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127.
しおりを挟むダメ、って。そんな。
「多分忙しくなって、ベース弄る時間なくなるっぽいんだよな」
「お前の将来の夢は、プロのベーシストになることなんだろ?!会社の社長になることじゃ、ねえだろ」
俺は、お前のその姿見たいって思ってたんだぞ。月野の下手な作り笑いが崩れて、下唇を噛みしめた。
「父さんと母さん、俺に期待してくれてて」
「で、でも……」
「中学の間は好きなことやれたしな。お前と遊べて、ベースもやらせてもらえた」
中学生のガキにしては、大人な考え方。
「もっと足掻いていいんじゃねえの、我が儘言ってもいいじゃんかっ」
自分の本当の夢、諦めちまうのかよ。憧れている人と共演出来なくなるぞ。
月野の大切な、夢だろう。
「いいんだ、俺はこれで」
「何でだよ?!」
「皐月が泣きそうな顔すんなよー」
バシバシと肩を叩かれても、笑えない。泣きたくもなる、こんなの。
「俺、父さんが頑張ってるの知ってるから。頑張って働いてるの、昔から見てたから。すっげえな、って思ってた」
純粋に父親に憧れる気持ちもあったのかもしれない。
「でも、それってキツいじゃん?何十年も頑張り続けるのってつらい。だから俺が代わりにやってやんないとなー、そう考えた」
『そうすれば父さん、休む時間が増える』とハラリ、声を落とした。
でも、と反論したくても言い返す言葉が見当たらない。
「俺は、ベース出来なくなるけど」
滑らかなベースの表面をするすると撫でて、真っ直ぐ俺を見据える。
「皐月に俺のベースやる。高校になっても、出来れば大学生になってもベースやってて。そんで大きなステージに立っちゃったりしてさ。……それで、だから。俺の代わりに夢を、叶えてくれよ」
直人が大事にしてきたベースを持つ手に、力が入る。
「皐月なら、絶対ベース俺より上手くなるから」
「…………」
「な、頼む。一生のお願い。本当なら俺がでっけえライブとかでベースやってる姿お前に見て欲しかったけど、無理だから」
無理じゃない、無理なんかじゃ。
「俺が、お前のベースやってるとこ見に行く」
俺が、直人の夢を。
「大切にしてくれよな、俺のベース!」
この時だった、俺が本格的にベースをやろうと決意したのは。
———そして、今。
「お待たせしました、こちらカルボナーラとアメリカンコーヒーになります」
店員が運んできてくれた出来立てのカルボナーラに、直人の顔が緩む。
「うまそう」
「食ってみ。味は俺が保証すっから」
クルクルとクリームが絡まったパスタをフォークに巻きつけ一口。
「ん!うまいうまい」
「だろー!」
ガツガツ食らいつくんじゃなくて、一口一口丁寧に食べてる。
「お前明日のいつ帰るんだよ?」
「明日はー……、夕方には帰らないと」
「なら、俺らの練習見てかねえ?午前中にバンドの練習あっから来いよ」
「行く行く」
「練習見るよりライブの方がいいんだろうけど、お前今度いつ休みとれるか分かんねえもんな」
先が見えないなら、今あるチャンスを活かすべきだ。
「あ、でも気をつけた方がいいぜ」
「何を?」
「よく俺らの練習見に来る女がいるんだよ。でもそいつ変態だから」
「はっ、変態?」
口にパスタを運ぶ手が止まった。
「『綺麗な鎖骨に顔埋めてみたい!色香漂う首筋素敵!』って変態発言連発すんの。お前も、半径1メートル以内には近づかないことをお勧めする」
「はははっ。何だその子。逆に会ってみたい」
好奇心を抱いてしまった直人に、明日歌の変態加減を説明するのに時間を費やしたことは言うまでもない。
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