小さな幸せの見つけかた

なつこ

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明けましておめでとうございます!
遅くなりましたが、これからもよろしくお願いします!!

* * * * * * * * * * * *


僕がエリカさんの店で働くのは、平日に1日程度、週末の金・土で2日の3日にほぼ固定された。理由は一つ。スタッフの窃盗事件が起こるのは週末が多いからだ。

「まぁ、働いている奴らが少ない時にやったら、すぐに自分が犯人だとバレるからだろうな」

 と、東郷さんが指摘していた。
 確かに、その通りだなと僕も頷く。今日は金曜日なので、東郷さんの事務所での仕事もそこそこに、エリカさんの店に行く準備をしていると、東郷さんから「エリカのとこに行く前に一度事務所に来てくれ」と連絡が入った。
 エリカさんの店でバイトならぬ潜入捜査をするにあたって、エリカさんから制服として洋服を貰っていた。シンプルな白のシャツに黒のチノパンだが、とても動き安く密かに気に入っていたりする。
 普段は夏だとTシャツにジーンズ、冬はトレーナーにジーンズという恰好だから、余計にそう思うのかもしれないけれど。
 制服代わりの洋服に着替えて、軽く髪の毛をセットしてから、事務所に向かう。

「東郷さん、お待たせしました」

 コンコン、とドアをノックしてから入ると、ソファに腰掛けた東郷さんが「おう」と軽く答えてから、向かいのソファに座るように指示される。

「侑吾。エリカから連絡があって、今日はスタッフ全員が店に来るらしい」
「……という事は、もしかして……」
「ああ。今日、犯人が動く可能性が非常に高い」

 東郷さんの言葉に、ゴクリと生唾を飲み込む。
 素人の僕が考えてもわかる事だ。スタッフが少ない時に盗みを働けば、犯人だと露呈する確率はどうしても高くなる。それなら、少しでも犯人になり得るメンバー、つまりスタッフが多い日に盗む方が見つかりにくいのだろう。
 だけど……僕の気持ちは沈んでいく。

「どうした? 侑吾」
「いえ、あの……何だかちょっと気が重くて……」
「……ああ、まぁ、そうだよな」

 全てを言わなくても、東郷さんはいつも僕の気持ちを察してくれる。犯人を見つける為の潜入捜査的なものだとわかっていても、何度か一緒に働けば情も湧く。だって、皆いい人ばかりなんだ。接客に慣れていない僕が失敗しても、皆笑顔でフォローしてくれるし、教え方もとてもわかりやすい。

 正直、仕事は上司にどやされながらやるものだというイメージがあったから、初めてエリカさんのお店で仕事をした時はとても驚いたんだ。(東郷さんも優しいんだけど、最初のイメージがアレだから僕の中では除外されていた)
 だから、もし犯人がわかったとしても、僕にその人に問いただす勇気はない。もちろん、そんな重要な事を東郷さんやエリカさんが僕にやらせるとは思わないけれど。
 俯いて黙り込んだ僕の頭を、東郷さんの大きな手がぽんぽんと優しく叩く。

「侑吾は気にせず、いつも通り働いてくりゃあいいんだ。調べるのは俺とエリカの仕事だから」
「でも……」
「いいから。だって、働くの楽しいんだろ? 侑吾。大変そうなのに、いっつも楽しそうに笑ってるもんな」
「…………はい」

 東郷さんの言葉に、小さく肯く。
 確かに、エリカさんのお店ではとても楽しく仕事をさせて貰っている。潜入捜査だというのに、初めて経験する接客という仕事は、僕みたいに学歴も技術も何も持っていなくても、努力だけで何とかなるんだという事を教えてくれた。
 だからこそ、犯人を見つけるのが怖い。見つけてしまったら――僕はどうすればいいんだろうか。

「お前は何もしなくてもいい。ただ、いつも通り、元気に楽しく働いとけ」
「……東郷さん?」
「お前が楽しそうに働いてんのを見るのは、結構楽しいんだよ。だから、変に気にせずいつも通り働けばいいさ」

 僕の頭をわしわしと撫でながら、優しい声でそう言ってくれる東郷さんの優しさに、僕は小さな声で「ありがとうございます」と言う事しか出来なかった。





「いらっしゃいませ!」
「あら~久々じゃない、センセイ! こっちの席にどうぞ」
「ドリンク出来たぞ。2番テーブルだ」
「料理も上がったぞ! こっちは3番だ」
「わかりました!」

 週末の店は忙しい。固定客もいない僕は、出来たドリンクや料理を各テーブルに運ぶのに大忙しだ。
 エリカさんや他のスタッフさんも忙しそうにしているけれど、贔屓のお客さんが来たら席に着いてお話しする事が多いので、そういう意味でもフリーの僕は店内を小走りで駆け回っていた。
 第一陣のピークを終え、少し店内が落ち着いてきた頃、スタッフのマコトさんが僕に声を掛けてくれた。

「侑吾くん、今のうちに休憩してきなよ。忙しかったら疲れたでしょ?」
「ありがとうございます、マコトさん。じゃあ、お言葉に甘えて休憩いただきます」
「じゃあ、これを飲んで休憩しておいで。もちろん、東郷さんが来たらすぐに教えてあげるから」
「あ、ありがとうございます……」

 マコトさんに渡されたオレンジジュースを受け取りながら、ぽっと顔が赤くなる。うう、この店では僕と東郷さんが恋人同士という事になっているから、そんな風に言われるのも当然なんだろうけど、こればかりは慣れない。
 マコトさんは、ショウさんやダイキさんに続く古株のスタッフさんで、茶髪のボブヘアで細身の美人さんだ。マコトさんにも付き合っている彼氏がいるらしく、僕に彼氏がいる事も疑わずに信じてくれている。

(うう、でも恥ずかしいよぉ……)

 オレンジジュースを持ったまま休憩室を兼ねたロッカールームに行って、椅子に座って一息つく。
 コクリ、とオレンジジュースを飲むと、爽やかな酸味と甘さが口の中に拡がっていく。うん、とても美味しい。僕が今まで飲んだ事のあるオレンジジュースとは全然違う。

「ふぅ……」

 思わず満足げな息が零れる。本当に、東郷さんに拾われてからの僕は色々と恵まれているな。
 東郷さんの顔を思い浮かべると、反射的に顔が赤くなってしまう。うう、だって、東郷さんはめちゃくちゃかっこいいんだもん。そんな人が僕のこ、恋人だなんて誰も信じてくれないと思っていたのに、案外皆あっさりと信じてくれちゃうんだもんなぁ。
 正直、それが一番驚きかもしれない。
 僕みたいに、特に可愛い訳でも綺麗な訳でもない平凡で面白みのない人間が東郷さんの恋人だなんて、おこがましいとしか思えないのにな。
 …………でも。

(東郷さんの恋人役は……ちょっとだけ嬉しかったり、する……)

 この気持ちは恋愛とかではないと思うけれど、東郷さんの事は尊敬しているし、好きなのは間違いない。
 だから、嘘でも東郷さんの恋人として認識される今はちょっとだけ嬉しくて幸せだ。

(だって、今だけだもん……。少しくらい楽しんでもいいよね?)

 東郷さんには言えないけれど、犯人が見つかるまでの間の恋人のフリを、楽しませてもらおうと思った僕だった。


 そして、休憩を終えて、再びお店の中を走り回って。
 東郷さんも来てくれた店内を、にこにこしながら走り回っていた僕は、バイト終了後に自分の鞄を見て、愕然とした。



 ――東郷さんの予想通り、僕の財布の中から、お金が抜き取られていたのだ。

 
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