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33:酔っ払い
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注文したドリンクとちゃっかり自分の分も持ってきたトシがそれぞれにドリンクを配り終えると、ヒロ先輩は小日向教授に促されて乾杯の挨拶の為に席を立った。
「えっと、今日は今年からこの映画研究会の入部してくれた1年生の豊国君と2年生の速水君を歓迎する為に……」
ヒロ先輩が俺と豊国に形式的な入部のお礼を言おうとしていたら、小日向教授がもう待てないとばかりに「しぃばたくぅ~ん!そういう固い挨拶は要らないんだよぉぉ~!」と遮り、「はい!かんぱぁぁ~い!」とジョッキを1人で掲げて一気にウーロンハイを飲み干した。
俺達はそんな小日向教授に苦笑しつつも「乾杯!」と言ってそれぞれのグラスを掲げた。
トシによって次々と運ばれてきた料理は、見た目も味もとても素晴らしかった。
棒棒鶏という前菜から始まり、麻婆豆腐、青椒肉絲に八宝菜などなど、大皿で配膳された料理はどれも見た目も味も素晴らしくグルメな俺の舌を唸らせた。
特に美味かったのはエビチリで、俺はその絶妙な辛さに夢中になってしまった。
あまりの美味さに無心でガツガツと食べる俺の目の前で、ヒロ先輩もほぼ俺と同じペースで料理にがっついており、同時にエビチリに手を伸ばした瞬間にお互いがっつき過ぎていることに気づいて目を合わせて笑ってしまった。
「あはは、俺も美味いものを食べる事が大好きだけど、コウ君、君も俺に負けず劣らずみたいだね。ここの料理はどれも全部美味しいけど、特にこのエビチリは絶品だよね!」
ヒロ先輩がいつもの優しい笑みを浮かべたまま、箸を置いて俺に話しかけた。
だから俺も正面に座るヒロ先輩とちゃんと話す為に箸を一旦置いた。
「実は食べることが俺の趣味なんですよ。美味いもの食べてる時ってすげぇ幸せな気分になりますよね?あ、もしかして俺、エビチリ食い過ぎてましたか?一応、軽く数は確認して等分になるように加減して食ってたつもりなんですが……」
子供の頃から美味いものを目の前にすると、俺は食いたい気持ちが先走ってしまい我を忘れる傾向があるから、こうやって大皿で提供される時は特に食い過ぎてしまわないように等分になるように気をつけて食べる事を心掛けているのだが、不安になってそう聞くと、ヒロ先輩は笑顔のまま首を横に振った。
「いやいや、全然大丈夫だよ。気にせずもっといっぱい食べてよ。実はエビチリはいつも大人気だから、少し多めに作ってもらってるんだけど足りなかったらまた追加注文も出来るし……ね?野村君」
「えっ!!?」
いつの間にかトシは俺の隣に座るユキのすぐ側に丸椅子を置いて嬉しそうにユキと談笑していたようだが、ヒロ先輩に急に話し掛けられて驚きの声を上げた。
その時になって俺はやっと如何に自分が食べる事に夢中になっていたかに気付き、自分のしでかしていた失態に愕然とした。
しまった……!
あまりにも出された料理が美味過ぎて当初の目的である『ユキとの仲を恋敵に見せつけて蹴散らしてやる!』という計画が、不覚にもすっかり頭から抜け落ちていた。
あまつさえ1番の恋敵であるトシがあんなにくっついてユキと話してる事にさえ、俺は気付いてなかった。
ユキを想う気持ちは美味い飯よりもずっと大事で、最優先事項なのに……それなのに……!
食べ物に浅ましい自分が嫌になって思わず顔を顰めたら、トシの方を向いていたヒロ先輩が俺へと視線を戻し、俺を安心させるように微笑んだままウインクしてくれた。
一瞬その意味が分からずにいたが、すぐにヒロ先輩が俺の為にわざと急にトシに話しかけてくれたんだと気付き、その気遣いが嬉しくて自然に顰めていた顔を緩めた。
「えっとぉ……エビチリを追加っすか?いいっすよ!ユキちゃんもうちのエビチリ好きだし、親父に言って追加で作って貰ってきます!あ!そうだ!ユキちゃんの大好物の炒飯も、もうすぐできると思うからついでに持ってくるね!」
問いかけられていた事を理解したトシがヒロ先輩に愛想良く返事をし、ユキに猫撫で声で話しかけてから素早く席を立った。
いそいそと部屋から出ていくトシの後ろ姿を見届けてから、俺は気合を入れ直してユキの方を向いた。
大好物の炒飯と聞いて「やったぁ!炒飯だぁ。あとは何食べようかなぁ~」と今やすっかり機嫌を直し、嬉しそうにメニュー表を眺めている可愛いユキの横顔を見つめて決意した。
よし、たった今から俺は食い気より色気だ!!
さっきまでの失態は今更悔やんでもしょうがない。
ここからは気持ちを切り替えて、熟考を重ねた計画を実行する事に決めた。
まず手始めに俺はユキの椅子の背もたれにそっと右手を伸ばし、ユキには気づかれないようにその背もたれに右腕を回した。
そしてこれまたそっと自分の椅子をユキに近づけた。
ユキがこの距離感に慣れて何も疑問を感じなくなった頃合いで、今度は背もたれじゃなくユキの肩に直接手を回そう。
最初は「触んじゃねぇよ!」とか文句を言ってくるだろうが、そんな反抗はのらりくらりかわしてやる。
次のステップはその肩を抱き寄せて、機を見てこの可愛い頬にキスをする。
抱き寄せた肩は絶対に離さない。
更に身体を密着させ、頬以外にも唇で触れちゃうもんね。
最終的にはこの尖らせた愛おしい唇を恋敵の目の前で奪い、ユキはもう俺のモンだと証明してやる。
そんな計画を頭の中で思い描いてほくそ笑んでいたら、ユキの正面でずっと黙って独りで小鉢の中華クラゲを肴に冷の日本酒をちびちび飲んでいた高野が急に顔を上げて俺の方を向いた。
暫く無表情でそのままじっとしてから高野はいつもの不気味な笑顔ではなくごく自然な、穏やかな微笑みを浮かべてゆっくりと分厚いレンズの眼鏡を外した。
「……!!!」
眼鏡を外した高野の美形っぷりは何回見てもやっぱり慣れることが出来ず、目前にすると驚愕してしまう。
「コウ君ってば……とても大胆だね。でもそういう君は嫌いじゃない……いや、そうやって好意を大胆に示してくれる君はとても魅力的で……僕は好きだなぁ……」
「……!!(ゴクリ)」
色素が薄い水晶玉のような綺麗な瞳を晒した高野に熱っぽく見つめられながら官能的に囁かれ、俺は思わず息を呑んだ。
高野の口元には無精髭だって生えてるし、それなりに男らしい体型をしている。
だから絶対に女性じゃないと分かっているのに……眼鏡を外したこいつには抗えない魔性の……男を惑わし虜にする何かがあった。
「あぁコウ君……君の情熱の炎が僕にまでびしびし伝わってきて……はぁ……僕は熱くて熱くて……堪らなくなってしまったよ……」
こいつってこんな声だったっけ?と思うほど艶やかな声で囁きながら、何を思ったのか、高野は着ていたダサいネルシャツのボタンをセクシーに外し始めた。
「……!!!?」
夏場でもダサいネルシャツの第一ボタンまできっちり留めて、普段は完全防御で隠されている首元が少しづつ露になり、その肌の白さと美しく浮き上がる鎖骨に目が釘付けになってしまいそうになった。
その時。
「うあっ!!蓮君!!駄目だよッツ!!脱いじゃ駄目って、いつも言ってるでしょ!!まだお酒1杯目だよね!?まさかもう酔っちゃったのぉ!!?」
トシにエビチリの追加注文をした後は小日向教授に話しかけられてそちらを向いて談笑していたヒロ先輩だったが、ただならぬ雰囲気を感じ取ったのか、こちらを向いてギョッとして高野に抱きつき、動きを止めようとした。
「キャプテン……ウフフ……嬉しいよ。とても情熱的な抱擁だね……そんな君の熱い想いに応えるためにも僕はこの服を全て脱ぎ捨てて、君と肌と肌を重ねて……」
大柄なヒロ先輩に背後から羽交い締めにされてるのに、それをものともせずに高野がなおもシャツのボタンを外そうとした。
「うあぁぁ~!駄目だって!例え蓮君が裸になっても、俺は君とそんな関係になる気はないよ!ほら!ボタンから手を離して!なんで君は無駄にこんなにも力持ちなんだよぉ!あぁもう暴れないで!頼むから落ち着いて!あ!そうだ!野村君が戻って来たら、蓮君が好きなあんかけそばを頼んであげるから……!」
『あんかけそば』という言葉を聞いた途端にそれまでヒロ先輩の腕を押し退け、無理矢理に服を脱ごうとしていた高野の動きがぴたりと止まった。
「……うずらの卵を、多めで頼んでくれる?」
本当にいつものあの不気味な高野はどこへ行ったと思うくらい、高野が艶かしく首を傾げて甘い声を出した。
「もちろんだよ!この前みたいにうずらの卵いっぱいで作って貰おうね?だからもう脱がないって約束してくれるかい?蓮君」
そのヒロ先輩の問いかけに「うん!」と可愛らしく首を縦に大きく振って答えた高野は早速ボタンから手を離し、その手を隣に座るヒロ先輩の左腕に巻きつけた。
「ウフフ……キャプテン、君が1番僕の事を分かってくれてるね。僕はそんな君が大好きだよ。いつもみたいにうずらの卵が届くまでキャプテンの卵に触れててもいいかい?あぁもちろん君のはうずらの卵サイズなんかじゃないし、とても大きな大蛇がその卵を護ってるけどね……フフフ……」
ヒロ先輩の大きな左腕に抱きついて顔を擦り付けながら、高野がねちっこくエロくそんな事を言うから、図らずも俺の大蛇も反応しそうになってしまった。
言われた本人であるヒロ先輩は一旦天を仰ぎ、ゆっくり顔を下ろしてじゃれつく高野を一瞥してから大きくため息を吐いた。
「……いいよ。その代わり、もうコウ君を困らせないと約束してね。あと、お酒はもうこれ以上は飲まないで良い子でいてよ。あ!それと、この前みたいに揉むのはダメだよ!ただ手を置くだけにしてね」
「ウフフ……キャプテンの大蛇が目を覚ましちゃうもんね。この前は凄かったね……ウフフ、手を置くだけ、ねぇ……分かったぁ……」
俺は高野がヒロ先輩の左腕に巻きつけていた腕を艶かしく徐々に下へと降ろし、ヒロ先輩の股間辺りでがさごそさせているのを唖然としたままで見届けた。
ど、どういうことだぁぁ!??
俺は一体、何を見させられてるんだぁ!?
俺が計画していたユキとのイチャイチャよりも更に凄い事が目の前で始まってしまい、俺は混乱して頭が真っ白になってしまった。
「あぁ~またぁ~?高野君は酔っ払うと、誰彼構わずにエロくなるからねぇぇ~~」
パニック状態の俺にのんびりと間延びした声が聞こえ、俺は無意識のままでそちらを顔を向けた。
「僕も去年、1回だけ彼の隣に座ったら身体中を弄られてえらい目に遭ったよ。あの時の彼はまだ飲めない年齢だったんだけど、僕のウーロンハイを間違って飲んじゃってね。まさか酔っ払ってあんなふうになるとは思わなくてびっくりしたよ。それ以来、飲みの席では彼の面倒は柴田君が責任もって見る事になったんだよぉ~。まぁこんな美形に迫られるのは確かに嬉しいけどさぁ~僕は襲われるよりやっぱり襲いたいからなぁぁ~~」
その挑発的な言葉を聞いて俺ははっとして平静を取り戻し、その声の主の小日向教授を睨んだ。
小日向教授は睨んだ俺に一瞬だけ目を合わせてから、いやらしい目つきで俺の隣でメニュー表をご機嫌で眺めているユキへと目線を動かした。
「ぼかぁ~やっぱり、嫌がる子に迫りたいなぁぁ~~迫って迫ってぇ……もう逃げ場がない所までにじり寄ってさぁ……限界まで追い詰めちゃうの。んで、最終的には相手が泣きながら観念して、全て俺に投げ出すんだぁ。そういうのがぁ……堪らないよね?」
小日向教授は途中までじっとユキを見つめていたが、最後の言葉だけは俺の目を見てそう言った。
きっと『お前も俺と同じだろ?』とでも言いたいのだろう。
正直なところ、完全に否定は出来ない。
だって例えユキに何度拒否されたとしても、俺はユキを諦めない。
諦められない。
それはもう地球がひっくり返ったとしても不可能だ。
ユキが嫌がって俺から逃げても、絶対に俺は追いかける。
追いかけて、捕まえて、閉じ込めて、また逃げられたとしても、俺を受け入れてくれるまで何度でも何度でもユキが泣き叫んでも追いかけ続けるだろう。
だけど俺は決してその過程に性的興奮を感じるわけじゃない。
初めから受け入れてくれるなら、その方が良いに決まってる。
だから『俺はお前とは違う』という気持ちを込めて、俺は更に鋭く小日向教授を睨んだ。
小日向教授はそんな俺の反応が面白いのか、ニヤリと笑いやがった。
「あ、あのっつ……!」
俺と小日向教授は睨み合ってるし、ヒロ先輩と高野はなんかイチャイチャしてるし、ユキは我関せずでメニュー表をずっと見ているし、そんなカオス状態の中で今まで黙って成り行きを見守っていた豊国がいきなり右手を高く上げた。
「あぁごめんね!サクちゃんも何か追加で頼みたいものがあったかな?そっちに気が回らなくて悪かったね!」
高野に股間を弄られたままのヒロ先輩が、努めて穏やかな笑顔で豊国の方を向いた。
「あのっ!その……蓮先輩って……えっと……そのっ!」
言い淀んだ豊国に、ヒロ先輩が表情を引き締めて「そうだね、ごめん。ちゃんと説明するね。蓮君は酔っ払うとちょっと、その……艶っぽくなっちゃうんだ。びっくりしたよね。サクちゃんには少し刺激が……」と説明している途中で豊国が「そうじゃないんです!!」と叫んだ。
その大声にずっと無関心だったユキまでもが驚き、一斉に豊国へとみんなの視線が集まった。
「蓮先輩が……!普通に話せることに驚いてるんです……!だってさっきから蓮先輩は全然、英語を使ってないですよね!『キャプテン』って英単語でさえ、日本語の発音です!それに比較的ちゃんと会話も成り立ってます!どうしてですか!?俺はそれにびっくりして……!!」
豊国に言われてやっと俺もその事に気づき、今更ながら驚いてしまった。
本当だっ……!
こいつ、酔えば普通に喋れるんじゃねぇか!!
高野が酔ってる時なら福山も普通にこいつと話せるんじゃねぇのかぁ?
いや、でも……こんなにエロくなるのは問題だよなぁ……
あ!福山と言えば……
福山の事がふと頭をよぎり、俺は高野の好きなタイプを聞いておくと福山と約束した事を突如思い出した。
その約束を忘れてしまう前にさっさと果たそうと、俺が豊国から高野へと顔を向けたら、それを待ち構えていたかのように唇を尖らせて俺を睨むユキの顔が至近距離にあって、あまりに想定外の出来事に俺はびくっと少し跳ねてしまった。
「うあっ!何だよ!ユキ!びっくりするじゃねぇか!」
椅子の上で無様に跳ね上がってしまった事が恥ずかしくて誤魔化すように文句を言ったら、ユキは俺の目をじっと睨んでから静かに目線を俺の股間部分に落とした。
実はさっきまでのヒロ先輩と高野のやり取りを見てて、勝手にそこが若干だが反応してしまっていた。
仕方ないじゃないかぁぁ!!
だって昨日、ユキにお泊りの誘いを受けた時から俺はず~~っと滾りまくってたんだから!!
2人を見てて、あぁもし今夜、ユキにこんな事されたら……とかつい考えたらこうふうになっちゃったんだから仕方ないじゃないかぁぁぁ!!
ユキは不自然に盛り上がった俺のその部分を不満そうに唇を尖らせたままでじっと見つめた。
「……お前は……本当に、いつも高野ばっか見てるよな……」
拗ねた顔とは裏腹に、その声は少し寂しそうだった。
暫く何も言わずそのままじっとしていたが、不意に「別にどうでもいいけど!」とユキはそっぽを向いてしまった。
「えっと、今日は今年からこの映画研究会の入部してくれた1年生の豊国君と2年生の速水君を歓迎する為に……」
ヒロ先輩が俺と豊国に形式的な入部のお礼を言おうとしていたら、小日向教授がもう待てないとばかりに「しぃばたくぅ~ん!そういう固い挨拶は要らないんだよぉぉ~!」と遮り、「はい!かんぱぁぁ~い!」とジョッキを1人で掲げて一気にウーロンハイを飲み干した。
俺達はそんな小日向教授に苦笑しつつも「乾杯!」と言ってそれぞれのグラスを掲げた。
トシによって次々と運ばれてきた料理は、見た目も味もとても素晴らしかった。
棒棒鶏という前菜から始まり、麻婆豆腐、青椒肉絲に八宝菜などなど、大皿で配膳された料理はどれも見た目も味も素晴らしくグルメな俺の舌を唸らせた。
特に美味かったのはエビチリで、俺はその絶妙な辛さに夢中になってしまった。
あまりの美味さに無心でガツガツと食べる俺の目の前で、ヒロ先輩もほぼ俺と同じペースで料理にがっついており、同時にエビチリに手を伸ばした瞬間にお互いがっつき過ぎていることに気づいて目を合わせて笑ってしまった。
「あはは、俺も美味いものを食べる事が大好きだけど、コウ君、君も俺に負けず劣らずみたいだね。ここの料理はどれも全部美味しいけど、特にこのエビチリは絶品だよね!」
ヒロ先輩がいつもの優しい笑みを浮かべたまま、箸を置いて俺に話しかけた。
だから俺も正面に座るヒロ先輩とちゃんと話す為に箸を一旦置いた。
「実は食べることが俺の趣味なんですよ。美味いもの食べてる時ってすげぇ幸せな気分になりますよね?あ、もしかして俺、エビチリ食い過ぎてましたか?一応、軽く数は確認して等分になるように加減して食ってたつもりなんですが……」
子供の頃から美味いものを目の前にすると、俺は食いたい気持ちが先走ってしまい我を忘れる傾向があるから、こうやって大皿で提供される時は特に食い過ぎてしまわないように等分になるように気をつけて食べる事を心掛けているのだが、不安になってそう聞くと、ヒロ先輩は笑顔のまま首を横に振った。
「いやいや、全然大丈夫だよ。気にせずもっといっぱい食べてよ。実はエビチリはいつも大人気だから、少し多めに作ってもらってるんだけど足りなかったらまた追加注文も出来るし……ね?野村君」
「えっ!!?」
いつの間にかトシは俺の隣に座るユキのすぐ側に丸椅子を置いて嬉しそうにユキと談笑していたようだが、ヒロ先輩に急に話し掛けられて驚きの声を上げた。
その時になって俺はやっと如何に自分が食べる事に夢中になっていたかに気付き、自分のしでかしていた失態に愕然とした。
しまった……!
あまりにも出された料理が美味過ぎて当初の目的である『ユキとの仲を恋敵に見せつけて蹴散らしてやる!』という計画が、不覚にもすっかり頭から抜け落ちていた。
あまつさえ1番の恋敵であるトシがあんなにくっついてユキと話してる事にさえ、俺は気付いてなかった。
ユキを想う気持ちは美味い飯よりもずっと大事で、最優先事項なのに……それなのに……!
食べ物に浅ましい自分が嫌になって思わず顔を顰めたら、トシの方を向いていたヒロ先輩が俺へと視線を戻し、俺を安心させるように微笑んだままウインクしてくれた。
一瞬その意味が分からずにいたが、すぐにヒロ先輩が俺の為にわざと急にトシに話しかけてくれたんだと気付き、その気遣いが嬉しくて自然に顰めていた顔を緩めた。
「えっとぉ……エビチリを追加っすか?いいっすよ!ユキちゃんもうちのエビチリ好きだし、親父に言って追加で作って貰ってきます!あ!そうだ!ユキちゃんの大好物の炒飯も、もうすぐできると思うからついでに持ってくるね!」
問いかけられていた事を理解したトシがヒロ先輩に愛想良く返事をし、ユキに猫撫で声で話しかけてから素早く席を立った。
いそいそと部屋から出ていくトシの後ろ姿を見届けてから、俺は気合を入れ直してユキの方を向いた。
大好物の炒飯と聞いて「やったぁ!炒飯だぁ。あとは何食べようかなぁ~」と今やすっかり機嫌を直し、嬉しそうにメニュー表を眺めている可愛いユキの横顔を見つめて決意した。
よし、たった今から俺は食い気より色気だ!!
さっきまでの失態は今更悔やんでもしょうがない。
ここからは気持ちを切り替えて、熟考を重ねた計画を実行する事に決めた。
まず手始めに俺はユキの椅子の背もたれにそっと右手を伸ばし、ユキには気づかれないようにその背もたれに右腕を回した。
そしてこれまたそっと自分の椅子をユキに近づけた。
ユキがこの距離感に慣れて何も疑問を感じなくなった頃合いで、今度は背もたれじゃなくユキの肩に直接手を回そう。
最初は「触んじゃねぇよ!」とか文句を言ってくるだろうが、そんな反抗はのらりくらりかわしてやる。
次のステップはその肩を抱き寄せて、機を見てこの可愛い頬にキスをする。
抱き寄せた肩は絶対に離さない。
更に身体を密着させ、頬以外にも唇で触れちゃうもんね。
最終的にはこの尖らせた愛おしい唇を恋敵の目の前で奪い、ユキはもう俺のモンだと証明してやる。
そんな計画を頭の中で思い描いてほくそ笑んでいたら、ユキの正面でずっと黙って独りで小鉢の中華クラゲを肴に冷の日本酒をちびちび飲んでいた高野が急に顔を上げて俺の方を向いた。
暫く無表情でそのままじっとしてから高野はいつもの不気味な笑顔ではなくごく自然な、穏やかな微笑みを浮かべてゆっくりと分厚いレンズの眼鏡を外した。
「……!!!」
眼鏡を外した高野の美形っぷりは何回見てもやっぱり慣れることが出来ず、目前にすると驚愕してしまう。
「コウ君ってば……とても大胆だね。でもそういう君は嫌いじゃない……いや、そうやって好意を大胆に示してくれる君はとても魅力的で……僕は好きだなぁ……」
「……!!(ゴクリ)」
色素が薄い水晶玉のような綺麗な瞳を晒した高野に熱っぽく見つめられながら官能的に囁かれ、俺は思わず息を呑んだ。
高野の口元には無精髭だって生えてるし、それなりに男らしい体型をしている。
だから絶対に女性じゃないと分かっているのに……眼鏡を外したこいつには抗えない魔性の……男を惑わし虜にする何かがあった。
「あぁコウ君……君の情熱の炎が僕にまでびしびし伝わってきて……はぁ……僕は熱くて熱くて……堪らなくなってしまったよ……」
こいつってこんな声だったっけ?と思うほど艶やかな声で囁きながら、何を思ったのか、高野は着ていたダサいネルシャツのボタンをセクシーに外し始めた。
「……!!!?」
夏場でもダサいネルシャツの第一ボタンまできっちり留めて、普段は完全防御で隠されている首元が少しづつ露になり、その肌の白さと美しく浮き上がる鎖骨に目が釘付けになってしまいそうになった。
その時。
「うあっ!!蓮君!!駄目だよッツ!!脱いじゃ駄目って、いつも言ってるでしょ!!まだお酒1杯目だよね!?まさかもう酔っちゃったのぉ!!?」
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「キャプテン……ウフフ……嬉しいよ。とても情熱的な抱擁だね……そんな君の熱い想いに応えるためにも僕はこの服を全て脱ぎ捨てて、君と肌と肌を重ねて……」
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「うあぁぁ~!駄目だって!例え蓮君が裸になっても、俺は君とそんな関係になる気はないよ!ほら!ボタンから手を離して!なんで君は無駄にこんなにも力持ちなんだよぉ!あぁもう暴れないで!頼むから落ち着いて!あ!そうだ!野村君が戻って来たら、蓮君が好きなあんかけそばを頼んであげるから……!」
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「……うずらの卵を、多めで頼んでくれる?」
本当にいつものあの不気味な高野はどこへ行ったと思うくらい、高野が艶かしく首を傾げて甘い声を出した。
「もちろんだよ!この前みたいにうずらの卵いっぱいで作って貰おうね?だからもう脱がないって約束してくれるかい?蓮君」
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「ウフフ……キャプテン、君が1番僕の事を分かってくれてるね。僕はそんな君が大好きだよ。いつもみたいにうずらの卵が届くまでキャプテンの卵に触れててもいいかい?あぁもちろん君のはうずらの卵サイズなんかじゃないし、とても大きな大蛇がその卵を護ってるけどね……フフフ……」
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言われた本人であるヒロ先輩は一旦天を仰ぎ、ゆっくり顔を下ろしてじゃれつく高野を一瞥してから大きくため息を吐いた。
「……いいよ。その代わり、もうコウ君を困らせないと約束してね。あと、お酒はもうこれ以上は飲まないで良い子でいてよ。あ!それと、この前みたいに揉むのはダメだよ!ただ手を置くだけにしてね」
「ウフフ……キャプテンの大蛇が目を覚ましちゃうもんね。この前は凄かったね……ウフフ、手を置くだけ、ねぇ……分かったぁ……」
俺は高野がヒロ先輩の左腕に巻きつけていた腕を艶かしく徐々に下へと降ろし、ヒロ先輩の股間辺りでがさごそさせているのを唖然としたままで見届けた。
ど、どういうことだぁぁ!??
俺は一体、何を見させられてるんだぁ!?
俺が計画していたユキとのイチャイチャよりも更に凄い事が目の前で始まってしまい、俺は混乱して頭が真っ白になってしまった。
「あぁ~またぁ~?高野君は酔っ払うと、誰彼構わずにエロくなるからねぇぇ~~」
パニック状態の俺にのんびりと間延びした声が聞こえ、俺は無意識のままでそちらを顔を向けた。
「僕も去年、1回だけ彼の隣に座ったら身体中を弄られてえらい目に遭ったよ。あの時の彼はまだ飲めない年齢だったんだけど、僕のウーロンハイを間違って飲んじゃってね。まさか酔っ払ってあんなふうになるとは思わなくてびっくりしたよ。それ以来、飲みの席では彼の面倒は柴田君が責任もって見る事になったんだよぉ~。まぁこんな美形に迫られるのは確かに嬉しいけどさぁ~僕は襲われるよりやっぱり襲いたいからなぁぁ~~」
その挑発的な言葉を聞いて俺ははっとして平静を取り戻し、その声の主の小日向教授を睨んだ。
小日向教授は睨んだ俺に一瞬だけ目を合わせてから、いやらしい目つきで俺の隣でメニュー表をご機嫌で眺めているユキへと目線を動かした。
「ぼかぁ~やっぱり、嫌がる子に迫りたいなぁぁ~~迫って迫ってぇ……もう逃げ場がない所までにじり寄ってさぁ……限界まで追い詰めちゃうの。んで、最終的には相手が泣きながら観念して、全て俺に投げ出すんだぁ。そういうのがぁ……堪らないよね?」
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きっと『お前も俺と同じだろ?』とでも言いたいのだろう。
正直なところ、完全に否定は出来ない。
だって例えユキに何度拒否されたとしても、俺はユキを諦めない。
諦められない。
それはもう地球がひっくり返ったとしても不可能だ。
ユキが嫌がって俺から逃げても、絶対に俺は追いかける。
追いかけて、捕まえて、閉じ込めて、また逃げられたとしても、俺を受け入れてくれるまで何度でも何度でもユキが泣き叫んでも追いかけ続けるだろう。
だけど俺は決してその過程に性的興奮を感じるわけじゃない。
初めから受け入れてくれるなら、その方が良いに決まってる。
だから『俺はお前とは違う』という気持ちを込めて、俺は更に鋭く小日向教授を睨んだ。
小日向教授はそんな俺の反応が面白いのか、ニヤリと笑いやがった。
「あ、あのっつ……!」
俺と小日向教授は睨み合ってるし、ヒロ先輩と高野はなんかイチャイチャしてるし、ユキは我関せずでメニュー表をずっと見ているし、そんなカオス状態の中で今まで黙って成り行きを見守っていた豊国がいきなり右手を高く上げた。
「あぁごめんね!サクちゃんも何か追加で頼みたいものがあったかな?そっちに気が回らなくて悪かったね!」
高野に股間を弄られたままのヒロ先輩が、努めて穏やかな笑顔で豊国の方を向いた。
「あのっ!その……蓮先輩って……えっと……そのっ!」
言い淀んだ豊国に、ヒロ先輩が表情を引き締めて「そうだね、ごめん。ちゃんと説明するね。蓮君は酔っ払うとちょっと、その……艶っぽくなっちゃうんだ。びっくりしたよね。サクちゃんには少し刺激が……」と説明している途中で豊国が「そうじゃないんです!!」と叫んだ。
その大声にずっと無関心だったユキまでもが驚き、一斉に豊国へとみんなの視線が集まった。
「蓮先輩が……!普通に話せることに驚いてるんです……!だってさっきから蓮先輩は全然、英語を使ってないですよね!『キャプテン』って英単語でさえ、日本語の発音です!それに比較的ちゃんと会話も成り立ってます!どうしてですか!?俺はそれにびっくりして……!!」
豊国に言われてやっと俺もその事に気づき、今更ながら驚いてしまった。
本当だっ……!
こいつ、酔えば普通に喋れるんじゃねぇか!!
高野が酔ってる時なら福山も普通にこいつと話せるんじゃねぇのかぁ?
いや、でも……こんなにエロくなるのは問題だよなぁ……
あ!福山と言えば……
福山の事がふと頭をよぎり、俺は高野の好きなタイプを聞いておくと福山と約束した事を突如思い出した。
その約束を忘れてしまう前にさっさと果たそうと、俺が豊国から高野へと顔を向けたら、それを待ち構えていたかのように唇を尖らせて俺を睨むユキの顔が至近距離にあって、あまりに想定外の出来事に俺はびくっと少し跳ねてしまった。
「うあっ!何だよ!ユキ!びっくりするじゃねぇか!」
椅子の上で無様に跳ね上がってしまった事が恥ずかしくて誤魔化すように文句を言ったら、ユキは俺の目をじっと睨んでから静かに目線を俺の股間部分に落とした。
実はさっきまでのヒロ先輩と高野のやり取りを見てて、勝手にそこが若干だが反応してしまっていた。
仕方ないじゃないかぁぁ!!
だって昨日、ユキにお泊りの誘いを受けた時から俺はず~~っと滾りまくってたんだから!!
2人を見てて、あぁもし今夜、ユキにこんな事されたら……とかつい考えたらこうふうになっちゃったんだから仕方ないじゃないかぁぁぁ!!
ユキは不自然に盛り上がった俺のその部分を不満そうに唇を尖らせたままでじっと見つめた。
「……お前は……本当に、いつも高野ばっか見てるよな……」
拗ねた顔とは裏腹に、その声は少し寂しそうだった。
暫く何も言わずそのままじっとしていたが、不意に「別にどうでもいいけど!」とユキはそっぽを向いてしまった。
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