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短編
彼女の全てを理解して
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人通りの多い町並み。街を往く人は老若男女様々だが、沢山の店が入る繁華街では時折カップルと思しき男女がちらほらと見られた。
冷え込む季節だが、客寄せのイルミネーションはかなり力が入っており、それを見るために電車で来る人も居るぐらいであった。
ちょうど若者向けのファッションがガラスの向こう側に並ぶような場所を、2人の男女が歩く。
片方はそこそこ大人びた青年、もう片方はというとかなり年齢の差が有った。
小柄であるせいもあるかもしれないが、学校の制服さえ来てしまえば中学生とでも通りそうな容貌である。
2人はと言うと、少女のほうが特別な関係を周りにアピールするかのように腕に組み掛かるようにして歩いている。
それを受けて青年の表情は緩んでいる……と思いきや、少し焦っているかのような表情をした。
「……もう遅いし、帰らなきゃ」
「えー、まだまだ遊び足りないよぉ。まだ5時でしょ、夜遅くになるわけじゃないのにー」
「『その子』の家族が心配するだろ、失踪事件とかなったら真っ先に疑われるのは俺だっていうのに」
苦い表情をせざるを得ない。最近の社会情勢を理解してないせいか、そういうところに相手が無頓着なのが彼にとって悩みのタネであった。
彼の隣でくっつきながら歩いている少女は、ぷうと頬を膨らませる。
「アタシと遊ぶのに飽きちゃったんだー! いたいけな子捕まえといておにーさんったらおくりおおかみなんだー!」
「……意味を理解して言ってる?」
おまけに日本語が上手ではない、と心中で彼はボヤく。
この少女が帰国子女であるとか、言葉遣いに慣れていないとかそういった問題ではなく。
しぶしぶといった表情で、彼女はつぶやく。
「わかった、じゃあ一旦家に戻るよ?」
「あ、ああ」
この場合の家とは、彼女の家ではなく青年の家である。恋人繋ぎは離さないままで歩き続けた。
青年は、時折投げかけられる奇異の視線を気まずくやり過ごしつつ彼女の背中をそっと触れる。
くすぐったいかのように、少女は笑った。
事実、今日一日で青年と少女は色々な所に遊びに行った。
二人して歩いている様子を見れば、彼と彼女の関係を知らない人間であれば間違いなくデートの一環だと解釈するだろう。
しかしながら、それは事実の一端でしかなかったのだった。
何故なら、青年がこの少女に出会ったのは今日が初めてだったからである。
――――
日は完全に沈んでしまい、アパートや一軒家が立ち並ぶ住宅街では先程までの眩しいまでの光はない。
極稀に窓枠や庭の木に飾り付けやライトアップを施している所もあるが、殆どは白熱灯の明かりだけで道が照らされている。
青年の住処は、何処にでも有るようなアパートの一室。彼の職場に遠からず、普段の買い物に困らない程度に店がある。
学生時代に通学を優先した結果買い物に苦労したため、住所には慎重になっていたのである。
普段なら、自分の家に帰ることに全く気をつけることなど無いが今の彼は年齢が幾つも離れているかのような少女を連れている。
当然周囲の目を気にしながら歩くことになったのだが、その様子を見て少女は逆に囃し立てた。
「ねーねー、なに不審者みたいなことしてるの?」
「今のこの状況見られたら満場一致で俺が不審者扱いされるの!」
「じゃあ普通に歩けばいいじゃん?」
「いいじゃん、じゃないよ! 普通に歩いてもアウトはアウトなの!」
ああもう、と向ける相手のないグチをこぼしながら早歩きでアパートの階段を登っていく。
一方の少女も、向かう場所が分かっているかのように鼻歌交じりで青年に付いていった。
ふぅ、と自室に入り込み誰にもバレないように鍵と、念のためにチェーンロックを締める。
先に部屋に入れた彼女はというと。
「わーい! この身体だとベッドもおおきーい!」
青年のベッドにダイブしていた。羽毛布団が潰れるなどを全く意に介さず、冷えた身体を温めようと包まっている。
何も言わず、というよりかは言う気すら起きなくなるほど警戒した反動で疲れたため、無言でコタツとエアコンのスイッチを入れる。
残った気力を振り絞って電気ケトルをOnにして、コップを台所から持ってきて座椅子に全身を預ける。
少女はというと、あっという間にコタツに潜り込んでいた。猫かよ、と青年は一瞬ボヤキたくなる。
足が当たらないよう、なるべく端っこに入り粉のコーヒーを飲む。この歳だと若くないとは言えないが、元気ハツラツとは程遠い。
次第に眠気覚ましのために飲んでいたコーヒーは意味をなさなくなっていた。
「ふぁーあ……あ、早いとこ戻っておいてくれよ……」
「あと少ししたらー」
足元からくぐもった声。ちゃんと着替えたところを見て、帰る姿を見ておかなければと考えてはいるものの。
こたつで寝ると身体に悪いとは聞くが、それを考える判断力が落ちるほどに彼は眠気に支配されていた。
――――
頬に垂れる液体の感触がきっかけで、青年は目を覚ます。
「……ちょっ、お前ッ……近っ」
慌てた彼の抗議を、口で封じ込める。
「んっ♡……ふっ……ぷはぁ……♡」
眼前に迫る少女を直視することになり、気恥ずかしさで一杯になる。向こうはというと、頬は赤く染まっている。体ごと彼に預けているためか、肌の触れ合いで熱っぽさが伝わってくる。
「もうちょっと、眠ってても良かったのに」
そういうと、彼女は椅子の背をすり抜けるように青年を抱きしめた。冷静な言葉をなんとか返そうとする青年の試みは、再び阻止される。
「ちゅ……ぺろ♡……あっ♡……む……」
相手の舌による蹂躙を、青年は阻むことが出来なかった。ただそっと、彼女の裏側に腕を伸ばす。互いの身体のこわばりが溶けて、呼吸の荒さが少し収まる。しかし、二人の交わる地点は変わらず動き続けていた。密接し合う二人のなかで、自分の鼓動と彼女の鼓動とが両方聞こえる。どちらも早く脈動して、暖かい。
どちらも目を閉じ、お互いを味わい触れ合う。強く抱きしめたら折れてしまいそうにも見える彼女の体躯であったが、同時に腕からは柔らかさと暖かさを感じる。
彼女の方から、キスは中断される。互いに深く合わさった後で、唇はどちらの唾液で湿っているのかは分からない。繁華街を一緒に歩いていた時は、この子の事がこんなに艶やかに見えていただろうかと青年は思い返す。とろんとした目と、紅色のほっぺた。青年は、そっと彼女の頭を抱きかかえて自分の胸元に持っていく。
「すぅー♡……ふぅーっ……♡」
切なそうに、少女も身体をくねらせて僅かにコタツから出て、より身体を密着させる。
ふと、彼女は右手を青年の背後から遠ざけて、彼の腰元に持っていく。続いて、彼の局部へと。
「おい、そこはっ……!」
なるべく隠していたかったものの、青年のそこは既に怒張していた。本来なら年端もいかない娘に対して、こんな劣情を抱くものではない。そういう理性的な部分では、さっさとここから抜け出しておくべきだと警鐘が鳴っている。だが、肉欲はそんな声を聞きやしない。
探りを入れるようにあちらこちらを動いていた彼女の小さな手が、ある一点を探り当てて止まる。学生の頃から履き潰していたボロいジーンズの上から、ソコをゆっくりと擦られる。
決して絶頂に至るわけではない。だが、僅かにゆっくりと与えられる快感は青年のソレを盛り上げるのには有効であった。
彼女を抱く腕に、少し力が入る。ロングに切り揃えられた髪の毛は今やくしゃついて居るが、それにも構わず少女の頭を撫でる。力任せになった代償になるかのように。互いに相手の方向を見ずに、しかし相手の身体を自分の身に触れさせる。
先に動いたのは、やはり少女の方だった。そっと彼のジッパーを降ろして、布切れ一枚の下にあるものを直接手にとって見せる。幸い暖房の熱がまだ残っていて、肌寒さは感じなかったものの触れられた事はすぐに彼にはわかる。静止しようとした瞬間、彼女は顔を上げて青年を見つめる。ニッコリと微笑んでいる少女は一見して昼間のソレと変わらないようにも思えた。だが、彼女はあっという間にコタツ布団に潜り込む。そして。
「あっ……ぐっ……おまっ」
エアコンから送られる風を除いては、コタツの内側から響く水音が聞こえてくる。当然、それに関わる感覚も彼に襲い掛かってくる。既に大きくなっている彼自身を、どうやって彼女の小さい口で咥えているのか。実態を視るのも叶わないまま、彼の息だけが上がっていく。
一瞬、彼への攻めが止まる。ふっと身体の力を抜き、背もたれにクタリといく。すると、竿の根本からじんわりと先端まで、滑らかな熱が伝わる。彼女の吐息が、熱を持って彼の敏感な所に直接当たる。思わぬ事態だったため、彼の腰がわずかに浮く。
「ひゃっ♡」
自分から出た声と思えず、青年は少し笑いたくなる。ぐっと全体が絡みつく感覚に襲われる。彼の方もやられっぱなしではいられない。わずかな抵抗として左手で彼女のどちらかの手を包み、もう片手でぐっと抱き寄せる。少し奥まって入ってしまい、えづくだろうかと不安になったが止まる様子はない。そのまま、乱暴にクシャクシャにしてやる。
「ぐっ……出……るッ!」
溜まった熱量を全て放出するかのように、何度も何度も吐き出す。その最中も、生暖かい感触は常に付き纏っていた。全てを放出しきった後、ゆっくりと、竿に付く体液全てを吸い込んでしまうかのようにゆっくりと根本から空気に触れてゆく。少し間があって、先端の残りをチロチロと刺激される。残りが吸われる、という感じではなかったが間違いなく気持ちが良かった。
そうして全てが終わった後、再びコタツ布団を押し上げて彼女の顔がやってくる。今日の昼間に沢山見たような、無邪気に遊びに誘ってくるかのような表情。もう一度、彼女の方から腕を伸ばしてきた。互いに抱きしめ合う。再び鼓動が上がり、少し強張る。だが、互いに安らぎを得たかのように目を閉じて交差しあう。片方はくしゃくしゃになった髪をすき、もう片方は後ろにまわした手をゆっくり一定のテンポで叩く。倒錯した、不格好な毛づくろいと子供あやし。その時間は、コタツの熱が冷えるまで続いた。
――――
座椅子にグデェと座りながら、青年はシャワーの交代を待っていた。暖房を今は強めにかけているため、今のうちにこたつ布団の取替を用意しなければならない。扉を締めているのにも関わらず、向こう側からは聞いたことも無いような高い鼻歌が聞こえてくる。長い髪だからドライヤーも長くなりそうだなと思いつつ、冷めてしまったコーヒーをもう一度呷る。2杯目を用意して、収納タンスから布団の取替。衣替えのタイミングで干していなかったツケが回ったか、少しホコリっぽい。
しばらくすると、引き戸の向こう側からブォーという熱風の音がする。ケトルをもう一度傾けて、今度は適当なティーパックを選んでコップに放り投げる。湯気が2つ立った。
「あ゛ーいい湯だったぁー……」
「オジン臭いわあんた」
交代代わりに片手をパシリとハイタッチしてシャワーに入る。
「流石にもう時間だからな? あの娘は開放しろよー」
「分かってるって!」
そうは言っても心配では有る。誰にもバレず、この部屋を抜け出して少女が脱出して家に帰るには人に全く見られないようにコソコソしなければならない。だが、青年の経験上。初めて会ったはずの彼女に対して、青年は絶対の信頼を抱いていた。風呂場には、数本ほど残っている彼女の長い髪がある。風呂扉の向こう側からは、再び少女の歌声が聞こえる。しかし、段々とその声は遠ざかるかのように小さくなった。ふぅ、と嘆息を一つついて再び彼は頭を洗い始める。念のため、石鹸で全身を洗い直した。
「うし、上がっ……お前なぁ」
「新ルール難しいんだよー助けてー」
「いやまずいってば、その娘まだ皮のままなんだろ!?」
「いやいや、これは複製品。ホンモノの娘はちゃんと家に帰してあげたからさ」
画面と格闘しながら、少女が答える。
「ほーんとかよ!?」
「あー負けた……分かった分かった、ちゃんと『着替えて』くるからさ」
「……いや、自分の目の前でやってくれ」
「…………正気?」
その会話の瞬間だけ、2人の間には張り詰めた雰囲気が漂う。冗談めかしたものでも、変態的な発言を咎めたものでもない。
「信用してないわけじゃない。――だけどさ、時折不安になるんだよ。俺がお前に酷いことを付き合わせている気分になる」
見た目の幼さに似つかわしくない、悩ましい思いを表しつつ少女は答える。
「罪悪感があるならば忘れてしまって良いんだよ? これはアタシの使命で、生命維持のためにやってるだけに過ぎないの。もしもそれでも、キミがもう一度見なければならないと思うなら……」
青年の肚は決まったのか、無言で頷く。少女も、仕方ないねとつぶやき答える。
「発狂して死んだりしないでよね?」
はにかむような、困ったような笑みを少女は浮かべる。ややホコリっぽいコタツに座り込み、青年は頷いた。
少女は一人ステージのスポットライトを浴びるかのように、まっすぐに青年の前に立つ。そして、伸びをするように両手を天井高くまで合わせて伸ばす。可愛らしい伸びの声が少し青年の耳に入った。彼女の手は、やがて少しずつ降りていき首の後に合わさる。折り目をつけた紙を破くように、首筋に力を入れ始める。もちろん、裂けるはずがない。彼女が普通の人間であれば。
首筋の皮膚が裂け、乾いた音がなる。しかし、首元に裂傷に寄る血は流れていない。徐々に、裂け目から別の塊が現れ始めた。サナギになった青虫が、殻を破って蝶になる姿を連想する。しかし、その内側から現れたモノは蝶のように綺羅びやかなものではない。灰色がかった焦げ茶の皮膚が現れ、怪物は羽化する。表面は何らかの液で湿っているのか、部屋のLEDライトで受けた光をテラテラと反射する。決して匂いはしないものの、青年の頭に放棄されて汚泥を蓄えた沼地がフラッシュバックする。やがてサナギであった少女の『皮』は、真っ先に怪物から離れた頭の部分からロングの髪の毛を幽霊のようにだらんと垂らして頭を垂れる。外された、先程まで青年を愛撫していた小さな手のひらも、もはや厚みを持たずに絨毯に伸びている。
「……むぅ……」
先程まで息が止まってしまった青年が、思い出したかのように意識して呼吸をする。肉と肉とがぶつかり合う音を立て、もはや頭と腰の部分まで怪物は姿を表す。「ソレ」には、顔のパーツと思しきものは全くと言っていいほど存在していなかった。もしも真っ白な顔をして液をたたえていなかったなら、のっぺらぼうとでも呼ばれていたかもしれない。頭と思しき場所には、髪も耳も存在しない。呼吸をするべき穴すら、見つけることが出来ない。青年は、この生物はどうやって呼吸を行っているのかと言う考えがふとよぎる。あるいは必要が無いのだろうか。
水音を立てて、片足ずつ上げて怪物がその足で床に立つ。棒きれのような、太腿が有るはずの場所には何もなく、足は6本の指の間に水かきがある。怪物の表面には、時折血液らしきものが脈動しているのか身体全体で凹凸が移動している。
「…………ぜぇ…………ふっ…………」
青年は自身の頭に手を伸ばす。額に触れてみると、無意識に異常な量の冷や汗が出ていた。暖房の効いている部屋だとは思えないほど、今青年の身体は冷え切っている。意識しなければ、歯が震えだしてガチガチ言いそうであった。それでも、言わなければならないことが有った。
「――――人間。怯えながら、どうして我の正体を見ようとする」
その体の何処から発せられた声かは分からないが、低い声が響く。
噛まないよう、口を唾液で湿らせて飲み込み、青年が答える。
「俺がお前を、助けた時。お前が俺を助けてくれた時。お前はその姿だった。だから、お前自身に感謝をしたいのに、俺は」
言わなければ、と思う。しかし、もはや体のほうが動かない。せめて立ち上がり、相手の手を取ろう。そう立ち上がった瞬間に、青年の意識が途切れた。
――――――――
青年が目を覚ますと、自分が枕らしきものに頭を乗せているのがわかる。視界もぼやけてやや暗い、というよりかはどうも何かに電灯の光が遮られているようにも見える。
「……あれ、起きたかしら」
少女とは違う声。
「……ごめんよ」
外見が全く違う相手では有るが、謝る。彼女はそっと、膝元にある青年の頭に手を当てる。彼がそうしたように、ゆっくりと撫でた。
「望まずに傷ついて、私と一緒にいることが危険なのに。どうして、あなたは」
優しい声には、当惑と慈しみがある。
「離れたくないんだ、お前が何者であろうとも命の恩人で、大切な友人で。一緒に有りたいと、ありのままを理解したいと思った」
「たとえ私が、人間じゃなかったとしても」
「……うん」
無言で、青年は膝枕をしてもらったまま。青年と少し年が違うかぐらいの彼女は、ゆっくりと彼に覆い被さる。青年の背中にゆっくりと手を当てる。
「姿が変わったら、鼓動の音も違うでしょう? あなたは私の苦い所まで背負わなくていいのに」
「いいや、同じだよ」
ふふっ、と彼女はすこし笑う。変わった人ね、と耳元で囁く。精一杯の親愛をこめて。
「一緒に眠ろうかしら?」
「……晩御飯食べ損ねたけど、もう日付過ぎてるな」
「明日の朝になったら用意してあげるから。今日は一緒に眠りましょう、一人では冷え込むわ」
電灯は消え、部屋には闇が広がる。怪物が居た部屋には、1人の青年と1人の女性が同じ布団で互いを暖め合うようにして眠りについた。
やがて、夜が深くなり青年の寝息が深くなる。抱きしめ合う力が少しずつ弱くなるのを、彼女は感じ取っていた。
彼のことを大事にしたい。その感情は、彼女の内に潜むモノに備わる本能ではなかった。共に過ごすことで獲得した意志。もう一度、眠りを妨げないように彼の身体の熱を感じる。今でこそ平穏な生活を築きつつあるが、逃げた身である自分と共にいることは、彼の身の危険を意味する。彼の身辺を隠匿する方法、彼女はそれを理解していた。今日、それを試す。
――――
青年は最近になって、料理の見識が増えた。味噌汁の出汁とりの方法などさっぱり忘れていたのを、今部屋にいる彼女と2人で練習し始めたからである。今朝は彼女が朝食を作ってくれていて、台所の方からファンが回る音が聞こえる。寝返りを半回転うって、もう少し寝たい気持ちを断つために少し欠伸をする。
「……ふぁぁ」
声をだしてから、青年は不思議に思う。自分にこんな高い声が出ただろうか。ベッドから足を下ろそうとすると、寝ぼけているからかバランスを崩した。うぉっと、と呟き洗面台へ髭を剃りに行く。鏡面に自分の姿を写した瞬間、彼の思考が止まった。――――昨日、一緒に過ごした少女が鏡に反射している。頭を振ると、長い髪がゆらゆらゆれ目の前の少女も同じようにする。台所の彼女に、恐る恐る問いかけた。
「ねぇ、これって」
「……キミにも、『皮』は着れるんだよ?」
台所の火を全て消しながら、彼女は悪戯っ子がするように笑いながら、少女の姿になった青年に振り返る。背丈は彼女よりも縮んでしまい、見上げるようになってしまう。彼女は、わざと膝を曲げるようにして視線を合わせた。
「その娘の身体も、複製した時に調整済みよ。何処が気持ちいいかは分かっているの♡」
そういって、彼女は自身の胸を押し付けるように少女を抱きしめる。胸の感触と彼女の帯びる香りに、少女はくらくらと脳が麻痺していくのを感じる。
「少し暖めたスープが冷えるかもしれないけど……もう一度お布団で暖かいこと、しましょう♡」
抱き上げられた青年、いや無力な少女は抵抗する力も、その気も全く起き無かった。人形のように、彼女に抱えられて布団の闇に食われる。
……再度温め直す必要がある程度に、スープが冷たくなっていたのは別の話。
――
冷え込む季節だが、客寄せのイルミネーションはかなり力が入っており、それを見るために電車で来る人も居るぐらいであった。
ちょうど若者向けのファッションがガラスの向こう側に並ぶような場所を、2人の男女が歩く。
片方はそこそこ大人びた青年、もう片方はというとかなり年齢の差が有った。
小柄であるせいもあるかもしれないが、学校の制服さえ来てしまえば中学生とでも通りそうな容貌である。
2人はと言うと、少女のほうが特別な関係を周りにアピールするかのように腕に組み掛かるようにして歩いている。
それを受けて青年の表情は緩んでいる……と思いきや、少し焦っているかのような表情をした。
「……もう遅いし、帰らなきゃ」
「えー、まだまだ遊び足りないよぉ。まだ5時でしょ、夜遅くになるわけじゃないのにー」
「『その子』の家族が心配するだろ、失踪事件とかなったら真っ先に疑われるのは俺だっていうのに」
苦い表情をせざるを得ない。最近の社会情勢を理解してないせいか、そういうところに相手が無頓着なのが彼にとって悩みのタネであった。
彼の隣でくっつきながら歩いている少女は、ぷうと頬を膨らませる。
「アタシと遊ぶのに飽きちゃったんだー! いたいけな子捕まえといておにーさんったらおくりおおかみなんだー!」
「……意味を理解して言ってる?」
おまけに日本語が上手ではない、と心中で彼はボヤく。
この少女が帰国子女であるとか、言葉遣いに慣れていないとかそういった問題ではなく。
しぶしぶといった表情で、彼女はつぶやく。
「わかった、じゃあ一旦家に戻るよ?」
「あ、ああ」
この場合の家とは、彼女の家ではなく青年の家である。恋人繋ぎは離さないままで歩き続けた。
青年は、時折投げかけられる奇異の視線を気まずくやり過ごしつつ彼女の背中をそっと触れる。
くすぐったいかのように、少女は笑った。
事実、今日一日で青年と少女は色々な所に遊びに行った。
二人して歩いている様子を見れば、彼と彼女の関係を知らない人間であれば間違いなくデートの一環だと解釈するだろう。
しかしながら、それは事実の一端でしかなかったのだった。
何故なら、青年がこの少女に出会ったのは今日が初めてだったからである。
――――
日は完全に沈んでしまい、アパートや一軒家が立ち並ぶ住宅街では先程までの眩しいまでの光はない。
極稀に窓枠や庭の木に飾り付けやライトアップを施している所もあるが、殆どは白熱灯の明かりだけで道が照らされている。
青年の住処は、何処にでも有るようなアパートの一室。彼の職場に遠からず、普段の買い物に困らない程度に店がある。
学生時代に通学を優先した結果買い物に苦労したため、住所には慎重になっていたのである。
普段なら、自分の家に帰ることに全く気をつけることなど無いが今の彼は年齢が幾つも離れているかのような少女を連れている。
当然周囲の目を気にしながら歩くことになったのだが、その様子を見て少女は逆に囃し立てた。
「ねーねー、なに不審者みたいなことしてるの?」
「今のこの状況見られたら満場一致で俺が不審者扱いされるの!」
「じゃあ普通に歩けばいいじゃん?」
「いいじゃん、じゃないよ! 普通に歩いてもアウトはアウトなの!」
ああもう、と向ける相手のないグチをこぼしながら早歩きでアパートの階段を登っていく。
一方の少女も、向かう場所が分かっているかのように鼻歌交じりで青年に付いていった。
ふぅ、と自室に入り込み誰にもバレないように鍵と、念のためにチェーンロックを締める。
先に部屋に入れた彼女はというと。
「わーい! この身体だとベッドもおおきーい!」
青年のベッドにダイブしていた。羽毛布団が潰れるなどを全く意に介さず、冷えた身体を温めようと包まっている。
何も言わず、というよりかは言う気すら起きなくなるほど警戒した反動で疲れたため、無言でコタツとエアコンのスイッチを入れる。
残った気力を振り絞って電気ケトルをOnにして、コップを台所から持ってきて座椅子に全身を預ける。
少女はというと、あっという間にコタツに潜り込んでいた。猫かよ、と青年は一瞬ボヤキたくなる。
足が当たらないよう、なるべく端っこに入り粉のコーヒーを飲む。この歳だと若くないとは言えないが、元気ハツラツとは程遠い。
次第に眠気覚ましのために飲んでいたコーヒーは意味をなさなくなっていた。
「ふぁーあ……あ、早いとこ戻っておいてくれよ……」
「あと少ししたらー」
足元からくぐもった声。ちゃんと着替えたところを見て、帰る姿を見ておかなければと考えてはいるものの。
こたつで寝ると身体に悪いとは聞くが、それを考える判断力が落ちるほどに彼は眠気に支配されていた。
――――
頬に垂れる液体の感触がきっかけで、青年は目を覚ます。
「……ちょっ、お前ッ……近っ」
慌てた彼の抗議を、口で封じ込める。
「んっ♡……ふっ……ぷはぁ……♡」
眼前に迫る少女を直視することになり、気恥ずかしさで一杯になる。向こうはというと、頬は赤く染まっている。体ごと彼に預けているためか、肌の触れ合いで熱っぽさが伝わってくる。
「もうちょっと、眠ってても良かったのに」
そういうと、彼女は椅子の背をすり抜けるように青年を抱きしめた。冷静な言葉をなんとか返そうとする青年の試みは、再び阻止される。
「ちゅ……ぺろ♡……あっ♡……む……」
相手の舌による蹂躙を、青年は阻むことが出来なかった。ただそっと、彼女の裏側に腕を伸ばす。互いの身体のこわばりが溶けて、呼吸の荒さが少し収まる。しかし、二人の交わる地点は変わらず動き続けていた。密接し合う二人のなかで、自分の鼓動と彼女の鼓動とが両方聞こえる。どちらも早く脈動して、暖かい。
どちらも目を閉じ、お互いを味わい触れ合う。強く抱きしめたら折れてしまいそうにも見える彼女の体躯であったが、同時に腕からは柔らかさと暖かさを感じる。
彼女の方から、キスは中断される。互いに深く合わさった後で、唇はどちらの唾液で湿っているのかは分からない。繁華街を一緒に歩いていた時は、この子の事がこんなに艶やかに見えていただろうかと青年は思い返す。とろんとした目と、紅色のほっぺた。青年は、そっと彼女の頭を抱きかかえて自分の胸元に持っていく。
「すぅー♡……ふぅーっ……♡」
切なそうに、少女も身体をくねらせて僅かにコタツから出て、より身体を密着させる。
ふと、彼女は右手を青年の背後から遠ざけて、彼の腰元に持っていく。続いて、彼の局部へと。
「おい、そこはっ……!」
なるべく隠していたかったものの、青年のそこは既に怒張していた。本来なら年端もいかない娘に対して、こんな劣情を抱くものではない。そういう理性的な部分では、さっさとここから抜け出しておくべきだと警鐘が鳴っている。だが、肉欲はそんな声を聞きやしない。
探りを入れるようにあちらこちらを動いていた彼女の小さな手が、ある一点を探り当てて止まる。学生の頃から履き潰していたボロいジーンズの上から、ソコをゆっくりと擦られる。
決して絶頂に至るわけではない。だが、僅かにゆっくりと与えられる快感は青年のソレを盛り上げるのには有効であった。
彼女を抱く腕に、少し力が入る。ロングに切り揃えられた髪の毛は今やくしゃついて居るが、それにも構わず少女の頭を撫でる。力任せになった代償になるかのように。互いに相手の方向を見ずに、しかし相手の身体を自分の身に触れさせる。
先に動いたのは、やはり少女の方だった。そっと彼のジッパーを降ろして、布切れ一枚の下にあるものを直接手にとって見せる。幸い暖房の熱がまだ残っていて、肌寒さは感じなかったものの触れられた事はすぐに彼にはわかる。静止しようとした瞬間、彼女は顔を上げて青年を見つめる。ニッコリと微笑んでいる少女は一見して昼間のソレと変わらないようにも思えた。だが、彼女はあっという間にコタツ布団に潜り込む。そして。
「あっ……ぐっ……おまっ」
エアコンから送られる風を除いては、コタツの内側から響く水音が聞こえてくる。当然、それに関わる感覚も彼に襲い掛かってくる。既に大きくなっている彼自身を、どうやって彼女の小さい口で咥えているのか。実態を視るのも叶わないまま、彼の息だけが上がっていく。
一瞬、彼への攻めが止まる。ふっと身体の力を抜き、背もたれにクタリといく。すると、竿の根本からじんわりと先端まで、滑らかな熱が伝わる。彼女の吐息が、熱を持って彼の敏感な所に直接当たる。思わぬ事態だったため、彼の腰がわずかに浮く。
「ひゃっ♡」
自分から出た声と思えず、青年は少し笑いたくなる。ぐっと全体が絡みつく感覚に襲われる。彼の方もやられっぱなしではいられない。わずかな抵抗として左手で彼女のどちらかの手を包み、もう片手でぐっと抱き寄せる。少し奥まって入ってしまい、えづくだろうかと不安になったが止まる様子はない。そのまま、乱暴にクシャクシャにしてやる。
「ぐっ……出……るッ!」
溜まった熱量を全て放出するかのように、何度も何度も吐き出す。その最中も、生暖かい感触は常に付き纏っていた。全てを放出しきった後、ゆっくりと、竿に付く体液全てを吸い込んでしまうかのようにゆっくりと根本から空気に触れてゆく。少し間があって、先端の残りをチロチロと刺激される。残りが吸われる、という感じではなかったが間違いなく気持ちが良かった。
そうして全てが終わった後、再びコタツ布団を押し上げて彼女の顔がやってくる。今日の昼間に沢山見たような、無邪気に遊びに誘ってくるかのような表情。もう一度、彼女の方から腕を伸ばしてきた。互いに抱きしめ合う。再び鼓動が上がり、少し強張る。だが、互いに安らぎを得たかのように目を閉じて交差しあう。片方はくしゃくしゃになった髪をすき、もう片方は後ろにまわした手をゆっくり一定のテンポで叩く。倒錯した、不格好な毛づくろいと子供あやし。その時間は、コタツの熱が冷えるまで続いた。
――――
座椅子にグデェと座りながら、青年はシャワーの交代を待っていた。暖房を今は強めにかけているため、今のうちにこたつ布団の取替を用意しなければならない。扉を締めているのにも関わらず、向こう側からは聞いたことも無いような高い鼻歌が聞こえてくる。長い髪だからドライヤーも長くなりそうだなと思いつつ、冷めてしまったコーヒーをもう一度呷る。2杯目を用意して、収納タンスから布団の取替。衣替えのタイミングで干していなかったツケが回ったか、少しホコリっぽい。
しばらくすると、引き戸の向こう側からブォーという熱風の音がする。ケトルをもう一度傾けて、今度は適当なティーパックを選んでコップに放り投げる。湯気が2つ立った。
「あ゛ーいい湯だったぁー……」
「オジン臭いわあんた」
交代代わりに片手をパシリとハイタッチしてシャワーに入る。
「流石にもう時間だからな? あの娘は開放しろよー」
「分かってるって!」
そうは言っても心配では有る。誰にもバレず、この部屋を抜け出して少女が脱出して家に帰るには人に全く見られないようにコソコソしなければならない。だが、青年の経験上。初めて会ったはずの彼女に対して、青年は絶対の信頼を抱いていた。風呂場には、数本ほど残っている彼女の長い髪がある。風呂扉の向こう側からは、再び少女の歌声が聞こえる。しかし、段々とその声は遠ざかるかのように小さくなった。ふぅ、と嘆息を一つついて再び彼は頭を洗い始める。念のため、石鹸で全身を洗い直した。
「うし、上がっ……お前なぁ」
「新ルール難しいんだよー助けてー」
「いやまずいってば、その娘まだ皮のままなんだろ!?」
「いやいや、これは複製品。ホンモノの娘はちゃんと家に帰してあげたからさ」
画面と格闘しながら、少女が答える。
「ほーんとかよ!?」
「あー負けた……分かった分かった、ちゃんと『着替えて』くるからさ」
「……いや、自分の目の前でやってくれ」
「…………正気?」
その会話の瞬間だけ、2人の間には張り詰めた雰囲気が漂う。冗談めかしたものでも、変態的な発言を咎めたものでもない。
「信用してないわけじゃない。――だけどさ、時折不安になるんだよ。俺がお前に酷いことを付き合わせている気分になる」
見た目の幼さに似つかわしくない、悩ましい思いを表しつつ少女は答える。
「罪悪感があるならば忘れてしまって良いんだよ? これはアタシの使命で、生命維持のためにやってるだけに過ぎないの。もしもそれでも、キミがもう一度見なければならないと思うなら……」
青年の肚は決まったのか、無言で頷く。少女も、仕方ないねとつぶやき答える。
「発狂して死んだりしないでよね?」
はにかむような、困ったような笑みを少女は浮かべる。ややホコリっぽいコタツに座り込み、青年は頷いた。
少女は一人ステージのスポットライトを浴びるかのように、まっすぐに青年の前に立つ。そして、伸びをするように両手を天井高くまで合わせて伸ばす。可愛らしい伸びの声が少し青年の耳に入った。彼女の手は、やがて少しずつ降りていき首の後に合わさる。折り目をつけた紙を破くように、首筋に力を入れ始める。もちろん、裂けるはずがない。彼女が普通の人間であれば。
首筋の皮膚が裂け、乾いた音がなる。しかし、首元に裂傷に寄る血は流れていない。徐々に、裂け目から別の塊が現れ始めた。サナギになった青虫が、殻を破って蝶になる姿を連想する。しかし、その内側から現れたモノは蝶のように綺羅びやかなものではない。灰色がかった焦げ茶の皮膚が現れ、怪物は羽化する。表面は何らかの液で湿っているのか、部屋のLEDライトで受けた光をテラテラと反射する。決して匂いはしないものの、青年の頭に放棄されて汚泥を蓄えた沼地がフラッシュバックする。やがてサナギであった少女の『皮』は、真っ先に怪物から離れた頭の部分からロングの髪の毛を幽霊のようにだらんと垂らして頭を垂れる。外された、先程まで青年を愛撫していた小さな手のひらも、もはや厚みを持たずに絨毯に伸びている。
「……むぅ……」
先程まで息が止まってしまった青年が、思い出したかのように意識して呼吸をする。肉と肉とがぶつかり合う音を立て、もはや頭と腰の部分まで怪物は姿を表す。「ソレ」には、顔のパーツと思しきものは全くと言っていいほど存在していなかった。もしも真っ白な顔をして液をたたえていなかったなら、のっぺらぼうとでも呼ばれていたかもしれない。頭と思しき場所には、髪も耳も存在しない。呼吸をするべき穴すら、見つけることが出来ない。青年は、この生物はどうやって呼吸を行っているのかと言う考えがふとよぎる。あるいは必要が無いのだろうか。
水音を立てて、片足ずつ上げて怪物がその足で床に立つ。棒きれのような、太腿が有るはずの場所には何もなく、足は6本の指の間に水かきがある。怪物の表面には、時折血液らしきものが脈動しているのか身体全体で凹凸が移動している。
「…………ぜぇ…………ふっ…………」
青年は自身の頭に手を伸ばす。額に触れてみると、無意識に異常な量の冷や汗が出ていた。暖房の効いている部屋だとは思えないほど、今青年の身体は冷え切っている。意識しなければ、歯が震えだしてガチガチ言いそうであった。それでも、言わなければならないことが有った。
「――――人間。怯えながら、どうして我の正体を見ようとする」
その体の何処から発せられた声かは分からないが、低い声が響く。
噛まないよう、口を唾液で湿らせて飲み込み、青年が答える。
「俺がお前を、助けた時。お前が俺を助けてくれた時。お前はその姿だった。だから、お前自身に感謝をしたいのに、俺は」
言わなければ、と思う。しかし、もはや体のほうが動かない。せめて立ち上がり、相手の手を取ろう。そう立ち上がった瞬間に、青年の意識が途切れた。
――――――――
青年が目を覚ますと、自分が枕らしきものに頭を乗せているのがわかる。視界もぼやけてやや暗い、というよりかはどうも何かに電灯の光が遮られているようにも見える。
「……あれ、起きたかしら」
少女とは違う声。
「……ごめんよ」
外見が全く違う相手では有るが、謝る。彼女はそっと、膝元にある青年の頭に手を当てる。彼がそうしたように、ゆっくりと撫でた。
「望まずに傷ついて、私と一緒にいることが危険なのに。どうして、あなたは」
優しい声には、当惑と慈しみがある。
「離れたくないんだ、お前が何者であろうとも命の恩人で、大切な友人で。一緒に有りたいと、ありのままを理解したいと思った」
「たとえ私が、人間じゃなかったとしても」
「……うん」
無言で、青年は膝枕をしてもらったまま。青年と少し年が違うかぐらいの彼女は、ゆっくりと彼に覆い被さる。青年の背中にゆっくりと手を当てる。
「姿が変わったら、鼓動の音も違うでしょう? あなたは私の苦い所まで背負わなくていいのに」
「いいや、同じだよ」
ふふっ、と彼女はすこし笑う。変わった人ね、と耳元で囁く。精一杯の親愛をこめて。
「一緒に眠ろうかしら?」
「……晩御飯食べ損ねたけど、もう日付過ぎてるな」
「明日の朝になったら用意してあげるから。今日は一緒に眠りましょう、一人では冷え込むわ」
電灯は消え、部屋には闇が広がる。怪物が居た部屋には、1人の青年と1人の女性が同じ布団で互いを暖め合うようにして眠りについた。
やがて、夜が深くなり青年の寝息が深くなる。抱きしめ合う力が少しずつ弱くなるのを、彼女は感じ取っていた。
彼のことを大事にしたい。その感情は、彼女の内に潜むモノに備わる本能ではなかった。共に過ごすことで獲得した意志。もう一度、眠りを妨げないように彼の身体の熱を感じる。今でこそ平穏な生活を築きつつあるが、逃げた身である自分と共にいることは、彼の身の危険を意味する。彼の身辺を隠匿する方法、彼女はそれを理解していた。今日、それを試す。
――――
青年は最近になって、料理の見識が増えた。味噌汁の出汁とりの方法などさっぱり忘れていたのを、今部屋にいる彼女と2人で練習し始めたからである。今朝は彼女が朝食を作ってくれていて、台所の方からファンが回る音が聞こえる。寝返りを半回転うって、もう少し寝たい気持ちを断つために少し欠伸をする。
「……ふぁぁ」
声をだしてから、青年は不思議に思う。自分にこんな高い声が出ただろうか。ベッドから足を下ろそうとすると、寝ぼけているからかバランスを崩した。うぉっと、と呟き洗面台へ髭を剃りに行く。鏡面に自分の姿を写した瞬間、彼の思考が止まった。――――昨日、一緒に過ごした少女が鏡に反射している。頭を振ると、長い髪がゆらゆらゆれ目の前の少女も同じようにする。台所の彼女に、恐る恐る問いかけた。
「ねぇ、これって」
「……キミにも、『皮』は着れるんだよ?」
台所の火を全て消しながら、彼女は悪戯っ子がするように笑いながら、少女の姿になった青年に振り返る。背丈は彼女よりも縮んでしまい、見上げるようになってしまう。彼女は、わざと膝を曲げるようにして視線を合わせた。
「その娘の身体も、複製した時に調整済みよ。何処が気持ちいいかは分かっているの♡」
そういって、彼女は自身の胸を押し付けるように少女を抱きしめる。胸の感触と彼女の帯びる香りに、少女はくらくらと脳が麻痺していくのを感じる。
「少し暖めたスープが冷えるかもしれないけど……もう一度お布団で暖かいこと、しましょう♡」
抱き上げられた青年、いや無力な少女は抵抗する力も、その気も全く起き無かった。人形のように、彼女に抱えられて布団の闇に食われる。
……再度温め直す必要がある程度に、スープが冷たくなっていたのは別の話。
――
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