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11巻
11-2
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(ついに来た! いろいろバレないといいんだけど……)
ルーナは、顔や態度には出さないように気をつけながらも、緊張に身を固くした。
「貴殿らは他国の貴族……あるいは豪商のような上流階級の人間だろう? それがなんでリカールの、それも山岳地帯にいて、山賊退治にかかわっているんだ? 貴殿らに得はないことを考えると、大きな裏はないと思う……それでも悪いが、可能なら納得できる説明がほしいぜ」
尋問するような形となったことを申し訳なく思っているのか、ガロンの口調は歯切れが悪い。
ルーナは、両隣に座るリュシオンとカインにそっと目をやった。すると、同じく目を向けた二人と視線が合う。
(リュー……カイン……)
戸惑う彼女をよそに二人はうなずき合うと、まずリュシオンが口を開いた。
「貴方の立場なら、疑問をそのままにしておけないのも仕方がないだろう」
「わかってくれてありがたい」
すかさず礼を述べるガロンに、リュシオンは少しだけ口元を緩める。
「察しの通り、俺たちは他国――クレセニアの貴族に連なる者だ。身分を証明するのは……そうだな、これを見てもらえばわかりやすいか?」
そう言ってリュシオンは、懐から通行許可証を取り出した。
これは、ルーナの父――リヒトルーチェ公爵が発行した正式な通行許可証だ。もちろん名前などについては微妙に変えている。
たとえばルーナの場合、本名のルーナレシア・リヒトルーチェではなく、ルーナ・フェルタンと書類に書かれているのだ。
フェルタンは彼女の父方祖母の生家であり、実在する家名である。きちんと存在するので、調べられても問題がない。
もちろんリュシオンとカインについても、それぞれファーストネームはそのままに、実在する家名が記されていた。
「ふむ、クレセニアの……」
許可証を見ながら、ガロンはつぶやく。
しかし、その家名に特にピンときた様子はなかった。
(おばあ様のご実家、フェルタンの名を見ても反応がないし、他国の貴族にはあんまり詳しくないのかな?)
ルーナはガロンを見つめて、小さく首を傾げる。
彼女の祖母の生家、フェルタン家は辺境伯爵家であり、クレセニアでも歴史の古い名門だ。
辺境伯といえば侯爵家と同等に扱われるものだが、フェルタン家にいたっては公爵家さえ一目置くほどなのだ。
そんなクレセニアの名門、フェルタンの家名を目にしても、特に気にした様子もないガロン。ルーナが推察する通り、他国の貴族に疎いのだろう。
そうであれば、リュシオンやカイン、ルーナの顔で本当の身分を察することは難しいと思われた。
三人は、それを知って内心安堵する。
「貴殿らの素性についてはわかった。この許可証も正規のもので問題はない。だが、ここにいる理由についてまではわからんからな。話してもらってもよいか?」
ガロンに丁寧な口調で問われ、今度はカインが口を開く。
「僕たちがリカール王国、そしてこのカラディ族の里にやってきたのには、件の魔法使いが関係しています」
「山賊の首領が?」
ガロンは訝しげに尋ねた。
見るからに育ちの良い青年たちと少女。実際、本人たちからも、貴族に連なる者と聞いている。そんな出自の彼らと、山賊の首領が繋がらなかったのだろう。
「ええ。実は、我が家に伝わる家宝の一つを、奴が盗んでいったのです。それは、我が家で行う儀式に必須のもの。ゆえに賊を追ってこの国に来たというわけです。ただ、この話はどうかこの場だけに収めてほしいのですが」
カインがすらすらと答えれば、ガロンは納得したようにうなずく。
もちろん、盗まれた家宝などなく、真実はリュシオンにかけられた禁呪を解くことが旅の目的だ。
しかし、本来の身分と同じく、それをたやすく話すことはできない。
ガロンに説明したのは、リュシオンとカインがあらかじめ考えていた話だった。
「なるほど、家宝か……」
身分ある家となれば、家宝の一つや二つあっても不思議ではない。また、その家宝を子々孫々に伝えていくことが、その家の誇りとも言われている。
貴族社会においては、没落の憂き目にあって家宝を手放せば、とんでもない恥と噂されるほどだ。
それは、盗難などによって奪われても同じことで、秘密裏に取り返そうというのはなんら不思議のない話だった。
「だが、件の首領が目的の人物で間違いないのか?」
ガロンは、難しい顔で問いかける。
目の前にいるリュシオンたちは、その通行許可証からもクレセニアの人間だとわかる。
他国の貴族の家宝を奪った賊となれば、まず疑うのは自国の犯罪者だろう。そもそも、クレセニアからリカール王国に行くだけで、半月ほどかかるのだ。
しかし、リュシオンたちは、犯人がこのリカール王国の人間である魔法使いだと確信している。その根拠にガロンが疑問を持つのも仕方がなかった。
「結論を述べるなら、件の首領が犯人で間違いない。奴は、魔法を使って盗みを働いたんだが、盗まれた家宝には特殊な魔法がかけてあった。簡単に言えば、一定距離ならば追跡できるというものだ。それによって、賊がすぐに国外に逃亡したことがわかった。途中で追えなくなったものの、リカール王国に入ったところまでは確認した」
「さらにリカールで、最近魔法使いがいる山賊団が暴れているという話を聞きましたから。山賊に身をやつす魔法使いなど、かなり稀な存在。逃げた賊と結びつけるのは簡単です」
リュシオンの説明を引き取り、カインが続ける。
そんな二人に、ルーナは内心で舌を巻いていた。
(必要な設定だけど……うん、確かに必要なんだけど、それをこんなにすらすら本当っぽく言えちゃう二人って……。やっぱりそういう処世術って必要なのかな。それとも、二人とも元々そういう才能があるってこと? やだ、ペテン師って言葉が頭に浮かんできたよ……)
二人が聞けばおおいに反論しそうだが、幸いにも彼らにルーナの心の声は届いていない。
(ペテン師……いやでも、お金巻き上げたりする必要はないよね。じゃあなんだろ? ひょっとしてわたしが知らないだけで、色んな女の人を騙してるとか?)
リュシオンとカインがあずかり知らないところで、ルーナはとんでもない妄想を繰り広げていた。
そして、いつの間にかそれが事実のように思えてしまい、リュシオンとカインを半目で睨みつける。
一方、何故かルーナに睨まれることになったリュシオンとカインは、訳が分からないまま戸惑うばかりだ。
密かな三人のやり取りをよそに、ガロンは彼らの話ですべて納得したようだった。
「では、ここに滞在しているのも、家宝が見つからなかったためということか」
「ええ。どうやら逃げた首領が、それを持ち出したようです」
カインが答えると、ガロンは遠慮がちに訊いた。
「答えられるのならばでいいのだが、家宝というのはどんなものなんだ?」
「詳しくは説明できませんが、見た目は意匠の入った指輪です」
「指輪か。ならば簡単に持ち出せるのも納得だな」
「ええ。忌々しいことに」
「まったくだ」
ガロンは、カインに向かって大きくうなずいてみせる。
(指輪ね……確かに、この世界じゃ指輪をしている人はたくさんいるものね。特に魔法使いは魔道具や護符として身に着けてる人も多いし。というか、本当に設定作りこんでるなぁ……これからは二人の言うことを鵜呑みにするのやめた方がいいかも?)
ルーナの誤解がさらに深まったことも知らず、話は続く。
「……それで、まずは捕まえた山賊たちのことだが」
里長が口火を切ると、ガロンは連れてきた副官へ目配せをする。それに応えて女性の副官――メイが話し出した。
「今回は事が事だけに、機動力重視で先遣隊として我らが参りました。近日中には残りの者が来る手筈となっております。ですので、その者たちが捕まえた山賊を王都へ移送いたします」
「なるほど」
「後発隊は、休息を取ったらすぐに王都に戻ることになっている。迷惑はかけないつもりだが、多少の便宜は図ってもらえるとありがたい」
メイの説明を引き取ってガロンが言うと、里長は了承を示して首肯した。
「では、本題……逃げた魔法使いについてだが。あれから、何か手掛かりはあるのか? あるならば教えてほしい」
「それが、今のところ行方についてはまったくわかっていないのだ」
ガロンの言葉に、里長は苦虫を噛み潰したような顔で告げる。
「まったくか……」
同じく難しい顔で、ガロンは独りごちた。
そんな中、リュシオンが口を開く。
「魔法使いは、〈転移〉によってあの場から消えた。〈転移門〉を使用したわけではないから、そう遠くに逃げたとは思えない。たとえ何度か〈転移〉を繰り返したとしても、馬で移動したのと同じくらいの距離のはずだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
話の途中で、ガロンが焦って口を挟む。
リュシオンが視線を向けると、彼は決まりが悪そうに頭を掻いた。
「話を遮って悪い。だがな、俺たちにとって魔法は身近なものじゃない。わかってるつもりで話しているようだが、もう少し詳しく説明してくれないか?」
ガロンの言葉に、リュシオンはお互いの常識の違いを理解する。
たとえ魔法が使えなくとも、魔法の知識がそれなりにあるクレセニア人とは違い、リカールの人間にとって魔法は本当に一般的ではないのだ。
「ああ、悪かった。じゃあ、どのあたりの説明が足りないか教えてくれ」
「そうだな、まず〈転移〉についてだ。瞬間的に違う場所へ移動する魔法――ということで合っているか?」
「ああ、その認識で間違いない」
「ただ、どのくらい移動できるかとかはわからないな。さっきの話を聞く限りでは、あまり長距離ではないと見当がつくが」
「その通りだ」
リュシオンはうなずきながら、そういえばと考えを巡らせる。
(リカールには〈転移門〉すらなかったな。となれば、〈転移〉についての知識がないのも仕方ないのか)
「〈転移〉魔法は、多くの魔力を使う。一回の魔法で移動できるのは、最大で一里ほどの距離だ。それも、一般的な魔法使いがその距離を〈転移〉すれば、休息を一日取らねばならないほど魔力を消耗する」
「では、何度も〈転移〉するというのは……」
「短い距離でならば可能だが、ある程度の距離を〈転移〉したとなれば無理だな」
リュシオンがそう結ぶと、ガロンは眉間に皺を寄せて考え込む。
そんな中、それまで黙っていたルーナが、おずおずと口を開いた。
「あの魔法使いは、カプリースさんのお姉さんを一緒に連れて行ってるかもしれないんです。だとしたら、余計に遠くまで逃げるのは無理ですよね」
「ん? カプリース? 姉?」
考え込んでいたガロンは、ルーナの言葉に反応する。
そこで里長やリュシオンたちは、ガロンにまだその話をしていなかったことに思い至った。
「カプリースというのは、彼らと同じく里に滞在している娘の名だ。薬師見習いということで、怪我人の世話をしてもらっている。彼女がカラディ族の里に来たのも、その姉を訪ねて向かった里が壊滅状態だったからだ。山賊討伐後、捕まっていた者たちの中に姉はいなかったが、他の者の証言から、彼女の姉だけが件の首領に連れて行かれたのではないか、と推測したんだ」
里長の説明に、ガロンたちは顔を顰める。
山賊の首領に連れ去られたとなれば、ろくな扱いをされないであろうことは容易に想像できるからだ。
特に女性は、死にたくなるような目に遭う可能性がある。
「そうとなれば、なおさら早く捕まえねばならんな」
「ええ」
ガロンのつぶやきに、女性として思うところがあるのだろう、メイは力強く同意した。
けれど、そんなガロンたちに、里長は躊躇いがちに告げる。
「ただ、こう言ってはなんだが、件の首領とカプリースの姉が一緒にいる確証はないのだ。証言した者も実際に見たわけではなく、いつの間にかいなくなっていたため、連れ去られたのだろうと言っているだけだからな」
「良い方向に考えれば、一人で逃げたということも考えられるわけか」
「ああ。だから首領の捜索を行う際、そのことも頭に入れておいてもらえるとありがたい」
里長が頭を下げると、ガロンはもちろんだと力強くうなずいた。
それから彼は、改めてルーナに顔を向ける。
「悪い、話がまた逸れてしまったが、お嬢さんはほかに何か言いたいことがあったんじゃないか?」
意外なほど紳士的に訊かれ、ルーナはおずおずと口を開いた。
「さっき彼が言った通り、〈転移〉魔法は魔力の消耗が激しく、〈転移門〉のような大掛かりな仕掛けがなければ長距離の移動は不可能です。そう考えると、逃げた魔法使いはまだこの辺りにいると考えるのが普通なのですが……」
「二日経っても、まだ手掛かりすらないな」
ルーナの言葉を引き取り、里長がつぶやく。
そんな彼に同意しながら、ルーナは再度話し始めた。
「いくら捜索場所が広範囲といっても、捜索に参加しているのはこの辺りを庭のように知り尽くした人たちです。当然、隠れやすそうな場所なども知っていて、重点的に調べていると思います」
「ああ、その通りだ」
「それでふと思ったのですが、見つからないのではなく、見つけられないのではないでしょうか?」
「ん……どういうことだ?」
ルーナの言葉が理解できず、ガロンたちは首を傾げる。
しかし、リュシオンとカイン、そして里長は、彼女の言葉にハッと息を呑んだ。
「なるほど、〈幻惑〉か」
「どういうことだ?」
リュシオンのつぶやきに、ガロンが尋ねる。
「俺たちが急襲した山賊団のアジトの入り口にも、一見すると単なる山肌に見えるような魔法が施してあった。そうした魔法で、捜索の目を誤魔化していたとすればどうだ?」
「魔法は、そんなこともできるのか……」
驚くガロンに、今度はカインが告げた。
「それだけではありません。精神系の魔法で気を逸らすような仕掛けがあれば、怪しい場所に近づいたとしても、本人が気づくことなく離れるよう誘導されている可能性もあります」
「本来、そのような魔法は禁忌に触れるのだが、相手は倫理観も忌避感も持ち合わせていない魔法使いだ。使用に躊躇いはないだろう」
リュシオンは口には出さないものの、自分にかけられた禁呪を思い出したのだろう。苛立たしげに吐き捨てた。
「なるほど。だとすれば、未だ奴が逃げおおせているのも合点がいく。しかし、そうなるとどうしたものか……」
ガロンは途方に暮れて天井を仰ぎ見る。
自分の部隊は、自他共に認める優秀な集まりだ。それは胸を張って言えるが、今回に関しては相手が悪かった。
少しばかり魔法の知識がある者くらいはいるものの、魔法が使える者となれば皆無なのだ。
(どうする? 何か〈幻惑〉の魔法とやらを見破る方法があるのか?)
頭を悩ませるガロンだが、良い考えなど簡単に浮かぶはずもない。
単純に考えれば、カラディ族の里長のように、魔法が使えるというルーナたちに頼ればいいのだろう。
だが、他国の者にそこまで借りを作ってしまうことの危うさ。また、リカール王国の軍人としての矜持が、彼女たちに協力を仰ぐことを邪魔していた。
そんな彼を慮ったのは、副官のメイだった。
「一つ教えてほしいのだが、〈幻惑〉の魔法というものは、私たちでも見破ることは可能だろうか?」
「いや、あれは無理だろう」
メイの質問に、ルーナたちが答える前に里長が断言する。
彼は山賊討伐でアジトに赴き、実際に〈幻惑〉の魔法がかけられていた入り口を見ているのだ。
ルーナが突き止めなければ、まったく疑うことのない岩壁だった。
「無理なのですか……」
メイは明らかに沈んだ様子を見せる。
それでも、彼女もルーナたちに協力を要請することはしない。
「ガロン殿」
「うん? なんだ?」
リュシオンから不意に声をかけられ、ガロンは戸惑いのまま答える。
「その件だが、俺たちに手伝わせてほしい」
「む……」
リュシオンの発言は、ガロンにとっては正直渡りに船だ。しかし、彼らは他国の人間。
山賊討伐でさえ過分な助力をもらっているのに、これ以上の借りはできれば作りたくないのが本心である。また、その申し出に裏がないのかも確信できなかったのだ。
それを感じ取ったのか、リュシオンはさらに言葉を尽くす。
「ガロン殿が戸惑うのも理解できる。だが、俺たちも単なる奉仕で協力を申し出ているわけじゃない。先ほど話したように、あの魔法使いにはこちらも用がある。そのために協力するのはやぶさかでないというだけだ」
「だが……」
心揺れながらも、決断しきれない様子のガロン。
リュシオンは、あと一押しと口を開いた。
「俺たちに借りを作ると考えているのなら、こちらの条件も呑んでほしいのだが」
「条件?」
「ああ。まず、俺たちがここにいる理由……盗まれた家宝については決して口外しないこと。それから、件の魔法使いを捕縛できたとして、俺たちが協力していたことは必要以上に口外しないでほしい」
「そんなことが条件だと?」
ガロンは呆気にとられたように訊き返した。
家宝にまつわる口外無用については、家の恥となるためよくわかる。しかし、協力を申し出ておいて、その功績はいらないというのは、ガロン側に有利すぎた。
逆に疑いを持たれてしまった様子に、リュシオンはカインと顔を見合わせて苦笑する。そしてカインが、ガロンの誤解を解くべく口を開いた。
「先ほど、我らの事情はお話ししました。失礼だが、相手が魔法使いとなれば、いかな精鋭とはいえども苦戦することは必至。その点、魔法に関してならば、我らが役に立つのは間違いないでしょう。それから、そちらに利があるばかりと思われているようですが、事が公になるのは当家の恥であり、失脚にも繋がりかねない事態です。だからこそ、奴を捕らえるのは我らとしても最優先事項なのです。しかし、勝手の違う他国で我を通すのは、問題があるでしょう。それならば最初から共闘した方が動きやすくなるため、ありがたいと思っているのですが」
「うむ……そう言われれば、こちらとしてもむしろありがたい申し出だ。実際のところ、相手が魔法使いでは、俺たちに不利なことは確かだからな」
「わかっていただけて良かった」
そう言ってカインが柔らかく微笑むと、女性であるメイのみならず、ガロンとビハールまで一瞬目を奪われる。
(出た、悩殺スマイル!)
心の中でルーナが突っ込むが、当の本人には自覚がなさそうだ。
一方ガロンは、自分の醜態を誤魔化すように咳払いすると、早口で話し出す。
「では、貴殿らの『手伝い』についてだが」
「そうだな……首領の捜索に俺たちも同行しよう。〈幻惑〉については、彼女がいれば発見どころか解除も問題ない」
「このお嬢さんが……?」
リュシオンがルーナを指して言うと、ガロンは驚きに目を見開いた。
ルーナがリュシオンやカインの連れであるのは、ガロンももちろんわかっている。だが、本当にただの同行者であり、山賊の討伐にしても救護班的な意味で役に立ったのだろうと考えていたのだ。
ガロンの思考を察したルーナたちは、ただ苦笑するしかない。
「魔法に関して、この中で一番役に立つのは彼女ですよ」
カインの言葉に、ガロンは再度驚きを見せる。
(リューが万全だったら違うけどね。でも、無詠唱について今はまだ人に知らせるべきじゃないと思うし、こう言っておくのがベストかな)
ルーナは心の中でつぶやくと、ガロンに向き直った。
「戦闘には自信がありませんので、そちらは皆さんにお任せしたいと思っています。逃げた魔法使いが〈幻惑〉を施した場所に身を潜めていた時は、わたしに任せてください。それと、〈結界〉が施してあっても何とかできると思います」
下手な謙遜は、この場合では悪手だ。
ルーナはしっかりとガロンと目を合わせて言い切る。
(本当なら、逃げた時から動きたかったんだもん。この機会を逃す手はないよね)
すでに首領の逃亡から、二日が経っている。
当初は、彼女たちもその捜索に加わるつもりだった。
しかし、リュシオンの体調と、捜索隊の心情を考えて断念したのだ。
魔法使いの捜索には、カラディ族以外の部族も参加することになっている。山賊により身内が傷つけられ、気が立っている者たちの中に、よそ者であるルーナたちが入るのは、余計な刺激を与えてしまう懸念があった。
それでも二日が経ち、状況は変わりつつある。
その間に、ルーナたちが今回の山賊討伐に多大な貢献をし、攫われた人々を救ったことが広く知れ渡ったのだ。
今はもう、よそ者といえどもルーナたちを邪険にする者はいないはずだった。
けれど、ここはリカール王国。
王都から兵士が来て捜索に加わるとなれば、また事情は変わってくる。他国の人間であるルーナたちが動くことで、いらぬ腹を探られることにもなるからだ。
だが、王都からやってきたガロンが、ルーナたちに協力を要請するのであれば別だ。その申し出は、彼女たちにとって渡りに船と言える。
「彼女はレングランド学院に通う学生なんですよ。それも魔法素養の高い、優秀な。きっと役に立ってくれるはずです」
カインがさらに言うと、ガロンは「おっ」と小さく感嘆の声をあげた。
魔法事情に疎い彼でも、レングランド学院の名前は知っていたのだろう。学院に通う魔法使いの卵といえば、市井の魔法使いを凌ぐとも言われているのだ。
卒業後に国の魔法師団へ入団する者が多いという事実が、そのことを証明している。
ルーナは、顔や態度には出さないように気をつけながらも、緊張に身を固くした。
「貴殿らは他国の貴族……あるいは豪商のような上流階級の人間だろう? それがなんでリカールの、それも山岳地帯にいて、山賊退治にかかわっているんだ? 貴殿らに得はないことを考えると、大きな裏はないと思う……それでも悪いが、可能なら納得できる説明がほしいぜ」
尋問するような形となったことを申し訳なく思っているのか、ガロンの口調は歯切れが悪い。
ルーナは、両隣に座るリュシオンとカインにそっと目をやった。すると、同じく目を向けた二人と視線が合う。
(リュー……カイン……)
戸惑う彼女をよそに二人はうなずき合うと、まずリュシオンが口を開いた。
「貴方の立場なら、疑問をそのままにしておけないのも仕方がないだろう」
「わかってくれてありがたい」
すかさず礼を述べるガロンに、リュシオンは少しだけ口元を緩める。
「察しの通り、俺たちは他国――クレセニアの貴族に連なる者だ。身分を証明するのは……そうだな、これを見てもらえばわかりやすいか?」
そう言ってリュシオンは、懐から通行許可証を取り出した。
これは、ルーナの父――リヒトルーチェ公爵が発行した正式な通行許可証だ。もちろん名前などについては微妙に変えている。
たとえばルーナの場合、本名のルーナレシア・リヒトルーチェではなく、ルーナ・フェルタンと書類に書かれているのだ。
フェルタンは彼女の父方祖母の生家であり、実在する家名である。きちんと存在するので、調べられても問題がない。
もちろんリュシオンとカインについても、それぞれファーストネームはそのままに、実在する家名が記されていた。
「ふむ、クレセニアの……」
許可証を見ながら、ガロンはつぶやく。
しかし、その家名に特にピンときた様子はなかった。
(おばあ様のご実家、フェルタンの名を見ても反応がないし、他国の貴族にはあんまり詳しくないのかな?)
ルーナはガロンを見つめて、小さく首を傾げる。
彼女の祖母の生家、フェルタン家は辺境伯爵家であり、クレセニアでも歴史の古い名門だ。
辺境伯といえば侯爵家と同等に扱われるものだが、フェルタン家にいたっては公爵家さえ一目置くほどなのだ。
そんなクレセニアの名門、フェルタンの家名を目にしても、特に気にした様子もないガロン。ルーナが推察する通り、他国の貴族に疎いのだろう。
そうであれば、リュシオンやカイン、ルーナの顔で本当の身分を察することは難しいと思われた。
三人は、それを知って内心安堵する。
「貴殿らの素性についてはわかった。この許可証も正規のもので問題はない。だが、ここにいる理由についてまではわからんからな。話してもらってもよいか?」
ガロンに丁寧な口調で問われ、今度はカインが口を開く。
「僕たちがリカール王国、そしてこのカラディ族の里にやってきたのには、件の魔法使いが関係しています」
「山賊の首領が?」
ガロンは訝しげに尋ねた。
見るからに育ちの良い青年たちと少女。実際、本人たちからも、貴族に連なる者と聞いている。そんな出自の彼らと、山賊の首領が繋がらなかったのだろう。
「ええ。実は、我が家に伝わる家宝の一つを、奴が盗んでいったのです。それは、我が家で行う儀式に必須のもの。ゆえに賊を追ってこの国に来たというわけです。ただ、この話はどうかこの場だけに収めてほしいのですが」
カインがすらすらと答えれば、ガロンは納得したようにうなずく。
もちろん、盗まれた家宝などなく、真実はリュシオンにかけられた禁呪を解くことが旅の目的だ。
しかし、本来の身分と同じく、それをたやすく話すことはできない。
ガロンに説明したのは、リュシオンとカインがあらかじめ考えていた話だった。
「なるほど、家宝か……」
身分ある家となれば、家宝の一つや二つあっても不思議ではない。また、その家宝を子々孫々に伝えていくことが、その家の誇りとも言われている。
貴族社会においては、没落の憂き目にあって家宝を手放せば、とんでもない恥と噂されるほどだ。
それは、盗難などによって奪われても同じことで、秘密裏に取り返そうというのはなんら不思議のない話だった。
「だが、件の首領が目的の人物で間違いないのか?」
ガロンは、難しい顔で問いかける。
目の前にいるリュシオンたちは、その通行許可証からもクレセニアの人間だとわかる。
他国の貴族の家宝を奪った賊となれば、まず疑うのは自国の犯罪者だろう。そもそも、クレセニアからリカール王国に行くだけで、半月ほどかかるのだ。
しかし、リュシオンたちは、犯人がこのリカール王国の人間である魔法使いだと確信している。その根拠にガロンが疑問を持つのも仕方がなかった。
「結論を述べるなら、件の首領が犯人で間違いない。奴は、魔法を使って盗みを働いたんだが、盗まれた家宝には特殊な魔法がかけてあった。簡単に言えば、一定距離ならば追跡できるというものだ。それによって、賊がすぐに国外に逃亡したことがわかった。途中で追えなくなったものの、リカール王国に入ったところまでは確認した」
「さらにリカールで、最近魔法使いがいる山賊団が暴れているという話を聞きましたから。山賊に身をやつす魔法使いなど、かなり稀な存在。逃げた賊と結びつけるのは簡単です」
リュシオンの説明を引き取り、カインが続ける。
そんな二人に、ルーナは内心で舌を巻いていた。
(必要な設定だけど……うん、確かに必要なんだけど、それをこんなにすらすら本当っぽく言えちゃう二人って……。やっぱりそういう処世術って必要なのかな。それとも、二人とも元々そういう才能があるってこと? やだ、ペテン師って言葉が頭に浮かんできたよ……)
二人が聞けばおおいに反論しそうだが、幸いにも彼らにルーナの心の声は届いていない。
(ペテン師……いやでも、お金巻き上げたりする必要はないよね。じゃあなんだろ? ひょっとしてわたしが知らないだけで、色んな女の人を騙してるとか?)
リュシオンとカインがあずかり知らないところで、ルーナはとんでもない妄想を繰り広げていた。
そして、いつの間にかそれが事実のように思えてしまい、リュシオンとカインを半目で睨みつける。
一方、何故かルーナに睨まれることになったリュシオンとカインは、訳が分からないまま戸惑うばかりだ。
密かな三人のやり取りをよそに、ガロンは彼らの話ですべて納得したようだった。
「では、ここに滞在しているのも、家宝が見つからなかったためということか」
「ええ。どうやら逃げた首領が、それを持ち出したようです」
カインが答えると、ガロンは遠慮がちに訊いた。
「答えられるのならばでいいのだが、家宝というのはどんなものなんだ?」
「詳しくは説明できませんが、見た目は意匠の入った指輪です」
「指輪か。ならば簡単に持ち出せるのも納得だな」
「ええ。忌々しいことに」
「まったくだ」
ガロンは、カインに向かって大きくうなずいてみせる。
(指輪ね……確かに、この世界じゃ指輪をしている人はたくさんいるものね。特に魔法使いは魔道具や護符として身に着けてる人も多いし。というか、本当に設定作りこんでるなぁ……これからは二人の言うことを鵜呑みにするのやめた方がいいかも?)
ルーナの誤解がさらに深まったことも知らず、話は続く。
「……それで、まずは捕まえた山賊たちのことだが」
里長が口火を切ると、ガロンは連れてきた副官へ目配せをする。それに応えて女性の副官――メイが話し出した。
「今回は事が事だけに、機動力重視で先遣隊として我らが参りました。近日中には残りの者が来る手筈となっております。ですので、その者たちが捕まえた山賊を王都へ移送いたします」
「なるほど」
「後発隊は、休息を取ったらすぐに王都に戻ることになっている。迷惑はかけないつもりだが、多少の便宜は図ってもらえるとありがたい」
メイの説明を引き取ってガロンが言うと、里長は了承を示して首肯した。
「では、本題……逃げた魔法使いについてだが。あれから、何か手掛かりはあるのか? あるならば教えてほしい」
「それが、今のところ行方についてはまったくわかっていないのだ」
ガロンの言葉に、里長は苦虫を噛み潰したような顔で告げる。
「まったくか……」
同じく難しい顔で、ガロンは独りごちた。
そんな中、リュシオンが口を開く。
「魔法使いは、〈転移〉によってあの場から消えた。〈転移門〉を使用したわけではないから、そう遠くに逃げたとは思えない。たとえ何度か〈転移〉を繰り返したとしても、馬で移動したのと同じくらいの距離のはずだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
話の途中で、ガロンが焦って口を挟む。
リュシオンが視線を向けると、彼は決まりが悪そうに頭を掻いた。
「話を遮って悪い。だがな、俺たちにとって魔法は身近なものじゃない。わかってるつもりで話しているようだが、もう少し詳しく説明してくれないか?」
ガロンの言葉に、リュシオンはお互いの常識の違いを理解する。
たとえ魔法が使えなくとも、魔法の知識がそれなりにあるクレセニア人とは違い、リカールの人間にとって魔法は本当に一般的ではないのだ。
「ああ、悪かった。じゃあ、どのあたりの説明が足りないか教えてくれ」
「そうだな、まず〈転移〉についてだ。瞬間的に違う場所へ移動する魔法――ということで合っているか?」
「ああ、その認識で間違いない」
「ただ、どのくらい移動できるかとかはわからないな。さっきの話を聞く限りでは、あまり長距離ではないと見当がつくが」
「その通りだ」
リュシオンはうなずきながら、そういえばと考えを巡らせる。
(リカールには〈転移門〉すらなかったな。となれば、〈転移〉についての知識がないのも仕方ないのか)
「〈転移〉魔法は、多くの魔力を使う。一回の魔法で移動できるのは、最大で一里ほどの距離だ。それも、一般的な魔法使いがその距離を〈転移〉すれば、休息を一日取らねばならないほど魔力を消耗する」
「では、何度も〈転移〉するというのは……」
「短い距離でならば可能だが、ある程度の距離を〈転移〉したとなれば無理だな」
リュシオンがそう結ぶと、ガロンは眉間に皺を寄せて考え込む。
そんな中、それまで黙っていたルーナが、おずおずと口を開いた。
「あの魔法使いは、カプリースさんのお姉さんを一緒に連れて行ってるかもしれないんです。だとしたら、余計に遠くまで逃げるのは無理ですよね」
「ん? カプリース? 姉?」
考え込んでいたガロンは、ルーナの言葉に反応する。
そこで里長やリュシオンたちは、ガロンにまだその話をしていなかったことに思い至った。
「カプリースというのは、彼らと同じく里に滞在している娘の名だ。薬師見習いということで、怪我人の世話をしてもらっている。彼女がカラディ族の里に来たのも、その姉を訪ねて向かった里が壊滅状態だったからだ。山賊討伐後、捕まっていた者たちの中に姉はいなかったが、他の者の証言から、彼女の姉だけが件の首領に連れて行かれたのではないか、と推測したんだ」
里長の説明に、ガロンたちは顔を顰める。
山賊の首領に連れ去られたとなれば、ろくな扱いをされないであろうことは容易に想像できるからだ。
特に女性は、死にたくなるような目に遭う可能性がある。
「そうとなれば、なおさら早く捕まえねばならんな」
「ええ」
ガロンのつぶやきに、女性として思うところがあるのだろう、メイは力強く同意した。
けれど、そんなガロンたちに、里長は躊躇いがちに告げる。
「ただ、こう言ってはなんだが、件の首領とカプリースの姉が一緒にいる確証はないのだ。証言した者も実際に見たわけではなく、いつの間にかいなくなっていたため、連れ去られたのだろうと言っているだけだからな」
「良い方向に考えれば、一人で逃げたということも考えられるわけか」
「ああ。だから首領の捜索を行う際、そのことも頭に入れておいてもらえるとありがたい」
里長が頭を下げると、ガロンはもちろんだと力強くうなずいた。
それから彼は、改めてルーナに顔を向ける。
「悪い、話がまた逸れてしまったが、お嬢さんはほかに何か言いたいことがあったんじゃないか?」
意外なほど紳士的に訊かれ、ルーナはおずおずと口を開いた。
「さっき彼が言った通り、〈転移〉魔法は魔力の消耗が激しく、〈転移門〉のような大掛かりな仕掛けがなければ長距離の移動は不可能です。そう考えると、逃げた魔法使いはまだこの辺りにいると考えるのが普通なのですが……」
「二日経っても、まだ手掛かりすらないな」
ルーナの言葉を引き取り、里長がつぶやく。
そんな彼に同意しながら、ルーナは再度話し始めた。
「いくら捜索場所が広範囲といっても、捜索に参加しているのはこの辺りを庭のように知り尽くした人たちです。当然、隠れやすそうな場所なども知っていて、重点的に調べていると思います」
「ああ、その通りだ」
「それでふと思ったのですが、見つからないのではなく、見つけられないのではないでしょうか?」
「ん……どういうことだ?」
ルーナの言葉が理解できず、ガロンたちは首を傾げる。
しかし、リュシオンとカイン、そして里長は、彼女の言葉にハッと息を呑んだ。
「なるほど、〈幻惑〉か」
「どういうことだ?」
リュシオンのつぶやきに、ガロンが尋ねる。
「俺たちが急襲した山賊団のアジトの入り口にも、一見すると単なる山肌に見えるような魔法が施してあった。そうした魔法で、捜索の目を誤魔化していたとすればどうだ?」
「魔法は、そんなこともできるのか……」
驚くガロンに、今度はカインが告げた。
「それだけではありません。精神系の魔法で気を逸らすような仕掛けがあれば、怪しい場所に近づいたとしても、本人が気づくことなく離れるよう誘導されている可能性もあります」
「本来、そのような魔法は禁忌に触れるのだが、相手は倫理観も忌避感も持ち合わせていない魔法使いだ。使用に躊躇いはないだろう」
リュシオンは口には出さないものの、自分にかけられた禁呪を思い出したのだろう。苛立たしげに吐き捨てた。
「なるほど。だとすれば、未だ奴が逃げおおせているのも合点がいく。しかし、そうなるとどうしたものか……」
ガロンは途方に暮れて天井を仰ぎ見る。
自分の部隊は、自他共に認める優秀な集まりだ。それは胸を張って言えるが、今回に関しては相手が悪かった。
少しばかり魔法の知識がある者くらいはいるものの、魔法が使える者となれば皆無なのだ。
(どうする? 何か〈幻惑〉の魔法とやらを見破る方法があるのか?)
頭を悩ませるガロンだが、良い考えなど簡単に浮かぶはずもない。
単純に考えれば、カラディ族の里長のように、魔法が使えるというルーナたちに頼ればいいのだろう。
だが、他国の者にそこまで借りを作ってしまうことの危うさ。また、リカール王国の軍人としての矜持が、彼女たちに協力を仰ぐことを邪魔していた。
そんな彼を慮ったのは、副官のメイだった。
「一つ教えてほしいのだが、〈幻惑〉の魔法というものは、私たちでも見破ることは可能だろうか?」
「いや、あれは無理だろう」
メイの質問に、ルーナたちが答える前に里長が断言する。
彼は山賊討伐でアジトに赴き、実際に〈幻惑〉の魔法がかけられていた入り口を見ているのだ。
ルーナが突き止めなければ、まったく疑うことのない岩壁だった。
「無理なのですか……」
メイは明らかに沈んだ様子を見せる。
それでも、彼女もルーナたちに協力を要請することはしない。
「ガロン殿」
「うん? なんだ?」
リュシオンから不意に声をかけられ、ガロンは戸惑いのまま答える。
「その件だが、俺たちに手伝わせてほしい」
「む……」
リュシオンの発言は、ガロンにとっては正直渡りに船だ。しかし、彼らは他国の人間。
山賊討伐でさえ過分な助力をもらっているのに、これ以上の借りはできれば作りたくないのが本心である。また、その申し出に裏がないのかも確信できなかったのだ。
それを感じ取ったのか、リュシオンはさらに言葉を尽くす。
「ガロン殿が戸惑うのも理解できる。だが、俺たちも単なる奉仕で協力を申し出ているわけじゃない。先ほど話したように、あの魔法使いにはこちらも用がある。そのために協力するのはやぶさかでないというだけだ」
「だが……」
心揺れながらも、決断しきれない様子のガロン。
リュシオンは、あと一押しと口を開いた。
「俺たちに借りを作ると考えているのなら、こちらの条件も呑んでほしいのだが」
「条件?」
「ああ。まず、俺たちがここにいる理由……盗まれた家宝については決して口外しないこと。それから、件の魔法使いを捕縛できたとして、俺たちが協力していたことは必要以上に口外しないでほしい」
「そんなことが条件だと?」
ガロンは呆気にとられたように訊き返した。
家宝にまつわる口外無用については、家の恥となるためよくわかる。しかし、協力を申し出ておいて、その功績はいらないというのは、ガロン側に有利すぎた。
逆に疑いを持たれてしまった様子に、リュシオンはカインと顔を見合わせて苦笑する。そしてカインが、ガロンの誤解を解くべく口を開いた。
「先ほど、我らの事情はお話ししました。失礼だが、相手が魔法使いとなれば、いかな精鋭とはいえども苦戦することは必至。その点、魔法に関してならば、我らが役に立つのは間違いないでしょう。それから、そちらに利があるばかりと思われているようですが、事が公になるのは当家の恥であり、失脚にも繋がりかねない事態です。だからこそ、奴を捕らえるのは我らとしても最優先事項なのです。しかし、勝手の違う他国で我を通すのは、問題があるでしょう。それならば最初から共闘した方が動きやすくなるため、ありがたいと思っているのですが」
「うむ……そう言われれば、こちらとしてもむしろありがたい申し出だ。実際のところ、相手が魔法使いでは、俺たちに不利なことは確かだからな」
「わかっていただけて良かった」
そう言ってカインが柔らかく微笑むと、女性であるメイのみならず、ガロンとビハールまで一瞬目を奪われる。
(出た、悩殺スマイル!)
心の中でルーナが突っ込むが、当の本人には自覚がなさそうだ。
一方ガロンは、自分の醜態を誤魔化すように咳払いすると、早口で話し出す。
「では、貴殿らの『手伝い』についてだが」
「そうだな……首領の捜索に俺たちも同行しよう。〈幻惑〉については、彼女がいれば発見どころか解除も問題ない」
「このお嬢さんが……?」
リュシオンがルーナを指して言うと、ガロンは驚きに目を見開いた。
ルーナがリュシオンやカインの連れであるのは、ガロンももちろんわかっている。だが、本当にただの同行者であり、山賊の討伐にしても救護班的な意味で役に立ったのだろうと考えていたのだ。
ガロンの思考を察したルーナたちは、ただ苦笑するしかない。
「魔法に関して、この中で一番役に立つのは彼女ですよ」
カインの言葉に、ガロンは再度驚きを見せる。
(リューが万全だったら違うけどね。でも、無詠唱について今はまだ人に知らせるべきじゃないと思うし、こう言っておくのがベストかな)
ルーナは心の中でつぶやくと、ガロンに向き直った。
「戦闘には自信がありませんので、そちらは皆さんにお任せしたいと思っています。逃げた魔法使いが〈幻惑〉を施した場所に身を潜めていた時は、わたしに任せてください。それと、〈結界〉が施してあっても何とかできると思います」
下手な謙遜は、この場合では悪手だ。
ルーナはしっかりとガロンと目を合わせて言い切る。
(本当なら、逃げた時から動きたかったんだもん。この機会を逃す手はないよね)
すでに首領の逃亡から、二日が経っている。
当初は、彼女たちもその捜索に加わるつもりだった。
しかし、リュシオンの体調と、捜索隊の心情を考えて断念したのだ。
魔法使いの捜索には、カラディ族以外の部族も参加することになっている。山賊により身内が傷つけられ、気が立っている者たちの中に、よそ者であるルーナたちが入るのは、余計な刺激を与えてしまう懸念があった。
それでも二日が経ち、状況は変わりつつある。
その間に、ルーナたちが今回の山賊討伐に多大な貢献をし、攫われた人々を救ったことが広く知れ渡ったのだ。
今はもう、よそ者といえどもルーナたちを邪険にする者はいないはずだった。
けれど、ここはリカール王国。
王都から兵士が来て捜索に加わるとなれば、また事情は変わってくる。他国の人間であるルーナたちが動くことで、いらぬ腹を探られることにもなるからだ。
だが、王都からやってきたガロンが、ルーナたちに協力を要請するのであれば別だ。その申し出は、彼女たちにとって渡りに船と言える。
「彼女はレングランド学院に通う学生なんですよ。それも魔法素養の高い、優秀な。きっと役に立ってくれるはずです」
カインがさらに言うと、ガロンは「おっ」と小さく感嘆の声をあげた。
魔法事情に疎い彼でも、レングランド学院の名前は知っていたのだろう。学院に通う魔法使いの卵といえば、市井の魔法使いを凌ぐとも言われているのだ。
卒業後に国の魔法師団へ入団する者が多いという事実が、そのことを証明している。
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