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孤独な錬金術師

第九話 変化に対する戸惑い

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「やってしまった……」

 俺は一人研究室にこもり反省する。
 レームはまだしもイチカにまで手を出してしまった。
 あんな子供を、自分の獣欲に任せて。
 自分がこれほど節操のない人間だとは思わなかった。
 ホムンクルスなんだから好きにしちまえよ、と錬金術師の自分が囁くが、俺個人としてはやはり受け入れられない。

 一人で考え事をしていると、いつも余計なことを考えてしまう。
 科学者は哲学者だ。どうしようもない、答えのない問いに頭を悩ませる。
 賢者の石を手に入れて、あらゆる知識を持った今、石をもってしても答えを出せない悩み事ばかりが残っている。

 俺はいい人間でいたい。
 誰も傷つけることをしない、いい人間でいたい。

 勿論人造人間ホムンクルスであるイチカやレームが拒否をすることはあり得ない。
 だがそれは従順であれ、と作られているだけで、本当はどう思っているのか、そこまでは分からない。
 嘘をつかないと言っても、俺がその質問をしない限り嘘ではないのだ。

 俺のことが好きか? 嫌いか? そう質問するだけで解決はする。
 だがそれをするだけの度胸は俺にはない。
 それが怖くてこんな山奥にずっと一人でいたのだから。
 傷つけられたくないから傷つけないだけなのだ。


 『賢者の石』を精製してしばらくは、その力に酔いしれていた。
 およそ人の身ではたどり着けない知識と力を手に入れてしまったからだ。
 圧倒的な力を見せつけたい、虐げてきた人間を支配したい。
 そういう黒い欲求が自分の中に大きく広がっているのを感じた。

 少しずつ壊れ始めていると思った。
 長い孤独が思っていたよりも俺を蝕んでいたのだと思う。
 そして寂しさのあまり俺は人造人間ホムンクルスに手を出した。

 それからは精神も多少回復した。
 レームに甘えることで癒しをもらい、性欲をぶつけることで黒い欲求を頭から追い出した。
 行為の最中だけは全部忘れられた。
 圧倒的な力も、知識も、賢者の石のことでさえも。

 いびつで、いつ壊れてもおかしくない状態ということは分かっている。
 何か間違っているのだということも。

 完全な物質である賢者の石を使い、不完全な俺が、その分身である人造人間ホムンクルスを作り出しているのだ。
 それが正解であるはずなんてない。

 それでも俺は現状維持を望んでいる。
 誰かに侵されることのない平和な日常を。
 だが他ならぬ自分のせいでそれは壊れてしまうかもしれない。
 少しずつだが、兆候が見えてきている気がした。


 ほこりをかぶってしまっている実験器具や資料を見つめる。
 賢者の石を精製してからというもの、一切触っていない。
 この部屋に関してはレームにも入らせてはいないため、あの日から景色が変わっていない。
 出入りしたところといえば巨大フラスコのある第二研究室くらいだ。
 それもイチカを創るために久々に入った。

 何をモチベーションに研究していたのか、今ではよくわからない。
 賢者の石が欲しかったことは覚えている。だがその原点、なぜそれを求めたのか、それはもう覚えていない。
 研究を始めて、この城にこもってからはもう五十年は経つだろうか。
 人との関わりを捨ててまで何が欲しかったのか。
 賢者の石に聞いてもそれは分からなかった。あれはあくまで辞書のようなもの。知識をくれるだけなのだ。

 最近の俺はどこかうかつな気がする。
 イチカの件もそうだ。何故深く考えて製造しなかったのか。
 賢者の石が与える万能感がそうさせているのかもしれない。だがこれの破棄はできない。
 壊すこともできない。完全な物質である賢者の石はどうやっても消滅しない。
 もはや俺にもどうしようもない代物なのだ。

 永劫の命を持つ俺は失敗できない。
 どれだけ経っても時間が解決するということはあり得ない。
 俺が心に追う傷は今後この先ずっと続いてしまうのだから。
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