獣人たちは必ず僕に恋をする ~化け狸編~

千來

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Data3. 顔真っ赤になって超可愛い♪

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「なぁに朝からずっと冴えない顔をしているんだ?」

眠たげな半開きの目で見上げると、三好がニヤニヤしてこちらを見ていた。

「もう昼だぞ」

「はぁ」

社内の壁に掛けてある大きな丸時計を見ると、いつの間にか12時を過ぎていた。
先週の金曜日に、『今月中に正社員にならなかったら別れる』とハナに言われ、休み明けの月曜日がより憂鬱に感じている。

「金曜日残業させたから、約束どおり昼メシ奢ってやる」

「えっ、本当ですか!」

憂鬱だったが、この時ばかりは半開きだった目が丸くなった。
悩んでいる時こそ、精のつくカツ丼や牛丼を食べたい。

「あぁ。ちゃんと手作り弁当持ってきたぞ」

「手作り……?」

疑問に思っていると、三好はやけに大きな保冷バッグをミーティングテーブルに置き、料理が入った容器と紙皿、割りばしを次々と置いていった。

「みんなぁ、集合~! お前らの分も作ってきたぞー!」

教師が生徒に呼びかけるように、三好が大声を出す。

「うそっ! 主任、お弁当作ってきたんですか?! 主任がお弁当作ってくれるなんて、町田くんは愛されてるねぇー!」

ショートカットの女性が走り寄り、目をキラキラさせて言った。
長谷川美雪はせがわみゆき、34歳。一児の母。
面倒見が良く、明るくて優しいお姉さんタイプである。

他の社員たちも、いったいどんな弁当を作ってきたのか興味津々な様子で集まってきた。

「俺にもくれ」

いつの間にか社長も前に出てきて、箸と皿を手にしていた。
背が低く、鼻の下に髭を生やし、腹にでっぷりと脂肪を蓄えているマスコット的な外見である。

「もちろん、社長の分もありますよ」と、三好は笑顔で容器の蓋を開けていく。

テーブルを囲むように集まった社員たちが、料理を見て感嘆の声をあげた。

唐揚げ、ポテトサラダ、ミニハンバーグ、卵焼き、肉じゃが、蓮根のきんぴら、茄子の煮びたしなど豊富なメニューで、どれも見た目が良く美味しそうに見える。
海晴はただただ、呆気に取られていた。

「うわ、すっげー美味そう! さすが主任、手ぇ込んでるっすね☆」

赤い派手な髪色をした男社員、森(26歳)が一番乗りで料理を皿にのせていく。

「これは海晴くんの分だ」

三好が、ひと際大きい弁当箱を海晴に差し出した。
高そうな黒の漆塗りの木製弁当箱に、海晴はどうリアクションをしていいのかわからなかった。

「あ……、ありがとうございます……」

困惑しながら受け取り、自分の席に着いて高級弁当箱の蓋を開ける。

―――身体が固まった。

「あら、やぁだぁ~! 愛妻弁当みたい♡」

長谷川さんが、目を細めて口に手を当てて言う。
豊富な種類のおかずに、色とりどりの野菜や果物が添えられ見た目も華やかである。
主食は、極めつけの小さめのオムライス。
黄色い卵の上に、ケチャップで大きなハートマークが描かれていた。

「マジでシェフかよwww 主任~、どんだけ海晴くんのことが好きなんですかぁ☆」

森がからかうように言うと、社員たちがどっと笑った。
周りから冷やかされ、海晴は顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。

「町田くん、顔真っ赤になって超可愛い♪」

長谷川がさらに追い打ちをかける。

「俺は、海晴くんのこういう素直な反応が好きなんだ」

三好が意地の悪い笑みを浮かべる。

恥ずかしい。
ただただ、恥ずかしかった。
「いただきます」と消え入りそうな声でつぶやき、料理を口へ運ぶ。

(あ、美味しい……!)

どれを食べても甲乙つけがたい美味しさに驚く。
身体に栄養が染み渡ってくるようなやさしい味だった。

「海晴くん、味はどうだ?」

「主任、めちゃくちゃ美味しいです……!」

「そっ、そうか! それはよかった。早起きして作った甲斐があったよ」

やけに嬉しそうな三好の顔に、ドキッとする。
冷たい月曜日がじんわりと温かくなっていくような気がして、海晴は自然と笑みがこぼれた。


「ウヒッ……デュフッ……」

(……え?)

突然、近くでヘンな声がしたので目をやると、眼鏡女子の油野が三好の手料理を食べていた。

一口食べるごとに、「主任が作ったお料理……おいひい~♡」と、感激して身体をしならせている。

(うわ、目が完全にイッてる。この会社、個性の強い人が多いよな……)



事務所を出る時、廊下で三好と会ったので、弁当の礼を言う。

「主任が料理上手だなんて、全然知らなかったです」

「手作り弁当はいいだろ? 海晴くんの彼女は弁当を作ってくれないのか?」

悪気はないかもしれないが、意地悪な質問に聞こえて、海晴は一瞬眉を寄せた。

「彼女と一緒に住んでいないんです。彼女が家に来た時はたまにご飯作ってくれますけど、外食やコンビニで買って済ませるのが多いですね」

「ふーん……そうか。ところで、海晴くんは何の香水をつけているんだ?」

「え、つけてないですけど。僕、なにか臭いますか?」

「いや、いい匂いがするから、てっきり香水でもつけているのかと思った」

三好は艶のある低い声で、首元の匂いを嗅いで言った。
その時、三好からムスク系の香りがフワッと鼻腔をくすぐり、ドキッとする。

「いい匂いします? 夕方ですし、もう汗臭くなってると思いますけど……」

ちょっと近いな、と海晴は思わず身体を少し反らす。


「女の匂いがする」

「えっ」

耳元でささやかれ、何かの聞き間違いかと自分の耳を疑った。

「ふふっ、冗談だ。じゃ、おつかれ」

三好は微笑むと、事務所へ入っていった。

海晴は首をかしげる。
なぜ三好がそんなことを言ったのか、この時は知る由もなかった。
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