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疲れちゃいました? 大丈夫、甘やかしてあげます。
しおりを挟む「うふふふふ。私があなたを全部肯定して甘やかしてあげますからね……お外は怖くて疲れることばっかりですもんね?」
「ちょ、まっ! やばいって、やばいっ!」
「大丈夫、ここにはあなたを傷つけるものなんて何もありませんよ? だからいっぱい、いーっぱい甘えていいんですよぉ? 仕事だって行く必要ないんです。私が養ってあげるので。──これからのあなたの仕事は毎日私に甘えて、気持ちいい気持ちいいってぴゅっぴゅすることですよ?」
艶かしく顔を撫でる冷たく細い指。
細めながらこちらを見る目は全てを見透かしているようだ。
精緻な人形のように整った顔は母性を隠しきれていない。
甘ったるい声を耳元で囁く。内容は俺の暗い願望を叶えてあげるという誘い。
鼻から入ってくる甘い空気はまるで媚薬のように脳髄を侵食する。
はい、と一言いうだけで欲しかったものが手に入る。
羨ましいって思った?
状況だけ見ればそうだろう。
どんな聖人だろうと下卑た目を向けてしまうほど大きな胸に、おっとりとした空気を持つ顔と性格。
毎日いろんな男に声をかけられている魅力的な女性が自分を甘やかしてくれるというのだ。
仕事だって行かなくていいみたいだし、どんなに情けなく甘えてもいい。
普通の状況、──彼女だったり結婚相手なら俺だって喜ぶさ。
でもまぁ当然、そういうわけじゃない。
今の俺の姿は全裸だ。
男女関係でそういう時もあるだろう。
しかし、だがしかし。
両手両足を手錠で縛り付けられ、腹まで縄が巻いてある。
さっきまでは目隠しもされていた。
仕事帰りに急に意識を失ったと思ったらこの有様だ。そう、俺はこの女に拉致監禁されているのである。
一体どうしてこうなった──。
「甘えてぇな……」
いつからかこんなことが口癖になっていた。
もちろんひとりの時だけだ。
いい年をした大人が「甘えたい」など恥ずかしくて口にできるはずがない。
時刻は二十四時。道には人気がなく、家々に灯る明かりもポツポツ消え始める頃合だ。
斜めになった弁当の入ったコンビニ袋を適当にぶら下げて歩きながら考えていた。
飲み物のペットボトルがあの背の低い特有の袋に入ると、バランスが悪くなる。どうしてあんなものを使用しているのだろうか。おそらくは安いのだろうことはわかるが。
就職して、それほど興味も情熱もわかない仕事をして。
──このまま俺の人生は終わるのだろうか。
三十代前半という、自分の人生が最後の方まで予想できる年齢。
挑戦して失敗するのが怖いから。もしできなかったときが怖いから。
起業なんかを考えていても実行できない。
結局俺は挑戦することすらできない負け組だ。何もしなければなんのチャンスもないまま終わるのなんてわかっているのに。
俺に出来るのは挑戦して成功したやつを羨むことと、失敗したやつを小馬鹿にすることくらいだ。挑戦していない以上笑う権利なんてないのに。挑戦すらできない奴が笑うなんて、挑戦したやつからすれば相当に滑稽な姿なんだろう。
自分を変えたいと思っていても何もできないまま俺は腐っていた。
それでもそれなりには努力しているつもりだ。
でもそれは誰でもしていることであって褒められるようなものじゃない。
嫌でも仕事をして、来るかもわからない将来のために貯金して。
安定という名の思考停止を続けている。
なんだかどん詰まりのように感じていた。
心から欲しいものは手に入らないのだと理解してしまっているのである。
ある程度の歳を重ねれば誰であっても人生とはあきらめの連続だと嫌でも気づく。
よくいる、どこにでも存在するつまらないサラリーマン。自称するならそんなところ。
世の中大半がこんなもんだろう。
ダメなんだろうなと思っても変えるのは面倒で大変で不確かなのだ。
劇的なものを期待するのは間違いだ。自分は特別じゃないのだから。
反面分かってもいた。──きっと世の中の劇的な人生を送っている人間は別に特別じゃない。勇気が有るだけ。わかってはいても踏み出せない。
俺のような人間は最期の最期に「挑戦すればよかった」と言い残して死ぬのが目に見えている。
漠然とした絶望感はある。
こんな気持ちは一人で抱えていないで誰かに吐き出してしまえばそれで見ないフリができる。まぁそれも相手がいればの話だけど。
友人に話すようなものじゃない。解決しないから。それに十年くらい連絡を取っていない。社会人になってからは友人と呼べるような存在は出来ていない。話したりはすれど、それは友人として、というよりもやはり同僚としてなのだ。
恋人、──それもどうだろう。ウザがられて終わりそう。そもそもいないし。
家族、──はいない。天涯孤独だ。
誰に吐き出すこともできない。だから一人で吐き出すのだ。
甘えたい。頭を撫でてもらいたい。
特定の誰かには絶対に言えない言葉だ。
俺が普通でいるために。どこにでもいるサラリーマンでいるために隠しておかなければならないもの。
世の中に、人生に感じている不満は全て封印すべき感情だ。
家と会社を繋ぐ、コンクリート製の迷路の途中にあるコンビニ。
乾いてささくれだった心に少しの潤いを与えてくれる人がそこにいる。
夕方勤務のユリサキさん。
いつまでも研修中の札が名札に貼ってあって、名前もカタカナ表記で手書きのままだ。オーナーがケチなのか、この店の店員はちゃんとしたプレートを与えられている人間が少ない気がする。
百合崎……なんていう漢字だろうか。そうだとすればなんとイメージに合う名前か。
荒野に咲く一輪の純白の百合。よくある、それこそ誰でも思い浮かぶ比喩。
複雑な比喩など必要ない。誰に言うでもないのだから。
彼女は美の化身のような姿をしている。
豊満な胸におっとりとした顔。痩せているのにむちむちしている。
大きな胸は制服を持ち上げて、胸ポケットはパツパツで機能していない。制服の丈が短く見えるほどの大きさ。
太っているわけではなく、単純にグラマーな体型なのだ。
顔までいい彼女は俺の世界には存在しない奇跡のようなものである。いや、女神と言っていいかもしれない。こういう人がこの世に居るというだけで少し希望が持てるからだ。
懇切丁寧な接客。
おつりを渡すときは満面の笑顔で、両手を使って俺の手を包んでくれる。
袋詰めはまるで職人の手さばきだ。
俺の買うものを覚えていて、弁当を温めてもらうときは十秒短くしてくれる。
「あの、すいません──」
「ぬるめですね?」
といった感じだ。
昔からどうにも猫舌で、規定時間温められると家に帰ってもすぐには食べられないのだ。
ユリサキさんは温めている間にちょっとした世間話をしてくれたりもする。
俺が買った商品についてだったり、最近見た映画などの話。
家にも電子レンジはある。だけど彼女と少しでも話をしたくて、一緒にいたくて温めてもらっているのだ。
当然、何かあるなんて思ってはいない。
ただの客と店員だ。
だいぶ年下だろうし、俺からしても恋愛対象ではないのだ。年は大学生くらいだろう。
彼女は誰にでも優しい、コンビニ店員としてのプロ意識が高いだけ。
それに何かあったとしても俺にではないだろう。彼女のように生まれて俺のような人間を選ぶはずがない。俺なら俺を選ばない。なにせ得がない。それこそ劇的な人物を選ぶだろうと思う。資格だって権利だって十分すぎるほど持っているのだから。
そう、劇的なものを期待してはいけない──。
期待は、夢は毒だ。理想とは違う現実がひどく惨めに思える劇物なのだ。
毎日のように通っていた。ほんの少しの幸せであってもあるだけで違う。
──今日はいないのか。
二十三時ころに店内に入るともうユリサキさんはいなかった。
時間を考えるともう帰ってしまっているのかもしれない。
いるのは夜勤のやる気がなさそうな若い男が二人だけ。
──残念だ。残業のせいで数少ない癒しの一つを失ってしまった。
いつもと同じような肉がメインの弁当を買って帰る。
温めはしない。男の店員とあの無言の時間を過ごすのは癒しとは正反対のことだから。
帰り道は星を眺めながら帰る。
弁当の袋が斜めになっていても気にはしない。誰に渡すでもない、俺が食うだけならどんな状態でもいい。
澄んだ冷たい空気の中、空を眺めているとふと思い出すことがある。
──そういえば、小さい頃は天文学者になりたかったんだ。
いつからかそんな気持ちは失せ、せっかく覚えた星座も遥か遠く、忘却の彼方へ行ってしまった。
夢を叶えても食っていけないからだ。それに、俺以上の情熱と能力があるやつなんていくらでもいる。
冷たい風が鼻につんとした痛みを与えてくる。
鼻腔の奥の血管が切れてしまっているのか、なんなのか。少しだけ涙ぐんでしまいそうな痛みだ。
──天体観測にはこういう寒い日がいいんだ。
父はかつてそんな事を言っていた。空気が澄んでいて、よく見えるから。
あの時の俺はやってくる未来がいいものだと疑っていなかったし、星は何にでも見えた。
今はもう、何にも見えない。無数の光る点だ。
「なんかもう……疲れたな」
会社を往復するだけの時間も、こうやって過ぎ去った過去のことを考えたり、面白みのない未来のことを考えたりすることも、全部どうでもよくなりつつあった。
はぁ、と腹から息を吐いてみる。
真っ白な息はやがて霧散して消えていく。また長い冬が始まるのか、憂鬱だ。人恋しさが強くなる。クリスマスだったり正月だったり。ひとりきりの人間を排除しようとしているようにしか思えない。ひょっとして生きている意味がないと言いたいのか。
街灯の少ない暗い道。一直線の何もない道。
横を見れば明かりのついた家が立ち並び、時折笑い声が聞こえる。
それをあてつけのように思う自分が嫌だ。無意識に舌打ちしてしまうのなんて最悪だ。
暗い気持ちになって家路を歩く。
何かこう……変化があればいいのに。
──光が走った。
それは流れ星や比喩なんかじゃなく、現実の光景として。
ちかちかとした光が周囲を一瞬だけ覆う。
途端に強い痛みが首筋を刺激し、意識が遠のく。全身麻酔をされた時のような抗えない、普通の眠気とは違う様相の眠気。
自分の意志とは完全に無関係。
いくら疲れていても歩きながら眠るなんてことはありえないはずなのに。
「な……んで」
意識が途切れる寸前、俺は光の中に黒く澱んだ瞳を見た。
目を覚ましたとき、俺の眼前には知らない光景。というか真っ暗だった。
目隠しをされているのだということはすぐにわかる。目の周り、頭の周径には布のような感触があったからだ。
頭を揺すっているとするりと目隠しが取れる。
音はせず、人の気配もない。どうやらひとりでに取れたらしい。縛りがゆるかったのだろう。
周囲を確認する。床には真っ白な絨毯が敷いてあって窓はない。
絨毯は毛の長い猫のような見た目だった。
天井と壁はコンクリート打ちっぱなし。それなりに大きい部屋だ。学校の教室が比較的近いサイズ。窓がないということは地下なのか?
体が動かないと思って下を見ると、裸のうえ、後ろ手で縛られていた。首のあたりがやけどのようにじんじんする。スタンガンか何かで襲われたのかもしれないと気づいた。
椅子は重く、まるで地面に接着されているようだった。
どういうことだ? 何が起きた?
明かりがついていても薄暗いコンクリートの部屋。
俺が連想したのは拷問室。
シチュエーションだってほとんどそれだ。部屋のど真ん中で縛られているし、スタンガンまで使われて拉致されているのだ。
恨まれる覚えは……ない、つもり。恨まれも憎まれもしない。その逆もない。
誰の印象にだって残っていないはずだ。有象無象のひとりでしかないのだから。
「ほんとにどういうことだ? ──ここはどこだ?」
さっぱり検討はつかないが、明らかにいい状況じゃない。
確かなのは、誰かに眠らされてここに連れ込まれたことだけ。
ガチャリと音がする。俺の後ろ、椅子の後ろに扉があるらしかった。
誰かが入ってきたのが分かる。衣擦れの音がするし、そもそも気配を隠している様子もない。
正体を知られても構わないということ。
──殺される?
俺が? 何もしていない、何も出来ていないのに?
手足が急速に冷えていく気がする。寒気がする。部屋が寒いせいだけじゃない──。
「手荒な真似をしてごめんなさい。こうでもしないと難しくて」
聞き覚えのある女の声。どこかで聞いたことがある気が……。
しかし、色々考えても思い出せない。
頭の中が混乱している。急な展開についていけていないのだ。
「こ、殺さないで!」
「殺す? 私がですか? ──そんなことしませんよ?」
「えっ。じゃあ何を?」
「そうですね、一言で言うのは難しいですけど……あなたを幸せにしてあげようと思って」
「はぁっ!? こ、こんなことしておいて!?」
「そうなんですよ、これに関してはどうお詫びしてもしきれないんですけど……」
後ろで聞こえる声が反省の色を示す。
頭がいっぱいで、何が何やらわからない。
幸せ? 幸せってなんだっけ。
「じょ、冗談じゃないっ! 犯罪だぞこれは! 拉致監禁!」
「ええ、そうですよ?」
「──っ!」
さらっと。まるで当たり前のことのように。
ひんやりとしたものを感じる。この女は頭がおかしい。
俺はもう帰れない。平凡な、どこにでもある人生には戻れない。
別にいつ終わってもいいとは思っていた。だけどこれはあまりにも──。
「それで、私の正体わかりました?」
「わ、わからない。誰だ君は!?」
「お弁当はぬるめですね? ──これでわかりました?」
「ユ、ユリサキさん……!?」
「はぁい。正解ですっ!」
確かに言われればその通りの声だった。あまりに彼女のイメージと行動が違っていて繋がらなかったのだ。
俺の正面に回り込んで、立ち上がったまま腰を曲げて、俺の顔に優しく両手を添える。
両方の頬を撫で回し、少し上から笑顔を浮かべて顔を覗き込んでくる。──冷たい指だ。
近くで見る彼女の顔は本当に綺麗で、きめ細かい肌は白い。
まつげがとても長く、鼻筋は綺麗に通っている。
こんな状況なのに魅入ってしまう。
いや、こんな状況だからかもしれない。
そこで俺はあることに気づく。
──ああ、これか。俺が見たものは。
美しい顔にある瞳。
俺が意識を失う前に見たもの。
──ユリサキの瞳は黒く澱んでいた。
真っ黒な瞳の奥は渦巻いているように見える。
女性の瞳を見て思う感想じゃないが、ドブ川のよう。いや、腐ったドブ川。近寄るだけで悪臭が鼻腔にへばりつくような、そんな腐ったドブ川だ。
黒より暗い黒。ブラックホールのように光を吸い込み逃がさない。
女神だと思っていた人物の正体は悪魔なのかもしれない。
少なくともまともだとは思えなかった。
「ど、どうしてこんな……」
「寂しいでしょう? 蒲田さん」
「な、俺の名前……!?」
「なんでも知ってますよ、蒲田ユウイチさん? 勤務先も住所も、いま恋人がいないことも友達が少ないことも。好きな食べ物は油ものばかりですよね? ──健康に悪いですよ? ですが大丈夫。これからは私がしっかり管理してあげますから」
「な、何が目的なんだよっ! 俺のこと調べて、どうするつもりだ! 金ならないぞ!」
「またまたぁ。それなりに貯金もしていますよね? ──まぁお金の事なんてどうでもいいんです。私これでもお金持ちなので」
「じゃ、じゃあ何が……」
「だから、言ったでしょう? あなたを幸せにしてあげるんです。望むように甘やかしてあげるんです。あまあまです。私はあなたを否定なんてしません。どんなあなたでもいい。全部肯定してあげます」
「い、意味がわからない……君はおかしいのか?」
「おかしい、おかしいかもしれませんね? でも誰だって思うでしょう? 甘えたい、肯定されたいって。──私だってそうなんですよ? ですが誰もそんなことしてくれない。そこで私は考えました。誰かにそうすれば自分もしてもらえるんじゃないかと。──だからね、私はあなたを甘やかします」
「な、なんで、なんで俺がそんなことを思ってるって知ってる!」
「帰り道よく独り言言ってるじゃないですか。──これは偶然なんですけど、私の帰り道って蒲田さんと同じ方向なんですよね。その時に聞こえちゃって。ああ、やっぱり私おかしいのかも。──それを聞いてからですね、蒲田さんが気になって気になって仕方なくなったんです。普段はちゃんとしているのに、本当は、内心は甘えたくて仕方ない。──可愛いって。甘やかして甘やかして私にべったりにしたいって。私がいないと何もできないくらい依存させたいって」
俺の顔を握る手を強くして、うっとりとした表情を見せる。
まさに、恍惚、といった表情。
口を半開きにしたまま、ぞくぞくしているような素振り。
彼女は母性に溢れていると思っていた。
実際普段はそんな感じの印象なのだ。
温和で、誰にでも優しく親切。包み込むような空気を持っている。
──違う。
これは母性じゃない。
ユリサキが望んでいるものは籠の鳥。
自分の手の範囲で生殺与奪を握りたいのだ。
歯向かわないうちはかわいがってくれるが、嘴が手に突き立てられれば容赦なく握りつぶす。
逆らっちゃいけない。もし逆らえば……。
握りつぶされるカナリアを連想する。あるいは虫籠の虫だ。少年の気まぐれで捕まって、飽きれば世話もしてもらえない。そのまま干からびるのを待つだけ。
背筋にゾクリとしたものを感じた。
──この女はやる。
俺をここに連れ込むにしたって既に犯罪を犯しているくらいだ。
一般的な価値観の外にいるのは明らか。
この場所じゃあ叫んでも外には届かないだろう。それを想定しての場所なのだろうから。
「俺のことが好きなのか? 好きなら拘束を解いてくれよ」
「それはできません。──今はまだ。だって、裏切られたら悲しいです。そうなったら私、もうどうすればいいかわからなくなっちゃいますから」
──殺す。
ほとんどそう言われているのも同義だった。
顔こそ笑っているが目は笑っていない。
冷たく凍てついた眼はまっすぐ俺の方を見据えていた。
──肯定してくれるんじゃないのか。
それともそういう点に関しては別、ということなのだろうか。そうなんだろう。全て、とはいかないはずだ。
彼女の手の中の範囲でだけは全て自由、ということなのかもしれない。
結局不自由だ。
「──抵抗はしないから」
「それでも、です。私だってホントはこんなことしたくないんですよ? もっともっと甘やかしたいし、甘えて欲しいんです。でも今は不信感の方が強いでしょ?」
「そ、そりゃそうだろ。こんな状態なんだぞ?」
「だからね、まずは分かりあってからにしようかと。──食事まだですよね? またコンビニ弁当ばっかり。ダメですよぉ、そんな生活。こんな時間なので重いものはダメです。もっと消化のいい、栄養のあるものを食べなきゃ」
「い、いいだろ、俺の勝手だ」
「これからはダメですっ! もう一人の体じゃないんですよ?」
それは男のセリフだろう。しかも妊娠している女性に向けてのものだ。
この女、もう結婚でもしたつもりなのか。
普通に言い寄ってくれれば大歓迎だったのに。──もうダメだけど。
「はい、これが今日の夕飯でーすっ!」
ユリサキが用意したのは複数の料理が並んだプレート。
野菜がメインで、確かにバランスは良さそう。
ぱっと見でも手間が掛かっていそうなことだけはわかる。
「──手の拘束は解いてくれよ」
「ダメでーすっ。私が食べさせてあげますから」
「いい、自分で食うから」
「──それは肯定できませんよ? もうわかっていると思いますが、そういうことに関してはどうしても。でも大丈夫っ、ここにいる分には何も不自由はありませんからっ」
「もう不自由してるだろ」
「あら? あらあら? ──もしかして不満ですか……?」
「──殺すなら殺してくれよ。こんな縛られた生活が続くならもういい」
「うーん、うーん……私としてももう少し自由にさせてあげたいんですけど……暴れたりしないですか?」
悩んだ素振りではあるものの、行動に移そうとはしていない。
「すぐ逃げるよ」
「ほら、ほらほらっ! そうなると困るからその状態にしなきゃいけないんですよ……私に危害を加えられても困りますし……」
「君に危害は加えないよ。俺は帰れればそれでいい。今日のことは黙っておくから」
「それはダメです、あなたじゃなきゃ。私はあなたとだけいたいんです」
「う、嬉しいけどさ……こんなやり方じゃダメだ」
「ですよね? 嬉しいですよね? ──私だけですよ? あなたのことを心から愛して、それでいて安全な空間に保護できるのは」
「ほ、保護なんていらないっ! 子供じゃないんだぞ!」
それは愛じゃない。ただの独占欲だ。
しかも相当ゆがんでいる。
首輪をつけて、さらに檻に入れているのと何も変わらない。
ユリサキは精神的におかしいのかもしれない。いや、おかしい。
ペットと人間の区別が付いていないのだ。
何を望んでいるのか正確にはわからない。
恋愛関係を求めているのだとしたら尚更わからない。
通常のアプローチをせずにいきなり拉致監禁。
──どうしたらそうなる?
振られてどうしても、というのならまだわからなくもないのだ。
どういう人生を歩めば最初のアプローチが拉致監禁になるのか。
一つ考えたのは、彼女は人間不信だということ。
誰も信じられないから手中に収めたがるのだ。
人間が裏切ることを前提として行動している。気持ちはわからないでもない。長らく人間をやっていればわかること。──そういう生き物なのだと。
「──まぁいいです。とりあえず食事にしましょう? はい、あーん」
スプーンの上に少しだけのせて、俺の顔の方へ持ってくる。
表情は笑顔で、さっきまでのやり取りを忘れてしまったように見える。
──怖い。
どうして、どうしてこんな顔ができるのか。拉致してきて拘束している人間に対して。
罪悪感がない? 自分のしていることは正しいと思い込んでいて、それを疑ってすらいない。
──サイコパス……だったか?
彼女はそれだ。そうじゃないのだとすれば精神医学の方が間違っている。
口を開けるように促され、半ば強引に突っ込まれる。
どんな食べ物かわからない。本当は口にもしたくない。
毒が入っているかも。──それはないか。殺す気ならもう死んでいるだろうから。
「う、美味い……」
「でしょう? ほら、好き嫌いせずになんでも食べましょうね? はい、またまたあーんっ」
「こ、子供扱いするなっ」
ねじ込まれるのが不満ではあるものの、意外にも味はいい。
料理そのものは全然わからないが、普段野菜など食べない分やたらと美味しく感じる。
シチュエーションだけで言うならば気分はいい。
彼女なんかに食べさせてもらう、それ自体は。
でも裸で拘束されているのだ。
食事というよりは給餌。
それでも腹は減っていて、出されたものは全て平らげた。
結論だけで言えば相当に美味だった。
それこそ結婚相手というのなら最高かも知れない。──彼女が普通の精神ならの話だが。
「美味しかったでしょ? 今日のために調理師免許も管理栄養士の資格も取ったんですよ?」
「嘘っ……!?」
「嘘じゃないですよ? あっ、普通免許もありますよ?」
やばい。
本気すぎる。
俺が知らなかっただけでこれはかなり前から計画されていたということにほかならない。
「なんで、なんでそんなに?」
「愛ですよ? 好きな人のためになんでもしたいと思うのってそんなに変な話ですか?」
「い、いや、それはそうだけど……」
自分の人生をかけて、というのなら一般的じゃない。
普通は妥協して釣り合いの取れる者と付き合っていくものだ。
「この家もこのためのものですしね。やっと完成したんですよ、ここ。──さしずめふたりの愛の巣ってやつです」
「い、家まで!?」
それはつまり……完全にこうすることを前提としているということ。
今いるこの場所もそう。
──俺を監禁するのを前提としているということ──。
冷や汗が流れる。
ん? だとすればなぜそこまで拘束にこだわる?
「俺は逃げられるのか?」
「んー、無理ですね。でもほら、私を殺して、とかならできるかもしれないじゃないですか。だから拘束を解かないんです。──まぁそんなことをするとは思っていないですけど。それに、私が殺されちゃあ困るんですよ」
「そりゃあね……」
俺が彼女を殺す。──それは無理だ。
そもそも殺してまで脱出しても意味がない。この場所から刑務所へ拘束される場所が変わるだけなのだから。
社会的に死んでは元も子もない。結局何もかも失う。今俺が望んでいる自由も何もかも。
「なぁ。今日一日、今日一日だけ試すっていうのはどうだ?」
「試す?」
「君との結婚生活だよ。俺だってこのままじゃあ君を好きになったりはできない。わかるだろ?」
「だから拘束を解け、と?」
「まぁそういうことになる」
「それは私だってそうしたいですけど……いちゃいちゃでらぶらぶな生活が理想ですから。そうだ。だったらですね、椅子からの拘束は解きます。──その代わり、手錠をしてもらえますか?」
「手錠……」
「足もですね。流石に暴力はちょっと怖いので……」
それは拘束を解いたことになるのか?
いや、椅子から離れられるだけでも多少は違うか?
「じゃあそれで……」
渋々了解し、黙って手錠をかけられる。腹の縄は巻いたままらしい。椅子に拘束されるのだけは変わらないということ。いきなり嘘かよ!?
精神的におかしいと思っていても、好みの女性ではある。
とても複雑な心境だ。
ある意味では望んでいた状況でさえある。もちろんこういうことではないけど。
なんとか妥協点を見つけることさえできればうまくやれるかもしれない。
──営業でもやっておけばよかった。
こんな時にうまいこと言える話術でも習得すべきだった。
拘束が手錠に変わっても俺は椅子に座ったまま。
食事をしたせいか、下腹部に違和感があった。
「そのだな、トイレに行きたいんだけど」
「どちらの方です?」
「どっちって……小の方だ」
俺が言うと、ユリサキはにぃ、と笑う。
そして俺の後ろ、俺から見えない場所から何かを持ってくる。
一瞬何を持ってこられたのかわからなかった。
「それは……」
「尿瓶ですよ?」
嘘だろ……?
俺は介護なんてされる年齢じゃない。
「ちょ、ちょっと待て、それはやめろ!」
「大丈夫ですよーっ。全部私に任せてください」
ユリサキは俺のチンポを平然と掴み、尿瓶の中に入れようとする。
動きようがないので抵抗する術はなかった。
状況が状況なので小さいままだ。少し寒い分、むしろいつもよりも小さい──はずだった。
「あれ、あれれ? どうして大きくしてるんです?」
「そ、それは……」
細く白い指に掴まれてむくむくと反応してしまう。指先の冷たさが程よく異物感を醸していて、他人に触られていることをチンポに自覚させる。
俺は女性経験が多い方じゃない。
それにこんなのは久しぶりすぎる。
相手が容姿においてなら最高に好みである以上反応しないわけがないのだ。
そして冒頭に戻る。
「いいんですよ? ──嬉しいです。私でこんなになってくれるなんて」
「せ、生理現象だ!」
「それでもいいです……」
なんだか調子が狂う。
さっきまでの若干恐怖すら感じる態度とは違って、本当に嬉しそう。
俺の知る彼女に似た温和な空気になってしまった。
こうなると色々とバツが悪い。
「そんなに、そんなに俺が好きなのか? コンビニでちょっと話したくらいだろ?」
「好きですよー、すごく。──寂しそうな空気がとても」
「寂しそうに見えるのか?」
「いやぁ、見る人にもよるんじゃないかとは思いますよ。私と話すときはいつも楽しそうなのに、帰り際はすごく寂しい背中に見えるんですよ」
「それはそうかもしれない……実際寂しい気持ちはあったよ。誰かと話したりすると余計に。──特に君とは」
「でしょう? 私はそういう寂しさを知っている人が好きなんですよ」
「……ダメ男好きってことか……本当にいるんだな」
「ダメ男なんですか?」
「まぁ……だな」
お世辞にもいい男じゃない。だからこそひとりで生きてきた。
今だってそうだ。
裸で餌をもらって、あろう事か劣情までもよおしている。
「そんなことないですよ? 素敵です、甘やかしたいです」
「──肯定ってこういうことか?」
「ええ、そうです。私はあなたそのものを否定しませんよ? どんなにダメでも甘えん坊でも」
「ちょっといいかもな……」
「でしょっ!?」
「でもまぁ、これはダメだけどな」
「なんでですか? 安全な家の中で、ずっと私と一緒に過ごすだけですよ? おとなしくしていればなんでもできますし、なんでも手に入ります」
「自由以外は、だろ?」
「自由なんてあってないようなものでしょう? 外にいたって自由なわけではないですし。私の知っている限り外の方がよっぽど自由はありませんよ?」
「そ、それは卑怯だろ」
「否定はできないでしょう? ──この家にいるかぎり敵はいないし、困ることもほとんどないはずです。嫌な仕事だってないし、誰かに怒られることもありませんよ? ──なんでもしてあげます」
冷静に考えれば魅力的にも思える。
でも……。
形を変えた刑務所でもある。しかも刑期は一生。
最初は良くても絶対に嫌になる日が来る。
なんでもしてくれるということは、自分では何もできなくなるという意味でもあるのだから。彼女の言うようになんでも依存して何もできなくなるのは嫌だ。
そんなことを話しているうちに、尿瓶の中に収まったチンポは元のサイズに戻っていく。
ユリサキはがっかりしたような顔を一瞬見せた。
いい加減尿意は我慢の限界を迎えてしまう。
どうして話に夢中になってしまった。
「と、トイレ!」
「いいですよー、全部出しちゃってくださいっ」
「だっ、やばいっ!」
尿瓶の中に勢いよく飛び出した尿はうっすら黄ばんでいて、一度出始めてしまうともう制御ができない。
他人の前で、しかもかつては気になっていた女の前で放尿する。
俺はもう泣きそうだった。
──情けない。恥ずかしい。いい年をした大人がこんなこと……。
「も、もう殺してくれよ……」
「大丈夫、大丈夫ですよっ! 生理現象は仕方ないことなんですから、そうだ、全部私のせいにすればいいんです!」
自分のせいにしろ……?
確かにそうだ。縛られていなければ、自由ならこんなことにはならなかった。
「本当に可愛い……泣きそうな顔も素敵ですよ……」
「み、見るなっ!」
顔を隠そうにも手が後ろの上に手錠があるため隠しようがない。
ユリサキは俺の顔から目を離さないままだった。
「綺麗にしてあげますね? あっ、ちょっと皮かぶってるんですね、可愛いです」
「な、何を!?」
尿瓶をゆっくり地面に置いたあと、チンポを優しく掴み俺の足を開く。
「うふふふふ。私があなたを全部肯定して甘やかしてあげますからね……お外は怖くて疲れることばっかりですもんね?」
「ちょ、まっ! やばいって、やばいっ!」
「大丈夫、ここにはあなたを傷つけるものなんて何もありませんよ? だからいっぱい、いーっぱい甘えていいんですよぉ? お仕事だって行く必要ないんです。私が養ってあげるので。──これからのあなたの仕事は毎日私に甘えて、気持ちいい、気持ちいいってたくさんぴゅっぴゅすることですよ?」
そりゃあ俺だって考えたことはある。
こんな子とこういう関係になれたらって。
でも俺が望んだのは普通の関係だ。
普通に付き合って、結婚なんて考えたりして。そういう過程の中に欲しかったものだ。断じてこんな関係性じゃない。
俺がどう思っていても関係ない。そう言わんばかりにユリサキは俺のチンポをくわえ込む。
さっき放尿したばかりのそれを一切の躊躇なく。
「だ、だめだって……」
「ろうひてれふ?」
「しゃ、喋るな……!」
柔らかいままだったそれはユリサキの口から与えられる刺激でどんどん膨らんでしまう。声の振動が悪魔的だ。
皮の隙間に舌を入れられ、汚れをこそぎ取るように回す。
う、うますぎる……。
俺の弱い箇所を的確に舌でなぞり、ぬるついた熱い液体で覆っていく。
久しぶりの快感は脳髄を侵すように電気を流す。
心はどうあれ体は正直に反応してしまうのだ。
下を見るとユリサキはこちらを見ていた。
目が合ってしまう。──黒く澱んだ目。
綺麗な目だと思っていたのに──。
「ひもひいいれふか?」
「だ、だからしゃべるのは……」
「おっひいれふ」
「うう……」
口の中で完全に膨らみきってしまう。
熱い口腔内の柔らかい粘膜。
歯を立てるなんていうことはせず、いやらしく全体を舐めまわされていた。
喉の奥まで飲み込まれて、ゴリゴリとした感触が亀頭に厳しい。
気持ちいい。このまま流されてしまいそうだ。
突き放そうにも俺に使えるのは口だけ。
このまま射精でもしてしまえばもう強くでれない。
「やめろ、やめろっ!」
「ちゅぱっ……どうしてです? 気持ちいいんですよね? こちらはビクビク喜んでいますよ?」
口から離し、ぱんぱんに膨らんだ亀頭を指先でちょん、と押す。
はっきり言えば気持ちいい。続けられれば彼女の口の中に盛大に射精することになるのは時間の問題だ。
それじゃあダメなのだ。俺はこの空間から脱出して普通の人生を取り戻す。
味気なくたって、寂しくたって監禁されたくはない。
不自由さの中にある小さな喜びが欲しくて生きてきたんだ。
「それに、最近オナニーしていませんでしたよね? ──溜まってらっしゃるのでは?」
「なんで知ってる……!」
仕事が忙しい時期なのだ。
家に帰れば眠るだけ。とてもそんな元気はなかった。
それに昔からの癖というか、一度始めると何度でも完全に出し切るまで、勃起しなくなるまでしてしまうのだ。体に蓄積するダメージを考えると繁忙期にはしたくない。
「カメラ、部屋中に付けさせてもらってますから。──私はユウイチさんのことをなぁんでも知ってますよ? 私のことをオカズにしていたこともありましたよね? おつりを渡すとき私が握ったほうの手を使って、しこしこ、しこしこって。私の名前を呼びながら気持ちよさそうな顔でびゅるびゅるーって、いっぱいねばっこい精液を射精してましたね? ──もうそんなことしなくてもいいんですよ? ユウイチさんがしたいときに、いくらでも私の体を使っていいんですよ?」
「ひっ、ス、ストーカー……!」
「好きな人のことはなんでも知りたいんです。──それをストーカーというのならそうでしょうね? ──ユウイチさんのオナニーは最高でした。私の名前を読んでいる時なんて、聞いただけでイッちゃいましたよ? 今もぐちゅぐちゅです……」
「い、イカれてる……!」
「失礼しちゃうなぁ。私はユウイチさんを愛しているだけですよ?」
「そ、それは愛じゃない! お、お前はおかしい! 壊れてる!」
「だとしたらユウイチさんのせいですよぉ? こんなになったの初めてですもん。お金もすごいかかっちゃいました。まぁ、それはどうでもいいですけど」
へらへらと笑いながら、平然と普通のトーンで言う。
それどころか俺のふとももに顔を擦り付けながら、恋人にするような甘えた声すら出す。
頬ずりの心地よさよりも恐怖が先行する。
──畜生、なんでこんな状態なのに股間だけは素直なんだ。
「もう大人しく甘えていいんですよ? ほら、おちんちんだってびゅうってしたいって言ってますよ?」
ぐりぐりと亀頭を指先で押され、根元の方が大きくびくつく。
気持ちいいことなんてわかってる。
ユリサキに射精させて欲しいのも。
現状に戸惑いこそあるものの彼女の体や見た目は好みなのだから。
さっきからされている誘惑だってそうだ。──魅力がないなど嘘でも言えない。
「私ね、ずぅっとユウイチさんのオナニーの録画を見ながらオナニーしてたんですよ? 同じくらいの大きさのバイブ探して、ユウイチさんとセックスする想像しながら。この一年で何百回したのかもう分かりません」
見た目は女神で、中身は悪魔──。
悪魔は望むものを与える代わりに魂を奪うという。
ああ、そうか。簡単なことだった。
俺が悪魔を選んで、悪魔も俺を選んでいた。
──俺は悪魔に魅入られてしまっていただけなんだ。
仕方ないんじゃないか。
欲しいものを並べられて我慢するほうが無理というもの。
砂漠でオアシスを見つけて飛び込まないでいられるだろうか。──いや、無理だ。
そんなに強い精神力があるのなら俺はもっといい人生を送っているはず。
だんだんと言い訳し始めている自分がいる。
目の前の単純な性欲に勝てなくなってきている。
彼女の言うとおりにしたら無上の快感が手に入るのだ。それはきっと悪魔的な快感。
でも、刹那的な快感に全てを捧げていいのだろうか。
──気を許したフリ。
そうだ、一時的に屈したフリをすればいい。
そうすれば脱出のチャンスもあるかもしれない。
そうだ。だから今は、今だけは快感を貪ればいい──。
そう、仕方ない──……。
「──たい」
「えっ? 何か言いました?」
「──射精したい」
俺の声が耳に届いた途端、ユリサキの表情は怪しく変化した。
艶めかしさの奥にある蠱惑さ。
逃がさない、逃げられないとでも言いたげな目つき。
俺のこの選択は大きな誤りだった。
ここで全力で拒否していれば開放される可能性もあったかもしれないのに。彼女が諦めてくれたかもしれないのに。
「そう、そうです、それでいいんですっ! このまま一生二人きりでいましょ? 面倒な俗世なんか気にしないで、ずっとずっと二人きりで。大丈夫、何も心配いりませんよ? ああ、嬉しい、一生面倒見てあげますからね……」
一気に、早口でまくしたてる。明らかに興奮した様子で、なにかのスイッチが入ったように思えた。
「それで、どんな風に射精したいですかっ!? どんなプレイでもいいですよっ!? 手? お口? おっぱい? それとも──」
ユリサキは自分の股間に手を当ててぐにゅぐにゅと回すようにした動きでいじっていた。──オナニー。こんな子でもするのか。するとは聞いていても、目の当たりにするとドキドキする。
なるべく見ないようにしていた彼女の体を見てしまう。
長袖のシャツにパンツスタイルという地味で露出の少ない格好ではあるものの、中の体が強調されて逆にエロい。
セックスできるのか……。
こんな子と?
俺が言うだけでどんなプレイも?
思うとたぎりを覚え、俺は口を滑らせる。
「セ、セックスだ。中出しさせろ!」
中出しどころか生でしたこともない。
嫌がるならそれはそれでいい。彼女は自分で言ったことを覆すことになるのだ。
それに元々この体をめちゃくちゃに犯してみたかったというのもある。
「いいですよぉ? 何回でも私の中に出しちゃってください。──きっと天国ですよ?」
「い、いいのかっ?」
「もちろんですっ。ピルを常飲してますし。あっ、もし孕ませたいならすぐにやめますよ? ユウイチさんの心も体も全部受け止めてあげたいので、できることは何もかもさせてあげますっ」
「な、なにかの罠か?」
「罠? ああ、嘘ついて妊娠するとかですか? ──しませんよ、そんなの。ユウイチさんがどうしても孕ませたいとご自身で思うときまでは。私たちの子供は望まれて、祝福されて生まれて欲しいですから」
子供についてのところで彼女は感情を込めているように思えた。
女性である以上何かしらの思い入れはあるのだろう。
「じゃあなにかの病気とかか?」
「もう、疑り深いですね。──そう言われると思いまして診断書もありますよ。何もありません。私はただユウイチさんに気持ちよくなって欲しいだけです。男の人は中でびゅうびゅうするのが好きなんですよね?」
本気、なのか……。
──したい。
好き放題彼女の中にぶちまけたい。
妄想が現実になりそうな場所まで来ている。
「こ、ここでするのか?」
「いいえ、上にベッドがありますので、そこで熱く交わりましょう? あっ、もしかして一緒のベッドは嫌ですか? 私としては毎晩となりで眠りたいと思っていたんですが……それともこの状態でしたいですか? 椅子に座ったままで。私が動いてあげますよ?」
この部屋以外の場所。
案外脱出自体は可能なのかもしれない。
流石に行為中くらいは拘束を解いてくれるはず。俺がそうしたいといえばきっと。
両手両足を縛られたままでは満足にできるわけがない。
「ベッドがいい。──拘束は解いてくれるよな?」
「ええ、愛し合うふたりの関係にそんなものは不要ですから」
──勝手に言ってろ。
体に興味はあっても中身は大嫌いだ。
こんなイカれた女……。
彼女の介助を受けて立ち上がる。
俺の後ろにあった扉は鋼鉄製の重そうな扉だった。
見せてはくれなかったが鍵は暗証番号式。電気式の、それこそ映画で見るような立派なもの。
──これが拘束を解かなかった理由。
殺されたら困る、というのは自衛のためだけじゃない。もし自分が死ぬことがあれば俺はこの部屋から出ることができなくなるからだ。
言われなくても釘を刺された。
ほかの部屋に関しても似たようなものかも知れない。
彼女に危害を加えれば本当に脱出できなくなるかもしれないのだ。
外部との連絡手段も期待できない。あったとしても俺がスムーズに使えるものではないのだろうから。
扉の向こうにはエレベーターがあって、ボタンのたぐいが存在しないかに見えた。
小さな鍵を使って配電盤のような場所を開けるとボタンが出てくる。
本当にいくらかかっているのだ。
どう考えても億は超えている。
ここまで本気の人間から逃げられるのか?
莫大な金と、狂気じみた執念を持つ人間から。
「君は何者なんだ?」
「コンビニ店員ですよ? 今日でやめちゃいましたけど。あっ、ちゃんと一か月前から予告してましたよ?」
「そうじゃなくて……金持ちって言ってたろ?」
「ああ、そっちのほうですか。そうですね、今の資産は金融系だけだと五十億円くらいですかね。──私の家って元々そこそこお金持ちで、遺産も大きかったんですよ。減らさないように運用してたんですけど、あれよあれよと増えちゃって。今ではちょっとしたお金持ちってわけです」
「ご、五十億!?」
「不動産なんかを合わせたらもっとありますよ? ね? 人一人一生養うくらい簡単なんです。なんだって買ってあげますよ? どうせ相続するような人も今はいないので使い切らないと」
あっけらかんと。──なんでコンビニでバイトなんか? 暇つぶし?
でもこの質問で分かったこともある。彼女には家族の類がいない。俺と同じように天涯孤独だということ。
俺の生涯賃金は三億くらい。手取りだともっと少ない。五十億は俺の人生二十回分くらいということ。──バカらしくなる数字だ。
逆玉というやつかもしれない。
状況だけ考えればやはり最高な気さえする。
美人で俺の好みで、なんでも尽くしてくれて料理もうまい。
そして信じられないくらいの資産家。
ただ一つ問題がある。すべてのメリットをかき消す最大のデメリットが。
「なぁ、普通に付き合ったり結婚はできないのか?」
「できないことはないと思いますけど……私の目から離れるようなことはできませんよ?」
「いやいや、それは普通じゃないだろ?」
「みんなそう言うんですよねぇ。片時も離れたくないのってそんなに変な話ですかね? ──仕事に行ったら浮気するかもしれないし、そうじゃなくてもほかの女と接するだけで不快です。それにはした金のために傷ついて欲しくないです。普通の人が頑張ったって、私が何もしなくてももらえる利子の方が大きいくらいですもん」
「四六時中一緒じゃ息が詰まるだろ?」
「いいえ? 私はずっと、なんでもご奉仕したいです。相手のために何もかも差し出すのが愛でしょう?」
微妙に否定しがたい。
愛なんて定義があるものでもないし、聞こえだけは響きがいいものだ。
彼女の言う愛というのは要するに、全部差し出すから全部よこせ、ということなのだろう。
釣り合いは取れている?
むしろ彼女のほうが損をしている気さえする。
階数表示のないエレベーターは静かに動いていた。
止まったのであろう振動があったあと、ゆっくり扉は開く。
目の前にいきなり現れたのはベッド。
キングサイズくらいだろうか。とてつもなく大きい。
家族が横になって眠るのは余裕に見える。
ふかふかの布団が乗せられていて、枕は横に長い大きなものがひとつだけ。
枕元の棚のような場所にはティッシュの他にバイブなどのおもちゃやローションなどが綺麗に等間隔に並べられている。
壁には様々な衣装。
セーラー服やブレザー、メイドやバニーガール、スクール水着などが所狭しとかけてある。
部屋全体がさながら性的なおもちゃ箱。
──俺のために?
ユリサキがどんな気持ちで、どんな顔をしながらこれを用意したのか。
俺とするのを想像しながら楽しみにして用意したのかも。
変な状況でも、ここまで思われていること自体は悪い気がしない。
考えてみれば俺を思ってくれている人なんていない。
──それこそユリサキくらいしか。
俺の人生はどうなっているんだ。こんな、こんな頭のおかしい女以外誰も俺を望んでいないなんて。
「どうです? この日のために用意したんです。飽きないように色々。いっぱい気持ちよくなりましょうね?」
じゃじゃーん、と口で言いながら嬉しそうに話す。これだけ見れば年相応に可愛いのに。
俺を置き去りにしてベッドの上に移動していった。
手を後ろで縛られ、足もほとんど動かせないから直立したまま見ていることしかできない。
ユリサキは上から順に服を脱いでいく。
まくりあげられて露出していく白い肌。
黒いブラジャーからは溢れんばかりに丸く、大きな白い胸が覗いている。
すっかり元気をなくして下を向いていたチンポは再び大きく固く上を向き始めていた。
ぐぐぐ、と起き上がるのが分かっていてもユリサキの体から目が離せない。
性格に難があるものの、やはり体は最高だ。
体は細くてぜい肉なんて全然ないのに、胸だけは両手を使わないと片方すら覆うことはできないだろう。小ぶりのメロンのようなサイズだ。
男を発情させることに特化した体。
これを好きにしていい──。
自らブラジャーを外してぶるん、とあらわになる胸。
想像を超えるほどの弾力があるように見えた。
丸くて大きくて。乳首はほんのり茶色っぽいがピンク寄りのかなり綺麗な色。
垂れてもおらず乳首はつんと上を向いていた。
あんなのに挟まれたら俺のチンポは隠れてしまうだろう。
パイズリなんてされたことがないが、夢中になってしまうのは間違いない。
ごくり、と音がする。
何の音か正体がわからなかったが、やがて自分が飲み込んだ唾の音だと気づいた。
そんなこともわからないほど見入ってしまっていたのだ。
そのままの流れで下の方も脱いでいく。
上下とも黒い下着だった。
黒は彼女によく似合う。
普段は見えないところに隠された黒。ユリサキという人間を端的に表しているように思える。
するすると脱いでいくが布団に隠れて肝心なところが見えない。
体勢は足を閉じ、つま先を前に出した体育座り。伸ばしているといえばそうだが、そこまで伸ばしてもいない。
見たい、見たい。
俺の視線が釘付けになっているのに気づいたユリサキはいつも見せるものと同じ笑顔をした。
──俺が惚れた笑顔だ。
「見たいですか? そんなに私とセックスしたいですか? おちんちんビクビクしちゃってますよ? ぴーんって上向いちゃって。かっこいいです。男らしいですよ」
「み、見るなっ!」
「ずるいですよぉ? 私のが見たいならちゃんと見せてくれなきゃ。それにこれからするのは見せ合いっこじゃなくて擦り合いなんですよ? お互いの普段隠してる大事な大事な気持ちいいところをすりすりってするんです。──ふたりして気持ちいい、気持ちいいって必死な顔で言いながら。そして最後にユウイチさんは私の中でいーっぱいびゅうってしちゃうんですよ?」
ユリサキは誘うような表情、言い方をしながら、手で輪っかを作って人差し指を抜き差しする。
セックスのジェスチャーだ。
腕を動かすたびにぷるぷる揺れる胸がなんとも悩ましい動きをしていた。
俺のチンポはもうどうしようもないほどガチガチに膨らんで天を貫いていた。
こんなになったのはいつぶりだろう。オナニーじゃここまではならない。
薬でも盛られていたのかもしれない。体が風呂上がりのように熱く、今までに感じたことがないほど発情してしまっている。
十代のとき、初めて自慰を覚えた時のように興奮している。隠そうにも隠せない。ユリサキの視線にさらされてチンポは小刻みにびくついていた。
腹につきそうなほど真上を向こうとしていて、亀頭の先端には我慢汁がたっぷり溜まっていた。竿を伝って玉の方までがびっしょり濡れている。
玉は完全に持ち上がって射精の準備をしてしまっているのを感じる。
「我慢しなくていいんですよ? 甘えてください。いい子いい子してあげますから。ユウイチさんの好きなようにしていいんですよ?」
「で、でも……」
「一言、一言言えばいいんです。『甘えたい』って。──いつも言っていたでしょう? その一言で私はいくらでも甘えさせてあげますよ。撫で撫でしながら何度でも愛しているとささやきます」
興味がないわけじゃない。それが虚構であっても。
それでも。
何も持っていない俺が持っていた唯一のもの、自由を差し出していいのか。
今だけ快楽を貪るということが果たして俺にできるのだろうか……。
ユリサキはそう思っていない。
自分の体とこの状況に俺が溺れると考えているはずだ。
「何を考えているんです。ほら、見てください、私のここ……ぐちゅぐちゅなのわかります……? ユウイチさんのおちんちん見てるだけでこんなになってるんですよ……? 発情してるんです、ユウイチさんとセックスしたくてたまらないんです」
ユリサキは足を開いて性器を見せつける。
自らの指で広げて、流れる愛液を指ですくって見せた。
親指と中指をくっつけて離してを繰り返す。
指の輪っかはねっとりと糸を引いていて、発情しているという証明には十分すぎる。
多少薄めではあるが、上部に綺麗に生え揃った陰毛はたっぷりと水気を孕んでいた。
真っ赤になった陰唇は俺のチンポを誘っているようにしか見えない。
愛液のついた指をねぶるように、見せつけるように舐めってみせる。
「私のここ、気持ちいいみたいですよ? そんなに経験はないですけど、十秒以上我慢できた人なんて一人もいません。──もちろん全員ゴム付きですよ? 自称上手だって人だって一瞬でした。あっ、生でしたことはないので安心してくださいね? だから生で入れたらとっても気持ちいいと思うんです。──したくなりました?」
腰を突き出して見せつけるようにしながら言った。
ゴム付きで十秒……。しかも慣れているやつが?
凄まじい名器なのか?
この体で? ──最高すぎる。
拉致監禁までされた相手に発情している。
俺はどうかしているのか。
思えば最初からだったんだろう。こんなことをされているのに、俺は彼女を嫌いになれていないのだ。
どこかしら憧れが残っているのがわかる。心のどこかでこんな人間であるはずがないという思い込みがあるのだ。
与えられてきた癒やしを忘れられていない。
怖いとは思っても、それだけなのだ。
葛藤はあったのにそんな気持ちが強くて声に出してしまう。
もしかすると、もしかすると俺の望むようなことになるかもしれない。
「──甘えたい。君に」
「はいっ!」
満面の笑みを浮かべながら近づいてくる。
両手足が縛られていたのがようやく解放された。
手錠が床に落ちてがちゃんと無機質な音を立てる。
解放されてもどこかへ行く気はしない。
場所がさっぱりわからないからというのもある。
それに何より今は彼女を抱きたい。
艶かしい体に欲望を突き立てたいのだ。
「来てください……いーっぱい甘えていいんですよ?」
「うん……」
「素直になりましたね? たくさん可愛がってあげます」
「ほ、ほんとにいいのか?」
「ええ、もちろん。私だけはどんなあなたでも受け入れますから。安心してください。何も考えないでしてほしいことだけ、したいことだけすればいいんです」
胸がむずむずする。
どうやって甘えればいいのかがわからない。
俺が戸惑っているのに気づいたのであろう彼女は俺に向けて小さく手を伸ばす。
声は出さなかったが、おいで、と口が動いたのが分かる。
俺の足はベッドの方へ進んでいく。吸い込まれるように、俺の意思など関係なく。
ベッドの上は柔らかくて沈み込む。
ユリサキのほうへ近づくたびに心臓が高鳴る。
──初めての時みたいだ。高校生の時に戻ったような気持ち。
童貞じゃあなかったはずなのに。
自分より年下の女相手に緊張しきっていた。
「ほら、ほらほら、おっぱい触っていいんですよ? いっつも見てましたよね?」
声が出てこない。
寝そべるユリサキの声に、体に意識が集中する。
無意識に胸の方へ伸ばした俺の手は指先が震えていた。
ぐに、と手が沈み込む。
見た目以上に大きい。サラサラしていてふわふわもする。ひんやりとした感触の奥に熱を感じた。
人体とは思えないほどの柔らかさに脳髄が思考を止める。
むにむにと手に吸い付く感触で息が荒くなる。
いつの間にかユリサキの上に馬乗りになっていて、腰はユリサキの腹に向けてチンポを擦り付けていた。
両手で胸を揉みながら、へこへこと腰を振る。
我慢汁が溢れた先端は、ユリサキの柔らかい腹を性器だと勘違いしていた。
俺ははぁはぁとみっともなく息を荒らげて発情しきっていたのだ。
「気持ちいいですか? おちんちんすっごく熱くなってますよ? お腹とセックスもいいですけど、ちょっと寂しいです。自分の体なのに嫉妬しちゃってます。下の方にもぉっと気持ちいいところがありますよ?」
分かっていても腰が止まらない。
やはり食事になにか盛られでもしていたのか、人生で初めてこんなに発情している。
拉致監禁だとかそんなのはもうどうでもよくて、ただただ射精したい。
「いいんですか? 最初の一回をそんなところに出しちゃって?」
「やだ、やだっ、でも腰が、腰がっ!」
「ユウイチさんのおちんちんは我慢があんまり得意じゃないのかなぁ?」
このままでは射精する。
俺は自分がひどく情けない声を上げているのに気づいた。
泣きじゃくる子供のような声。気持ちよくて、自分でも動くのを抑えられない。
ユリサキは少し悩んだ顔をしたあとに、胸を揉み続けていた俺の両腕を掴んでひっくり返る。
俺がユリサキの下にいる形だ。
突如として刺激を失ったチンポは、腰を連れ立って真上にあるユリサキの腹へ向けて突き上げを開始する。
必死で腰を突き上げて、腹が裏筋を包む感触を求める。
どうにかしてしまっていた。性欲以外の感情が消え失せていたのだ。
ユリサキは俺の上から降りて微笑む。
こんなに情けないというのに包み込むような顔だった。
しかし、俺の性欲は収まらなかった。
視線はユリサキの体を這わせながら、右手は自分のチンポをしごく。
俺にとってユリサキはオナニーのオカズだった。だからこんな状況下にあっても手が止まらない。
「あら、あらあらっ。私でオナニーしちゃうんですか? そんなに必死で? 私のここ使い放題なんですよ?」
くぱぁ、と性器を開いてみせる。
赤く充血した性器は透明な汁がぬらぬらと輝いていて、とても気持ちよさそうに見えた。
それを見た俺の右手はさらに加速してしまう。
とても贅沢なオナニー。俺はこじらせてしまっていた。
上り詰めるものを感じ顔を険しくするとユリサキは焦って俺の手を止める。
「ス、ストップ、ストップですっ! だ、だめっ、最初はせめて私で出してください! 最初からオナニーはだめっ!」
「も、もう出るから続けさせて、出したいっ!」
「それはだめですっ、もうちょっとだけ我慢っ!」
ユリサキは俺の手を掴んで上下運動を静止する。それでも俺の方が力が強く、ゆっくりながらもしごき続けてしまう。
必死に押さえるユリサキを見て、ほんの少し落ち着いて手の動きは止まる。
それでも射精寸前の状態だった。
「あ、危なかったです……初めての時くらいは私の中で出してもらわないと……そのあとはもう好きにしていいですから」
「は、早くセックス、セックスしたい」
「もう限界、って感じですね? ──いいですよ、ほら、ここですよ、気持ちいいですよぉ。すぐびゅうってしちゃっていいですからね?」
みっともなく懇願する。
目の前のメスと交尾したい。自分の種を撒き散らしたい。
俺という人間は一匹の獣でしかないのだと知った。
最高のメスと交尾できる機会を見逃せるほど人間らしくはなかった。
開かれた足の先にある性器。
体が無意識にユリサキを押し倒す。
愛液が流れる膣口にチンポを押し付けて挿入を試みる。
挿入しようにもできない。
俺は動揺してしまっていた。
にゅるにゅると上下に跳ねて、なかなか穴に入らないのだ。
初めてセックスをした時でもこんなに興奮も動揺もしなかった。なのに──。
「落ち着いてください? ほら、ここですよぉ? 上手にしようなんて考えないでユウイチさんの気持ちいいようにしてくださいっ」
ユリサキは手で俺のチンポを誘導し膣口へくっつけてくれる。
正直助かった。
上手になんてできる気がしない。余裕なんて一切ない。
今の俺にできるのは自分の気持ちいいを擦り付けるだけの乱暴なセックスだけだ。
開いた両足の膝を掴んで、一気に腰を突き入れる。
「うぁっ、ああっ、ふっ、うううっ!」
呻くような声しか出ない。
亀頭が包まれたあたりで俺は射精を始めてしまった。
頭が真っ白になって全身の感覚が、チンポ以外の感覚が消えていく。代わりにチンポだけは信じられないほど敏感になっていた。
びゅるるるるっ! びゅるるるるっ!
と一息に大量の精液が何度も放出され、射精しながらユリサキの奥へ侵入させる。
ぬるぬる、きつきつ、ざらざら、ぞりぞり、にゅるにゅる、つぶつぶ、ごりごり、くちゅくちゅ、ぐちゅぐちゅ、どろどろ、にちゃにちゃ、ぷるぷる。
ユリサキの膣内はありとあらゆる快楽が乱雑に詰め込められた灼熱の蠱毒の壺だった。
肺の中の空気も射精させられているような絶頂感。
俺のチンポは一度もピストンすることなく、情けなく、恥ずかしげもなく精液を垂れ流す。
それほど経験値もないチンポは蠱毒の蟲たちの前ではあまりに無力だった。
異物に対して興味本位で近づいてきた蟲たちについばまれて、びゅるびゅると射精することしかできない。
「よしよし、気持ちよく全部びゅーってしちゃいましょうね。おちんちんどくどくしてるのわかりますよっ。あったかいのすっごいいっぱい出てます。私がぜぇんぶ受け止めてあげますからね」
力が抜けて倒れこむ俺の頭をユリサキは優しく撫でてくれる。
背中をさすって、優しい声をかけてくれた。
挿入すら満足に出来なかったのに。
びゅっくんびゅっくんと上下に大きく脈動を続け、ユリサキの奥に自分の種を擦り付ける。
ある程度生きてきて初めて射精した。
いや、射精そのものは何度もある。
人並みか、それ以上にはオナニーもしているのだから。
それでも俺は今日初めて射精したと思える。
精液があんなふうに出るのだと初めて知った。
尿道を押し広げて、ごつごつして固まった、熱の塊のような精液を無理やり押し出す快感。
しかもそんな快感がいつもよりもずっと長く続く。
だれかの体温に包まれながら、優しくされながら。
足元が浮いているような快感を不安に思っても、包まれているから安心できる。
──生きていて良かった。
俺が今までにしてきたのはセックスじゃなかった。
射精も射精じゃなかった。
どくんどくんと、いつまでも続く脈動がその頻度を下げ始めたときユリサキから声がかかる。
「気持ちよかったですか? ──あっ、聞かなくてもいいことだったみたいですね? 涙まで流しちゃって。よしよし、いい子いい子。今拭いてあげますね」
ユリサキの胸に顔をうずめて俺は泣いていた。
目尻からぽろぽろと涙を流していたのだ。
聞かされるとますます泣きたくなる。年下であろう女の子とセックスして、挿入すら満足に出来ず射精して、なぜだかわからないが涙まで流しているのだから。
惨めだ。惨めすぎる。
丁寧に両手で涙を拭われる。──小さい頃に似たようなことをされた気がする。
そしてゆっくり俺の頭を撫でて、胸に顔を押し付けた。
顔の形にあわせて変化する少し冷たい肉に溺れそうだった。
──なんだか安心する。
ダメなところを見られていて、それでいて離れていかない彼女に心を許しそうになっていた。
全肯定とか、甘えるとか、よくわかっていなかった。それがこういうことを指しているのだとしたら俺はもう離れられないかもしれない。
顔のそばにあった乳首に吸いついて、もう片方の胸も揉みしだく。最中も頭は撫でられたまま。
ユリサキの中のチンポは硬いまま萎えることはなかった。
「あんっ、そんなに乳首吸ってもおっぱいでないですよっ。甘えん坊さんですね? 可愛いっ。もっと、もっといっぱい甘えていいですよっ、何回でもずっとでも。──もう考えるのやめましょ? おちんちん気持ちいいってわかればもうそれだけでいいじゃないですか? 私のおまんことおちんちんをすりすりし合うだけの気持ちいい第二の人生始めましょ?」
「うあ、ああっ」
膣内に収まったままのチンポが喜ぶように跳ねた。
しかし締りの強さにたしなめられる。おかしくなってしまったのか、チンポはいつまでも射精しているような痺れる感覚に包まれていた。
こんな気持ちいいことをずっと?
会社にもいかないで朝からずっと?
苦しいことも面倒なこともしなくていい?
提示されていた条件は最初から変わっていない。
それを今まで拒んできた。
でも今は? 快感を、安心を知ってしまった今は?
「ああんっ、ずるい、ずるいですよっ! 答えないでセックスっ! はぁ、気持ちいいですっ、ユウイチさんのおちんちんっ! さっきあんなにびゅーびゅーしたのにがちがちっ! そこそこそこっ! おまんこの弱点もうばれちゃったっ! やっぱりいい、相性最高ですっ! あああっ、嬉しくてイッちゃいそうですっ!」
「はぁ、うわっ、あああっ! 気持ちいいっ!」
「いつでも、いつでもびゅっびゅしていいですよっ! ユウイチさんの肉便器ですっ! ああっ、愛してます、愛してますっ!」
「出るっ、出るっ! 生まんこ気持ちよすぎるっ! あああっ、出る!」
一心不乱に腰を打ち付け、ものの数分で二度目の射精をする。
飛び出る精液は二度目だというのにいつもの数倍が出ているように思えた。
腰を密着させて一滴たりとも外にはこぼさないようにする。全てをユリサキの奥の奥、子宮へ向けて打ち込む。
「どっくんどっくんしてますっ! ユウイチさんの精液が私のおまんこにべったりっ! 生セックスすごいですっ、夢中になっちゃいます、こんなのっ! ──ユウイチさん、逃げないでっ、一緒にいてくださいっ、寂しいんです、一人でいたくないっ! どんなことでもしますからっ、なんでもするからそばにいてくださいっ……」
射精中のおぼろげな意識の中、ユリサキが泣きながら言っていた。
彼女の人生に何があったのか俺は知らない。
歪で、病的。全部差し出す以外の方法を知らない人。
自分でも言っていた通り、彼女は肯定したいんじゃなくてされたいのだ。
根っこからおかしいのではなく、おかしいという自覚はあるのだと思う。
おかしいからこそ誰にも愛されない、捨てられるという感覚を強く持っている。
家が金持ちだと言っていた。
多分、両親は仕事仕事で彼女をあまり構ってやらなかったのだろう。そもそもが政略結婚的な家庭だったのかもしれない。だから、子供は祝福されて望まれるべきだと言っていたのかも。
ユリサキはおもちゃの詰まった鳥籠に押し込まれていたのだろう。
この部屋を見てもわかる。俺が喜びそうなものを詰め込んで、肝心要の俺の方はちゃんと見れていない。
ほかの方法を知らないのだろう。自分がされたようにすることで、両親に自分が愛されていたと思いたかったのだと思う。
俺に仕事をさせたくないのもきっとそう。家に帰ってきた両親が仕事で疲れていたり、当たり散らしたりしていたのだろう。
子供の時のまま成長できていない。いつまでも愛に飢えている子供のまま。
──なんだか寂しくて悲しい話だ。
「ユウイチさんっ、好きですっ、愛してますっ! もっとくっつきたいです、溶け合うようなセックスでっ!」
「ああっ、気持ちいい、気持ちいいっ、また中に出すっ」
後ろから尻を鷲掴みにして腰を打ち付ける。
ぱちゅぱちゅと体液まみれの下半身を擦り付け合って夢中で交尾していた。
お互いに赤らんだ体を触りあって、汗まみれの体を擦り付け合ってキスをして。
最中の俺たちは間違いなく恋人のようだった。
「ユウイチさんのおちんちんおっきい、気持ちいいですっ! はぁぁっ、一緒、ずっと一緒ですよっ! 離れません、離しませんっ!」
「は、激しすぎだよっ!」
「だってぇっ! 気持ちよくて勝手に動いちゃうんですっ!」
今度は俺の上でユリサキは激しく腰を上下する。
倒れ込んで胸を押し付けて、俺の顔を両手で掴み、舐めたりキスをしたりしながら。
彼女の尻をもにもにと揉みながら下からも突き上げて快楽に没入する。
敏感な粘膜同士を擦り付け合うだけの行為でどうしてこんなに快感や幸福感があるのか。
「あああっ! ユウイチさんっ、イッちゃいそうですっ! 今だけでも、嘘でも愛してるって言ってくださいっ! お願い、お願いしますっ! ああっ、イク……!」
「あ、愛してるっ、愛してるっ! ううっ、俺も……!」
ぎゅうっと押し付けられる腰を両手で強く押さえつけ、ありったけを奥に放出する。
俺の上で絶頂するユリサキの耳元に向けて、「愛してる」と囁くと悶えて全身を震わせていた。
せめてこの時くらいはと思い、出来る限りで優しく、彼女のためにセックスをした。といっても俺の方も相当な快感をもらったのでおあいこだろう。
一晩中何度も何度も体位を変えながら、たっぷり時間をかけて。
オナニーを覚えたばかりの時のように休憩は必要としなかった。
部屋には時計がなくて正確な時間はわからない。それでも体感で一晩中抱き続けた。
柔らかい極上の体を相手に劣情の全てを吐き出したのだ。
余裕を失って泣きながら甘えてくるユリサキを甘やかして、時々俺の方も甘えてみて。
ユリサキは何度も「愛している」と言った。俺の方も何度言ったかわからない。
自分でも自分の本心はわからない。最初は嘘でもいいからと言われて口をついただけだったからだ。それでも行為の最中俺は彼女を愛していたと思う。
肯定されるのは、甘やかされるのはとても気持ちがいいものだったけど、いつまでもこのままというのはやっぱり無理だ。
行為を終えて、そのまま二人でベッドの上に寝そべっていた。
逃がさないように、と言う意識があるのか、眠そうな顔のユリサキは俺の腕を軽く掴んでいた。
俺の方も動ける状態ではなかったので仰向けのまま寝そべる。
しばらくするとユリサキのほうから寝息が聞こえ、見てみると完全に寝ているようだった。寝顔には狂気などというものはなく、可愛らしく、愛らしいものだけが浮かんでいた。
このときを待っていた──。
──家に帰ろう。
帰ってもう一度、今度はこんな形じゃなく彼女と付き合ったり結婚したりしたい。
元からあった感情は肌を重ねてより強まっていた。
俺は彼女を捨てたりなんてしない。できる限り精一杯愛してやりたい。
気絶させられて、拉致監禁までされた相手に思うような気持ちではないのかもしれないけど俺は本気でそう思っていた。
どうせ使う予定のなかった貯金だ。奮発して指輪を買おうか。給料三ヶ月分なんていうケチなものじゃなく、三年分くらいのもっともっといいものを。──それでも彼女の資産からすれば微々たるものだろうけど。
俺だけが甘えるのじゃなく、彼女のほうも甘えられるようにしたい。
少し恥ずかしいけど、甘え合うのもいいだろう。
きっとうまくいくさ。彼女が俺を愛してくれていて、俺が彼女を愛せれば。
こんな歪な関係、彼女だって本心から望んでいるわけじゃない。
ただ怖いだけなんだ。浮気されたり捨てられたりするのが。
それが過剰に反応して今のような状態になっているだけ。
嫉妬深いんだ。──なんだ、可愛いものじゃないか。
寝ている彼女を起こさないように、そっとベッドから降りて扉の方へ向かう。
この扉は普通の扉で鍵のたぐいはなかったのだ。
俺が来ていたはずのスーツなどはこの部屋にないようだった。
一応念のためと思い、壁に掛かっていたブレザーの制服を取る。下はスカートだったが、履いていないよりは幾分かマシだろう。家に帰る道すがら少し変態呼ばわりされるくらいで済むならまだいい。
扉を開けると階段があった。酔っているときは降りちゃいけないくらいの長さだ。
降りていくとリビングのような場所に出る。ような、と思ったのは広すぎたからだ。
五十畳くらいはあるだろうか。遮るもののほとんどないワンフロア。
本当に金持ちなんだな、と感心する。
不安なのは、この家は一億では建たないだろうということ。山奥だったらどうしよう。
上部の方には天窓のような場所が有り、ここが地上なのだということはかろうじてわかる。
暗さ的に早朝、もしくは深夜だと判断した。
電気はつけず、辺りを物色してみる。
俺の所持品やこの家の鍵があればいいと思ったのだ。しかし、そんなものはなかった。予想は出来ていたので驚きはしない。俺が彼女なら俺の服などは最初に処分する。それだけで擬似的に拘束できるようなものだからだ。裸で逃げる根性がない限り、出ていけない。
広さの割に生活感はなく、物も大きな家具を除けばほとんどない。
彼女の心象風景でも表しているのだろうか。それくらい寂しい場所だった。
家の造り的に玄関があると思われる方に歩く。
窓でもいい。最悪破って脱出できればそれで。この家を出さえすればどうとでもなるのだ。
──甘い考えだった。自分がいかに都合良く彼女を解釈していたのかを思い知らされることになる。
「嘘……だろ?」
玄関にたどり着くと自動でライトアップされる。オレンジ色の、暖色系の薄暗い明かりだ。
一直線に続く廊下の先にそれはあった。
そして、そこで見たものは俺にとっての絶望だった。ユリサキの狂気を体現したようなもの。
窓のたぐいは一切なく、扉と思われるものには鍵。
それそのものは普通だろう。
しかし、その鍵は全て内側に向けてついていた。
物理的な鍵が必要なものが扉の片面全てを覆うように、数えるのも面倒なほどついていて、他にも指紋認証、網膜認証、暗証番号式のものがあった。
扉は開けなくてもわかるほどに厚い。手で叩いてみても衝撃が吸収されているのが分かる。
壁には小さな扉が付いていて、そこはおそらく宅配ボックスなのだろうことはわかる。玄関よりは開けること自体は容易だろうけど、そもそも俺が通れるサイズじゃない。
リビングにあったのは天窓だけ。それもとても届くような高さじゃない。物を積んだって無理だ。
これじゃどうやったって──。
「言ったじゃないですか。逃げられませんよ? ──離しませんよ?」
後ろから声がする。
明るく朗らかなトーン。
怒りなどが全く感じられない声。
逆に怖い。
ゆっくり、恐る恐る振り返る。声の主は分かっている。
「さっきまであんなに愛してくれていたのに……私、悲しいです」
壁に手をついて、全裸のユリサキが立っていた。
薄暗い明かりのせいで影ができているため顔はよく見えない。
怖い。口元にほんのり笑みを浮かべているのがとても怖い。
「ち、違うっ、逃げようとしたんじゃない、一回帰りたかっただけだ!」
「それを逃げるって言うんでしょう? ──それにどこに帰るつもりですか?」
「い、家だよ、知ってるだろ、あのアパート!」
ユリサキはストーカーだ。当然のように知っているはず。カメラまで仕掛けているくらいなのだ。俺の家を知らないなどありえない。ならば何故そんな質問をする?
一歩一歩距離を詰めてくる。
緩慢な動きで、壁に手をなぞらせながら。
歩くたびにユリサキの股から白い固体のような液体がぼたぼた落ちる。
それは太ももを伝って地面を汚していた。
廊下に白い線がゆっくり伸びていく。
後ろに下がって逃げようにも、開けられない扉があるだけ。分かっていても足は逃げようと動いた。
「ああ、そこならもうないですよ? ついでに言えば会社だってもうやめちゃってますよ? 知ってます? 最近は退職代行サービスっていうのがあるんです。ユウイチさんは今日辞表を出して来月の退社まで有給を使うことになってます」
「ど、どういうことだよ……」
話しながらますます距離を詰めてくる。
ふらふらと、顔を軽く下に向けたまま。
「そのままですよ? アパートは昨日の昼間に行き払ってますし、退職の方も。──世の中ね、お金があれば意外となんでもできちゃうんですよ? 妻だって言って、迷惑料とかお金を積めばいくらでも。あっ、荷物のほうは全部倉庫にしまってあるので安心してくださいね?」
「な、なんで勝手にそんなこと!」
「何度も言ったでしょう? 『愛してる』って。理由はそれですよ?」
そこでようやく気づいた。
俺はどうあがいても逃げられない。
家も仕事も失った。この家から出る理由がもう、ない。
逃げる場所なんてとっくになかったんだ。
友人も家族もいない俺を探す人間なんていない。
この女のことだ。もう俺の住所はこの家に移っていて、税金だとかそういう雑多なものも対策済みなのだろう。
頬に熱いものが流れているのがわかった。
ありとあらゆる繋がりが絶たれてしまっていた。俺に帰る場所はない。
──俺はもう、とっくに籠の中だったのだ。
彼女がじりじりと距離を詰めてくる。
俺の背中は既に冷たい無機質な扉に張り付いていた。
びゅくびゅくとした熱いものを股間に感じる。
下を見ると、半勃ちのまま射精していた。
勃起してもいないのに、ビクビクと上下を繰り返しながら吐精していたのだ。
硬さがないので乱雑に飛び散るねっとりとした薄い精液。小便を漏らしてしまったかのような量が吹き出て足元を汚していく。
全く快感の伴わない射精。太ももに飛び散った精液が熱湯のような温度に感じる。
心が折れて、体が彼女に屈服してしまったのだとわかった。
俺はここで『保護』されるのだ。これから一生──。
一歩一歩、ゆっくり近づくユリサキの歩に合わせて脈動し、精液を撒き散らす。
膝はガクガクと震え、射精の快感が遅れてやってきているのだとわかる。
そのまま俺は膝から崩れ落ちた。
精液まみれの床にへたり込む俺の方へ彼女は近づいてきて、しゃがみこむ。
ユリサキは俺の頬を凍えるような両手で掴んで上へ向けた。
俺の顔がよく見えるように、自分の顔を見せるように。
「それで、どこへ帰るんです?」
黒く濁った瞳が俺を見ていた──。
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