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新たな世界

第十七話 最強、あるいは最凶

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「錬金工房か……」
「ご同業、ですね?」
「まぁ同業といってもレベルの違いはあるだろう。俺はいうなれば極めてしまったわけだからな」
「ここは必要なものはありませんね」
「ああ。──ちょっと見てきてもいいか? どんな研究をしているのか見てみたい。すぐに出てくるから待っていてくれ。中に入っても退屈だろうからな」
「はい。見たところ危険もありませんし、いざとなれば私もニムも魔術を使えるので何とかします」
「あまり遠くには行くなよ?」
「三人で隣の雑貨屋を見ていますね」
「わかった。移動はするなよ?」

 王侯貴族もいる王都のど真ん中であれば安全には安全なはず。明らかに貴族然としている俺たちを狙うような連中はいないはずだ。

 錬金工房。自ら発明したものや、薬なんかを売っている場所だ。ほかの錬金術師が作ったものの委託販売や、買取なんかもやっている。
 駆け出しが就職する場所でもある。ある程度資金が貯まったり、技術が高まった時に独立して独り立ちしていく。
 俺はこういうところに就職したことがない。ずっと独学で城にこもって研究していたからだ。
 
 店内はらしい内装だ。
 陰気で薄暗い。錬金術師の多くは魔術師にはなれなかったものたちの成れの果て。なので比較的人間性も暗いのだ。
 当然、店内に入っても声掛けなどない。カウンターに居る陰気そうな男がこちらを一瞥して頭を下げただけ。
 
 並ぶ薬から解毒薬の一つを見てみる。
 微妙なレベルだ。調合が甘いのだろう。そもそも、この薬に必要なものが足りていない。一応効果はあるだろうが、これでは完治させることはできないだろう。定期的に飲まなければならない。そして値段が高い。ぼったくりもいいところだ。
 懐かしい薬でもある。俺が自分の国の王都で買い叩かれた薬の劣化版だからだ。
 俺が苦労して見つけ出した配合比率、材料。
 ようやっと完璧なものができたので売りに行ったら買い叩かれたのだ。その時点では世界に存在しなかった薬。かなり高額で売れるだろうと息巻いていったので肩透かしだった。それでも研究費欲しさに売り払いはした。
 今となってはエリクサーが存在するので全て低レベルにしか見えない。

 ここに来たのはほかの錬金術師を見下すためではなく、新たな着想を得るためだ。
 賢者の石にはありとあらゆる知識が詰まっている。しかし、それらは俺が引っ張り出さないと出てこない。俺の中に発想がなければ意味がないのだ。
 画期的な何か。今の段階で、普通の錬金術師では実現不可能なものであっても俺なら作れるはず。
 馬がなくても走る馬車などは俺が作った。これも現段階では実現不可能なものだろう。そういったものを探している。
 城はまだまだ改良可能だ。もっと自動化できる部分を増やしたいと思う。

「なにか珍しいもの……例えばあなたが作ったものなんかはないのか?」
「──工房を見せろ、とでも? あいにく門外不出なもんで」
「アイデアが欲しいんだ。何かしら便利なものや、画期的なものの」
「もしかしてあんたも錬金術師なのか? 貴族なのに?」
「あ、ああ。もちろんタダとは言わない。金銭でも構わないし、知識でもいい。この解毒薬の完璧な調合量なんかも教えられる。大概の毒に効くうえ、耐性まで付けられるものだ。本来はそういう薬なんだ」
「知ってまさ。ただありゃ、グレイフィールドっつう遠くの国の工房の門外不出の技術でしょう。なんであんたが知ってるんですか?」
「はぁ? あの薬がか? 二束三文にしかならないぞ?」
「あんたこそ何言ってんですか? ありゃ貴族でさえ簡単には買えない薬ですぜ?」
「だ、騙されたということか……」

 グレイフィールド王国。俺がいた国。
 俺が世俗に疎いと看破され、買い叩かれたのだと気づいてしまった。
 しかもその薬を自分たちで独占して、自分たちのものとしたのだろう。

「教えてくれるって言うんなら工房なんていくらでもお見せしますよ」
「あ、ああ……頼む」

 ──少しショックだった。まさか俺の作ったものがそれほどの評価を受けていて、かつ、俺がなんの恩恵も受けていないということに衝撃が走る。

「これなんてどうでしょう。個人的にはなかなかだと思うんですがね」
「なんだ?」
「名前は決めてないんですがね、圧縮空気砲、とでも言いましょうか。要するに、空気の圧力でモノを飛ばすっつう話です。今はまだ軽いものくらいしか飛ばせやしないですが」
「もっと重いものを、例えば鉄なんかを飛ばせるようになれば……」

 目の前にあったのは鉄製の筒だ。
 
「そうです。時代が変わる。弓だとか技術がいるものじゃなく、誰でも、子供でも兵士になれる。──魔術師の時代が終わる。錬金術師としてこれは夢でしょう?」
「確かに……これそのものを大きくすれば、魔術師の派手な魔術に匹敵できるかもしれない」

 店主は初めて笑みを浮かべた。誰かに見せたくてたまらなかったのかもしれない。
 戦争において時代の主力は魔術師だ。だからこそ、半端にしか魔術を使えないできそこないとして錬金術師は差別される。
 戦場の後方から戦争そのものを決着できる彼らは英雄なのだ。
 問題があるとすれば人間であること。人間である以上いつも活躍できるわけではない。体調が悪い日も存在するし、数が少ないし、何より寿命が存在する。その点武器であれば関係ない。量産が可能だし、誰でも使える。
 魔術師を技術で打倒すること。これはある意味で錬金術師の目標の一つだ。

「現状では問題が多すぎて使い物になりませんがね。威力がない」
「筒の中で急速に体積をふくらませればいいわけだが……魔術でも不可能だな。そんなものはない」

 賢者の石の回答だ。魔術では不可能。

「魔術を使っちゃあダメなんですよ。それじゃあ魔術師の鼻をへし折ってやれないですから」
「それはそうだな……」

 ──俺なら実現可能だ。
 しかし、しかし作らないほうがいいと人間の俺が言っている。
 時代を、世界を変える発明。だがそれは新しい戦乱の時代の始まり。
 


「え、すごい美味しい!?」
「なかなか、だな」
「ええ。どのように調理しているんでしょう」
「美味しい、美味しいです!」

 皆の必要なものを買い揃えて夜になる頃、予約していたレストランで食事となった。
 錬金工房では約束通り解毒薬の調合比率等を教えた。
 俺も初めてのしっかりしたレストラン。賢者の石の手助けがなければマナー違反で追い出されてしまうくらい格式高い場所。
 俺よりもレームたちの方が順応していた。彼女たちには生まれ持った知識が有り、ある意味で俺を凌駕しているところもあるのだ。もちろん賢者の石を持っている以上、俺が一番ありとあらゆる知識を手に入れることはできる。それでも元の知識、という一点だけで言えば彼女たちの方が上である。
 値段はとてつもなく高い。なので客は貴族だったり、金持ちばかり。そんな中でも彼女たちの美貌は周囲の目を引いた。
 じろじろと見たあと、俺の方を見て怪訝な顔をする。
 どうしてこんなやつと? など、どれだけ金持ちなんだ、とかだろう。

「レーム。シャンパンは飲むなよ?」
「え、ええ……でも少しだけ、少しだけダメですか? この黄金のような輝きを口にできないなんて……」
「すごい、すごいですっ! こんなに美味しいお酒あるんですね!」
「ニム……あてつけみたいだぞ」
「違いますよ? レーム姉、別に意地悪とかじゃ」

 おどおどした態度で取り繕う。悪意はないだろう。嘘も付けない以上確実に意地悪ではない。
 レームもそれは重々承知のようだった。

「わかってます。酔うわけにはいきませんからね。──持ち帰りとかってできないんでしょうか?」
「出来ると思うぞ。後で聞いてみる。今度は二人で飲むか? ニムはここで飲んでしまっているからな」
「ええーっ! 私も飲みたいです!」
「わ、私も……」
「イチカはだめだぞ? もう少し大きくなってから、だ」

 別に構わないといえば構わないが、イチカは子供だ。──見た目だけは。だから一応止めておく。
 残念そうな顔をするもなんとか納得した様子。
 精神的なものなのか、酒よりもおもちゃに夢中だ。先程買ったもので遊ぶほうが楽しみのようだった。
 
「まどろっこしくないか? 一品出てくるまでにどれだけ待たせるんだ」
「周りを見ている感じですと、同行者とお話をするため、という感じですね。作りおきではなく一品一品時間を測ってわざと遅く提供されているんじゃないでしょうか?」
「だろうな。俺としてはまとめて出して欲しいものだが」
「えー、そうですか? いいじゃないですか、こういうゆったりしてるのも」
「わ、私は早いほうがいいです……」
「だよな? どうやら俺とイチカ、レームとニムでは意見の対立があるらしい。まぁ俺は少々意地汚いところがあるからそのせいかもしれんが」
「わ、私も意地汚い……?」
「そうじゃない。子供は我慢できなくて当たり前だ。酒が飲めるわけでもないからな。暇だろう」
「こういう時間がデートってやつですよ。同じ食事で感想を言い合って、それから関係ないことも話したりして」
「──デートっていうよりは家族の食事だがな……」

 周りから見てもそうだろう。レームが妻で、ニムがレームの妹、イチカが娘あたりに見えるはずだ。俺たちの娘にしてはニムはちょっと年を取っている。


 帰ってから買ったばかりの酒を飲んで考える。
 自動回復をしていないのに、酔が回らない。

 何とも言えない不安感。
 好奇心は猫を殺す。
 魔術師を打倒したあとの世界。かつて自分も考えたことがあるものに心躍ってしまった。
 あの錬金術師に解毒薬の作り方を教えてよかったんだろうか。
 考えれば考えるほど軽薄なことをしてしまったんじゃないかと思う。
 彼が資金を手に入れてしまって俺が得た答えにたどり着いてしまったら。
 ──最悪の場合は全てなかったことにするしかない。
 俺にとっては当たり前で、レームたちにとっても当たり前。そんな環境にいるせいで忘れていた。俺は俺が持っているものは世界を壊しかねないものだということを。
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みんなの感想(6件)

kazuma
2018.06.16 kazuma

十一話ではないですか

解除
みのる
2018.06.09 みのる

気が付いたら、更新をこころ待ちにしている私が居ました。これからも、更新を楽しみにしています♪

火野 あかり
2018.06.09 火野 あかり

感想有難うございます!
R18作品なのでどうなのだろう、と思っていたのですが、楽しみにしてくださっている方がいて嬉しいです。

解除
阿久津 ユウマ

楽しい作品に出会えて感謝ですw

引き続き更新楽しみにしております!

レームの若奥様っぷりにどハマりしてしまいましたorz

火野 あかり
2018.06.07 火野 あかり

感想有難うございます!
設定的には19歳なんですよ、レーム。
なろうというかノクターンノベルズが本拠地なので、そちらには前書きと後書きで色々書いてます。もしよければそちらもどうぞ!遊び気味なので嫌いにならないでくれると嬉しいですが……

解除

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