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45:戒め
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大学の正面玄関でユキと昼飯は学食で一緒にとろうと約束してから、俺達はそれぞれの教室へと急いだ。
2限目が始まるギリギリの時間に教室に着いた俺は、息を切らしながら先に来てるであろう福山を素早く探した。
案の定、福山はいつもの後方の席にいたので俺もそちらへと一直線に向かい、空いてる左隣の席に着いた。
福山は俺が席に着い途端、それを待ち受けていたかのように「おはよう、速水」とすぐに爽やかな笑顔を向けて挨拶をしてくれた。
俺がそれに返事をしようとするよりも早く、福山は急に意味ありげに口元を歪めて「おやおや~その様子じゃあ……昨夜は余程の良い事があったみたいじゃんか」と俺の右肩に左手をそっと置いた。
「あぁ親切心で先に言っといてやるけどさぁ……お前、すげぇにやけてるぞ。そんな顔してりゃ誰だって今日はお前が馬鹿みたいに浮かれてるって分かっちまうから気をつけろよ」
俺の肩をぽんぽんと軽く叩きながら福山がそんな事を言うから、俺は思わず右手でにやけてると言われた口元を隠すように覆った。
するとそんな俺の咄嗟の反応が可笑しかったのか、福山が「あはは!お前らしい素直な反応だな!あはは!で、そんなにもにやけてるって事は、どうせお前は俺に昨夜の事を話したくて仕方ないんだろ?そんだけ嬉しい事があったんなら聞いてやるから、ほれ!話してみろよ!」と笑いながら今度はバンバンと強く俺の肩を叩きやがった。
俺はその手を右肘で払い除けつつ、思いっきり顔を顰めて福山を睨んでやったら福山は俺を叩くのは止めたが、やっぱり俺を揶揄う様に笑ったままで「折角俺が聞いてやるって言ってんだから、ほらさっさと話せよ」と先を促すように顎をしゃくった。
福山のその太々しい態度は多少癪に障るが、話したかったのは事実なので、俺は拗ねたように一旦目線を逸らしてふんと鼻を鳴らし、気を取り直してから福山に視線を戻した。
「あぁ分かったよ!お前がそんなに俺の事が気になるなら教えてやるよ!俺は宣言通りにあの憎き恋敵に俺と子猫ちゃんとの仲をたっぷり見せつけて蹴散らしてやったし、ちゃんと子猫ちゃんに真っ直ぐな俺の気持ちを伝えたよ。んで、昨夜はそりゃもうあつ~~い夜を一緒に過ごしたさ!」
どうだ!と言わんばかりのドヤ顔をしたら、福山はすぐに「おおマジか!そりゃ良かったな!」と自分の事のように喜んで手を叩いて祝福してくれた。
「しっかしお前の子猫ちゃんはすげぇな。お前からあんな最低な嘘を吐かれてたっていうのにすっぱりとそれを許してやって、しかも告白まで受け入れてくれるなんてさぁ~器がデカいよなぁ~」
その言葉に俺がドヤ顔から一気に情けなく眉を下げたら、福山が「えっ?!違うのか!?」と目を丸くして手を叩くのを止めた。
「んん~……半分は合ってる。いや、ほぼ合ってる。……いや……将来的には絶対そうなるんだから全部正しいぃ……うん、そのはず……」
眉を下げたまま目を逸らして気まずそうにぶつくさと小さく呟く俺に、福山は「はぁ?!一体お前は何が言いたいんだ?!」と困惑した声で俺の右腕を肘で小突いてきた。
だから俺はその質問に答える為に、目線を福山へと戻して気まずい気持ちのまま再び口を開いた。
「えっと、そのぉ……今の所だぞ。今の所はまだ告白のOKは貰ってない……今すぐに返事は出来ないって……あ!でも!でもだぞ!キスも……それ以上の事も受け入れてくれたしぃ……すげぇ良さそうだったしぃ……だから!だから絶対にすぐに良い返事が貰えるはずだしぃ……!だから、そのっ……!だからッツ……!」
俺のその言い訳のようなどうしようもない返答に、今度は福山が一気に眉を下げて大袈裟にため息を吐いた。
「速水ぃ~お前なぁ……」
福山は呆れたように両手で顔を覆い、ひときわ大きなため息を再度吐いてから両手をゆっくり顔から離して真っ直ぐに俺を見た。
「でもとかだからって……お前は本当に……あ~……それはつまりお前は『気持ちは伝えたけど返事は保留された。けど関係ない。向こうが拒まないしやりたいからやっちまった』って言ってんだよな?お前、それは平たく言うとセフレになったって事じゃねぇのか?」
痛いところを衝かれ、俺はぐうの音も出ずにただ顔を顰めた。
「お前は相変わらず子猫ちゃんの事になると全然自制が効かなくなるんだな。でもまぁ一応は気持ちを伝えて友達以上にはなれて一歩前進は出来た訳だし、俺はお前がそれでいいなら別に何も言う事はねぇよ」
まるで俺を慰めるよう、福山が優しく俺の背中をぽんぽんと叩いた。
なんとかそれに対して言い返そうと思ったら、そのタイミングで教授が教室に入って来てしまい、福山が前を向いてしまったので俺は何も言い返せず、仕方なく顔を顰めたままで前を向いて授業を受けた。
結局西洋史の授業中は福山と何も話す事は出来なかったが、授業が終ってからやっと福山が俺の方へと顔を向けた。
「さてさて速水、今日は昼飯はどうするんだ?今朝は時間が無くてどうせ焼きそばパン買えてないんだろ?今日も一緒に学食へ行くか?」
爽やかそう聞かれたが、俺は授業前に言われた事がまだ心に引っかかってて顰め顔のまま無言で福山を見たら、福山はそんな俺の顔を見てクスっと笑った。
「なんだよ。まさかお前はまだ俺が授業前に言った事を気にしてんのか?あぁでもセフレは言い過ぎだったかな……悪かったよ。俺も男だから好きな奴に手を出したい気持ちは分かるしさ。お前がそんなに気にするとは思ってなかった。ごめん。でもどうせ策士を自称するお前の事だから、こっから巻き返す予定なんだろ?」
俺は暫く顰め顔のままでじっと優しく微笑む福山の顔を見つめてから、咳払いをひとつしたあとに決意を込めて表情を引き締めてた。
「……当たり前だ。こっからが俺の腕の見せ所だッ……!」
自分のその言葉で、自分の中の気力のスイッチが強く入った気がした。
「そうだ、俺はセフレになんかになる気はない。絶対に!絶対に俺に惚れさせてみせるっ……!あいつが俺以外の誰かを選ぶなんてありえない。俺こそがあいつに相応しいはずだ!大体身体の相性があんなにばっちりなんだから、心の相性だってばっちりなはずだ……!絶対にあいつの全部を俺のモノにする!ユキの全部はっ!……ぃっつてぇ!!」
熱弁の途中でいきなり福山に頭を叩かれてびっくりして福山を睨みつけようとしたら、俺よりも鋭い目つきをした福山が俺を睨んでた。
「馬鹿!そういう話の時は迂闊にその名前を出すなって、前からずっと言ってんだろっつ!」
そう一喝され、福山も俺以外には『ユキ』と呼ばれている事を思い出し、急いで「ごめん!」と叫んで両手を顔の前で合わせた。
そんな俺に福山は「全く……そういうちょっとした事が、後でどんな変な噂になるか分かったもんじゃねぇんだから気をつけろよな」とため息混じりに忠告した。
「悪かったって言ってんじゃんかぁ~大体俺はお前の事を『福山』としか呼んだ事ないし、『ユキ』なんてよくある名前だしさぁ~。それにもし俺がその名前を出してんのを誰かに聞かれて変な噂になるならどう考えても子猫ちゃんの方になるだろうかよぉ~~」
俺が叩かれた頭をさすりなが文句を言ってみたが、福山はそんな俺に呆れたように肩を竦めた。
「お前はちょっと楽観的過ぎるぞ。みんながみんな、善人じゃねぇんだよ。お前は悪意がある奴が流す噂がどんなもんか全然分かってない。例えお前がそういう意図で話してなくても、悪意のある奴に掛かれば事実なんて関係ないんだよ。向こうの都合がいいように簡単に話が捻じ曲げられてそれがさぞ事実にように話されて広められちまう。一旦それが広められちまったらそれが真実になっちまうんだよ。それでなくてもお前はまだ子猫ちゃんとちゃんと付き合ってない訳だし、油断するな。俺自身が変な噂に巻き込まれたくないってのもあるが、後々その噂でお前が苦しむ事がないように、些細な事でもお前は子猫ちゃんの為にももっと言動に気をつけるべきだ」
そうぴしゃりと言われて、俺は目が覚めるような思いで目を見開いて福山を見上げ、その言葉をしっかり受け止めてから「分かった」と強く頷いた。
福山は俺がちゃんと理解したと確認出来たからか、「で、飯どうする?」とやっといつも通りの爽やかな笑顔を浮かべてくれた。
だから俺もようやくほっとして「実は学食でユキと待ち合わせしてるんだ。お前も一緒に行こうぜ」と微笑み返す事が出来た。
教室で福山と少し話し込んでしまったので、俺達はユキが既に待っているであろう学食の正面入り口へと急いだ。
案の定、ユキはもう来ており、俺達を見つけると「お~い!」とはしゃいだ声を上げて手を振った。
「速水!待ってたぞ!あはは!お前、今日は特に無精髭がすげぇな!コントの泥棒みたいになってんぞ!今朝は髭剃る時間なかったもんな~それにしても短時間でそんなに伸びるんだな!あ!福山、おはよう!福山は今日も爽やかで速水と違って男前だな!」
会うなりすぐにユキはテンション高くベラベラと俺達に話しかけてきた。
俺に対して若干酷い内容だったが、それでも楽しそうに話すユキに俺の頬が自然に緩んだ。
浮かれた気持ちのままでユキに返事をしようと思っていたら、俺よりも早く福山がユキに返事をした。
「おはよう、九条。あぁ俺を褒めてくれるのは凄く嬉しいんだけど、俺に嫉妬した速水に後で虐められちまうからさぁ……実はいつも後で嫌味を言われるんだ……」
わざとらしく右手で目元の涙を拭う仕草までして悲しそうに福山がそんな事を言うから、俺はこいついきなり何を言ってんだと言わんばかりに眉を寄せて隣にいる福山を見つめた。
恐らく福山なりの冗談だとは思うが……
それにしてもこれはタチが悪い。
今までの俺と福山の関係性を知ってれば、誰もこんな戯言なんて信じないだろう。
もちろんいくらユキでも信じるはずない。
それにしても普段の福山らしくない冗談だ。
一体どんな意図があって福山が急にこんな事を言い出したのかは分からないと少し困惑して黙り込んでる俺に、ユキが急に俺のTシャツの胸ぐらを掴んできた。
「速水!福山がいくらお前より男前だからって……!!お前はいつもそんな事を福山にしてんのかぁ!友達は大事にしないとダメなんだぞ!!」
そんな根拠のない言いがかりを急に言われて、俺もカッとなってしまい「はぁあ!!?俺はそんな事はっつ!」と言い返そうとした所で福山が俺とユキの間に入ってきた。
「ごめんごめん!嘘だよ!九条、ただの俺の冗談だから!九条と冗談を言い合える友達になりたくてあんな事を言ったんだけど、ちょっと酷い冗談だったかな。ごめん!」
必死に謝る福山に、ユキは「え?!俺と友達になりたくてってぇ……」と俺としてはそこじゃないポイントで照れて俺のTシャツから手を離した。
「な、な~んだぁ……福山がそんな冗談を俺に言うなんて思わなかったから俺、本気にしちゃった……友達に慣れてなくて俺も本気にしちゃってごめんな、福山」
仄かに頬をピンクに染めて可愛らしくはにかんで微笑むユキに、福山は「いやいや、今回は俺がやりすぎた。九条、悪かった。俺と速水の間には変な力関係はないし、もちろん虐められたとかもないから安心して」と爽やかな笑顔で返答した。
美形な2人が穏やかに微笑み合うその光景は、側から見たらさぞかし心温まる場面に見えただだろう。
だけど俺にとってはなんとも憎らしい。
俺は前に立つ福山の肩を強く掴んで自分の方へと引き寄せた。
「おい!福山、てめぇどういうつもりだよ!いきなり変な言いがかりつけてきてさぁ!」
福山の耳元でそう叫んだ俺に、福山が爽やかな笑顔を浮かべたまま「あはは、速水、どうしたんだよ。いつものじゃれ合いじゃないか」と振り返り、肩を強く掴んだ俺の手に自分の手を乗せ、表情を一変させて俺の目を鋭く見つめた。
「これがさっき俺が教室でお前に言った事だよ。明確な悪意があれば真実は簡単に曲げられる。そして容易く目の前で大切なものが奪われる」
「ぃッツ!!」
俺よりも強い力で福山が俺の手を掴み、自分の肩から俺の手を払いのけて自分の肩を手でさっと払った。
「言葉だけじゃくて、実践でも教えてやったんだよ。どうだ?しっかり理解が出来ただろ?俺に感謝しろよ、速水」
福山が俺へと親指を立てて、再び爽やかな笑顔を浮かべやがった。
俺はその笑顔を暫く唖然と見つめたが、福山の後ろでユキが「なになに!?どうしたんだ!」と騒いでいる声で我に返った。
「ユキ、なんでもないから大丈夫だ。さぁ早く中に入ろうぜ。今日はちょっと遅くなったし、席がなくちゃっちまうかもしれないしさ」
なんとか気を取り直して俺がそういうとユキは素直に「そうだな。注文前でも席は確保していいんだよな」なんて呟きながら学食の建物の中へと入っていた。
そんなユキの一歩後ろで俺も福山と肩を並べて歩き始めたが、すぐに福山に「実践は分かったけど、それでもやり方が酷いぞ。謝れ」と小さく文句を言ってやった。
すると福山は肩をすくめて「はいはい、ごめんごめん」としょうがないなと言わんばかりのいい加減な謝罪をした。
「でもな速水、マジで肝に銘じろ。あの女は俺みたいに手加減してくれないぞ。相手につけ入る隙を与えるな。お前の可愛い子猫ちゃんを守りたいなら気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
福山からのその戒めをきっちりと胸に刻み込み、俺は「分かった」と自分に言い聞かせるように呟いた。
2限目が始まるギリギリの時間に教室に着いた俺は、息を切らしながら先に来てるであろう福山を素早く探した。
案の定、福山はいつもの後方の席にいたので俺もそちらへと一直線に向かい、空いてる左隣の席に着いた。
福山は俺が席に着い途端、それを待ち受けていたかのように「おはよう、速水」とすぐに爽やかな笑顔を向けて挨拶をしてくれた。
俺がそれに返事をしようとするよりも早く、福山は急に意味ありげに口元を歪めて「おやおや~その様子じゃあ……昨夜は余程の良い事があったみたいじゃんか」と俺の右肩に左手をそっと置いた。
「あぁ親切心で先に言っといてやるけどさぁ……お前、すげぇにやけてるぞ。そんな顔してりゃ誰だって今日はお前が馬鹿みたいに浮かれてるって分かっちまうから気をつけろよ」
俺の肩をぽんぽんと軽く叩きながら福山がそんな事を言うから、俺は思わず右手でにやけてると言われた口元を隠すように覆った。
するとそんな俺の咄嗟の反応が可笑しかったのか、福山が「あはは!お前らしい素直な反応だな!あはは!で、そんなにもにやけてるって事は、どうせお前は俺に昨夜の事を話したくて仕方ないんだろ?そんだけ嬉しい事があったんなら聞いてやるから、ほれ!話してみろよ!」と笑いながら今度はバンバンと強く俺の肩を叩きやがった。
俺はその手を右肘で払い除けつつ、思いっきり顔を顰めて福山を睨んでやったら福山は俺を叩くのは止めたが、やっぱり俺を揶揄う様に笑ったままで「折角俺が聞いてやるって言ってんだから、ほらさっさと話せよ」と先を促すように顎をしゃくった。
福山のその太々しい態度は多少癪に障るが、話したかったのは事実なので、俺は拗ねたように一旦目線を逸らしてふんと鼻を鳴らし、気を取り直してから福山に視線を戻した。
「あぁ分かったよ!お前がそんなに俺の事が気になるなら教えてやるよ!俺は宣言通りにあの憎き恋敵に俺と子猫ちゃんとの仲をたっぷり見せつけて蹴散らしてやったし、ちゃんと子猫ちゃんに真っ直ぐな俺の気持ちを伝えたよ。んで、昨夜はそりゃもうあつ~~い夜を一緒に過ごしたさ!」
どうだ!と言わんばかりのドヤ顔をしたら、福山はすぐに「おおマジか!そりゃ良かったな!」と自分の事のように喜んで手を叩いて祝福してくれた。
「しっかしお前の子猫ちゃんはすげぇな。お前からあんな最低な嘘を吐かれてたっていうのにすっぱりとそれを許してやって、しかも告白まで受け入れてくれるなんてさぁ~器がデカいよなぁ~」
その言葉に俺がドヤ顔から一気に情けなく眉を下げたら、福山が「えっ?!違うのか!?」と目を丸くして手を叩くのを止めた。
「んん~……半分は合ってる。いや、ほぼ合ってる。……いや……将来的には絶対そうなるんだから全部正しいぃ……うん、そのはず……」
眉を下げたまま目を逸らして気まずそうにぶつくさと小さく呟く俺に、福山は「はぁ?!一体お前は何が言いたいんだ?!」と困惑した声で俺の右腕を肘で小突いてきた。
だから俺はその質問に答える為に、目線を福山へと戻して気まずい気持ちのまま再び口を開いた。
「えっと、そのぉ……今の所だぞ。今の所はまだ告白のOKは貰ってない……今すぐに返事は出来ないって……あ!でも!でもだぞ!キスも……それ以上の事も受け入れてくれたしぃ……すげぇ良さそうだったしぃ……だから!だから絶対にすぐに良い返事が貰えるはずだしぃ……!だから、そのっ……!だからッツ……!」
俺のその言い訳のようなどうしようもない返答に、今度は福山が一気に眉を下げて大袈裟にため息を吐いた。
「速水ぃ~お前なぁ……」
福山は呆れたように両手で顔を覆い、ひときわ大きなため息を再度吐いてから両手をゆっくり顔から離して真っ直ぐに俺を見た。
「でもとかだからって……お前は本当に……あ~……それはつまりお前は『気持ちは伝えたけど返事は保留された。けど関係ない。向こうが拒まないしやりたいからやっちまった』って言ってんだよな?お前、それは平たく言うとセフレになったって事じゃねぇのか?」
痛いところを衝かれ、俺はぐうの音も出ずにただ顔を顰めた。
「お前は相変わらず子猫ちゃんの事になると全然自制が効かなくなるんだな。でもまぁ一応は気持ちを伝えて友達以上にはなれて一歩前進は出来た訳だし、俺はお前がそれでいいなら別に何も言う事はねぇよ」
まるで俺を慰めるよう、福山が優しく俺の背中をぽんぽんと叩いた。
なんとかそれに対して言い返そうと思ったら、そのタイミングで教授が教室に入って来てしまい、福山が前を向いてしまったので俺は何も言い返せず、仕方なく顔を顰めたままで前を向いて授業を受けた。
結局西洋史の授業中は福山と何も話す事は出来なかったが、授業が終ってからやっと福山が俺の方へと顔を向けた。
「さてさて速水、今日は昼飯はどうするんだ?今朝は時間が無くてどうせ焼きそばパン買えてないんだろ?今日も一緒に学食へ行くか?」
爽やかそう聞かれたが、俺は授業前に言われた事がまだ心に引っかかってて顰め顔のまま無言で福山を見たら、福山はそんな俺の顔を見てクスっと笑った。
「なんだよ。まさかお前はまだ俺が授業前に言った事を気にしてんのか?あぁでもセフレは言い過ぎだったかな……悪かったよ。俺も男だから好きな奴に手を出したい気持ちは分かるしさ。お前がそんなに気にするとは思ってなかった。ごめん。でもどうせ策士を自称するお前の事だから、こっから巻き返す予定なんだろ?」
俺は暫く顰め顔のままでじっと優しく微笑む福山の顔を見つめてから、咳払いをひとつしたあとに決意を込めて表情を引き締めてた。
「……当たり前だ。こっからが俺の腕の見せ所だッ……!」
自分のその言葉で、自分の中の気力のスイッチが強く入った気がした。
「そうだ、俺はセフレになんかになる気はない。絶対に!絶対に俺に惚れさせてみせるっ……!あいつが俺以外の誰かを選ぶなんてありえない。俺こそがあいつに相応しいはずだ!大体身体の相性があんなにばっちりなんだから、心の相性だってばっちりなはずだ……!絶対にあいつの全部を俺のモノにする!ユキの全部はっ!……ぃっつてぇ!!」
熱弁の途中でいきなり福山に頭を叩かれてびっくりして福山を睨みつけようとしたら、俺よりも鋭い目つきをした福山が俺を睨んでた。
「馬鹿!そういう話の時は迂闊にその名前を出すなって、前からずっと言ってんだろっつ!」
そう一喝され、福山も俺以外には『ユキ』と呼ばれている事を思い出し、急いで「ごめん!」と叫んで両手を顔の前で合わせた。
そんな俺に福山は「全く……そういうちょっとした事が、後でどんな変な噂になるか分かったもんじゃねぇんだから気をつけろよな」とため息混じりに忠告した。
「悪かったって言ってんじゃんかぁ~大体俺はお前の事を『福山』としか呼んだ事ないし、『ユキ』なんてよくある名前だしさぁ~。それにもし俺がその名前を出してんのを誰かに聞かれて変な噂になるならどう考えても子猫ちゃんの方になるだろうかよぉ~~」
俺が叩かれた頭をさすりなが文句を言ってみたが、福山はそんな俺に呆れたように肩を竦めた。
「お前はちょっと楽観的過ぎるぞ。みんながみんな、善人じゃねぇんだよ。お前は悪意がある奴が流す噂がどんなもんか全然分かってない。例えお前がそういう意図で話してなくても、悪意のある奴に掛かれば事実なんて関係ないんだよ。向こうの都合がいいように簡単に話が捻じ曲げられてそれがさぞ事実にように話されて広められちまう。一旦それが広められちまったらそれが真実になっちまうんだよ。それでなくてもお前はまだ子猫ちゃんとちゃんと付き合ってない訳だし、油断するな。俺自身が変な噂に巻き込まれたくないってのもあるが、後々その噂でお前が苦しむ事がないように、些細な事でもお前は子猫ちゃんの為にももっと言動に気をつけるべきだ」
そうぴしゃりと言われて、俺は目が覚めるような思いで目を見開いて福山を見上げ、その言葉をしっかり受け止めてから「分かった」と強く頷いた。
福山は俺がちゃんと理解したと確認出来たからか、「で、飯どうする?」とやっといつも通りの爽やかな笑顔を浮かべてくれた。
だから俺もようやくほっとして「実は学食でユキと待ち合わせしてるんだ。お前も一緒に行こうぜ」と微笑み返す事が出来た。
教室で福山と少し話し込んでしまったので、俺達はユキが既に待っているであろう学食の正面入り口へと急いだ。
案の定、ユキはもう来ており、俺達を見つけると「お~い!」とはしゃいだ声を上げて手を振った。
「速水!待ってたぞ!あはは!お前、今日は特に無精髭がすげぇな!コントの泥棒みたいになってんぞ!今朝は髭剃る時間なかったもんな~それにしても短時間でそんなに伸びるんだな!あ!福山、おはよう!福山は今日も爽やかで速水と違って男前だな!」
会うなりすぐにユキはテンション高くベラベラと俺達に話しかけてきた。
俺に対して若干酷い内容だったが、それでも楽しそうに話すユキに俺の頬が自然に緩んだ。
浮かれた気持ちのままでユキに返事をしようと思っていたら、俺よりも早く福山がユキに返事をした。
「おはよう、九条。あぁ俺を褒めてくれるのは凄く嬉しいんだけど、俺に嫉妬した速水に後で虐められちまうからさぁ……実はいつも後で嫌味を言われるんだ……」
わざとらしく右手で目元の涙を拭う仕草までして悲しそうに福山がそんな事を言うから、俺はこいついきなり何を言ってんだと言わんばかりに眉を寄せて隣にいる福山を見つめた。
恐らく福山なりの冗談だとは思うが……
それにしてもこれはタチが悪い。
今までの俺と福山の関係性を知ってれば、誰もこんな戯言なんて信じないだろう。
もちろんいくらユキでも信じるはずない。
それにしても普段の福山らしくない冗談だ。
一体どんな意図があって福山が急にこんな事を言い出したのかは分からないと少し困惑して黙り込んでる俺に、ユキが急に俺のTシャツの胸ぐらを掴んできた。
「速水!福山がいくらお前より男前だからって……!!お前はいつもそんな事を福山にしてんのかぁ!友達は大事にしないとダメなんだぞ!!」
そんな根拠のない言いがかりを急に言われて、俺もカッとなってしまい「はぁあ!!?俺はそんな事はっつ!」と言い返そうとした所で福山が俺とユキの間に入ってきた。
「ごめんごめん!嘘だよ!九条、ただの俺の冗談だから!九条と冗談を言い合える友達になりたくてあんな事を言ったんだけど、ちょっと酷い冗談だったかな。ごめん!」
必死に謝る福山に、ユキは「え?!俺と友達になりたくてってぇ……」と俺としてはそこじゃないポイントで照れて俺のTシャツから手を離した。
「な、な~んだぁ……福山がそんな冗談を俺に言うなんて思わなかったから俺、本気にしちゃった……友達に慣れてなくて俺も本気にしちゃってごめんな、福山」
仄かに頬をピンクに染めて可愛らしくはにかんで微笑むユキに、福山は「いやいや、今回は俺がやりすぎた。九条、悪かった。俺と速水の間には変な力関係はないし、もちろん虐められたとかもないから安心して」と爽やかな笑顔で返答した。
美形な2人が穏やかに微笑み合うその光景は、側から見たらさぞかし心温まる場面に見えただだろう。
だけど俺にとってはなんとも憎らしい。
俺は前に立つ福山の肩を強く掴んで自分の方へと引き寄せた。
「おい!福山、てめぇどういうつもりだよ!いきなり変な言いがかりつけてきてさぁ!」
福山の耳元でそう叫んだ俺に、福山が爽やかな笑顔を浮かべたまま「あはは、速水、どうしたんだよ。いつものじゃれ合いじゃないか」と振り返り、肩を強く掴んだ俺の手に自分の手を乗せ、表情を一変させて俺の目を鋭く見つめた。
「これがさっき俺が教室でお前に言った事だよ。明確な悪意があれば真実は簡単に曲げられる。そして容易く目の前で大切なものが奪われる」
「ぃッツ!!」
俺よりも強い力で福山が俺の手を掴み、自分の肩から俺の手を払いのけて自分の肩を手でさっと払った。
「言葉だけじゃくて、実践でも教えてやったんだよ。どうだ?しっかり理解が出来ただろ?俺に感謝しろよ、速水」
福山が俺へと親指を立てて、再び爽やかな笑顔を浮かべやがった。
俺はその笑顔を暫く唖然と見つめたが、福山の後ろでユキが「なになに!?どうしたんだ!」と騒いでいる声で我に返った。
「ユキ、なんでもないから大丈夫だ。さぁ早く中に入ろうぜ。今日はちょっと遅くなったし、席がなくちゃっちまうかもしれないしさ」
なんとか気を取り直して俺がそういうとユキは素直に「そうだな。注文前でも席は確保していいんだよな」なんて呟きながら学食の建物の中へと入っていた。
そんなユキの一歩後ろで俺も福山と肩を並べて歩き始めたが、すぐに福山に「実践は分かったけど、それでもやり方が酷いぞ。謝れ」と小さく文句を言ってやった。
すると福山は肩をすくめて「はいはい、ごめんごめん」としょうがないなと言わんばかりのいい加減な謝罪をした。
「でもな速水、マジで肝に銘じろ。あの女は俺みたいに手加減してくれないぞ。相手につけ入る隙を与えるな。お前の可愛い子猫ちゃんを守りたいなら気ぃ抜くんじゃねぇぞ」
福山からのその戒めをきっちりと胸に刻み込み、俺は「分かった」と自分に言い聞かせるように呟いた。
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