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如月ゆすら

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9巻

9-2

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 魔族がさらなる力を得る前に、奴らを倒す。
 言ってみれば単純明快な答えだが、それを実行するのは難しい。
 地下水路での戦闘でいやおうにも理解したこと――おそらく人間としては最高峰と言える魔力と才を持つリュシオンやルーナでさえ、バルナドに一方的に押されていた事実。
 ならばと物理攻撃を仕掛けても、防御魔法で防がれればなんの意味もない。
 バルナドと対峙した時、魔法のみならず、剣での攻撃も仕掛けていた。けれどそれらの攻撃は、魔族を前にしてみれば児戯じぎに等しい。
 ではどうすれば良いのか――

「やはり、あれについてコットに聞くべきだな」

 リュシオンがそう言ったところで、バタンと唐突にドアが開いた。
 全員の目が一斉にドアへと集まる中、軽く手を上げて入ってきたのはくだんの獣人の青年――コットだ。

「なんや? えらく深刻そうな顔して」

 きょとんとした様子で尋ねるコットに、ルーナは苦笑しつつ口を開く。

「なんでもないよ。ところで用事はすんだの? あっ、そういえば、ここでの生活に不自由はない? 大丈夫?」

 立て続けの質問に、今度はコットが苦笑する。

「心配しとってくれてありがとうな。そいから待たせて悪かった。ちょこっと買い物に出ていただけなんや」
「ああ、気にするな。突然訪ねてきたのは俺たちの方だ」
「そう言ってもらえると助かるばい」

 代表して言ったリュシオンに、コットは軽く笑って頭を下げた。それにうなずいてから、リュシオンが尋ねる。

「それで、コット。ルーナの言う通り、不自由はないか?」
「問題ない。どころか、快適に過ごせとるくらいや」
「それはよかった」

 コットの答えを聞くと、リュシオンは破顔した。
 末端とはいえ、自国の貴族が彼ら獣人たちを苦難におとしいれたのだ。リュシオンはクレセニアの王太子として、その責を感じていた。
 コットもそれはわかっているのか、安心させるように微笑んでみせる。
 彼は部屋の隅にあったもたれのある椅子を手にすると、ルーナたちの近くに置いて乱暴に腰かけた。

「あの……皆さんはどうしてる?」

 おずおずとルーナが訊く。
 皆さんというのは、助けられて以来この家で暮らしている獣人たちだ。
 今もこの家にいるはずだが、彼女たちの前には姿を現さないどころか、気配すら感じられなかった。
 だが、それも仕方がないことなのかもしれない。
 つい先日、売られていた数人の獣人たちも助け出された。しかし、助け出されるまでの時間を消すことはできない。
 精神的にも肉体的にも多大な傷を負った者たちを思い浮かべ、ルーナは苦しげに眉を寄せた。

「元気、とはいかんが、ここには仲間しかおらんこつ、落ち着いてきとるばい」
「そっか……」

 売られる前に助けられた獣人たちも、劣悪な環境でおびえて過ごしていたのだ。助け出されたとはいえ、精神的な安寧あんねいは簡単には訪れない。
 それでも、彼らが少しでも安らかに過ごしていることに、ルーナはわずかながらも気が休まった。

「あー、ところで話があっけんやろ?」

 コットは話題を変えるように、全員を見回して尋ねる。その視線を受け、コット以外が顔を見合わせた。
 やがてうなずき合うと、リュシオンが代表して口を開く。

「回りくどく言って時間を浪費するのも馬鹿らしいから単刀直入に聞くが、おまえが持っていた武器。あれがどういうものなのか教えてほしい」
「あれか……」

 コットはさほど驚いた様子もなくつぶやいた。そして大きなため息をつくとうつむき、腕を組んで考え込む。
 しばらくの間、誰も口を開かず、ただ沈黙だけが室内に満ちた。
 だがやがて、コットは覚悟を決めたかのように顔を上げる。

「あんたらは、俺たちを助けてくれた。それにむくいるっちゅうのが筋やろ」

 彼はそう前置きすると、改めて口を開いた。

「ありゃ、俺たちの一族で守ってきよった『神宝しんぽう』や」
「神宝?」

 コットの言葉を、ジーンが反芻はんすうする。

「そうだ。あれは遥か昔、先祖が神より託されたもんや。俺たちの一族はおおかみの血ば引いとる。群れの習性があるせいやろか、獣人の一族の中では最初に里を作ってまとまったんや。その最初の里長になったもんが、神から授かったちゅうんがそのいわれだ」
「神様から……」

 ルーナがポツリとつぶやく。
 その言葉には、無意識に疑問の色がにじんでいたのだろう。それを感じとったコットは、ルーナに厳しい視線を向けた。
 何気ないつぶやきだったが、自分たちの神話が否定されたように彼は感じたのだ。
 思った以上に非難の目を向けられたルーナは、わたわたと両手を動かしながら言い訳する。

「ご、ごめん。でも、神々の時代って、三千年以上前とか言われているんだよね? 本当に大昔の話じゃない?」

 ルーナは、改めてフォーン大陸に伝わる神話を思い出す。
 大陸に伝わる神話では、五柱ごちゅうの神について語られていた。
 死と転生をつかさどり、冥界の主でもある男神シュト。
 その妻であり、生命と豊穣ほうじょうを司る慈愛の女神セーレ。
 彼らの息子神であり、叡智えいちと勝利を司る太陽神ソレス。
 ソレスの片割れでもある双子神、魔力と治癒を司る月の女神ルナリス。
 末子の神は、すべての水を司る、旅人の守護神たる海神ダール。
 フォーン大陸で多く語られる神話は、基本この五柱の神が中心となっている。
 そんな神話の最後の章は、五柱の神を中心に、すべての神々がサンクトロイメから去り、眠りにつくというものだ。
 その時、神々は一人の良き人間の王にこの世を託すことにした。それがかつてフォーン大陸に一大王国を築いた、ソルヴァーンという人物だ。
 彼が長く治めた国は、現代では古代魔法王国として知られている。
 そんな古代魔法王国が存在した時代が、約三千年前。先ほどルーナが口にしたのは、この事実があるからだった。

「確かに五大神はフォーン大陸で広く信仰されているが、コットたちも同じなのか?」

 不意にリュシオンが問いかけると、ルーナは「あっ」と息を呑む。
 五柱の神はフォーン大陸で信仰されている神――つまり、人族の神。
 獣人たちの住む島々において神と称されるのが、同じ五大神だとは限らないのだ。
 これまで獣人とあまり交流がなかったため、彼らの文化や風習をルーナたちは深く知らないでいた。

「五大神?」

 きょとんとしてつぶやくコットに、皆はリュシオンの考えが正しいと知る。

「――じゃあ、とりあえず五大神について話すね」

 そう言うと、ルーナは簡単にフォーン大陸の神々について語り始めた。そうして、神々が地上から去ったところまでを話すと、彼女は一息入れるように口を閉じる。
 そんな彼女に代わり、今度はジーンが後をつなげた。

「神々が去った後、偉大なる庇護者が消えた不安や恐怖から、瘴気しょうきが世界に生み出された。さらに瘴気から魔物といったものが生まれるようにも。けれど、人には魔物にあらがすべがなかった。それらの存在が、人をはじめとしてけものや精霊たちですら滅ぼすと思われた時、神はついに救いの手を差し伸べてくれた。それが――魔法だ。人は神によって戦う術をもたらされ、魔物たちに対抗できるようになった。魔法の力は魔物を退しりぞけるだけではなく、人の暮らしを豊かにしたということだね。最初の王ソルヴァーンは、魔法によって一大王国を築き、千年の長きにわたって治める。けれど千年目、王国は一夜にして滅び、それによって多くの魔法は失われたんだ。この古代魔法王国が滅びた理由は謎だが、魔族の襲撃という説もあるね」

 ジーンが語り終えると、コットは眉間にしわを寄せ、口元に手をやった。

「コットさん?」

 ルーナが声をかけると、コットは軽く手を上げた。

「そっちの神についてはわかった。今度は俺たちに伝わる話やな」

 コットはそう言うと、獣人たちに伝わる神話を語り出した。

「俺たち獣人の民は、自然のあちこちに神が宿るっちゅう考えを持っとる。やけん何百、何千という神が存在するんや。ばってん、その中でも別格の神が一人おる。それが俺たち獣人の守り神たる女神デルフィアや」
「女神デルフィア……」

 聞きなれない女神の名を、ルーナはそっと繰り返す。
 それにうなずき、コットは話を続けた。

「デルフィアは俺たちすべての獣人の母と言われとる女神や。千年以上も昔、女神デルフィアは悪魔から我ら獣人を救うてくれた。ばってん、女神は我らを島へと逃すと同時に力尽きてしまったと。そん時女神は、悪魔に対抗する力ちゅうて女神の宝を託したばい。その宝こそが――これや」

 コットはふところに手を入れ、取り出したものを皆に見せる。
 金色に輝く円盤型の武器。外形には刃が取りつけられ、それに沿って美しい文様もんようが刻まれていた。円の内側には十字の持ち手が作られており、そこにも細かな文様が描かれている。

「綺麗……」

 近くで見せられたそれに、ルーナは思わずつぶやいた。
 鋭い刃はキラリと剣呑けんのんな光を放っているにもかかわらず、美しい装飾がほどこされた武器は、一流の美術品にも思える。

(日本刀とかと同じかも……。人を傷つける武器だとわかってても、惹きつけられちゃう)

 ルーナと同じ気持ちなのか、皆一様にコットの持つ『神宝』を凝視している。
 そんな中、コットは、円盤を一周する文様もんようを撫でながら言った。

「綺麗やろ? これがな、俺たちの一族に伝わるデルフィア神の宝や」
「俺たちの一族?」

 コットの言葉に引っかかりを感じたのか、リュシオンが尋ねる。

「ああ、獣人族とひとくくりに言っても、さまざまな種族があるとよ。俺の一族はおおかみの血を引く獣人やけど、たかはやぶさといった鳥族や、兎や牛、猫なんかの一族がおるんや。あんたら人族は、『獣人族は皆、島に住んどる』くらいの認識やろうが、本当は島々に各種の獣人が住んどるっちゅうのが正しかばい」
「獣人さんたちにとっては、一族が住む島がそれぞれの国っていう感じ?」

 ルーナの疑問に、コットはコクリとうなずいてみせた。

「ちょっと違うとるが、まぁそげな感じやな。もうちょい説明すっと……たとえば俺はハスク族やが、シウやカイはワイヌ族や。ばってん、住む地域は違うものの同じ島に住んどると。ルーツはともかく系統は一緒やから同じ島で暮らせとるし、それなりに交流もある。まるっきし関係なか一族――たとえば猫族なんかが住む他の島とも、ある程度は連絡を取り合っとるんで、嬢ちゃんが言うような『国』っちゅうのとはちょこっと違うばい」
「なるほど。国という括りにするならば、獣人たちが住む島々すべてを指す――ということかな」
「そうやな」

 コットはジーンのまとめを軽く肯定した後、さらに口を開いた。

「話がちょこっとずれたがな、要するにこの『神宝』は俺たちの一族に伝わるもんで、デルフィア神がもたらした『神宝』はこれだけじゃないっちゅうことだ」
「それって……」

 ルーナのつぶやきに皆が息を呑む中、コットがおもむろに告げた。

「『神宝』と呼ばれるもんは、他にも存在するばい。一族に伝わるもんやない『神宝』なら、自分のものにしようと構わんとよ」
「他にも存在する……しかも、所有者のいないものか」

 リュシオンはつぶやくと、考え込むように腕を組んだ。

(『神宝』――つまり、魔族に対抗できる武器が複数存在する。しかも、所有者がいないものもあるかもしれない。それって、わたしたちにとってはすごい朗報だよね!)

 ルーナは隠しきれない興奮のまま、リュシオンに目を向ける。
 王都の地下水路で魔族――バルナドと対峙たいじしたルーナたち。
 しかし、バルナドに一矢むくいるどころか、赤子の首をひねるように容易たやす翻弄ほんろうされたのは記憶に新しい。
 膨大ぼうだいな魔力量と、たぐまれな魔法の才。それらを有するリュシオンでさえ、まったくと言っていいほど手が出せなかった強者。それが魔族だった。
 その魔族に傷を負わせて撤退させたのは、ひとえにコットの持っていた武器――『神宝』のおかげだ。

(もしかしたら、魔族に対抗する手段を手に入れることができるかもしれない……!)

 その思いは、この場にいた全員が同じだった。
 魔族を倒す手段は人が渇望するもの。だがそれを無理に追い求めることによって、不必要な軋轢あつれきを生む可能性もある。
 そのため、まずは穏便にコットと交渉すべく、ルーナたちは今日彼の家を訪れたのだ。
 しかし、今の話で、思いがけない解決策が浮上した。コットが持つ武器ではなく、誰のものでもない『神宝』を手にできればいいのだ。
 それぞれ考えにふける中、コットが口を開く。

「あの時、魔族を退しりぞけたんはこの『神宝』や。あいつと戦うためにはこれが欲しいっちゅうのは当然やろ。まぁ、だからといってあっさり『貸したるばい』なんて言うのは無理やけどな」

 軽い口調で言うコットに、リュシオンたちは苦笑を浮かべた。
 コットの話を聞いた今では、『神宝』と呼ばれる武器が彼らにとっていかに大切なものかわかる。
 それを手放させることは、リュシオンたちが想像するより数倍難しいことだろう。

「理解してくれているなら話は早い。俺たちは魔族と戦うために、奴らをなんとかできる手段が欲しい」

 リュシオンが真摯しんしに告げると、続いてカインも口を開く。

「こういう言い方が失礼なのは承知している。だが、事実でもある。魔族の脅威はフォーン大陸に住む人族だけの問題ではない。すべての人間にとっての脅威だ。だから協力することを前向きに検討してほしい」
「勝手だとは思わんばい。この間の魔族……あれは危険や。島に住んどるっちゅうて暢気のんきに構えとれば、いつの間にか自分たちにも危機が迫っとるっちゅうことになる。それに、奴はもう俺が持つ『神宝』の危険性に気づいたと。あんたらが『神宝』を欲するのと同じように、奪いにくるのは必至やろうな」

 コットは淡々と答えると、椅子にもたれ掛かってため息をこぼした。

「この『神宝』に関しては、俺の一存では何も決められんばい。ひとまず一族のもとに帰ってから考えさせてくれんか」

 コットの言葉にルーナたちは真剣な顔でうなずく。
 話を聞く限り、『神宝』と呼ばれる武器はコットの一族に伝わる宝だ。
 今回は獣人族がさらわれたため、持ち出しを許されたのだろうが、だからといって所有権がコットにあるわけではない。今すぐに決断できないのはもっともなことだった。

「わかった。コットの一族にも魔族の脅威を伝えてくれ。それとは別に――他の『神宝』についての情報があるならば教えてほしい」

 リュシオンが頼むと、コットが口を開く。

「あんまり詳しいことは言えんばい、それでもよかか?」
「もちろんだ。言える範囲で構わない」
「いや、言えんっちゅうか、知らんっちゅうか……」

 申し訳なさそうに頭を掻き、コットはぼやく。
 そんな彼の態度に、ルーナは驚きを隠さず尋ねた。

「それってどういうこと……?」
「女神デルフィアから与えられた『神宝』なんやが、今のところ獣人族に伝わっちょるのは、俺たちのもんを加えて三つ。他にもあったらしいが、長い年月のうちに消えてしもうた」
「そんな……じゃあ、一族で所有している『神宝』以外なら、自分のものにしてもいいって言うけど、実際はないってことなの?」

 絶句するルーナに代わり、今度はカインが尋ねた。

「現存するのは三つ。もともとはもっと存在していたというのは確かですか?」
「ああ。今日までに、いくつかの一族が滅んでしもうたんや。滅んだ一族すべてに『神宝』が伝わっとったわけやないが……」
「では、所有者が確定していない『神宝』については、すでに形すらなく、探すことも不可能ということですか?」

 眉間にしわを寄せ、カインはコットを凝視する。だがコットは、すぐにはその問いに答えず、カインの顔をじっと見返した。
 皆が息を呑む中、コットがようやく口を開く。

「とはいえ、この世から『神宝』が消えたわけやなか。行方不明っちゅうた方が正しい。やけん、探せば見つかる可能性もあると」

 コットの言葉に、ユアンが嬉々として言った。

「じゃあ、それを見つけることができれば、僕たちは魔族に対抗できる武器を手に入れられるってわけだね」
「……ばってん、そんな簡単な話でもなか」
「えっ……?」

 コットの低い声に、皆が戸惑いの視線を向ける。
 彼は小さく息を吐くと、申し訳なさそうに話し始めた。

「失われたっちゅう表現もあながち間違っとらん。なんせそれらの『神宝』を見た者はおらんとだけんな。俺たち獣人も、まるっきし心当たりがなか」
「それは……」

 何と言って良いのか、ジーンはそれだけつぶやくと表情を硬くする。

(希望が見えた途端、奈落に突き落とされたみたいだよね……)

 しょんぼりとしたルーナは、ちらりとリュシオンを見た。彼はそこまで落ち込んでいないものの、やはり険しい顔をしている。
 だが、ルーナの視線を感じた途端、リュシオンは不敵に笑った。

「それでも、打てる手は打つべきだろう」

 きっぱりと言い放たれ、皆がハッとしたように表情を変える。彼が言う通り、できることがあるならば、絶望する前にやってみることだ。

「コット。心当たりはないと言ったが、手がかりもまったくないのか? たとえばありかを知っていそうな人物とか、滅びた一族にまつわる場所とか」

 リュシオンに尋ねられ、コットは腕を組み直して考え込む。
 しばらくそうして考えていた後、彼は唐突に両手を打ち鳴らした。

「そうだ! あの方なら知っとるかもしれんばい」
「あの方……?」

 ルーナが首を傾げるのを余所よそに、コットは何度もうなずいている。
 自分だけ納得している様子の彼に、れたルーナが問いかけた。

「コットさん、あの方って? 心当たりがあるんですか?」

 ルーナに尋ねられ、コットは我に返って言った。

「一つだけやけん、な」
「ぜひ教えてくれ!」

 リュシオンが強く言うと、コットは不安げな様子のまま話し出した。

「あの方っちゅうのは、俺たち獣人の間では『とこしえの賢者』と呼ばれとる方のことや」

(『とこしえの賢者』……なんだかすごそうな人っぽい)

 心の中で感想を漏らし、ルーナは改めてコットの話に耳を傾ける。

「賢者様はな、何十年かにいっぺん、ふらりと島々を訪れては、俺たちの困りごとを解決してくれるばい。あの方に解決できへん問題はなか。その知識の豊富さと、はじまりのおさの頃から変わらず存在しとるっちゅうことから『とこしえの賢者』と呼ばれとると」
「はじまりの長というのは、初代の長という意味か?」

 リュシオンが口を挟むと、コットは大きくうなずいた。

「そうや。俺たちの一族は、女神デルフィアを護っとった一人がおこしたもんや。『とこしえの賢者』は、そん頃から存在ばすると聞いとるばい」
「えっ、じゃあ『とこしえの賢者』さんは、少なくとも千年単位で生きているってこと?」

 ルーナが思わず驚きの声をあげる。
 彼女の前世である、高崎たかさき千幸ちゆきが生きていた地球。そこから見れば、サンクトロイメという世界は剣と魔法の国――ファンタジー世界だ。
 魔族や魔物、獣人族といった、地球にはいない種族が多く存在する。
 しかし、数千年を生きるような長命種は、サンクトロイメのどこを探してもいない。
 魔力量の多い者は老いが遅かったり長命であったりするが、それでも寿命が二百年を超える者はいなかった。
 コットの話す『とこしえの賢者』は、千年以上生きていることになるが、そう考えると簡単には信じられない。
 いぶかしげなルーナたちに対し、コットは苦笑すると、仕方ないとばかりに頭を掻いた。

「疑わしいっちゅう嬢ちゃんたちの気持ちはわかるばい。実際、俺も実物は見たことなか。ばってん、俺たち獣人は、幼い頃から『とこしえの賢者』をうやまうように育てられるとよ。もちろん疑うなんてもっての外や。やけん、自然と受け入れとるんやが……まぁ、大人になった今やから言えるが、おそらく『とこしえの賢者』っちゅうのは、代替わりしとるけど同じように名乗っちょるだけやろな」
「なるほど、それなら納得できますね」

 カインがうなずくと、コットはさらに続けた。

「『とこしえの賢者』が一人ではないにしろ、知識は受け継がれとるんや。やけんこそ、俺たちは賢者様をずっと敬ってこれたんや」
「そうだよね。単なるうさんくさい自称賢者さんだったら、すぐにバレちゃうよね」

 ルーナが言うと、コットはニヤリと笑ってみせる。

「ああ、そういうことや。まぁ、賢者様に『神宝』の行方ば訊くのがよかばい……賢者様自体、会うんは骨ば折れるとよ」
「簡単には会えないんですか?」

 コットの言い草に、カインは不思議そうに尋ねた。

「コット、私たちに『とこしえの賢者』の居場所を教えて下さい」

 続けてジーンが頼み込むと、コットは「うーん」とうなった後、申し訳なさそうに言った。

「教えたいのはやまやまやけん……俺も正確な居場所はわからんと」
「それはどういうことだ?」

 リュシオンの問いに、コットは重い口を開く。

「さっきも説明したばってん、賢者様は何年かに一度、ふらりと島へやってくるばい。決してこちらから呼び寄せとるわけじゃなかと。あの方が現れるんは、決まって何か困りごとが起こった時だけばい」
「じゃあ、『とこしえの賢者』さんの居場所も、一から探さないといけないってこと?」

 ルーナは途方に暮れてつぶやく。
 所在不明の『神宝』については、手がかりがない。あえて当たりをつけるならば、『獣人たちが住む島のどこか』くらいだろう。海に浮かぶ島々すべてから探そうとすれば、途方もない時間と労力がかかる。
 だが、『とこしえの賢者』を探すのも、同じくらい困難なようだ。

(時間があれば、まだ希望が持てたんだろうけど……)

 すでに魔族は至るところに魔の手を伸ばしている。
 ルーナたちには、魔族に対して悠長に構えている時間などなかった。
 またしても希望を打ち砕かれ、皆の間に重苦しい静寂がただよう。そんな中、コットが困った顔をして口を開いた。

「役に立てなくて悪かな……」
「いや、おまえのせいじゃない」

 リュシオンはすぐさま否定すると、気持ちを切り替えるように深い息を吐き、明るい表情で言った。

「ひとまず、有益な話が聞けただけでもありがたい。『とこしえの賢者』については、こちらでも調べてみよう。何か手がかりが見つかるかもしれん」
「そうですね。それに今は、コット以外の獣人たちもいます。何か目新しい情報があるかもしれませんし」

 カインが続けて言うと、皆はその通りだとばかりに首肯したのだった。

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