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新たな世界

第十六話 王都来訪

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 ま、まずい……。
 朝起こされてみると、レームの機嫌が明らかに悪かった。
 一見するといつもの笑顔だ。柔らかく、優しい笑み。だが目の奥が冷たい。
 原因は明らかだった。

「ニ、ニム起きる時間だぞ」
「んー、もうちょっとくっついてたいです……」

 俺のベッドの上で、俺にしがみつくように張り付いてニムは寝ていた。
 ニムの半分寝言のような発言を聞いたレームは一瞬眉が動いた。
 う、浮気がバレた夫のようだ……。
 そもそも、レームはむしろ進んでイチカやニムとセックスしろと言う。
 しかし、俺がレームにだけしていることに関しては特別に思ってくれているようで、ニムが同じことを求めるのには思う所があるらしい。
 それであっても、自分が言い出したことであり、俺に文句を言うのは筋違いだと思っているのだろう。
 レームに嫌われたくない。どうすればいい──。

「──レーム、何か欲しいものはあるか?」
「いいえ、なにも」
「う、その、……悪かった」
「何を謝っているんですか? ご主人様は悪いことなどしていないでしょう?」
「いや……何かお詫びをしたい」
「なら……久しぶりに甘いものが食べたい、です。前にご主人様と行ったときに食べたアイスクリームを」
「そんなことでいいのか? もっとこう、……アクセサリーとか、服とかなんでもいいんだぞ?」
「物よりもご主人様との思い出が欲しいです。できれば二人きりで行けたら嬉しいとは思いますけど。私とご主人様だけの思い出、というのも素敵ですから」

 照れくさそうな顔で言うレームを見ていると勃起してしまう。
 毛布を突き上げるそれを見つけてしまったレームは、少しはにかんだ顔をした。

「あっ、こ、これはだな……」
「今日もお元気で何よりです♡ 致しますか?♡」
「いや、いい……たまには普通の人間のようにしたいものだがな……とりあえず、あとでどこか遠い国にでも行ってみよう。行ったことのないところへ。お詫びはそれでいいか?」
「お詫びだなんて……本当に怒ってなどいませんよ? ただちょっとだけ、ちょっとだけ寂しかっただけですよ?」
「それが俺には耐えられん……お前にだけは、お前たちにだけは嫌な気分になって欲しくないんだ」
「ご主人様……私は幸せですよ。そんなに思っていただけているというだけで、充分すぎるほどに。ご主人様はご主人様の好きなようになさっていいんですよ? これまで苦しんだ分幸せになっていいんです」
「だったらやはりお前たちを幸せにしてやりたいんだ。一人だけで生きている意味などない」

 俺はよく知っている。
 死の寸前にようやくたどり着いた奇跡。無駄にするわけには行かない。
 神など信じちゃいないが、信じざるを得ないくらいには感謝している。
 俺はもう十分だ。だからレームたちの寿命が来るその時までは、幸せにしてやらなくてはいけない。
 
「──それでは、甘えさせて頂こうと思います。いっぱい、いーっぱいですよ?」
「ああ、たくさん甘やかしてやるつもりだ。欲しいものも、食べたいものも、やりたいことも何もかもな」
「それって私もいいんですか?」
「うわっ! 起きてたのか!?」
「『──レーム、何か欲しいものはあるか?』ってところから起きてました」

 俺の声色を真似ているのだろうか、変な声で言う。

「ほとんど最初からだな……」
「レーム姉、ごめんなさい。あれってやっぱり特別なんですね。すごく気持ちよくて、なんだかこう、胸の中? が苦しい感じがするのに幸せでした」
「おそらく、それが愛なのだと思いますよ? 私たちは子を為せない体ですが、ご主人様を愛することはできるのです。ニムもご主人様を愛しているのですよ」
「愛……そうかもしれないです。ご主人様は大好きです」
「恥ずかしいな……」
「いいではありませんか。好かれないよりはずっといいと思いますよ?」
「それはそうだが……やはり恥ずかしいぞ。俺は誰かに好かれたことがほとんどないからな。お前たちくらいなものだ」

 でなければ山奥に一人ではいやしない──。
 気恥ずかしくは思えど嬉しく思う。
 会話できることが嬉しい。誰かと食事することも、何もかも。
 俺は毎日幸せだ。変化が有ることが楽しくて仕方ないのだ。

「全員で行くか。たまにはいいだろう。不安がないわけじゃないが。──レーム、二人きりじゃないがいいか?」
「ええ、もちろん。二人きりもいいですけど、姉妹ですから。共有するのもいいでしょう。ただ、どこかで二人きり、というのも欲しいには欲しいですけどね?」
「ああ。──といっても全員と二人きりでなにかしてやりたいがな」
「ええ、それがいいでしょう。私やニムはともかく、イチカは嫉妬深いですから」


 全員の身支度を済まし、説明する。
 今回は何かしらの設定をつくろうと思ったのだ。
 どうあれ、俺たちは目立つからだ。
 金に関しても、容貌に関しても。
 レームたちは街に出れば誰の目だって引きつけてしまう。
 そういう意味で、俺は控えめだ。高名な錬金術師というわけでもなかったし、容姿だって目立つほうじゃない。

「今日俺たちの身分は遠くの貴族だ。ほかの国の観光に来た、という設定で行こう」
「そうですね。以前は注目を集めて大変でしたし、あのようなことはもう起きて欲しくありませんもの」
「ああ。また盗賊やらに狙われるわけにはいかない。まぁこの場所であればそうそう起きはしないとは思うが」
「それでそんな恰好なんですか?」
「着なれないものだが……貴族というのはだいたいこんな感じの服装だからな」
「かっこいい、んですかね?」
「俺は微妙だと思っている。重いしゴワつく。貴族の趣味というものは、貴族にでも生まれない限りわからんのだろうさ」

 生地が豪華で、装飾に金糸などを使っているせいで重いのだ。
 以前街に出た時に一応買っておいたものを引っ張り出した。
 錬金術師らしい格好は地味なものだが、あれはあれで浮く。
 考えてみれば金を持っている錬金術師などほとんどいないのだ。
 花形である魔術師なんかと比べると、いわゆる底辺に近い者が多い。自分で工房を開けるような連中ならいいが、大半は誰かに雇われて薬などを作って生涯を終える。
 
 ほかの面々、レーム、イチカ、ニムはドレスだ。肌の露出はないものを着せている。
 
「楽しみです。私は初めてなんですよ、ほかのところ」
「今日は沢山楽しむといい。見たことのないものや、食べたことのないものばかりが世界には溢れている。本当であればそういうところに住みたいものだが、俺は苦手だし、危険だからな。だからたまには羽目を外すのもいいだろう。細かいミスに関しては俺が取り繕う」
「ご、ご主人様、私も遊んでいいんですか……?」
「当たり前だろう?」

 不安げに聞くイチカだってそうだ。
 俺の負の部分を多く引き継いでしまったためか、妙に自信がないようだった。
 頭を撫でてやると嬉しそうな顔をした。
 自分だけ例外とでも思っていたんだろうか……。
 
「四人で楽しもう。出来うる限りの買い物もしておきたい」
「ええ。調味料や食材、それと消耗品、お酒なども欲しいですね」
「酒か……レーム、お前は飲み過ぎるなよ?」
「は、はい……」

 酒乱の気があるからだ。あれはあれで見ごたえがあるものの、普段と違って何をするかがわからない。この前は悪酔いしてイチカに絡んでいた。
 持ち上げて抱きしめて、胸を押し付けていた。イチカは鬱陶しそうにしていたが何も言えないようだった。

 転移を使って遠くの国へ移動する。
 島のある位置から考えると、世界の裏側だ。
 流石に正体がバレたりはしないはず。詐称する身分も調べてある。

「はぇー……ここが街、ですか?」

 目の前に広がるのは巨大な街。
 今まで来た街の比ではない大きさだ。

「王都マルカ、というらしい。この国最大の都市だ。前までの街は小さなところばかりだったが、ここは違うぞ。人も物もたくさんだ。せっかくだから全員来たことのない場所にしようと思ってな」
「こんなに大きな場所があるんですね……」
「ここだってそこまでじゃない。前に城があった国の王都の方がはるかに大きいぞ。あそこにはあまり行きたくないが」

 若い時に何度か行ったことがある。
 研究の資金調達のために自分で作った解毒薬などを売りに行ったのだ。
 かなり買い叩かれ、もう二度と行くか、と誓った。

「とりあえずなにか買いに行くか。何が欲しい?」
「う、うーん……欲しいものってないですね」
「ふむ……レームは?」
「日用品ですね。少し生活が豊かになるようなものなどが欲しいです。花瓶やちょっとした小物などを」
「ゲ、ゲームが欲しいです! みんなで遊べるのっ!」
「レームは小物、イチカはおもちゃか……ニムは何かないのか?」
「ええと……私はものよりなにか体験が欲しいです。どこへ行ったとか、何を食べたとか」
「なら今日は外食をしてみるか。並の人間が一年かけて稼ぐような金額を請求されるようなレストランに行ってみよう」
「え、大丈夫なんですか?」
「問題ない。俺を誰だと思ってるんだ。この世界において最高の錬金術師だぞ? 金などいくらでも作れる。それこそ世界を買えるくらいな」

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