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しおりを挟む「皐月はどうなわけ?」
「暇さえあればベースやってる」
「お前の恋人はベースか」
「ちげえし!俺だって人間と付き合いたいわ」
言うと、俺みたいに口を開け大声で笑うんじゃなくてクツクツ喉を鳴らしながら、控え目に口角を上げる。
きっと礼儀作法、マナーもしっかり体に染みつくまで教えられてるから、笑い方もこうしなさいああしなさいと指導されたのかもしれない。
俺の前でもそうなのかと思うと少し、ほんの少し同情にも似た痛みが心臓の奥をつついた。
人が頑張ってることに対してそういう感情になるなんてどうかしてる、とすぐ思考を切り替えたけど。
――――――――――――
――――…………
数年前、まだ俺と直人が一緒にいた中学の頃。
「見ろよ皐月!じゃじゃーん!」
「うわあかっけえ……!」
月野が嬉々とした顔で見せてくれたのは、新品のベース。
滑り台や砂場で遊んでいた小さな子供達も、今まで見たことないそれに興味をもったのか目を丸くさせる。
「最新のベース、これお前がずっと欲しがってたやつじゃん!」
「テストで全教科90点以上とるから買ってって頼んだらついにオッケーしてくれたんだ!」
愛おしそうにベースを両手で抱く。前々から買って欲しいと親に頼み続けていたけど、ダメの一点張り。
それでもめげずに頼み続け『テストで全教科95点以上とったら買って』と条件をつけたら一応承諾される。
それから月野は必死に頑張って勉強してベースを勝ち取ったのだ。
「俺もベース練習して、あの人みたいになれっかな?!」
「なれるんじゃね」
あの人とは憧れているバンドでベース担当の男。
とにかく全てが格好良いんだと毎日のように力説されれば嫌でもその人のプロフィールからバンドの曲まで俺も覚えてしまう。
「練習して出来るようになったら、皐月にも聞かせてやるよ!」
「何で上から目線なわけ」
「クラスの女子にさ、俺ベースやってるんだっつったら絶対モテるよなあ!」
「そんな簡単にモテねえよ」
「『直人君のベース最高!』って言われちゃったりして」
「調子いいやつ」
悪態をついても月野は気にせず、ベースを抱きしめていた。
それからというもの月野は学校にこっそりベースについて載ってる雑誌を持ってきて読んだり、指に絆創膏を巻いてるからどうしたのかと聞くと『ベースの練習のし過ぎで指の豆が潰れた。けど上達したんだ!』と言ってきたり。
俺もその楽しそうな様子を見てるうちにやってみたくなり、月野に教わってやり始めた。
勿論ベースなんて何万、何十万もする高いもの親が買ってくれるわけもないから月野のベースを借りて、だけど。
「このコードはどれ?」
「ああ、それはここ」
いつもは俺の家で集まることが多いけど今日は月野の家に遊びにきてベースの練習中。
月野は俺の何倍も上手くなってて、これじゃ先生と生徒だ。
「俺、将来はプロのベーシストになるんだ」
希望の光を漆黒の瞳に宿し、迷いのない真っ直ぐな声で宣言する。
「そんで、あの人と共演してやる!」
「月野なら出来るだろ」
その月野の憧れている人が所属してるバンドの元ドラマーが碧音の父親だったと知るのは、もう少し先の話。
――――――――――――
――――――………
「……え?」
言ってる意味が分からないと聞き返す。
「だから、俺、引っ越す。中学卒業したら」
いつもみたいに俺の家でベースの雑誌を読んでいたら、信じられない言葉を投下された。
「引っ越すって……、まじで?」
「本気。父さんの仕事の関係と、俺の高校のために」
「ここの高校じゃいけないって言うのかよ」
「ここにある高校よりもっとレベル高い進学校に行かなくちゃいけなくてさ。全部授業は英語でやるんだって」
月野が、手の届かない遥か遠くへ行ってしまう気がした。
「本当なら中学だってそうなるはずだったんだけど、俺が我が儘言って中学まではここにいる、ってなってただけだから」
むしろ親に感謝しなきゃな、と無理して笑う月野にうまい言葉がかけられねえ。
お前、自分の感情には素直な奴なのに。作り笑いなんか、すんなよ。
バレバレだっつの。
「俺、大人になったら父さんの会社継がなきゃなんねえの。すげえだろ!そのためには頑張って色んな勉強しないとさ、ダメじゃん」
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