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1章
8.
しおりを挟む結局。
織之助に車を出してもらって、食器や調理器具、(洗濯機はあるのになぜかなかった)洗濯用洗剤や洗濯バサミなどを買い揃え、再び織之助の家に戻った頃にはもう19時を過ぎていた。
「ドレス今から見に行くか?」
「いえ、今度自分で買いに行きます。それより夕飯です!」
カロリーバーで生活していた織之助のことだ。このまま放っておいたらいつまでもカロリーバーしか食べない可能性もある。
そんなひどい食生活を送らせるわけにはいかない――と、さっきついでにスーパーへ寄ってもらったのだ。
「作りますね」
「……いいのか?」
「このままじゃ織之助さ……ん、早死にしそうなので」
慣れない呼び方に言葉が突っかかったが、織之助は気にした様子もなく目元を緩ませた。
「じゃあ頼んだ」
その優しい瞳に胸が詰まる。
今世の織之助は前世よりずっと鈴に甘い気がした。
――気のせいかもしれないけれど。
なんとなく恥ずかしくなって目線を外し、口を尖らせる。
「……期待はしないでくださいね」
「ハハ。大丈夫、鈴の料理は美味いよ」
わかりやすい照れ隠しに織之助は笑って鈴の頭を撫でた。
◇ ◇ ◇ ◇
「鈴、鈴」
「うー……ん」
ソファで頭を揺らして目を擦っている鈴の名前を苦笑混じりに呼ぶ。
――調子に乗って飲ませすぎたか。
鈴の作った夕飯を食べ、後片付けをし、一息ついたところで家にあった貰い物の日本酒やら焼酎やらを開けたのだ。
鈴が酒に強くないのは前々から知っている。前世でもよくこうして二人で晩酌をすることがあったが、鈴はゆっくり味わうような飲み方を好んでいた。
けれど、今日は少しペースが早かったし量も多かったように思う。
なにより――
(久しぶりに話すのが楽しくて飲みすぎた)
織之助はザルとまではいかないが酒に強いほうである。そんな織之助でさえ相応に頭がぼうっとするのだから、鈴が酔わないわけがない。
ぐらつく頭を自分の肩に乗せ、そのままそっと頬を指でなぞる。
くすぐったいのか小さく唇が動いた。
時計の針はもう23時を指している。
今から起こして支度をさせても終電は厳しいだろう。
それに、こんな無防備な鈴を電車に乗せるなんてとんでもない。待ち合わせのときにナンパ男に捕まっていた姿を思い出し――またふつふつと腹の底が熱くなる。
呑気に寝息をたてる鈴の顔を窺うと、長いまつ毛が呼吸に合わせて揺れていた。
白い肌が上気して赤く色づいてる様子が目に毒で、誤魔化すように息を吐いて視線を逸らす。
「お前は……本当に、酷いやつだよ」
無邪気に近づいて、無防備に隙を見せて、その隙に織之助がつけ込まないと信じている。
――こっちの気も知らずに。
いっそ残酷なほどの鈍さが可愛くて憎くてしょうがない。
肩に寄りかかる鈴を起こさないよう慎重に抱え上げ、リビングを後にする。
少し寒さを感じる廊下を歩き、寝室のベッドに転がすと鈴は小さく身じろぎをした。
ワンピースのプリーツ部分がめくれて鈴の白い足がシーツに浮かぶ。
前世のときと違い傷ひとつない肌にどこか安堵しつつ、ギシリとベッドを軋ませて腰を下ろした。
鈴は夢の中でなにか食べているのか、もぐもぐと口が動いている。
(――今はまだなにもしない)
乱れた前髪を整えるように梳いて、鼻筋をたどり、むにゃむにゃと動く唇に触れた。
その熱とやわらかさを指先に押し付ける。
「今回は逃がさないからな」
低く不穏な声に、鈴がぴくりと体を震わせた。
けれどそのまま起きることなく再び規則正しい寝息が部屋に響く。
織之助はほっと小さく息を吐きながら、音を立てないようゆっくり腰を上げた。
「おやすみ。鈴」
――安心して寝ていられるのは今のうちだ。
悪い顔で笑った織之助に、寝ている鈴は気づけなかった。
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