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孤独な錬金術師

第十五話 平穏を壊すもの

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 三人で街に行った日の夜のこと────


「おい、あれじゃねぇか?」

「あんなところに城なんてあったんだな。初めて知ったぜ」

 二人の男が馬の上から遠くに見える城を眺めていた。
 真っ暗な荒野の中で、一つだけぽつんと見える灯りに注目している。

「でもあの話、本当なんだろうな」

「ああ、本当だって。一人はガキだがすっげぇ別嬪を二人も連れてんだ。胸なんかすごいぞ! 早く揉みしだきてぇ! 売るのがもったいなくなっちまうほどの上玉なんだ!」

 小汚い恰好をした男が、自分の股間を揉みながら下衆な笑みでそう言った。
 その様子を見てもう一人の男が呆れたように言う。こちらの男は多少は身なりがマシで、筋肉質な体つきをしている。腰には剣をぶら下げていた。

「それもだが、金の方もだ。なんでも凄まじい量の金貨を両替していたらしいじゃないか」

「ああ、それも本当だぜ。両替屋の婆さんが腰抜かしそうになってたくらいだ。袋にぱんっぱんに入ってたのを俺は見た」

「大層な金持ちみたいだが、なんでこんなところにいるんだ? こんな何もない田舎に。どっかのお貴族様かなんかなのかもしれんな。継承権のない私生児かもしれん」

「どっちにしてもチャンスだろ。こんな楽な仕事はねぇぜ。護衛もいなかったからな」

 剣をぶら下げた男は考える。
 それだけの金を持っている人間が護衛すら雇っていないなどありえるのか、と。
 だが城を見るに、大勢の人間がいるようには見えない。それ程のサイズでもないし、馬や馬車なども見当たらない。確かに人は少ないとは推測できる。

「魔術師、か」

 魔術師ならば納得がいく。
 だが経験則では、実戦の出来る魔術師というのは殊の外少ない。
 自らもかつては騎士だったため、魔術師との連携の際、どれだけのことができるのかを間近で見てきている。
 後方で支援する分には魔術師というのは脅威に他ならない。だが発動までにある程度の時間を要するため、前衛で戦えるものは殆どいない。
 魔術師という生き物はそれを認めたがらないが、ある程度剣の腕が立つものであれば一対一で負けることはない。そして自分はそれができると知っている。

「魔術師って、大丈夫か? 兵器みたいなもんだろ連中は」

 この男は何もわかっていない、と呆れる。


 剣を下げた男、カミルは元騎士だ。男爵家の三男として生を受けた。
 父は武勲により男爵位を得ただけの貧乏貴族である。耕す畑もろくに持っておらず、三男であるカミルは家を継ぐこともないので、どこかに働きに出なければならなかった。
 父を尊敬などしていなかったが、特に目標もなかったため騎士の道を選んだ。社会的な地位も給金も悪くないからだ。

 それからというもの面倒に思いながら訓練を重ね、そこそこの騎士にはなることができた。
 騎士の仕事は、戦争の際の兵力としてが一番だ。だがしばらく戦争は起きておらず、もっぱら治安維持をしていた。
 街で起きる犯罪などを取り締まる仕事だ。カミルも例外なくその仕事をしていた。


 ある日のこと、窃盗犯を見つけ追いかけていた時のことだ。
 その窃盗犯、泥棒を路地で追い詰め、剣を抜いた時に泥棒はカミルにこういった。

「はぁはぁ。参った。もう逃げない。見逃してくれ、これやるからよ」

 そう言って、奪ったばかりの財布をカミルに差し出した。
 財布の中には金貨が何枚か入っており、それはカミルの給金を大きく超えていた。

「な? 見逃してくれよ。あんただって欲しいだろ? 俺を見逃すだけで手に入るんだぜ?」

 カミルの心は揺らいだ。流れでなったものの、それなりの矜持を持って騎士をしていたのは事実だ。
 だが目の前の金貨はそれを駆逐できるだけの力を持っていた。

「……今回だけだぞ」

 泥棒はカミルを見てニヤリと醜悪な笑みを浮かべた。


 それからというもの、今まで以上に働くようになった。
 ただ、その理由は今までとは違うものだ。

「また旦那ですか。どうです? また見逃してもらえませんか?」

 こいつは見逃す、そういうやつだと泥棒は知っている。
 そしてカミルも期待していたのはその反応だった。

「ああ、見逃してやる。だからさっさと盗んだものを出せ」

 二人はお互いにニヤケ顔を見合わせた。

 カミルはすっかり汚職に手を染めるようになっていた。
 泥棒を見逃すどころか、警備が甘い所を紹介するようにすらなった。そして分け前を要求していた。

 だがある日のこと、いつも見逃していた泥棒が他の騎士に捕まってしまった。派手に犯行を重ねていたためマークされていたのだ。そしてカミルとの関係を洗いざらい吐き出してしまったのだ。

 当然騎士の称号も、それどころか命さえも奪われる状態だ。
 汚職というのはそれだけ重罪であり、基本的には死刑となる。

 カミルは急いで街を逃げ出し、今では野盗団を率いて生きている。


「問題ない。魔術師が一人だけなら、寝こみでも襲えばいいだけだ。むしろ護衛がいないのなら簡単な標的だ」

 カミルは小さな山の上にある城を眺めながらそう言った。
 そんなもんすかねぇ、ともう一人の男は釈然としない様子で聞いていた。

「明後日の晩に決行するぞ。それまでは情報を集める。護衛がいる可能性自体は否定できないからな」

 簡単な仕事だ、とカミルは醜悪な笑みを浮かべた。
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