上 下
137 / 155

136.

しおりを挟む



空腹を紛らわせるために水でも飲もうと立ち上がり『お母さん、水飲んでもいい?』と聞けば『勝手にすれば』と一度もこちらを見ずに短く言い放つ。


青みがかった灰色の瞳は、冷たい。


お父さんもそれは同じ……いや、お母さんより酷いかもしれない。


優しい目をしているところは今まで見たことがないんだ。


透明なグラスに注いだ水をごくり、ごくりと飲み干してみるもこんな程度じゃ空腹は完全に抑えきれず。


せめてオレンジジュースや炭酸ならもっと誤魔化せたかもしれないな。


「あー、もうお腹いっぱい」


「まだ半分飯残ってんじゃん」


「私さっきビール飲んじゃったからなあ」


ガタン、お母さんが椅子から立ち上がり俺に近づいてきた。もしかして、とある考えが浮かび上がる。


「これ、食っていいよ」


予想通りお母さんは残ったお弁当のご飯をくれると言った。


「ありがとう、ございます」


受け取ってすぐ大口を開け食らいつく。よかった、ご飯が食べられる。


おかずもないし量だって多くはないけれど、水しかないよりは全然マシだ。


他の家の子供みたいに、お母さんが作ってくれたあったかい手料理や大好きなものを好きなだけ食べるとか。


今日は誕生日だから豪華な料理が出てくるだとか。


そういうのは全くない。


今まで、ずっと。


でも、それが俺の家であり家族なのだ。



―――――—―—


―――……



ミーン、ミーン、ミーン。ジリジリジリ。


窓の外から蝉の大合唱が聞こえてくるこの部屋は、とにかく蒸し暑い。


クーラーは壊れているらしいけど扇風機でこの暑さを凌ぐには無理がある気がする。勿論俺は扇風機を使うことが許されていないから更に暑い。


今日は休日だから部屋にはお父さんとお母さんの両方がいて余計、息苦しいし。


でも、アパートのこの一室は今いる大きな部屋とお父さんとお母さんが使う寝室しかないから逃げ場がない。


外で遊ぼうとしてもあまりそういうことはするなと言われているから出来なくて。


……体にある痣を、他人に見られないようにするためだろうか。


そっと、服の上から痣ができているお腹辺りをそっと摩った。


「…………あっつい」


それにしたって暑い、水飲もう。ぼうっとする頭のままグラスを手に取り若干生温い水道水を注いで溢さないようにと手元に注意しつつ歩く、と。


「―――わ!」


手元ばかり見過ぎて足元に小物入れがあることに気づかず、それを踏んでしまった。


「…………!」


はっとした時にはもう遅い、全てがスローモーションに見えた。


手元から滑り落ちるグラスも、零れていく水も。


パシャッ!水は広がりあろうことか傍に放ってあったお母さんの服にまで染みてしまったのだ。どうしよ、これじゃ。


取り敢えず拭かないとと思い立って布巾を取りに行こうとした時『ちょっと!!何やってんのよ?!』鋭いお母さんの声に後ろから刺された。


「あ、これは……」


「こぼしたの?!最っ悪」


お母さんの言葉にテレビを見ていたお父さんまで振り返り、床に転がっているグラスを目で追う。そして眉を吊り上げ険しい表情に。


「お前ふざけんなよカーペット濡れたじゃねえか!あ?」


「ごめんなさ、今拭きます」


「あーあーあー。面倒事増やしやがって。悪い子にはちゃあんとお仕置きしなきゃな?」


ニタリと意地悪くそれでいて不気味に弧を描くお父さんの口角に、ゾクッとした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

死を見届ける者

大和滝
ライト文芸
 幼い頃に優しい姉「川上楓」を亡くした少年「川上走馬」そんな姉が亡くなる前に放ったとある言葉で、彼は「死」という見えないものに呪われ、飢えていた。  死を知りたい。そんなことを思い彼は、余命わずかの人たちと出会い彼らの心のうちを知るという行動に出る。  この物語は走馬と6人の余命わずかの人たちの日常物語です。  毎週月、木曜日更新です。

【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢

美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」  かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。  誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。  そこで彼女はある1人の人物と出会う。  彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。  ーー蜂蜜みたい。  これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。

皇帝陛下は身ごもった寵姫を再愛する

真木
恋愛
燐砂宮が雪景色に覆われる頃、佳南は紫貴帝の御子を身ごもった。子の未来に不安を抱く佳南だったが、皇帝の溺愛は日に日に増して……。※「燐砂宮の秘めごと」のエピローグですが、単体でも読めます。

葉見ず花見ず

桜乃
ライト文芸
葉見ず花見ず……彼岸花の別名だよ。 そう得意げに教えてくれたあなた。 真っ赤な彼岸花の中に1輪白い彼岸花が咲いたなら、好きな人にまた会えるという言い伝え。私はあの人に会えるのだろうか? ※フィクションです。

喫茶ノスタルジー

鏡華
ライト文芸
N県 N市 神尾町、その町外れにひっそりと立っている喫茶店。 「喫茶ノスタルジー」 初老の店主が営む古ぼけたカフェ、その店に入ると不思議な体験が出来るという。

猫と幼なじみ

鏡野ゆう
ライト文芸
まこっちゃんこと真琴と、家族と猫、そして幼なじみの修ちゃんとの日常。 ここに登場する幼なじみの修ちゃんは『帝国海軍の猫大佐』に登場する藤原三佐で、こちらのお話は三佐の若いころのお話となります。藤原三佐は『俺の彼女は中の人』『貴方と二人で臨む海』にもゲストとして登場しています。 ※小説家になろうでも公開中※

愛する人の手を取るために 番外編

碧水 遥
恋愛
祝 お気に入り登録2000人! 皆さま、本当にありがとうございます。 過去の初恋の話と、ちょっぴり未来の話。

処理中です...