獣人たちは必ず僕に恋をする ~化け狸編~

千來

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Data4. 結婚したいって思わないんですか?

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ハナから出された課題、『今月いっぱいで海晴が正社員にならなかったら、私別れる!』から一週間が経とうとしていた。
今月まであと10日しかない。
行動を起こさなければならないと気持ちばかりが焦っていた。

「どうした? ため息なんかついて。腹でも減ったのか」

コピー機で図面をスキャンしていると、三好に声をかけられた。
自分でも知らないうちにため息をついていたようだ。

「違います。……ところで主任、仕事終わった後、予定ありますか?」

「何の予定もないが、何だ?」

「あの……、今日飲みに行きませんか?」

三好の目が点になる。

「?!!?!?!? どうゆう風の吹き回しだ?! 海晴くんから飲みに誘ってくるなんて、嵐にでもなるんじゃないのか?」

「僕だって、たまには飲みたい時もありますよ」

「そうかぁ~。海晴くんも上司と酒を飲んで交流を深めたい、そういう年頃になったのか! 社長にも声をかけるか?」

三好は目を輝かせて感動している。
海晴がどうしようか迷っていると、長谷川が「主任」と駆け寄り三好に耳打ちした。
三好が一瞬、はっとした顔をする。

「社長は用事があって行けないそうだ。店なんだが、俺の知り合いの店に行かないか?」

長谷川の耳打ちが少し気になったが、海晴は「はい。行きます」とだけ答えた。
仕事が終わった後、中心街から離れた古風で趣のある隠れ家的な食事処へ連れて行ってもらった。

「らっしゃい。弦太郎、今日は珍しく可愛い子を連れてきたな」

店に入ると、角刈り頭の大将が威勢のいい声で迎えてくれた。
海晴は老若男女問わず、可愛いとかキレイ、と言われることがある。
三好は海晴を大将に紹介した後、自分の店のように個室へと案内した。
畳のある和室で、四角い大きなテーブルに着く。

「主任は彼女さんとここのお店に来たりするんですか?」

海晴は物珍しそうに部屋を見渡しながら訊いた。

「彼女はいないんだ。いてもこの店には連れて来ないよ」

「え……主任、てっきり彼女さんいるのかと思っていました」

彼女がいないとは意外だ。
彼女との食事は、お洒落なレストランでしかしないという意味なんだろうか、と海晴は思った。

「ふっ、寂しい独り身だよ。ところで海晴くん、日本酒は飲める口か?」

「はい。何でも飲めます」

予め頼んでおいたのか、ふすまの外から「失礼します」と声がして、和服を着た女店員が日本酒とお通しを持ってきた。
乾杯をして一気に日本酒を喉に流し込むと、爽やかな酒の香りが鼻から抜けて、胃がきゅうっとなる。


「飲みやすくて美味しいですね。……何ですか?」

三好がじっと顔を見るので、何かと思って訊く。

「海晴くんは目が茶色いんだな。ずっと見ていたくなる」

瞳を見つめられながら、ゆったりとした口調で言われ、何だか調子が狂いそうになる。

「……あ、ありがとうございます。ところで実はあの……主任に相談したいことがあるんです」

「なんだ、やっぱり何かあると思っていたが、お悩み相談だったのか」

三好は苦笑する。

「すみません。主任にしか言えないことがあって」

「何だ、言ってみろ」

「今の会社で働かせてもらって半年が経ちますけど、ずっと働くことができればいいなと思っています。だから、その……僕は、正社員になれる可能性はありますか?」

ずっと働きたいというのは、自分の本意ではなく、ハナとの将来のためである。
これでいいのかと迷いもある。

「そうか。海晴くんが会社に入ってからもう半年になるのか。仕事や周りの奴等にも慣れてきて、ここで腰を据えて働きたいと思ったわけだ」

「はい」

さすがに、二つ返事ではいかないのだな、と海晴は少しガッカリする。

「もしかして、彼女と結婚したいから正社員になりたいのか?」

「えっ……はい……実は」

自分の心を見透かされているのかと、海晴は動揺してグラスを持つ手が一瞬震えた。

「なるほど。だが、そのわりには仕事にやる気を感じられないな。最近ぼーっとしたり、浮かない顔をしていただろ。悩み事でもあるのかと思っていたが、そういうことだったのか」

「えっ、僕ってそんなに態度、出ていました?」

海晴はシュンとして頭を垂れる。
さすが上に立つ人は、部下をよく見ているな、と思いながら。

「はははっ。海晴くんは単純明快でわかりやすい。だからつい、苛めたくなる」

三好は色気のある笑みを浮かべて、熱っぽく見つめ続けている。

(主任、さっきから見つめてくるのはなんだろう……)

会社で冗談を言ういつもの三好とは雰囲気が違う。
口説かれているような錯覚を覚えて、思わず視線を横にずらす。

「付き合っている彼女、僕よりバリバリ働いて年収も良くて優秀なんです。彼女を見ていると、時々自分のやりたいことって何だろうって、考えることがあるんです」

話した後で、余計なことを喋ってしまったと、酒をぐっと飲み干す。
甘口で口当たりが良い酒のせいか、早いペースで飲んでしまう。

「結婚してからでも、仕事はいくらでも探せると俺は思うが。その間、彼女にサポートしてもらったらどうだ?」

「……そうですね」

(ハナに言ったら100%ブチギレられるよ。第一、ハナの親が許すはずないし)

「彼女より無理に頑張る必要はない。海晴くんはそのままでも十分魅力的だ」

三好はテーブルに肘をついて、身を乗り出して艶のある声で言う。
海晴は身体が熱くなるのを感じながら、「あ、ありがとうございます……」としか言えなかった。

また襖の外から「失礼します」と声が聞こえて、ビールや刺身、串焼き、煮物などのつまみが出される。
妖しい空気が緩和され、海晴は少しほっとした。

「主任は、結婚したいって思わないんですか?」

「できれば今すぐ結婚したいさ。だが、片想いなんだ」

「えっ、主任みたいなイケメンでも片想いするんですね」

「残念なことに好きな相手には恋人がいるんだ。俺のことは恋愛対象として微塵も見てくれなくてな」

「えぇーっ、いったいどんな人ですか? 主任が片想いするくらいだから、その人すごい美人なんでしょうね」

「あぁ、そうだな。色白で茶髪でスレンダーで、陰キャで小生意気で、細い腰と丸い尻がセクシーで、冗談が通じない純粋なおバカさんなんだ。何度も自分の気持ちを否定したんだが、笑顔を見るたび、思考停止で惹きつけられてしまう……」

三好の声がだんだん低くなり、思い詰めた口調になっていく。
グラスを持つ手がプルプル震え出したかと思うと、ピシッとヒビが入った。
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