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第四話 子供部屋お姉さんに恋

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 ああ、やっぱり好きだ!

 翌日、学校にいるときも頭の中がことねーちゃんのことでいっぱいになってしまっていた。

 昨日見た笑顔が頭を離れないのだ。
 同級生にはない身体の出来も、一緒にいて落ち着く空気も、何もかもが好きだ。

 授業中だというのに昨日のことが反芻される。

 久しぶりの再会で、気持ちが再燃してしまったのだ。
 ただ、今の好きと昔の好きでは違う種類なのもわかる。
 昔のは家族的な、それこそお姉ちゃんとして好きだった。
 今のはもっとこう……青春っぽいやつ。獣じみた欲求も混じってるけど。

 ――また呼び出されないかな。
 連絡先は昨日聞いてあるものの、自分から行ってもいいかと聞くのは恥ずかしい。
 それこそ昔なら平気だっただろうに。
 
 ことねーちゃん、あそぼー、で全部解決だったはずだ。

 少し大人になっていろいろなことができるようになれば、できないことまで増えてくる。
 正確に言えばできなかったことに気づいただけなのかもしれない。

 こんな悩みもなんとなく青春っぽい気がするな。


 結局夕方になっても連絡が来ることはなく、俺はそのまま学校から帰ることとなってしまった。
 昨日のことはことねーちゃんの気まぐれみたいなものだったのだろう。

 考えてみれば当たり前。
 ことねーちゃんは五つも年上の大人で、俺は子供なのだ。

 好かれているとしても弟のような感覚なんだ。
 実際昨日もそんな感じだった。
 彼氏だとか、そういう空気ではなかった。

 好きというプラスの感情が多い分、こういう事を考えるとマイナスへの振り幅も大きい。
 楽しい気分だったのに一転して憂鬱だ。
 やはり俺に出来ることは少ないらしかった。


「ただいまー」
「ちょっとお兄!? ルリのチョコケーキ食べた!?」
「帰るなりなんだよ。俺ちょっと機嫌悪いぞ?」
「ルリも機嫌悪いよっ!? なんでひとりでたべちゃうの!? せめてはんぶんこでしょ!」

 家に帰ると、玄関で妹ルリが待ち構えていた。
 いつもなら部活でこの時間はいないのに。

 腕を組んで仁王立ち。
 門限を破って帰った時の母さんもこんなポーズをしていたのを思い出した。

 全く……お菓子一つでここまで怒るか?

 ことねーちゃんにアプローチできない自分に嫌気がさしていた時に、いきなり喧嘩腰に言われると腹が立つ。
 もっとも、ルリは悪くない。それもわかっているから余計に腹立たしいのだ。

 だいたい自分が悪い。
 ことねーちゃんの件は自分に勇気がなかったり、アピールできることがないのが悪い。
 今回の件は理由がどうあれ、ルリが楽しみにしていたお菓子を勝手に食べたのが悪い。

 まくし立てるように俺を問い詰める妹、ルリは俺の三つ下、十四歳。
 まだ中学生の妹だ。
 昨日は部活だったため俺の帰宅時間と鉢合わせることはなかった。
 部活はバドミントン部だ。ルリ本人はそれなりに強いらしいと聞いた。

 背は小さい。とても小さい。
 同年代から比べても小さいほうだろう。多分百四十センチあるかないかくらい。

 胸はない。絶壁だ。ツルペタだ。
 ことねーちゃんと比べると、本当に同じ性別なのかすら疑わしく思う。
 客観的に見れば顔は可愛い方だとは思う。でもまぁ妹なので身内の贔屓目もあるかも。
 ザ・ロリ系だ。十四歳なので実際その通りなのだが。

「――昨日ことねーちゃんに呼ばれて家行ったろ? その時に持っていったんだよ。母さんはいいって言ってたぞ」
「あー、そうなんだ……ずるい。真っ当な理由があると責めにくいよ?」

 ため息混じりに悪態をつくルリを見て、体型以外はことねーちゃんよりルリのほうが大人に見える。

 実際ルリはしっかり者ではあるのだ。
 生活力自体はことねーちゃんよりあるかもしれない。
 ルリはお菓子を食べるだけでなく作ることも好きなので、派生して料理も得意だ。
 
 ことねーちゃんはイメージ的には料理できなさそう。
 あくまでイメージだけど、真っ黒いなにかを錬成しそうだ。
 黒炭の錬金術師。あれ、この二つ名はちょっとかっこいい……。

「悪かったよ。今度好きなお菓子買ってやるから」
「それなら許しましょうっ! じゃあケーキ屋さんのシュークリームでっ! それでさ、ことねーちゃんってお隣の琴音お姉ちゃんだよね? なんで呼ばれたの?」
「俺にもよくわからん。ひたすらゲームしてたよ」
「大人なのに?」
「大人でもゲームくらいやるだろ。俺も就職してお金に余裕ができたらゲームはたくさん買うと思うぞ?」

 冷静に考えるとよくわからない。
 なんで俺はゲームしに行ったんだ?

「不思議だね? なんでお兄なんか呼ぶんだろ? 彼氏さんとかいないのかな?」
「わからん……だけど彼氏が来てるような部屋ではなかったな」
「でもでも、琴音お姉ちゃん美人さんだよ? おっぱいもすっごいよ?」
「まぁ……」

 まったくもってその通りだ。
 美人だしエロいし、少し気の抜けた喋り方も可愛い。

「お兄赤くなってる。最低ー! なんで男はおっぱいなんか好きなんだろう? 脂肪だよ? お腹のお肉と本質的には変わらないんだよ?」
「ないよりあったほうがいいだろ? 大は小を兼ねると言うし。それについている場所で肉の価値は違う」
「――やっぱりおっぱいないと女の子に見えなかったりするの?」
「いや、そこまでは……ルリもいつかは大きくなるさ」
「べ、べ、別に気にしてないもんっ!」

 あ、気にしてんだ……。
 だけどあれだぞ、ルリみたいな背の小さいツルペタも需要はあるぞ。
 こんなこと妹には絶対言えないけど!



 部屋に戻ってしばしの間考え事をした。
 題材は『どうしたらことねーちゃんに男として見られるのか』だ。

 俺が思うに、高校生という身分がすでにダメなのかもしれない。
 だとしたら詰んでいる。
 考えてみれば、大人であることねーちゃんが俺と関係を持つこと自体は犯罪なのだ。
 まぁ親同士の承認が得られればいいらしいから、そこに関しては問題ないかも。俺は大歓迎だし。

 他にも問題はいくつもある。

 まず、ことねーちゃんに彼氏がいるかも知れないということだ。
 いてもおかしくはないのである。そっちのほうが自然ですらあるくらい。
 客観的に見れば魅力的な異性なのだ。俺に限らず男なら誰だって思うことだろう。

 黒髪清楚系な見た目で巨乳。
 性格もハツラツとしてはいるし、若干オタク寄りな趣味まである。
 部屋の本棚は漫画ばかりが並んでいるし、量もやたらと多い。ゲームも好きだ。

 こういう女の人を狙う男はいくらでもいるだろう。
 
 一番の問題はことねーちゃんからすれば俺にはなんの魅力もないこと。
 金も地位も、何もかもが俺にはない。

 自分を養えるだけの経済力。
 大人であることねーちゃんとの結婚を考えれば重要なことだ。

「――今日は勉強するか」

 高校受験の時も今回も、思えばいつもことねーちゃんを理由に頑張っている気がする。
 
 意外と本気なのか、俺は。
 自分で思っていたよりずっと本気でことねーちゃんが好きなのかもしれない。
 
 とりあえずできることは積み上げることだ。
 無駄かもしれなくても、どうせいつか後悔するにしても、頑張るしかない。
 上手くいく目なんてなくてもやるしかない。
 後悔するのなら全力だ。

 頑張って頑張って、さらに頑張って。そのうえさらに頑張って。

 ほかの男に負けないよう魅力を身に付けるしかない。

 俺は久しぶりにやる気の火が灯るのを感じていた。
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