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その声に顔を上げると、頭にバンダナを巻いたこちらも強面イケメンさんが、東郷さんをじっと睨み付けていた。その手には僕達用のホットサンドがあり、多分注文したものを持って来てくれたんだと思うのだけれど、この妙な緊張感は一体何。
「ンな訳ないだろう。こいつはちょっとした縁で雇ったんだ。なぁ、侑吾」
「え? あ、はいっ! 東郷さんにはお世話になってます!」
あまりの緊張感にちょっと呆けてしまった僕は、慌てて頭を下げる。どうやら、バンタナイケメンさんに変な誤解をさせてしまったかもしれないので、必死に説明する。
「あのっ、僕、仕事も家もなくしてしまって、呆然としていた所を東郷さんに拾ってもらったんです!」
「…………拾ったって、どういう意味だ、東郷?」
(――あれ? もしかして、余計に誤解させちゃった……?)
先ほどよりも一層目つきの悪くなったバンダナイケメンさんの様子に、どうしようと内心おろおろしていると、東郷さんがため息交じりに説明してくれる。
「大まかなとこは間違っちゃいないが、呆然としすぎてウチのビルから落ちそうになってな。んで、話を聞いたら仕事も家もないってんで、俺が雇ったんだよ」
「――へぇ……東郷にしちゃ珍しいな」
「ほっとけ」
気心知れた2人のやり取りに、とりあえず誤解は解けたのだろうかと心配していたけれど、変な緊張感はなくなったので多分大丈夫だと思う。
「まぁ、いいさ。とりあえず、ほいお待ち」
「わぁ! 美味しそうです!」
テーブルに置かれたホットサンドは、とても美味しそうで思わず涎が零れてしまいそうなほどだ。視線を東郷さんに向ければ、頷いてくれたので「いただきます」と両手を合わせてから、ホットサンドに齧りついた。
「――うま……! すっごく美味しいです!」
「だろう? うちの自慢の一品なんだよ」
「そうなんですね! 納得です!」
バンダナイケメンさんの言葉に、確かにと頷きながら1枚をペロリと平らげてしまった。普段、朝ご飯を食べない僕にしてみれば、こんな美味しいホットサンドを朝から食べられて本当に幸せだと思った。
「こんなに美味しくてお腹いっぱいになったら、今日は一日何も食べなくても大丈夫な気がします!」
「……おい、ちょっと待て」
久々に朝から感じる満腹感に、つい嬉しくなってそう口にすると、東郷さんとバンダナイケメンさんから叱られてしまった。
曰く、一人前の社会人は食事をキッチリ取る事も必要だ、人間には必要な栄養素が何たらかんたらと2人がかりで説教され、僕は小さくなって肯く事しか出来なかった。
……でも、2人が僕の事を思って叱ってくれているのがわかるので、嫌な気持ちにはならなかった。父さんに怒鳴られる時は、八つ当たりというか憂さ晴らしみたいな所も多かったから、それとは違うのはすぐにわかった。
「とりあえず、毎朝侑吾と一緒に食いに来るから、頼むぞ、木佐」
「了解」
バンダナイケメンさん――木佐さんと言うらしい――と東郷さんの間で話がついて、結局毎朝ご馳走になる事になってしまった。
いいのかな、と思ってちらりと2人を伺うけれど「遠慮すんな」とガシガシと東郷さんに頭を撫でられる。
木佐さんも「東郷に甘えとけ」と言ってくれているけれど、本当にいいのだろうか……と思いつつ、残っていたホットサンドを食べる。ツナのホットサンドを注文したけれど、凄く美味しい。もしかして、こんな美味しいホットサンドを毎朝食べられるって事……?
「……そんな贅沢な事、しちゃってもいいんだろうか……?」
「ん? どうした? 侑吾」
思わず呟いた言葉に東郷さんが反応する。けれど、内容までは聞こえなかったようなので「何でもないです」と誤魔化した。
付け合わせのサラダとヨーグルトも全部食べて、コーヒーを飲む。鼻腔を香ばしい匂いが擽って、こちらもとても美味しかった。
こんなに美味しいコーヒーを飲んだのは初めてだ。インスタントコーヒーは何度か飲んだ事があるけれど、それとは全く違っていた。こんな美味しいコーヒーを知ってしまったら、もうインスタントなんて飲める自信がなくなりそうだ。
「美味かったか?」
「はいっ! 凄く美味しかったです! ご馳走様でした」
東郷さんの問い掛けに笑顔で頷いて、両手を合わせてご馳走様をする。そんな僕の姿を、東郷さんがどこか眩しそうな顔をして見ていた。
「……あの、何かおかしかったですか?」
「いや……結構苦労してるだろうに、すげぇちゃんとしてんだなと思って。こっちが想像した以上に真っ当に育ったんだな、侑吾は」
「……そう、だといいんですけど」
基本的な礼儀はちゃんと教えてもらった訳じゃないけれど、だからこそちゃんとしようと意識はしていた。学生の間は、先生に教えてもらったり、図書室の本で学んだりと、勉強しながら礼儀作法は意識して身に付けるようにしていたから。だって、社会に出た時に「これだから高卒は」とか両親にちゃんと育てられていない事で馬鹿にされたくなかったんだ。あんなクソ親に育てられなくてもちゃんとした人間になれるんだぞ、と世間に知らしめてやりたかったんだ。
だから、東郷さんにそう言われた時、何故か鼻の奥にツンとした痛みが走った。え、なんで泣きそうなんだ僕、と自分に突っ込むけれど、一度スイッチが入ってしまった涙腺は止まる事なく、僕の頬を滑り落ちた。
……何で、泣いているんだ、僕。悲しい訳じゃないのに。動けなくなるほど殴られた訳でも、お腹が凄く空いている訳でもないのに何故。
「……うぅ、……っ」
ポロポロと次から次へと零れてくる涙を両手で拭っていると、東郷さんの大きな手が伸びてきて、僕の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれる。少し慣れていなさそうなぎこちない手だったけれど、その優しい手に僕は益々涙が止まらなくなってしまった。
「ンな訳ないだろう。こいつはちょっとした縁で雇ったんだ。なぁ、侑吾」
「え? あ、はいっ! 東郷さんにはお世話になってます!」
あまりの緊張感にちょっと呆けてしまった僕は、慌てて頭を下げる。どうやら、バンタナイケメンさんに変な誤解をさせてしまったかもしれないので、必死に説明する。
「あのっ、僕、仕事も家もなくしてしまって、呆然としていた所を東郷さんに拾ってもらったんです!」
「…………拾ったって、どういう意味だ、東郷?」
(――あれ? もしかして、余計に誤解させちゃった……?)
先ほどよりも一層目つきの悪くなったバンダナイケメンさんの様子に、どうしようと内心おろおろしていると、東郷さんがため息交じりに説明してくれる。
「大まかなとこは間違っちゃいないが、呆然としすぎてウチのビルから落ちそうになってな。んで、話を聞いたら仕事も家もないってんで、俺が雇ったんだよ」
「――へぇ……東郷にしちゃ珍しいな」
「ほっとけ」
気心知れた2人のやり取りに、とりあえず誤解は解けたのだろうかと心配していたけれど、変な緊張感はなくなったので多分大丈夫だと思う。
「まぁ、いいさ。とりあえず、ほいお待ち」
「わぁ! 美味しそうです!」
テーブルに置かれたホットサンドは、とても美味しそうで思わず涎が零れてしまいそうなほどだ。視線を東郷さんに向ければ、頷いてくれたので「いただきます」と両手を合わせてから、ホットサンドに齧りついた。
「――うま……! すっごく美味しいです!」
「だろう? うちの自慢の一品なんだよ」
「そうなんですね! 納得です!」
バンダナイケメンさんの言葉に、確かにと頷きながら1枚をペロリと平らげてしまった。普段、朝ご飯を食べない僕にしてみれば、こんな美味しいホットサンドを朝から食べられて本当に幸せだと思った。
「こんなに美味しくてお腹いっぱいになったら、今日は一日何も食べなくても大丈夫な気がします!」
「……おい、ちょっと待て」
久々に朝から感じる満腹感に、つい嬉しくなってそう口にすると、東郷さんとバンダナイケメンさんから叱られてしまった。
曰く、一人前の社会人は食事をキッチリ取る事も必要だ、人間には必要な栄養素が何たらかんたらと2人がかりで説教され、僕は小さくなって肯く事しか出来なかった。
……でも、2人が僕の事を思って叱ってくれているのがわかるので、嫌な気持ちにはならなかった。父さんに怒鳴られる時は、八つ当たりというか憂さ晴らしみたいな所も多かったから、それとは違うのはすぐにわかった。
「とりあえず、毎朝侑吾と一緒に食いに来るから、頼むぞ、木佐」
「了解」
バンダナイケメンさん――木佐さんと言うらしい――と東郷さんの間で話がついて、結局毎朝ご馳走になる事になってしまった。
いいのかな、と思ってちらりと2人を伺うけれど「遠慮すんな」とガシガシと東郷さんに頭を撫でられる。
木佐さんも「東郷に甘えとけ」と言ってくれているけれど、本当にいいのだろうか……と思いつつ、残っていたホットサンドを食べる。ツナのホットサンドを注文したけれど、凄く美味しい。もしかして、こんな美味しいホットサンドを毎朝食べられるって事……?
「……そんな贅沢な事、しちゃってもいいんだろうか……?」
「ん? どうした? 侑吾」
思わず呟いた言葉に東郷さんが反応する。けれど、内容までは聞こえなかったようなので「何でもないです」と誤魔化した。
付け合わせのサラダとヨーグルトも全部食べて、コーヒーを飲む。鼻腔を香ばしい匂いが擽って、こちらもとても美味しかった。
こんなに美味しいコーヒーを飲んだのは初めてだ。インスタントコーヒーは何度か飲んだ事があるけれど、それとは全く違っていた。こんな美味しいコーヒーを知ってしまったら、もうインスタントなんて飲める自信がなくなりそうだ。
「美味かったか?」
「はいっ! 凄く美味しかったです! ご馳走様でした」
東郷さんの問い掛けに笑顔で頷いて、両手を合わせてご馳走様をする。そんな僕の姿を、東郷さんがどこか眩しそうな顔をして見ていた。
「……あの、何かおかしかったですか?」
「いや……結構苦労してるだろうに、すげぇちゃんとしてんだなと思って。こっちが想像した以上に真っ当に育ったんだな、侑吾は」
「……そう、だといいんですけど」
基本的な礼儀はちゃんと教えてもらった訳じゃないけれど、だからこそちゃんとしようと意識はしていた。学生の間は、先生に教えてもらったり、図書室の本で学んだりと、勉強しながら礼儀作法は意識して身に付けるようにしていたから。だって、社会に出た時に「これだから高卒は」とか両親にちゃんと育てられていない事で馬鹿にされたくなかったんだ。あんなクソ親に育てられなくてもちゃんとした人間になれるんだぞ、と世間に知らしめてやりたかったんだ。
だから、東郷さんにそう言われた時、何故か鼻の奥にツンとした痛みが走った。え、なんで泣きそうなんだ僕、と自分に突っ込むけれど、一度スイッチが入ってしまった涙腺は止まる事なく、僕の頬を滑り落ちた。
……何で、泣いているんだ、僕。悲しい訳じゃないのに。動けなくなるほど殴られた訳でも、お腹が凄く空いている訳でもないのに何故。
「……うぅ、……っ」
ポロポロと次から次へと零れてくる涙を両手で拭っていると、東郷さんの大きな手が伸びてきて、僕の頭をぽんぽんと優しく撫でてくれる。少し慣れていなさそうなぎこちない手だったけれど、その優しい手に僕は益々涙が止まらなくなってしまった。
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