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3.大福がどこにもいない①
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翌日の朝、少し早めに倉庫に入ったけれどまだトラックからの荷下ろしが終わっていないようだった。
「早いですね、白河さん」
「清水くんこそ」
「毎年のことなんで。ちょっと様子見てきます」
清水くんは前日の返品用段ボールを乗せたカートラックを押し、エレベーターに乗り込んだ。ついていこうとした僕を制して「行き違いになったら困るんで」と扉を閉める。
年下だと思えないくらいきびきびとしている。僕が同じ年数勤務しても、同じように振る舞えると思えない。
「おはよう白河くん。荷物まだなのね」
「今、清水くんが荷受け場に下りていきました。あれ、今朝はあずきさんは?」
「今日はかなりバタバタするから休憩室にいてもらうの。何かあっても対応できないし」
「じゃあ僕もそうしようかな……」
「大福は今日もがんばるんにゃ」
大福は目を輝かせながら荷台に座っていた。昨日『ニャオちゅるちゅるん』を二本も食べてものすごくやる気になったらしい。ブランケットも羽織って準備万端だ。無理やり休憩室に押し込んで脱走されても困るしなあ……
「大福、頼りにしているからどうかよろしくお願いします」
「任せるんにゃ」
おだてておいた方が上手く行く気がする。先にレジ入金を済ませた岡内さんにも「頼もしいわねー」と頭をなでられてたいそうご満悦だった。
「お待たせしました。まだあと二台あります」
運搬用エレベーターいっぱいにカートラックを積んだ清水くんが戻ってきた。これで三台、計五台もあるのか。どのカートラックにも清水くんの背丈ほどの荷物が積まれている。
「ひえ……これを開店までにさばくんですか……」
「さあー気合いれていくわよー」
岡内さんが袖をまくって書籍を満載にしたカートラックを押すと、「ごめんごめん、遅くなった」と店長がかけこんできた。斎さんと僕も一台ずつカートラックを押す。
「出発進行にゃー」
大福がごきげんすぎて、かえって心配だ。何事もなければいいけどと思いながらあわただしく開店準備を始めた。
「クリスマスラッピング、タグは1と2ね!」
「ビジネス新刊の『飾らない本音』、在庫が上がってるけど見あたらない!」
「図書カード包装四十三組、五百円が二十四枚と千円が七枚と五千円が……」
「お電話ありがとうございます、コリオス書店でございます」
「袋ないっ、雑誌袋のストック取ってくる!」
「クリスマスラッピングと普通のラッピング、タグは3と2で値段シール有り。お客様はあとで取りに来るって……」
「コミック新刊の『ダンク!』完売でーす!」
「ラッピングのあと郵送の手配に入るんで」
「五千円あと一枚しかない! 両替行ってきます―!」
「あーっクレジットカード忘れてる人いるじゃない!」
世間はうきうき楽しいクリスマス・イブ。書店は戦場だった。
「いらっしゃいませにゃっ! ポイントカードはお持ちかにゃっ!」
周りの雰囲気に流されて大福の声まで上ずっている。僕はとにかくミスをして足を引っ張ってしまわないようにと必死でレジを打つ。
会計の途中で「やっぱりやめるわ」「あっお金足りない」「ちょっとカード取りに行ってきます」「お母さーん、小銭ちょうだいー」「帽子を忘れてませんでしたか!」とお客さんもあわただしい。
年末のかき入れどきということもあって商品券や割引券の種類も多く、うっかりキーを押し間違えそうになるのは一度や二度ではなかった。
会計を終えたお客さんが手提げ袋に本をしまうあいだ、こっそりと深呼吸をする。ラッピングに追われる店長が時計を気にしていた。十二時をすぎている。大福を休憩室につれていかないと。
「大洋くん、休憩だよね。これが終わったら代わるから」
「大丈夫ですよ。落ち着いたら抜けますから」
「今行かないとあとがつかえるから……はいっ何でしょうか!」
女性のお客さんから問い合わせを受けて、店長はラッピングを清水くんに託した。体の大きさに比例して手も大きいが、清水くんのラッピングは角がきちんとしていて見惚れるほどの美しさだ。
「これとこれとこれとこれ、ひとつずつラッピングして下さいね。これが3番、これが1番、これが2番、これが……」
お客さんは絵本をカウンターにどさっと置くなり言った。言葉の早さに全くついていけず、メモ用紙を手にしながら「申し訳ありません。もう一度お願いします」と謝って絵本とタグ番号を確認した。
「いや、やっぱりこれ2番で、これが3番の方がいいかなあ。ねえ、どうしよう?」
「男の子だからやっぱこれは1番だろ? んでこっちが4番で……」
四十代の夫婦らしきお客さんが絵本を指さしながら違う番号を指定し始めた。全部聞いていたら混乱してしまう。決定してからメモを取ろう。
そんなことをしているうちにレジ前の列はどんどん長くなり、大福がへばってしまった。お客さんは容赦なくつめかけ、電話のコールまで鳴る。
「お待たせ、今度こそ代わるよ」
「でも店長、電話が……」
「いいからいっといで」
「すみません」
大福を抱きかかえて押し出されるようにレジから離れた。事務所にエプロンを置いて休憩室に向かう。
「早いですね、白河さん」
「清水くんこそ」
「毎年のことなんで。ちょっと様子見てきます」
清水くんは前日の返品用段ボールを乗せたカートラックを押し、エレベーターに乗り込んだ。ついていこうとした僕を制して「行き違いになったら困るんで」と扉を閉める。
年下だと思えないくらいきびきびとしている。僕が同じ年数勤務しても、同じように振る舞えると思えない。
「おはよう白河くん。荷物まだなのね」
「今、清水くんが荷受け場に下りていきました。あれ、今朝はあずきさんは?」
「今日はかなりバタバタするから休憩室にいてもらうの。何かあっても対応できないし」
「じゃあ僕もそうしようかな……」
「大福は今日もがんばるんにゃ」
大福は目を輝かせながら荷台に座っていた。昨日『ニャオちゅるちゅるん』を二本も食べてものすごくやる気になったらしい。ブランケットも羽織って準備万端だ。無理やり休憩室に押し込んで脱走されても困るしなあ……
「大福、頼りにしているからどうかよろしくお願いします」
「任せるんにゃ」
おだてておいた方が上手く行く気がする。先にレジ入金を済ませた岡内さんにも「頼もしいわねー」と頭をなでられてたいそうご満悦だった。
「お待たせしました。まだあと二台あります」
運搬用エレベーターいっぱいにカートラックを積んだ清水くんが戻ってきた。これで三台、計五台もあるのか。どのカートラックにも清水くんの背丈ほどの荷物が積まれている。
「ひえ……これを開店までにさばくんですか……」
「さあー気合いれていくわよー」
岡内さんが袖をまくって書籍を満載にしたカートラックを押すと、「ごめんごめん、遅くなった」と店長がかけこんできた。斎さんと僕も一台ずつカートラックを押す。
「出発進行にゃー」
大福がごきげんすぎて、かえって心配だ。何事もなければいいけどと思いながらあわただしく開店準備を始めた。
「クリスマスラッピング、タグは1と2ね!」
「ビジネス新刊の『飾らない本音』、在庫が上がってるけど見あたらない!」
「図書カード包装四十三組、五百円が二十四枚と千円が七枚と五千円が……」
「お電話ありがとうございます、コリオス書店でございます」
「袋ないっ、雑誌袋のストック取ってくる!」
「クリスマスラッピングと普通のラッピング、タグは3と2で値段シール有り。お客様はあとで取りに来るって……」
「コミック新刊の『ダンク!』完売でーす!」
「ラッピングのあと郵送の手配に入るんで」
「五千円あと一枚しかない! 両替行ってきます―!」
「あーっクレジットカード忘れてる人いるじゃない!」
世間はうきうき楽しいクリスマス・イブ。書店は戦場だった。
「いらっしゃいませにゃっ! ポイントカードはお持ちかにゃっ!」
周りの雰囲気に流されて大福の声まで上ずっている。僕はとにかくミスをして足を引っ張ってしまわないようにと必死でレジを打つ。
会計の途中で「やっぱりやめるわ」「あっお金足りない」「ちょっとカード取りに行ってきます」「お母さーん、小銭ちょうだいー」「帽子を忘れてませんでしたか!」とお客さんもあわただしい。
年末のかき入れどきということもあって商品券や割引券の種類も多く、うっかりキーを押し間違えそうになるのは一度や二度ではなかった。
会計を終えたお客さんが手提げ袋に本をしまうあいだ、こっそりと深呼吸をする。ラッピングに追われる店長が時計を気にしていた。十二時をすぎている。大福を休憩室につれていかないと。
「大洋くん、休憩だよね。これが終わったら代わるから」
「大丈夫ですよ。落ち着いたら抜けますから」
「今行かないとあとがつかえるから……はいっ何でしょうか!」
女性のお客さんから問い合わせを受けて、店長はラッピングを清水くんに託した。体の大きさに比例して手も大きいが、清水くんのラッピングは角がきちんとしていて見惚れるほどの美しさだ。
「これとこれとこれとこれ、ひとつずつラッピングして下さいね。これが3番、これが1番、これが2番、これが……」
お客さんは絵本をカウンターにどさっと置くなり言った。言葉の早さに全くついていけず、メモ用紙を手にしながら「申し訳ありません。もう一度お願いします」と謝って絵本とタグ番号を確認した。
「いや、やっぱりこれ2番で、これが3番の方がいいかなあ。ねえ、どうしよう?」
「男の子だからやっぱこれは1番だろ? んでこっちが4番で……」
四十代の夫婦らしきお客さんが絵本を指さしながら違う番号を指定し始めた。全部聞いていたら混乱してしまう。決定してからメモを取ろう。
そんなことをしているうちにレジ前の列はどんどん長くなり、大福がへばってしまった。お客さんは容赦なくつめかけ、電話のコールまで鳴る。
「お待たせ、今度こそ代わるよ」
「でも店長、電話が……」
「いいからいっといで」
「すみません」
大福を抱きかかえて押し出されるようにレジから離れた。事務所にエプロンを置いて休憩室に向かう。
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