小さな幸せの見つけかた

なつこ

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幕間:東郷貴彦の暗躍

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「よう、待たせたな」
「待ちくたびれちゃったわよ、貴ちゃん~」
「お疲れ」


 侑吾に打ち合わせに行ってくると伝えて向かったのは、木佐の喫茶店だ。
 既に昼の営業を終えた店の中には、東郷を待っていたエリカと木佐以外の客はいない。週末だけ夜も店を開けているが、平日の今日はランチの営業で終わりだ。
 その時間を利用して、東郷はエリカを呼び出しておいたのだ。

 二人が座っている席に一緒に座ると、木佐がコーヒーを出してくれる。

「お、サンキュ」

 淹れてもらったコーヒーを一口飲む。カップを傾けた途端、鼻腔を擽るコーヒーの香ばしい香りにふ、と口元を緩めた。

(そういや、初めて侑吾をこの店に連れてきた時、コーヒーやホットサンドを食べてもの凄く感動してたっけな)

 今まで東郷が出会った人々の中でも、特に恵まれていなかった少年、侑吾。
 最初は、単なる同情だった。自分の所有するビルで自殺なんてされたくないから、監視の目的もあったけれど、東郷が拾ってからの侑吾がいつだって前向きで人一倍努力する子供だった。
 年齢だけで言えば、高校は卒業したとは言え、まだまだ親の庇護が必要なはずなのに、必死に一人で立って歩いて行く姿に感心した。そして、その背中を見守っているうちに、東郷の心にある思いが湧いた。

 ――侑吾の事を、誰よりも大切にして甘やかしてやったらどうなるんだろう……と。

 東郷自身、はっきり言って人付き合いは好きではない。
 友人は、学生時代からの付き合いである木佐とエリカしかいないが、特に不便はないし、この二人は東郷の過去も色々知っているから、変に気を使わなくていいのだ。

「で、木佐ちゃん、どうだったの?」

 東郷がカップをソーサーに戻したタイミングで、エリカが木佐に問い掛ける。

「ちょっと調べてみたが、ありゃあダメだな。完全に裏の世界に足を突っ込んじまってるぜ、侑吾の父親は」
「やはりそうか……」

 元々、新聞記者だった木佐は、情報収集に長けている。壮大な希望を抱いて入社したはずの大手新聞社では、捏造がやりたい放題、ニュースはネットの拾いもの、実際に記者が現場に赴いて調べる事など皆無だったらしい。あまりの現状に木佐は新聞を退職し、今は喫茶店を経営しながら情報屋的な仕事も請け負っている。と言っても、情報屋としての仕事は、基本的に知人か、信頼のおける相手からの紹介のみに限られるが。

 実は、今回の事が起こる前から木佐には密かに侑吾の父親と母親の状況は調べて貰っていた。
 結局、母親の消息はわからずじまいだったが、父親は侑吾と暮らしていたアパートにずっといたようで、すぐに調べられたようで、木佐が調査内容を纏めた資料を見せてくれた。

 資料を見る限り、時折日雇いのアルバイトをしているようだったが、ほとんどの時間をパチンコなどに費やしているらしく、既にかなりの借金持ちだった。
 しかも、最初は銀行のローンを利用していたようだが、どんどん足りなくなり、消費者金融に手を出し、今ではヤミ金融にまで手を出しているようだ。
 借金で首が回らなくなった父親は、侑吾の名前を勝手に連帯保証人にして、更にお金を借りたらしい。

「……つまり、これが俺の所に回ってきた案件の元ってことか」
「そういう事だな。エリカにも調べてもらったが、父親は既にブラックリストに入っているようだから、このまま放っておいてもいずれは破産するしかないだろうけどな」
「まぁ、そりゃそうだろうが、こんなクソな父親が素直に破産するかどうかだな」
「その前に、ヤミ金連中が破産させない可能性もありそうよね」

 木佐やエリカの言葉に、そりゃそうだよなと頷く。
 こんなクソな人間が、素直に破産に応じるとは思えないし、何よりこいつに金を貸しているヤミ金が許すはずもない。
 正直、このまま放っておきたい案件ではあるのだが、如何せん侑吾の名前が使われた事が許せなかった。

「とりあえず、侑吾に影響がなくなりゃいいか」
「それに関しては同感ね。こっちの方でも昔の知り合いにそれとなく探り入れとくわ」
「頼むな、エリカ」

 今でこそドラッグクイーン的な容貌のエリカだが、こいつは元々未来の警視正と言われた、元警察のエリートだ。
 両親ともに警察関係だった所為で、その道に進んだけれど、いつしか本来の自分と剥離していくように感じて、耐えられなくなり、警察を辞めてゲイバーをオープンさせた異色の経歴の持ち主だ。
 退職する時も割とすんなり辞めた所為か、当時の同僚や後輩などが店の常連になっているのは知っている。ある意味、かなりのマイノリティーだと思うのだが、色々なタイプの人間とすんなり付き合えるのは、エリカの凄い所だと密かに思っていたりする。本人には絶対言わないが。

(ほんとにエリカのやつは俺とは全く違う。俺は昔の職場のやつらと笑って話が出来るなんてあり得ないからな……)

 ――東郷の前職は、検事だ。
 それなりに誇りと希望を抱いて検事になったはずが、今ではあの頃の事なんか思い出したくもない。
 あの頃の記憶は、未だに東郷の心の澱として、奥深くに沈んでいるからだ。
 だから、人なんて信じるもんかとずっと思っていた。友人なんて木佐やエリカだけで十分だし、それ以外の関係など適当でいいのだと。

 だが。

「……なぁ、エリカ、木佐。侑吾って何であんなに素直でいいヤツなんだろうな……」

 東郷の、唐突な言葉に、エリカと木佐は一瞬目を合わせてから、東郷に視線を向ける。

「それはアタシも思うわ~。あんなに苦労しているのにあんなにスレてない子ってあまりいないじゃない? 一度聞いてみたら『ぐれている時間が勿体なくて』って言ったのよ。ホント、侑吾ちゃんはいい子よね。ちょっと天然だけど」
「侑吾は、いつも俺の作るサンドイッチやホットサンドも美味しそうに食べてくれるし、コーヒーだってそうだ。それに、ちゃんと『美味しかったです』って言ってくれるしな。あんな素直なヤツはなかなかいないと思うぞ、俺も」
「「だから、ちゃんと侑吾(ちゃん)を守りぬくぞ(のよ)!!」」
「……ああ、そうだな」

 木佐とエリカの言葉に、東郷も頷く。
 侑吾には、一切悪意がない。仕事は真面目にやるし、変な遊びもしない。東郷が渡した給料だってほとんど貯金しているのは知っている。だからと言って、変に東郷に甘えるでもなく、必死に自立しようとする。
 その妙にアンバランスな所が危なっかしくもあり、庇護欲をそそるのかもしれない。
 だが、それだけではない事も、もうわかっている。

(――俺は、侑吾を傷つける全てから守りたい。でも、それ以上に侑吾を手放したくないんだ)

 いつの間にか、東郷の心を占めていた侑吾への独占欲。
 いつだって笑っていて欲しい。幸せでいて欲しい。――ずっと、傍にいて欲しい。手放したくない。
 そんな想いを、初めて抱いた。

 だから、東郷は暗躍する。
 木佐とエリカを巻き込んで、侑吾の父親から侑吾を完全に奪い取る為に。



* * * * * * * *

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