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エピローグ
1.
しおりを挟む「お、織之助さん……!」
ぱたぱたと足音を鳴らして廊下を走ってきた鈴は、なにやら顔を紅潮させていた。
怒っているわけでも照れているわけでもなさそうな、形容しがたい表情に織之助は首を傾げた。
「あれはいったいなんですかっ!」
詰め寄った鈴の指差す先――、鈴の荷物を置いてある部屋だ。
織之助は一瞬悩んだように眉を顰めたが、すぐに思い当たったらしい。
「ああ……いや、見たままだろう」
うぐ、と喉を震わせた鈴に、織之助が追い討ちをかける。
「気に入らなかったか」
「……そんなわけないの、知ってて訊いてますよね」
「ハハ」
悔しさに唇を噛んで織之助を見ると、楽しそうな笑い声が返ってきた。
勢いよく織之助の隣に腰かければ、長い指が鈴の髪を梳く。
「いつ用意したんですか?」
「いつだったかな……」
誤魔化すようなその声に今度はムッと口を尖らせた。
あんなの一朝一夕で準備できるものじゃない。
(記憶にあるものと、ほとんど同じ意匠を施された色打掛――なんて)
部屋に置かれたそれを見たとき、思わず息を呑んだ。
鮮やかな青い色打掛は、あのときを思い出させるには十分すぎて。うっかり泣きかけたのは言うまでもない。
たった一度しか袖を通さなかったあの打掛。
自分が死んだ後にどうなったのか知らないけれど、また手もとに戻ってきてくれたようで嬉しい――鈴が胸を熱くさせていると、髪を梳いていた織之助の指が頬に触れた。
「結局、前世ではそれを着ている鈴を見れなかったからな」
「織之助さん……」
その切ない響きに心臓がキュッとする。
たしかに小袖は織之助の前で着て見せたけれど、結局打掛は着ることなく水戸に発ってしまった。
「ウェディングフォト撮るだろう? 鈴に着て欲しい」
お願いするような声に何度も首を縦に振る。
そんなの、言われなくたって着る。準備してくれた以上、絶対なにがあっても着る。
「あ。そしたら私も織之助さんの黒紋付袴姿見たいです!」
「え……スーツじゃダメなのか」
「絶対織之助さん似合うし、見たいです」
まさか自分に矛先が向くと思わなかったのか、織之助が目を丸くした。
折角の機会だからぜひ織之助の袴姿も見ておきたい。
前のめりになった鈴に、織之助は苦笑いを浮かべた。
「……士郎あたりに笑われそうだな」
「そうですか? 懐かしい気持ちにはなりそうですけど」
和装なんて今どきなかなか見る機会がない。
袴姿の織之助を想像して――懐かしさでまた少し泣きそうになった。
「本当に。最初出会ったときには考えもしなかった」
昔を思い出したのは織之助も同じだったのか、懐かしむような口ぶりで織之助が天を仰いだ。
「あんな小汚い布切れみたいだった鈴と、こうやって時代を超えて結婚するなんてな」
「失礼な……。いやたしかにぼろ布だった自覚はありますけど」
小汚かったのも事実である。
あのとき織之助と出会っていなかったら、生きていたかも怪しい。
だからやっぱり何度思い返しても織之助には感謝の気持ちばかりだ。
「ハハ。……初めの頃はよく働いてくれる良い子だと思ってた。拾ってよかった、とも」
色素の薄い瞳が鈴をまっすぐ捕まえた。
「……今は?」
どきどきと逸る心臓をそのままで訊くと、穏やかに目尻が下がる。
「今は――愛おしいよ。鈴の全部が」
頬を撫でていた指が唇をなぞった。
感触をたしかめるように少しだけ力を入れられて、その分だけ唇が沈む。
「愛してる」
優しい声は昔と変わらないけれど、そこに込められた熱はまるで違う。
もう我慢なんてしなくていい。
伝えたいだけ伝えたいことを、伝えていい。
「私も愛してます。織之助さま」
重なった唇はいつもより甘い気がした。
-END-
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