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Data2. いつまでフリーターでいるつもりなの?

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海晴は全速力で走り、駅前ビルにあるイタリアンレストランへ向かった。
ヨーロピアンテイストの小洒落たドアを開けて店内へ入ると、奥の席に座っていたハナが手を振った。

「遅れてごめん!」

「別にいいよー。私も5分くらい前に来たから」

「これから帰るって時に、上司に仕事頼まれちゃってさ」

「それはお疲れ様でした」

海晴の彼女である高崎ハナたかざきはな、25歳。
広告代理店の営業部で、海晴とは対照的に仕事にやりがいを持ち、充実した毎日を送っている。
ハナとは大学のサークルで知り合い、付き合って3年近くになる。
セミロングの柔らかそうな茶色い髪に、女子アナのような華やかさがある美人だ。

ワインで乾杯し、ピザとパスタを二人で分け合って食べ、取り留めもない会話をしばらく楽しむ。
ふと、ハナが食べる手を止めて、急に真面目な顔つきになった。

「海晴はいつまでフリーターでいるつもりなの?」

いきなり核心を突かれたような質問にドキリとした。

「いつまでって……、今の会社に入ってまだ半年くらいしか経ってないよ?」

焦って海晴の声が少し上ずった。
ハナは早く就職してほしいとやきもきしているのだろう。
海晴は大学卒業後、IT関係の会社に就職したが、仕事も人間関係も合わず、深夜まで残業三昧の日々を送っていた。
結局、精神的についていけなくなり、1年で会社を辞めてしまったのだ。

仕事を辞めてからは、大学時代から活動していたゲーム配信やオンラインゲームをしたりと悠々自適なニート生活をしばらく送っていた。
就職活動は、たまにネットの求人情報をちらっと見るだけ。
そんな自堕落な生活ぶりに、ハナが耐えられなくなり、まるで親のように「何でもいいからとにかく働け!」と、ブチ切れてしまったのだった。
そして、数多くの会社に応募して、やっと採用されたのが、現在働いている環境調査の会社である。
ただし、アルバイトとして。

「まだじゃなくて、もう半年だよ? 試用期間としてはそろそろでしょ? のんびりしすぎなんじゃない? 人件費をかけたくないからバイトで都合よく使っているだけだよね。バイトなんていつ解雇されてもおかしくないよ。その会社、営業会議ばっかりやっていないよね? 小さい会社なんでしょ? 本当に大丈夫なの?」

答える隙すら与えてくれない激しい質問責めに、海晴は頭が痛くなった。

「たぶん、大丈夫だと思う。アルバイトはオレだけだし、定着率が良くて辞めた人はいないみたいだよ。会社の人とも上手くやってるし、上司によく仕事を頼まれるから、そのうち正社員になれるんじゃないかな」

「なに呑気なこと言ってんの!? 自分から上の人に掛け合わないと何も進まないよ! 私たち付き合って3年になるよね!? 私もう25歳なんだけど?!」

不満を爆発させるようにまくし立てるハナが、だんだんブスに見えてくる。

「まだ25でしょ」

「女の20代は貴重なんだよ。あんた毎日精一杯生きてる? はぁ……もう別れたい」

ハナの『別れたい』を聞くのは、これで二回目になる。
一回目は、海晴が会社を辞めて部屋に引きこもり、ゲームばかりしていた時だ。

「何だよ別れたいって。人を馬鹿にしたような言い方してさ。ハナの上から目線で言うところが嫌いだ」

(『毎日精一杯生きてる?』だって? 別にゆるく生きたっていいじゃないか)

険悪な雰囲気になり、美味しかった料理の余韻に浸ることはもうできなかった。

「決めた! 今月いっぱいで海晴が正社員にならなかったら、私別れる!」

ハナは、ラーメン店主を彷彿とさせるような圧のある腕組をして言い放った。

「えっ、なに勝手に言ってるの?! そんなの無理に決まってるじゃん! 今月まであと半分しかないんだよ?」

「私はねぇ、あんたのその『できない』って否定するところが大嫌いなの! まずやってみてから弱音を吐きなさいよ!」

まるで、今月の営業成績が悪い! たるんでいるんじゃないのか! と、青筋を立てて説教する上司のようだ。
一度も怒鳴ったことのない三好が天使に思えてくる。

「……わかった。やってみるよ。だから、別れるとか言うのやめろよ」

『今日、泊ってく?』なんて、言う気はすっかり萎えてしまった。
その夜、正社員になるにはどうしたらいいのだろうと悩みながら、海晴は一人寂しく床に就いた。
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