、敵の背後関係を探るつもりだった。

「悠斗さん、アルバードには何か特別な目的があるんですか」

歩きながら、緋奈が尋ねる。その声には、ほんの少しの緊張が滲んでいた。

「情報だよ。あの黒ローブの連中がどこの勢力なのか、俺たちだけじゃ調べきれない。あの都市には金で動く情報屋が腐るほどいるらしいからな」

悠斗の言葉は力強く、緋奈もそれに納得して頷いた。

アルバードへの道中、周囲には見慣れない景色が広がっていた。細い小川が蛇行し、両脇には緑の草原がどこまでも続く。その美しい風景に、一瞬だけ二人の心が和らぐ。

しかし、その穏やかな時間は突然、崩れ去る。

「待て」

悠斗が足を止めると同時に、空気が一変した。辺りには妙な静寂が漂い、森の小動物たちの気配すら感じられなくなる。そして、風に乗ってかすかに漂う血の臭い――悠斗は杖を構えた。

「隠れてろ、緋奈」

「悠斗さん……」

言いかける緋奈を手で制し、悠斗は鋭い眼差しで周囲を見回した。その瞬間、背後の茂みが大きく揺れ、一匹の巨大な狼が姿を現す。その瞳は血のように赤く、口元からは鋭い牙が覗いていた。

「魔獣か……いや、違うな。こいつ、誰かに操られてる」

悠斗が呟くや否や、狼が鋭い咆哮を上げて襲いかかる。しかし悠斗は冷静だった。杖を振り抜くと、光の刃が空を切り裂き、狼の足元を狙い撃つ。

「悠斗さん!」

緋奈の声が響く中、悠斗はさらに魔法を繰り出し、狼の動きを封じていく。だが、その時だった。

――突然、茂みの向こうから飛び出してきた新たな影。それは黒いローブを纏った魔術師だった。

「またお前らか……!」

悠斗が叫ぶと同時に、魔術師は呪文を唱え始めた。その魔力の奔流が空気を震わせ、次の瞬間、巨大な魔法陣が地面に浮かび上がる。

「悠斗さん、危ない!」

緋奈が叫んだが、悠斗は焦らなかった。魔術師の動きを見極め、一瞬の隙を突いて杖を叩きつける。しかし、魔術師の狙いは悠斗ではなく、緋奈だった。

「くそっ、卑怯な手を……!」

悠斗が叫ぶ間に、緋奈の周囲に魔法の光が包み込む。そして、彼女は再び敵の手に落ちてしまう。

「緋奈!」

悠斗の声が虚しく響く中、魔術師は不敵な笑みを浮かべた。

「お前がいくら強かろうと、俺たちには別の手がある。この女は、我々の計画に必要不可欠だ」

その言葉を聞いた瞬間、悠斗の中で何かが弾けた。

「ふざけるな……!」

怒りに満ちた声とともに、悠斗の魔力が爆発する。周囲の空気が震え、地面が割れ、光の奔流があたりを覆った。だが、その激しい力の中でも、敵は冷静だった。緋奈を連れてその場から転移し、悠斗の力が届かない場所へと姿を消した。

――また、目の前で大切な人を失った。

悠斗は悔しげに拳を握りしめながら、再び追跡の決意を固める。

「緋奈、必ず取り戻す。今度は絶対に……!」

その誓いを胸に、悠斗は再び旅立つのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「君を愛するつもりはない」と夫から言われた妻のその後

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
結婚式の日の夜。夫のイアンは妻のケイトに向かって「お前を愛するつもりはない」と言い放つ。 ケイトは知っていた。イアンには他に好きな女性がいるのだ。この結婚は家のため。そうわかっていたはずなのに――。 ※短いお話です。 ※恋愛要素が薄いのでファンタジーです。おまけ程度です。

「クズスキルの偽者は必要無い!」と公爵家を追放されたので、かけがえのない仲間と共に最高の国を作ります

古河夜空
ファンタジー
「お前をルートベルク公爵家から追放する――」それはあまりにも突然の出来事だった。 一五歳の誕生日を明日に控えたレオンは、公爵家を追放されてしまう。魔を制する者“神託の御子”と期待されていた、ルートベルク公爵の息子レオンだったが、『継承』という役立たずのスキルしか得ることができず、神託の御子としての片鱗を示すことが出来なかったため追放されてしまう。 一人、逃げる様に王都を出て行くレオンだが、公爵家の汚点たる彼を亡き者にしようとする、ルートベルク公爵の魔の手が迫っていた。「絶対に生き延びてやる……ッ!」レオンは己の力を全て使い、知恵を絞り、公爵の魔の手から逃れんがために走る。生き延びるため、公爵達を見返すため、自分を信じてくれる者のため。 どれだけ窮地に立たされようとも、秘めた想いを曲げない少年の周りには、人、エルフ、ドワーフ、そして魔族、種族の垣根を越えたかけがえの無い仲間達が集い―― これは、追放された少年が最高の国を作りあげる物語。 ※他サイト様でも掲載しております。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜

福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。 彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。 だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。 「お義姉さま!」           . . 「姉などと呼ばないでください、メリルさん」 しかし、今はまだ辛抱のとき。 セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。 ──これは、20年前の断罪劇の続き。 喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。 ※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。 旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』 ※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。 ※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。

追放したんでしょ?楽しく暮らしてるのでほっといて

だましだまし
ファンタジー
私たちの未来の王子妃を影なり日向なりと支える為に存在している。 敬愛する侯爵令嬢ディボラ様の為に切磋琢磨し、鼓舞し合い、己を磨いてきた。 決して追放に備えていた訳では無いのよ?

処理中です...