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2.王太子と王太子妃
エピローグ(侍女ジュリア)
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「最初はどうなることかと思ったけど、おふたりが仲良くなられて良かったわ」
部屋の窓を拭きながらジュリアが言うと、近くで箒を握っていたボーナがうなずく。
「本当よ。まったく、あンの王太子ったらうちの殿下のことをどんだけ冷遇するんだって思ってたからね。父上に連絡してさぁ、いっそ軍をあげてこの国に攻めこんでもらった方が殿下の御為になるんじゃないかとまで考えたわ」
「王国軍北方軍団長の娘は過激ね」
「おや、財務府長官の娘は何も考えなかったの? こそこそ動いてたみたいだけど」
「こそこそなんて失礼ね。私はこの国の主要産業を調べてただけよ」
「その真意は?」
「この国が買いたい物の売値を上げて、売ろうとする物の買値を下げるよう、お父様に進言するためかしら」
「あんたも大概じゃない」
呆れた声に澄ました笑みで答え、ジュリアは布を持った手を大きく動かす。窓のガラスを透けて入り込む日の光がキラキラと眩しい。
山に囲まれたこの国は生国の海の国からは遠く、気候などもだいぶ違う。王太子妃となるマリッサは大いなる覚悟を持って嫁いできたようだが、それはジュリアたち侍女にとっても同様だ。
国同士の関係を背負って婚姻を結ぶマリッサとは違い、付き従って来た者たちは辞めて国へ戻ることができる。
しかしマリッサと共にこの国へ来た者は「いつ辞めても良いのだから」との生半可な考えを持っていない。皆、マリッサと共にこの山の国で生涯を終える覚悟で来ているのだ。それだけにハロルドがマリッサへ取っていた態度は許しがたく、結婚式から半年ほどの間は誰もが腸の煮えくり返るような思いを抱いていた。
――だが。
「あら」
窓の下に広がる庭園の光景を見てジュリアは頬を緩める。
護衛を従えて現れたのはジュリアの主であるマリッサとその夫ハロルド。加えてハロルドの兄、ネイヴィス公ロジャーと彼の妻クレアだ。
今回はネイヴィス公が、快癒の報告と薬の礼を父である国王に述べるため王宮へ来たのだと聞いている。
「お話はもう終わったんだねぇ」
ジュリアの声を聞きつけたのか、ボーナも窓辺に来て外を眺める。
「あの人が病気だったっていうネイヴィス公と……その妻のクレア様か」
ネイヴィス公、クレア、ハロルドの3人には、過去に何か確執があったようだとは侍女たちの間でも噂になっている。それがマリッサの不幸の原因になったのだとも。
だが、今となってはすべては過去の話のようだ。晴れ晴れとした顔で話すハロルドとネイヴィス公の間には暗いものが見受けられない。
そして、マリッサとクレアの間にも。
兄弟の話を聞きながらふたりは時々口を開き、時には女性同士顔を見合わせて笑っている。
「妃殿下、すっごく楽しそうだね」
「ええ」
やがてネイヴィス公とクレアが恭しく礼を取り、場を立ち去る。
ふたりを見送っていた王太子夫妻だったが、ハロルドがマリッサの方を向いて何かを言ったようだ、横の夫を見上げるマリッサがはにかんだ様子で笑みを浮かべた。その様子はどこから見ても仲睦まじい夫婦だ。
「うーん」
続いてハロルドがマリッサに口付けをするに至り、ボーナが小さくうなる。
「妃殿下の湯浴みや、寝室の準備をした方が良さそうな気がする」
「そうね。掃除は私ひとりで何とかするから、ボーナは行ってきて」
「よっしゃ、任せて! ――あのぅ、ソフィア様ぁ!」
箒をジュリアに渡したボーナは侍女頭の名前を呼びながら小走りに去って行く。そのボーナの声も、報告を受けて侍女たちに指示を出し始める侍女頭の声も明るく、数か月前までの沈んだ状況が嘘のようだ。
後はマリッサに子どもができれば、皆はお祭り騒ぎになるだろう。
「……その日も遠くなさそうね」
未だ唇を重ねたままの王太子と王太子妃を見ながら、ジュリアは微笑み、呟いた。
部屋の窓を拭きながらジュリアが言うと、近くで箒を握っていたボーナがうなずく。
「本当よ。まったく、あンの王太子ったらうちの殿下のことをどんだけ冷遇するんだって思ってたからね。父上に連絡してさぁ、いっそ軍をあげてこの国に攻めこんでもらった方が殿下の御為になるんじゃないかとまで考えたわ」
「王国軍北方軍団長の娘は過激ね」
「おや、財務府長官の娘は何も考えなかったの? こそこそ動いてたみたいだけど」
「こそこそなんて失礼ね。私はこの国の主要産業を調べてただけよ」
「その真意は?」
「この国が買いたい物の売値を上げて、売ろうとする物の買値を下げるよう、お父様に進言するためかしら」
「あんたも大概じゃない」
呆れた声に澄ました笑みで答え、ジュリアは布を持った手を大きく動かす。窓のガラスを透けて入り込む日の光がキラキラと眩しい。
山に囲まれたこの国は生国の海の国からは遠く、気候などもだいぶ違う。王太子妃となるマリッサは大いなる覚悟を持って嫁いできたようだが、それはジュリアたち侍女にとっても同様だ。
国同士の関係を背負って婚姻を結ぶマリッサとは違い、付き従って来た者たちは辞めて国へ戻ることができる。
しかしマリッサと共にこの国へ来た者は「いつ辞めても良いのだから」との生半可な考えを持っていない。皆、マリッサと共にこの山の国で生涯を終える覚悟で来ているのだ。それだけにハロルドがマリッサへ取っていた態度は許しがたく、結婚式から半年ほどの間は誰もが腸の煮えくり返るような思いを抱いていた。
――だが。
「あら」
窓の下に広がる庭園の光景を見てジュリアは頬を緩める。
護衛を従えて現れたのはジュリアの主であるマリッサとその夫ハロルド。加えてハロルドの兄、ネイヴィス公ロジャーと彼の妻クレアだ。
今回はネイヴィス公が、快癒の報告と薬の礼を父である国王に述べるため王宮へ来たのだと聞いている。
「お話はもう終わったんだねぇ」
ジュリアの声を聞きつけたのか、ボーナも窓辺に来て外を眺める。
「あの人が病気だったっていうネイヴィス公と……その妻のクレア様か」
ネイヴィス公、クレア、ハロルドの3人には、過去に何か確執があったようだとは侍女たちの間でも噂になっている。それがマリッサの不幸の原因になったのだとも。
だが、今となってはすべては過去の話のようだ。晴れ晴れとした顔で話すハロルドとネイヴィス公の間には暗いものが見受けられない。
そして、マリッサとクレアの間にも。
兄弟の話を聞きながらふたりは時々口を開き、時には女性同士顔を見合わせて笑っている。
「妃殿下、すっごく楽しそうだね」
「ええ」
やがてネイヴィス公とクレアが恭しく礼を取り、場を立ち去る。
ふたりを見送っていた王太子夫妻だったが、ハロルドがマリッサの方を向いて何かを言ったようだ、横の夫を見上げるマリッサがはにかんだ様子で笑みを浮かべた。その様子はどこから見ても仲睦まじい夫婦だ。
「うーん」
続いてハロルドがマリッサに口付けをするに至り、ボーナが小さくうなる。
「妃殿下の湯浴みや、寝室の準備をした方が良さそうな気がする」
「そうね。掃除は私ひとりで何とかするから、ボーナは行ってきて」
「よっしゃ、任せて! ――あのぅ、ソフィア様ぁ!」
箒をジュリアに渡したボーナは侍女頭の名前を呼びながら小走りに去って行く。そのボーナの声も、報告を受けて侍女たちに指示を出し始める侍女頭の声も明るく、数か月前までの沈んだ状況が嘘のようだ。
後はマリッサに子どもができれば、皆はお祭り騒ぎになるだろう。
「……その日も遠くなさそうね」
未だ唇を重ねたままの王太子と王太子妃を見ながら、ジュリアは微笑み、呟いた。
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おもしろかった~👏👏
次回作も楽しみに待ってまーす❣️
canon2様
おもしろいと言っていただけて感無量です!
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そのときまた、お会いできたらいいなと思いつつ……。
励みになる感想をありがとうございました!
m様
ハロルドとマリッサに関しては、読んだ方によっていろいろと思うことがあると思うのです。
もしかするとあまり良い感情を持たれないかも……と思っていたので、m様から尊いとのお言葉をいただけて、とてもとても嬉しいです!
この後の二人は皆に見守られながら仲良く暮らし、平和な国を築いたんじゃないかなと思っています。
感想、本当に励みになりました。心からお礼を申し上げます。ありがとうございました!