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第五話 子供部屋お姉さんとお友達 その一
しおりを挟む『あっくん? 今日って暇だったりする?』
「うん、暇だよ。毎日暇といえば暇」
『じゃあさ、じゃあさ、今日もウチ来ない? 手伝ってほしいことがあるんだぁ』
「――まさか掃除?」
『ううん、ゲーム。ネットの攻略とか見てもわからないのがあってね。昨日朝から夜中までずっとやってたんだけど全然できないの』
「そ、そうなんだ。わかった。じゃあ放課後そのまま行くね」
『ありがとっ! 待ってるねっ!』
学校の昼休み中、ことねーちゃんから電話が来た。
内容は遊びの誘いだ。
電話を切ったあと、衆人環視の教室で小躍りしそうになるくらい俺は喜ぶ。
よっしゃよっしゃよっしゃ!
遊びに誘われたこともだが、俺はもう一つの方面で喜んでいた。
昨日ずっとゲームをしていた、という所だ。
俺が必死で勉強していた昨日、ことねーちゃんはもしかするとデートでもしていたのではないだろうかと不安に思っていたのである。
俺の彼女というわけでもないので筋違いな心配なのは分かっているけど、やはり想像するとちょっと苦しいのだ。
帰り道はウキウキだ。
帰宅後の予定があるというだけでもリアルが充実している気がする。
しかもそれが女子に誘われての遊びなのだ。
端的に言って俺はリア充と言えるだろう。
道行く同級生たちを少し上から目線で見てしまう。
ごめんな! 俺は君たちより少し大人なんだ!
彼女がいるやつなんて珍しくもないのかもしれないが、俺は浮かれていた。
少なくとも俺の人生の中ではなかった経験だから余計にだ。
コンビニでお菓子と俺の分の飲み物を買って、少し駆け足で歩く。
浮いているような気持ちのせいか、足も物理的に軽く感じていた。
「おじゃましまーす」
「お、来たねぇ。あがってあがって!」
ことねーちゃんは相変わらず気の抜けた格好ではあったが、今日はまだマシな格好をしていた。
シャツに短パン、その上にカーディガンという家着スタイルではあったけども、少なくとも学校指定のものではない。
玄関には知らないスニーカーがあった。
サイズやデザインを考えると女の人のものだろうものだ。
普通に考えればことねーちゃんのものだろうけど、俺は何か違う気がして聞いてみる。
「ん、あれ、誰かいる?」
「ほら、一昨日言ってた玲ちゃん。さっき電話あってね、いま部屋にいるよ」
「え、大丈夫なの俺いても?」
「大丈夫だよー。玲ちゃんも久しぶりにあっくん見たいって」
「はっきり言うと俺あんまり覚えてないよ?」
「んー、いいんじゃない? 玲ちゃんも覚えてないから見たいんだろうし」
そ、そんな適当なっ。
恋愛経験すらない童貞がいきなり知らない女の人と話せると思ってるのか!?
ことねーちゃんは昔から知ってるからっていう前提だからな!?
それでも俺はことねーちゃんの部屋へ向かう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず、というやつだ。
せっかくことねーちゃんと遊べる機会を逃したくない。
これでもっと仲良くなれば気軽に遊びに行けるようになるし、彼氏の有無もわかるようになるのだから。
「こ、こんにちは……」
ことねーちゃんの部屋で座布団の上に座っていたのは知らない人だった。
長い茶髪を少しウェーブがかったスタイルでまとめ、ことねーちゃんと比べると女の子っぽい格好の女の人だ。
女のファッションには詳しくないけど、大学生の女の人なんかが着ていそうなイメージ。
俺の方を見てその人はハテナを浮かべているのがわかった。
――あれ? こんなだったっけ?
そんな事を思っていそうな顔だ。
そりゃあそうだよ。俺もいつまでも小学生ってわけじゃないんだし。
それにしても、この人も美人だ……。
なんだ、美人の周りには美人が集まるのか?
ことねーちゃんはかわいい系だが、この人は完全にクールな美人系。
なので服装と顔が絶妙に合っていない。
それに服装を考えるとスニーカーは絶対にチョイスを間違えている。
「え、これがあきら? もっと可愛い感じだったよな?」
「俺がそれですけど……もう高二なので昔とは違いますよ」
この人、見た目と違って口調男っぽいな!
なんでガーリーファッションで口調は男っぽいんだ。
色々残念だ、この人も!
美人の周りに美人が集まっているのではなく、変わった人の周りに変わった人がいるということらしい。
美人の無駄遣いをしている人がこんなにいるとは……。
玲ちゃん、とやらは立ち上がって俺に近づいてくる。
一歩一歩距離を詰めてくる姿はさながら武術家だ。
スポーツ系とか言ってたから、もしかするとなにかしらの武術をやっているとか?
体もことねーちゃんと違って引き締まっていそう。
俺の好みは、ことねーちゃんみたいにエロい感じでむちむちしてる女の人だけど。
「へぇー! でっかくなったなー! 身長どれくらいだ? 百八十くらいか?」
「だいたいそれくらいですね」
「アタシが百六十五で、琴音が百六十ないくらいだから存在感あんな」
「い、一応男ですから……ちょっと近いですよ!」
自分の身長と比べるように近づいて来るせいで、ふんわり甘い香りが鼻を付いた。
ことねーちゃんとは違う匂い。
香水なのか、それともこの人の匂いなのか。
緊張する!
女の人とこんなに近づいたことなんてルリくらいしかない!
「玲ちゃん、あっくんいじめちゃだめだよ?」
「いじめてねーって。背比べだ」
「玲ちゃん迫力あるから、あっくん怖がってるよ?」
「ん、怖いのか?」
「い、いえ……」
怖がってるというより、こわばってるんです!
女の人とこんなに近寄ったことないから!
「ほら、怖がってないって。それに見ろ、こんなに可愛い格好してるのに怖がられるわけ無いだろ?」
「喋り方がねぇ。完全に男の子だもん」
「仕方ねーだろ? ウチ男しかいないし、実家も実家だから男社会しか知らないんだよ」
「実家って……?」
「あー、あっくんは知らないもんね? 玲ちゃん家は空手道場なんだよ。学校のそばに森山道場ってあるでしょ? あそこ」
「そうそう。だから生まれた時から空手ばっかりなんだ、アタシ。男に馴染めないとやっていけない環境なのさ」
あー、あの怖いとこ……。
いつも何かしらの叫び声がするんだよな……。
悲鳴っぽいのも聞こえるから、俺の通う高校ではちょっとしたホラースポット扱いだ。
「ま、改めてよろしく。えーと……あきらでいい?」
「はい。俺はなんて呼べば?」
「なんでもいいよ。名前は森山玲だけど……そうだな、おねえちゃんとかでもいいぞ?」
「だめっ! おねえちゃんは私のっ!」
「な、なんだよ琴音……じゃああれだ、玲さんとかでいい」
ここで玲さんは握手を求めてくる。
空手道場の娘だと知ると少し怖い。試合が始まらない事を祈りながら触れた。
「どうした?」
「い、いえ……」
手、やわらかっ!
空手とかやってるって聞いたから硬い手のひらだと思ってたのに、やわらか!
妹、ルリの手以外の女の子の手触ったの初めてだ。母さんは例外。女の子じゃないから。
これは間接的に童貞を卒業したのでは?
玲さんが疑問を浮かべた顔でこちらを見てくるので、ゆっくり手を離す。
暖かさと柔らかさが名残惜しい。
「あっくんを家に呼んだのは私だよ? その私をほうっておいてほかの女の子と仲良くするとか、妬けちゃうなぁ」
「妬けるって……」
勘違いしそうなことを言うなぁ。
遊んで欲しい、という意味なんだろうけどさ……。
ちょっとだけ、ちょっとだけ苦しい。
――俺のことが好きなの?
それを言えない関係性なのが悲しい。
言えばきっと、この時間すらなくなってしまうのだ。
「よくわかんないけど、とりあえず遊ぼうぜ。せっかく三人もいるんだからさ」
微妙な空気の変化を察してくれたのか、玲さんは笑顔でそう言ってくれる。
俺の空気の変化に気づいていないのは、ことねーちゃんだけだ。
そういうところが好きだし、そういうところがちょっとだけ憎たらしい。
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