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しおりを挟む空腹を紛らわせるために水でも飲もうと立ち上がり『お母さん、水飲んでもいい?』と聞けば『勝手にすれば』と一度もこちらを見ずに短く言い放つ。
青みがかった灰色の瞳は、冷たい。
お父さんもそれは同じ……いや、お母さんより酷いかもしれない。
優しい目をしているところは今まで見たことがないんだ。
透明なグラスに注いだ水をごくり、ごくりと飲み干してみるもこんな程度じゃ空腹は完全に抑えきれず。
せめてオレンジジュースや炭酸ならもっと誤魔化せたかもしれないな。
「あー、もうお腹いっぱい」
「まだ半分飯残ってんじゃん」
「私さっきビール飲んじゃったからなあ」
ガタン、お母さんが椅子から立ち上がり俺に近づいてきた。もしかして、とある考えが浮かび上がる。
「これ、食っていいよ」
予想通りお母さんは残ったお弁当のご飯をくれると言った。
「ありがとう、ございます」
受け取ってすぐ大口を開け食らいつく。よかった、ご飯が食べられる。
おかずもないし量だって多くはないけれど、水しかないよりは全然マシだ。
他の家の子供みたいに、お母さんが作ってくれたあったかい手料理や大好きなものを好きなだけ食べるとか。
今日は誕生日だから豪華な料理が出てくるだとか。
そういうのは全くない。
今まで、ずっと。
でも、それが俺の家であり家族なのだ。
―――――—―—
―――……
ミーン、ミーン、ミーン。ジリジリジリ。
窓の外から蝉の大合唱が聞こえてくるこの部屋は、とにかく蒸し暑い。
クーラーは壊れているらしいけど扇風機でこの暑さを凌ぐには無理がある気がする。勿論俺は扇風機を使うことが許されていないから更に暑い。
今日は休日だから部屋にはお父さんとお母さんの両方がいて余計、息苦しいし。
でも、アパートのこの一室は今いる大きな部屋とお父さんとお母さんが使う寝室しかないから逃げ場がない。
外で遊ぼうとしてもあまりそういうことはするなと言われているから出来なくて。
……体にある痣を、他人に見られないようにするためだろうか。
そっと、服の上から痣ができているお腹辺りをそっと摩った。
「…………あっつい」
それにしたって暑い、水飲もう。ぼうっとする頭のままグラスを手に取り若干生温い水道水を注いで溢さないようにと手元に注意しつつ歩く、と。
「―――わ!」
手元ばかり見過ぎて足元に小物入れがあることに気づかず、それを踏んでしまった。
「…………!」
はっとした時にはもう遅い、全てがスローモーションに見えた。
手元から滑り落ちるグラスも、零れていく水も。
パシャッ!水は広がりあろうことか傍に放ってあったお母さんの服にまで染みてしまったのだ。どうしよ、これじゃ。
取り敢えず拭かないとと思い立って布巾を取りに行こうとした時『ちょっと!!何やってんのよ?!』鋭いお母さんの声に後ろから刺された。
「あ、これは……」
「こぼしたの?!最っ悪」
お母さんの言葉にテレビを見ていたお父さんまで振り返り、床に転がっているグラスを目で追う。そして眉を吊り上げ険しい表情に。
「お前ふざけんなよカーペット濡れたじゃねえか!あ?」
「ごめんなさ、今拭きます」
「あーあーあー。面倒事増やしやがって。悪い子にはちゃあんとお仕置きしなきゃな?」
ニタリと意地悪くそれでいて不気味に弧を描くお父さんの口角に、ゾクッとした。
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