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第一章 過去の出会い編
第14話: 緋奈の小さな棘
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セリアが霧の中へと姿を消してからしばらく、悠斗と緋奈は断絶の地を静かに歩き続けていた。空には重たい灰色の雲が垂れ込め、冷たい風が二人の間を吹き抜ける。その沈黙はどこか重たく、言葉を発するのをためらわせるような空気をまとっていた。
悠斗がちらりと緋奈を見ると、彼女の表情には微妙な陰りがあった。何かを言いたそうな、それでいて言葉を飲み込んでいるような顔だ。
「……どうした?」
悠斗が問いかけると、緋奈はわずかに顔を背けた。
「いえ、なんでもありません」
その言い方に引っかかりを覚えた悠斗だったが、それ以上追及するのも気が引けた。だが、内心ではなんとなく察していた。――セリアに触れてしまったあの件だ。
数時間後、二人はようやく小さな休憩所らしき場所を見つけた。荒れ果てた石造りの建物で、床も壁もひび割れていたが、風をしのぐには十分だった。
「ここで少し休むぞ」
悠斗が言うと、緋奈も無言で頷き、その場に腰を下ろした。だが、彼女はどこかそわそわしている。悠斗が剣を磨きながらちらりと緋奈を見ると、彼女は何かを決意したように口を開いた。
「悠斗さん、少しお聞きしてもいいですか?」
「ん?なんだ?」
悠斗が気楽に答えると、緋奈は珍しく視線を逸らさず、じっと彼を見つめた。その瞳には、どこか複雑な感情が宿っていた。
「その……さっき、セリアさんに触れてしまった時のことですけど……どういう感触だったんですか?」
突然の質問に、悠斗は剣を手から落としそうになった。
「はっ!? な、何だ急に!?」
「いえ、その……あの方が女性だったということに気付かれるほどの何かがあったのでしょうか」
緋奈は至って真面目な表情だが、その頬にはうっすらと赤みが差している。悠斗はどう答えていいか分からず、慌てて視線を泳がせた。
「いや、そりゃ……不意に触っちまったから、なんつーか……柔らかかった、っていうか……」
「……そうですか」
緋奈はそれ以上何も言わず、静かに俯いた。その態度に悠斗は困惑し、何か言葉を探そうとしたが、口を開くことができなかった。
その夜、二人は休憩所の一角で焚き火を囲みながら眠りにつく準備をしていた。だが、緋奈の表情にはまだどこか刺々しさが残っている。
「なあ、さっきのことだけど……」
悠斗が火を見つめながら切り出すと、緋奈はそっけない口調で返した。
「別に、気にしていません。悠斗さんのせいではないですし」
「いや、そういうわけじゃなくて……なんつーか、悪かったよ。あんなの、不可抗力だ」
「ええ、そうですね。不可抗力でしたね」
緋奈の声には微妙に棘が混じっていた。それに気付いた悠斗は、軽く頭を掻きながらため息をついた。
「おいおい、マジで怒ってんのかよ」
「怒ってなんかいません。ただ――」
緋奈はそこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。悠斗が促すように彼女を見ると、彼女は小さな声で続けた。
「――ただ、私だって、悠斗さんの隣にいる女性の一人ですから。少しは気を遣ってほしいな、と思っただけです」
その言葉に、悠斗はしばらく呆然とした。緋奈が自分の感情をここまで露わにするのは珍しい。それだけに、その言葉が胸に深く刺さった。
「……そっか。分かった。これからは気を付ける」
悠斗が真剣にそう言うと、緋奈は少し驚いたような表情を見せた後、ふっと微笑んだ。
「なら、許してあげます」
「……サンキュー」
火の揺らめきが二人の間を照らし、重かった空気が少しだけ柔らかくなった。
翌朝、二人は再び断絶の地を進む準備を整えた。夜明けの空には一筋の光が差し込み、灰色の雲をわずかに照らしている。
「行くぞ、緋奈」
「はい、悠斗さん」
二人は再び足を進める。その先には何が待ち受けているのか分からない。だが、悠斗の中には一つの決意が芽生えていた。
(セリア……あいつの正体を突き止めなきゃならない。そして、アスラのことも)
彼の隣を歩く緋奈もまた、何かを決意したような表情を浮かべていた。それは、悠斗に寄り添うことで得た心の揺らぎと、その中で見つけた小さな勇気だった。
悠斗がちらりと緋奈を見ると、彼女の表情には微妙な陰りがあった。何かを言いたそうな、それでいて言葉を飲み込んでいるような顔だ。
「……どうした?」
悠斗が問いかけると、緋奈はわずかに顔を背けた。
「いえ、なんでもありません」
その言い方に引っかかりを覚えた悠斗だったが、それ以上追及するのも気が引けた。だが、内心ではなんとなく察していた。――セリアに触れてしまったあの件だ。
数時間後、二人はようやく小さな休憩所らしき場所を見つけた。荒れ果てた石造りの建物で、床も壁もひび割れていたが、風をしのぐには十分だった。
「ここで少し休むぞ」
悠斗が言うと、緋奈も無言で頷き、その場に腰を下ろした。だが、彼女はどこかそわそわしている。悠斗が剣を磨きながらちらりと緋奈を見ると、彼女は何かを決意したように口を開いた。
「悠斗さん、少しお聞きしてもいいですか?」
「ん?なんだ?」
悠斗が気楽に答えると、緋奈は珍しく視線を逸らさず、じっと彼を見つめた。その瞳には、どこか複雑な感情が宿っていた。
「その……さっき、セリアさんに触れてしまった時のことですけど……どういう感触だったんですか?」
突然の質問に、悠斗は剣を手から落としそうになった。
「はっ!? な、何だ急に!?」
「いえ、その……あの方が女性だったということに気付かれるほどの何かがあったのでしょうか」
緋奈は至って真面目な表情だが、その頬にはうっすらと赤みが差している。悠斗はどう答えていいか分からず、慌てて視線を泳がせた。
「いや、そりゃ……不意に触っちまったから、なんつーか……柔らかかった、っていうか……」
「……そうですか」
緋奈はそれ以上何も言わず、静かに俯いた。その態度に悠斗は困惑し、何か言葉を探そうとしたが、口を開くことができなかった。
その夜、二人は休憩所の一角で焚き火を囲みながら眠りにつく準備をしていた。だが、緋奈の表情にはまだどこか刺々しさが残っている。
「なあ、さっきのことだけど……」
悠斗が火を見つめながら切り出すと、緋奈はそっけない口調で返した。
「別に、気にしていません。悠斗さんのせいではないですし」
「いや、そういうわけじゃなくて……なんつーか、悪かったよ。あんなの、不可抗力だ」
「ええ、そうですね。不可抗力でしたね」
緋奈の声には微妙に棘が混じっていた。それに気付いた悠斗は、軽く頭を掻きながらため息をついた。
「おいおい、マジで怒ってんのかよ」
「怒ってなんかいません。ただ――」
緋奈はそこまで言いかけて、言葉を飲み込んだ。悠斗が促すように彼女を見ると、彼女は小さな声で続けた。
「――ただ、私だって、悠斗さんの隣にいる女性の一人ですから。少しは気を遣ってほしいな、と思っただけです」
その言葉に、悠斗はしばらく呆然とした。緋奈が自分の感情をここまで露わにするのは珍しい。それだけに、その言葉が胸に深く刺さった。
「……そっか。分かった。これからは気を付ける」
悠斗が真剣にそう言うと、緋奈は少し驚いたような表情を見せた後、ふっと微笑んだ。
「なら、許してあげます」
「……サンキュー」
火の揺らめきが二人の間を照らし、重かった空気が少しだけ柔らかくなった。
翌朝、二人は再び断絶の地を進む準備を整えた。夜明けの空には一筋の光が差し込み、灰色の雲をわずかに照らしている。
「行くぞ、緋奈」
「はい、悠斗さん」
二人は再び足を進める。その先には何が待ち受けているのか分からない。だが、悠斗の中には一つの決意が芽生えていた。
(セリア……あいつの正体を突き止めなきゃならない。そして、アスラのことも)
彼の隣を歩く緋奈もまた、何かを決意したような表情を浮かべていた。それは、悠斗に寄り添うことで得た心の揺らぎと、その中で見つけた小さな勇気だった。
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