上 下
6 / 17

2.大福はレジカウンターにいる③

しおりを挟む
 夕方四時になってようやくお客さんの足がまばらになった。散らかったサッカー台を片づけていると文庫の補充品を出しにいっていた斎さんが戻ってきた。

「さっきはすみませんでした」
「さっきって?」
「大福が小銭をはじいちゃって、ご迷惑を……」
「いいのよ、あずきもやったんだから」

 斎さんはふわりと笑った。レジキーに手を伸ばしたかと思うと、思い出し笑いをしたかのように「ふふっ」と声を漏らす。

「どうしましたか?」
「あずきもおてんばだったなあって懐かしくなっちゃって」
「あずきさんが? とてもそんな風には」

 さっき「お子さま」って言われたところなんだけどと思っていると、斎さんはキャッシュトレーのふちを細い指でなでた。

「プライドが高いしわがままだし、でも寂しがりやだから家に置いておけなくって。同伴出勤し始めた頃は大変だったの。お金をはじいたのなんか一度や二度じゃないわ」
「意外です……」
「触られるのが嫌いだから、従業員の手を噛んじゃったこともあってね……あのときは大変だったけど、やっぱり一緒に働けて幸せだと思ってるから」

 カウンター下のブックカバーを手にすると、きちんと角をそろえて整えた。

「白河くんもがんばって。私たち、応援してるから」
「……はいっ!」

 斎さんのエンジェルスマイルに疲れが吹きとんだ。明日はクリスマス・イブでかなり忙しいらしいけど、どれだけ残業してもがんばれる気がする。

「これ、お願いしますね」

 レジにおばあさんが立っていた。定期購読カードを受け取りながら「いつもありがとうございます」と頭を下げる。

 この人は分冊百科『すてきな編み物』を定期購読している常連のお客さんだ。

 バーコードを読み取りながら、高いなと正直思ってしまう。創刊号は特別価格の298円だが、二号目以降は1416円になる。箱の中には編み物用の針や糸、説明書が入っていて、一号ずつ編んでいくと大作ができる仕組みだ。

 発売日は隔週火曜日。今日で五十号目なのでそれなりにお金がかかっているはずだ。『ニャオちゅるちゅるん』四本入り一パック130円だと合計……

 思考レベルが大福と同じじゃないかと気づいて計算するのをやめた。おばあさんは高級そうな長財布から一万円札を出している。

 そこへ大福がやってきた。大きなあくびをしてレジカウンターにとび乗る。お客さんがいるところでおしりの手入れをするなんて、やっぱり反省してないじゃないか。 

「あら、ねこさん。いいところに」

 おばあさんはお釣りを財布にしまうと、花模様の手提げ袋から小さなブランケットを取り出した。

「これね、あなたにどうかと思って」

 どこかで見たことのある模様だと思ったら、あの分冊百科のパーツをつなぎ合わせて作った小さなフード付きのブランケットだった。

「ここは寒いでしょ。いつも冷たい台の上に座っているからどうかしらと思ったの」

 今度は敷物だ。おばあさんは色違いの編み物をレジカウンターに広げる。大福はすかざすその上に肉球を乗せた。すぐに爪を出してフミフミを始める。

「ぬくぬくだにゃ」
「これも着てちょうだい」

 大福はおばあさんオリジナルの結び紐がついた白と抹茶色のブランケットを羽織った。白い丸顔、細目で和猫の大福にとてもよく似合っている。

「まあ素敵」
「ぽかぽかだにゃー」

 毛糸で編まれたブランケットにくるまれて大福は喉を鳴らした。丸い背中がいつもよりも暖かそうだ。

「よかったわ。次はそちらのお嬢さんと一緒にいるペルシャ猫さんね」
「いえ、私たちはあの……」
「年寄りの楽しみと思ってね」

 戸惑う斎さんに微笑みかけて立ち去ろうとしたので、僕はあわてて敷物を引っ張る。
 
「これ、お忘れ物です!」

 「いやにゃー」と踏ん張る大福から敷物とブランケットを回収しようとすると、おばあさんは上品に腰を曲げてふり返った。

「あなたのために編んだのよ。いただいてちょうだい」
「あっ、あの」

 カウンターから出ようとすると別のお客さんに「これ探してほしいんだけど」と捕まってしまった。斎さんもレジに入っている。仕方ない、店長が戻ってきたら相談しよう。あのブランケットを返して、どうしても大福が寒いって言うんだったら猫用の服を買おう。

 ああ、また財布がさみしくなるなあと思いながらも、満足そうな大福の表情に心がゆるんだ。



 帰り際、ブランケットを見た店長の返事は「まあいいんじゃない?」だった。あまりの軽さに拍子抜けする。

「あの人、コリオスの超お得意さんなんだよ。俺のことなんかガキの頃から知ってて頭が上がらない」

 店長の長いため息にその付き合いの長さがわかる気がした。

「でも……お金がかかってるのに、本当にいいんでしょうか」
「これはもう大福のものにゃ」

 ブランケットをかぶったまま満足そうに「ぽかぽかにゃ~」と言った。店長は組んでいた腕をほどいて大福を抱き上げる。

「いいんじゃないかな、商品の宣伝にもなるってことでさ。上に許可願を出しておくよ」
「ありがとうございます」
「よくに合ってるじゃない、大福くん」

 店長が抱き上げると大福はもがき始めた。

「ヒシエー離すんにゃー!」

 暴れる大福を受け取ってケージに入れた。残業したことだし、大福の好物を買って帰ろう。

「さむ……」

 外は雪が降っていた。コリオスショッピングセンターのシンボル、しっぽの長いねこの銅像が粉雪をかぶっている。

 大福と出会ったのも雪深い日だった。どこかの飼い猫だったらどうしようと思ったけれど、半日経ってもアパートの階段下から動かなかったので家に入れた。

 ウェットフードが食べられないくらい衰弱していて、動物病院にかけこんだ。その日以来、大福は僕の家で生活している。

 冷えた自転車を押しながら、大福はどこから来たのだろうと思う。飼い主はどんな人だったんだろう、本当の名前はなんていうんだろう。

 家族はきっと、悲しんでいるだろうな。

 積もったばかりの雪を踏みしめながら家路をたどる。一人暮らしの家は暗く冷たくて、大福がいなくなったら寂しいだろうなと思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

何でも屋さん

みのる
大衆娯楽
とある寂れた商店街の一角に佇む、“一般的な物から、世にも不思議な物まで…売ってないものは何も無い”がうたい文句な店、その名も『何でも屋さん』。 今日も店は、静かに繁盛する…。 ※1話のみseiiti氏とのコラボ小説であります!👮(ネタはseiiti氏提供)…の予定が、seiiti氏、たくさんネタを提供して下さるのでみのるはほぼ…考えていませぬ。 提供:(基本)seiiti氏 加筆、校正:みのる…と言ったところですかね(笑) 何処から読んでも…恐らくお話は分かるハズ(!?)

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

さすがさんと春色の研究

早川史生
キャラ文芸
 地元の本屋さん、久万河書店でアルバイトをはじめた栞里は、晴れて女子大生の肩書を持つことを許された大学一年生。大好きな本に囲まれる仕事だけれど、どうやら“本”が集まる場所には“謎”が生まれることがあるようで……?   同じ本を二度購入しようとする女性。  立て続けに起きる女子高生の返品。  置き忘れ去られた傘に行方不明の婚約者。  事実は小説より奇なりの謎ばかりでさっぱりの栞里。だけど大丈夫。なんていったって、〈さすが〉なこの人がついている!  無口で無表情、何を考えているかわからない。――けれど、魔法使いみたいに謎を解く。そんなふしぎでさすがな「さすがさん」こと貴家颯太郎と並木栞里。書店で働くふたりの〈日常の謎〉シリーズ春の弾。

お隣さんはヤのつくご職業

古亜
恋愛
佐伯梓は、日々平穏に過ごしてきたOL。 残業から帰り夜食のカップ麺を食べていたら、突然壁に穴が空いた。 元々薄い壁だと思ってたけど、まさか人が飛んでくるなんて……ん?そもそも人が飛んでくるっておかしくない?それにお隣さんの顔、初めて見ましたがだいぶ強面でいらっしゃいますね。 ……え、ちゃんとしたもん食え? ちょ、冷蔵庫漁らないでくださいっ!! ちょっとアホな社畜OLがヤクザさんとご飯を食べるラブコメ 建築基準法と物理法則なんて知りません 登場人物や団体の名称や設定は作者が適当に生み出したものであり、現実に類似のものがあったとしても一切関係ありません。 2020/5/26 完結

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

サキコとカルマ

駒野沙月
現代文学
小さな書店に務める書店員、宮下咲子は大学生バイトの少女から一冊の小説を押しつけられる。 少女の一押しだというその本の作者は、人気作家のカルマ。彼(?)は自身の素性を一切明かさないまま、ヒット作を出版し続ける覆面作家だった。 カクヨム、小説家になろうにも掲載しています。 表紙画像はあさぎかな(https://kakuyomu.jp/users/honran05)様に作成して頂いたものです。

処理中です...