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如月ゆすら

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14巻

14-2

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 少年から青年へと年齢を重ねるごとに、容姿が様変わりすることは多々ある。その上、茶色の髪と瞳は、この世界でもよくある特徴だ。
 そのため、名前がわかっていても、すぐに見つかるとは限らない。

「まず、名前と年齢で訊いて回るしかないですね」

 カインの意見に、皆もうなずく。

「それしかないな。あとはケネスという名前が、この辺りで珍しいものであってほしいと祈るばかりだ」
「確かに……」

 冗談っぽく告げたリュシオンだが、皆は笑えないと顔をしかめた。
 何しろ地域によっては、同じ年に生まれた者が全員同じ名前などということもあるのだ。ちなみにその場合、『どこどこ』の、と必ず名字や屋号を付けて呼ばれる。
 それほど特殊な地域は珍しいが、何かにちなんで付けられた名前だと、同年代に同じ名前が多くなる。
 捜し人がそうした例に当てはまらないことを、ルーナたちは祈るしかなかった。

「心配しても仕方ない。とりあえず二手に分かれて、町の者に話を聞くしかないだろ」
「フレイルの言う通りだな。じゃあ、俺とカインとルーナ、フレイルとユアンで分かれて聞き込みだ」
「了解です。昼に一度、ここで合流すればいいですよね」
「そうだな。もし何かあれば、魔道具マジックツールで連絡を取り合おう」

 ユアンにうなずき、リュシオンはそう指示を出す。

「では、僕たちは北の方を中心に。先に出ますね」

 ユアンが席を立つと、続いてフレイルも席を立った。二人が出ていった後、リュシオンがルーナとカインに尋ねる。

「二人とも、すぐに出かけられるか?」
「ええ、大丈夫です」
「うん。平気だよ」
「じゃあ、俺たちも行こう」
「わたしたちは、南の方だね」
「ああ。まずはメインストリートの方から聞いていこう。雑貨屋なんかは、女のルーナが話した方がいいだろう」
「了解、任せて。とりあえず、しぃちゃんたちは留守番しててねって言ってくる!」

 ルーナは軽く自分の胸を叩くと、椅子から立ち上がる。そして慌ただしく部屋を出ていったのだった。


     †


 ルーナたちが宿泊している宿は、アンセルのメインストリートの中心にある。宿を起点として、南方向へ向かえばいいというわけだ。
 メインストリートといっても、馬車が通れる幅がある道なだけで、クレセニアの王都ライデールなどの大通りとは比べものにならない。
 だが、町で唯一の商業地区なのだろう、通りには色々な店が建っていた。
 北側は市場が開かれる広場があり、南側には雑貨屋や金物屋など、生活に密着した店が並んでいる。

「まずは、あそこの雑貨屋に行ってみるか」
「うん」
「いいんじゃないですか」

 意見が一致したところで、ルーナたちは宿からすぐの雑貨屋に向かった。
 ルーナが先頭に立ち、短い階段の上にあるガラス格子こうしのドアを開ける。すると、カランカランとドアについたベルが音を立てた。

「いらっしゃい!」

 ドアを開けると同時に、元気な女性の声が響く。
 ルーナが声の方向を見れば、ふくよかな中年女性がカウンターの向こうに立っていた。

「こんにちは」

 ルーナが声をかけ、その後ろからリュシオンとカインが続く。
 三人が目に入ったところで、女性――その店の女将おかみはぽかんと口を開けて固まった。
 田舎いなかまちにそぐわない、美青年二人と美少女の登場は予想外だったのだろう。信じられないものを見たような反応である。

「えっと……」

 女将おかみの態度に困惑し、言葉を詰まらせるルーナ。その様子を見て、女将おかみはようやく我に返った。

「へ、あ、な、何か御用かい?」
「すみません、少し伺いたいことがあるのですが」
「伺いたいこと?」

 ルーナの言葉に、女将おかみは首を傾げる。

「はい。実はわたしたち、この町で人を探しているんです。ケネスさんという男性なんですが、ご存じありませんか?」
「ケネスねぇ……ケネス、ケネス……姓はわからないのかい?」
「そうなんです。年齢は二十代だと思うのですが……」
「二十代の男で、ケネスねぇ……」

 女将おかみは考え込むように目を閉じ、左右に頭を揺らした。
 ルーナたちがじっと待つ中、女将おかみはしばらくして目を開ける。しかし、次の瞬間には、申し訳なさそうに眉を下げた。

「悪いけど、思い当たらないねぇ。ケネスって名前の男は二人いるけど、中年親父と老人だからさ」
「そうですか……」

 しょんぼりするルーナに、女将おかみはますます眉を下げたが、ふと思い出したように声をあげる。

「あっ、そうだ!」
「え?」
「ひょっとしたら、海沿いの方の人じゃないかい?」
「海沿い?」

 ルーナが訊き返すと、女将おかみが説明してくれた。

「アンセルは、ここら辺の『町』の人間と、海に近い場所にある『海沿い』の集落を合わせて言うのさ。だが、町と海沿いの人間は、あんまり交流することがなくてねぇ……」
「何かあるのですか?」

 カインが口を挟むと、女将おかみは近くに来るよう手招きした。
 そして、ルーナたちが近づくと、声をひそめて話し出す。

「海沿いってのはね、魔物に村を襲われて逃げてきた者や、そういう村を捨ててきた者たちが作った集落なんだよ。そんな連中だから、海沿いの土地しか住む場所がなくてねぇ。けど、海からの潮風のせいか、作物もあまり育たないせた土地なんだ。それで、町の人間より貧しい暮らしを余儀なくされているわけさ。最初はそんな海沿いの人間を、町の者も哀れんだんだよ。でもさ、自分たちより裕福な暮らしをしてるってんで、突っかかってくる奴らも多かったんだ」
「どちらも悪いわけではないが、同じ『アンセル』としては、納得できないというところか」

 リュシオンの言葉に、女将おかみは大きくうなずいた。

「そんな感じさ。まぁ、それでも小さな小競り合いくらいで済んでいたんだよ。それが二十年ほど前かねぇ。海沿いの若者が、町の人間を襲って大怪我をさせてしまったんだ。それも後遺症が残るようなね。それからお互いほとんど関わらなくなってしまったのさ。人間だもの、海沿いの住人が皆、乱暴者だなんて思わないけど、怪我をしたのは町の有力者の親族でね。そんなわけで、おおっぴらに交流することがなくなってしまったんだよ。だから、あっちのことはあたしにもあまりわからないんだ」
「そうですか……。わざわざ教えていただき、ありがとうございます」

 ルーナが礼を述べると、女将おかみは「いいんだよ」と、人のさそうな笑みを浮かべた。
 お礼に雑貨屋に置いてあったクッキーと飴を買った後、ルーナたちが店を出ようとすると、女将おかみが後ろから声をかけてきた。

「あんたたち、海沿いの方へ行くのかい?」
「はい、一応」
「そうかい。どうしてもって言うなら仕方ないけど、本当はあんまり行くのはおすすめしないね」
「というと?」

 カインがいぶかしげに訊くと、女将おかみは顔をしかめた。

「これはさっきの話とは関係ないよ。……実はね、あっちの方、最近変なやまい流行はやってるみたいなのさ」
やまい、ですか?」
「そう。突然バタンと倒れて、だんだんと衰弱した後に、起き上がれなくなるんだと。最後は意識が戻らなくなって、そのまま冥界に旅立つって話だ」
「それは、この辺り独特のやまいなのですか?」

 ルーナは、女将おかみに尋ねる。
 感染病には、その土地独特のものが存在する。原因ははっきりしないものの、発生するのはその地域限定というものだ。
 女将おかみに聞いた奇病も、アンセル付近で過去に見られたやまいではないかと思ったのだ。

「いや、そんなやまいにかかった者なんてこれまでいないさ。それに聞いたところによると、奇病に倒れた者たちは、倒れるまではなんのやまいわずらってなかったらしい。まぁ、そんなわけで、今海沿いに行くのはおすすめしないよ」

 女将おかみは、「可哀想とは思うけどね」と、同情を込めてつぶやく。
 彼女自身は、海沿いの人間をうとんじているわけではないようだ。

「わかりました。ご忠告ありがとうございます。しばらくこの町に滞在していますので、また寄らせていただきますね」
「それは嬉しいね。あんたみたいな綺麗なお嬢さんや兄さんたちは、ええと……あれだ、目の保養ってやつだからね!」

 女将おかみ悪戯いたずらっぽく言うと、カラカラと笑った。
 そうしてルーナたちは、再度女将おかみに礼を言うと、今度こそ雑貨屋を出たのだった。


 外に出た三人は、その場で立ち止まると、お互いの顔を見合わせる。

「奇病だって……」
「普段、あまり交流のない町の人間が知るくらいだから、それなりに患者が出ているんじゃないか?」

 リュシオンの指摘に、ルーナとカインはハッとする。
 女将おかみが語った『町』と『海沿い』の二つの地域。二十年前の事件もあり、ほとんど交流が途絶え、お互いにあまり良い感情を持っていないのが現状だ。
 そんな対立に近い状態の中で相手方の状況を知っているというのは、どういうことなのか。
 単に、密かに交流していた者からの情報であれば良い。そうではなく、リュシオンの言うように隠しきれないほどの患者がいるとなれば、大きな問題だった。

「これは、一度ユアンやフレイルとも相談した方が良いな」
「僕もそう思います」

 リュシオンの意見に、カインも同意する。
 この町に来た目的は、神宝につながる手がかり――ケネスを探すことだ。
 しかしそのために、ルーナたちが奇病に感染することは避けたい。

「ケネスのこともだが、奇病についても詳しく調べるべきか」
「ええ。昼までにはまだ時間があります。もう少し、情報を集めましょう」
「それがいいね」

 ユアンやフレイルとは、昼に宿で落ち合うことになっている。
 それまでにはまだかなりの時間があった。
 町の人や店に片っ端から話を聞いていけば、海沿いの集落で発生している奇病のことも、もう少し詳しくわかるかもしれない。

「今度は、あそこの武器屋をのぞいてみよう」

 すぐ近くにある店は、軒下のきしたの看板に剣が交差したイラストが描かれていた。
 これはよく知られた武器屋のマークである。
 ルーナたちは、こうして残り時間を最大限使って、様々なところで情報を集めたのだった。


     †


 宿に戻ると、すでにユアンとフレイルが戻ってきていた。
 五人は、昼食を頼むと二階の円卓の部屋へと向かう。
 一階にある食堂ですでに作られていたのか、すぐに昼食の準備が整った。おそらく、リュシオンたちの気を引こうと、給仕を急いだ女性従業員の努力もあったのだろう。
 食事中の給仕は断り、従業員が部屋を出ると、さっそくリュシオンが口火を切る。

「ケネスについて、そっちは何かわかったか?」
「いえ、あまり。ケネスという人物は姓と名前、両方含めて何人かいるようですが、皆さん二十代くらいの青年には心当たりがないようですね」

 ユアンの語った内容は、ルーナたちが集めたものと一致していた。

「僕たちの方も、同じような結果です。ただ……『海沿い』のことは聞きましたか?」

 カインの言葉に、ユアンとフレイルは不思議そうに首を傾げる。どうやら彼らは、海沿いについての情報は知らないようだ。
 カインは二人に、町と海沿いという二つの地域について説明をする。

「なるほど、そんな場所が……これは部外者にはわからない事情だな」
「ああ、フレイルの言う通りだ。それから、もう一つ問題があった」
「問題、ですか?」

 ユアンはコテンと首を傾げた。
 すでに成人しているにもかかわらず、こういう仕草が似合ってしまうのがユアンである。
 兄の様子を感慨深げに眺めていたルーナは、皆の視線が自分に集まっているのを感じ、慌てて口を開いた。

(そうだ、わたしが聞いたんだもんね)
「雑貨屋の女将おかみさんが言ってたんだけど、海沿いの方では奇病が流行はやってるらしいの」
「奇病?」

 なんだそれは、と言わんばかりのフレイルが、眉間にしわを寄せる。

「なんの持病もない人が突然倒れて、衰弱していってしまうんだって。最終的には起き上がれなくなって、意識も戻らなくなるみたい」
「……聞いたことのない症状だな」

 フレイルは、考え込むように腕を組んだ。
 幼い頃は、養父であるクヌートについて、あちこちの国を回ったことがあるフレイル。その彼でも、そんなやまいは初耳だった。

流行はやっているということは、感染する可能性があるやまいですね。いくら神宝のためとはいえ、自分たちがやまいに倒れてしまっては元も子もありません。どうすべきか……」

 カインの言葉に、皆は黙り込む。
 この町に来たのは、神宝の手がかりを得るためだ。
 魔族との対立を余儀なくされている今、彼らに対抗できる唯一の手段とも言える神宝は、必ず手に入れておきたい。
 だが、伝染病に罹患りかんしては、戦うことすらできなくなる。それに、リュシオンとカインは大国の王子なのだ。おおやけになれば国が混乱するほどの大事おおごとになる。

「では、僕が海沿いに行くというのはどうです?」
「兄様⁉」

 驚きの声をあげるルーナに、ユアンは軽く笑ってみせる。

「僕なら、何かあっても特に問題はないからね」
「何言ってるのよ、兄様!」

 ルーナが声を荒らげるが、ユアンは落ち着いた様子で返した。

「本当のことだよ。でもまぁ、奇病というのが本当に伝染するものなのか、そもそも本当にやまいなのかもわからないし。それを探るのも必要だ」
「そうだけど……」

 不満そうなルーナの頭を、ユアンは目を細めて撫でる。
 彼女が自分を心配して言っているのは、ユアンもよくわかっているのだ。
 そんな兄妹を取りなすように、カインが口を開く。

「ユアンの言う通り、奇病なのかよくわかっていないのですから、それらも含めて調べましょう。ただ、僕の印象ですが、症状を聞くとやまいというより毒のたぐいに思えます」
「ああ、確かにな」

 カインの意見に、リュシオンも同意した。
 ルーナも、その言葉を聞いてハッとする。
 奇病。最初にそう聞いたため、素直に病気なのだろうと思ってしまったが、症状としては毒をもられた時のものに近い。
 蓄積することで症状が酷くなったり、回復してもしばらく不調が続いたりという毒は、確かに存在するのだ。

「実際に患者に会ってみないと、詳しくはわからないな」
「やはり、一度海沿いの方へ行ってみるのがよさそうだね」
「じゃあ、俺も一緒に行く」

 ユアンに続き、フレイルが名乗りをあげる。それを受け、リュシオンは二人にうなずいた。

「わかった。ただ、危険な伝染病のたぐいなら、それ以上近づくな」
「ええ、もちろん」
「善処する」
「……」

 返事をする二人を、ルーナは複雑そうに見た。
 止めはしない――止められないが、どうしても心配になる。
 そんなルーナに、カインが穏やかに話しかける。

「ルーナ、彼らなら無謀なことはしないでしょう。それに、僕が毒と言った理由は、症状についてだけじゃないんです」
「どういうこと?」
「距離です。町と海沿い――二つの地域に距離があるとはいえ、同じアンセルの土地であることに変わりありません。何人も患者が出るような伝染病ならば、町にも一人くらいは患者が出てもおかしくない。なのに、こちらには誰も被害が出ていないのですよ」
「何か裏がありそうな気がするな」

 フレイルの言葉に、皆はそれぞれ首肯した。

「それじゃあ、これから僕たちは海沿いに行ってみますね」
「ちょっと待って、兄様」
「ルーナ?」

 声をあげたルーナに、皆が「納得したのでは?」といった視線を寄越す。それにひるむことなく、ルーナは宣言した。

「わたしも行く! 危険なのはわかってるけど、わたしは白魔法の心得こころえがあって、やまいにしろ毒にしろ、対応することができる。なら、一緒に行く方がより安全だと思うんだ」

 ルーナの説得に、皆一様に渋い顔になる。
 それは、彼女の意見がもっともなものに他ならないからだ。
 全員、魔法の心得こころえはある。しかし、治癒や解毒に特化した白魔法が扱えるのは、ルーナとフレイル、ユアンの三人だ。
 だが、フレイルとユアンは簡単な応急処置程度しか使えず、ルーナのように解毒や大きな傷を一瞬で治してしまえるような魔法は使えなかった。

「だから、わたしも行く」

 落ち着いた声音で言い放たれ、皆は言葉を詰まらせる。
 しかしやがて、大きなため息をついたリュシオンが口を開いた。

「わかった。だが、十分気をつけろ。無理は禁物だ」
「うん、もちろん」

 しっかりうなずくルーナに、リュシオンは渋い顔だ。一応納得はしているが、それでも不本意であることには違いない。

「ユアン、フレイル。頼んだぞ」
「ちゃんと見張る」
「もちろんです」

 短く答えるフレイルとユアンに、ルーナだけは不満げな視線を向けた。

(見張るとかって何⁉ わたし、そんなに無謀じゃないし!)

 だが、そんな彼女の無言の抗議は、全員に黙殺されたのだった。


     †


 宿を出たルーナとフレイル、ユアンの三人は、メインストリートを南に向かって歩いていた。
 海沿いと呼ばれる地域は、メインストリートの先をさらに南に進んだ場所にある。その名が示す通り、海に近い場所だ。
 それなりに距離があるため、最初は馬車を使う予定だった。だが、いきなり見慣れぬ馬車が入り込めば警戒される可能性がある。
 そう考え、彼らは少しでも周囲を刺激しないよう、徒歩で向かうことにしたのだ。
 メインストリートがあと少しで途切れるところで、ルーナたちは足を止める。
 前方に、人混みができていたからだ。

「何だろう?」

 ユアンがつぶやいた時、人混みの方から怒鳴り声が飛んでくる。

「汚い手で触んじゃねぇよ!」
「お願い! お願いだから‼」

 男と、まだ幼い少女の声。それを聞いて、ルーナたちは顔を見合わせた。

「行ってみよう」

 ルーナは言うと同時に駆け出す。すぐさま、フレイルとユアンもそれに続いた。
 まばらに集まっていた人垣を抜けた三人は、中心にいる二人に目を向ける。
 声から想定した通り、中年の男と、七、八歳の少女だ。
 男はこの町の住人だろうか。生成きなりのシャツに、サスペンダーつきの茶色のズボンという、ここらでよく見るような服装だ。
 少女の方は、ぎの当てられた、着古した黄色のワンピース姿である。背中の半ばまである茶色の髪を三つ編みにして、両肩に垂らしていた。
 大きな茶色の瞳に、そばかすの散った白い顔。素朴だが可愛らしい顔立ちの少女だ。
 そんな少女を、男は忌々いまいましそうににらみ付けている。よく見れば、少女が男のシャツを掴み、何かを必死にお願いしているようだ。
 幼い少女をいじめる男の図にも見えるが、男は怒鳴りはすれど、少女に暴力を振るっているわけではない。むしろ、少女が掴んでいる服さえ離せば去っていきそうだ。
 それを感じ取ったルーナは、この騒動に割って入っていいものか躊躇ちゅうちょしてしまう。

「いい加減にしろっ! このっ」

 堪忍袋の緒が切れたのか、ついに男は大きく手を振り上げた。

(だめっ!)

 ルーナが慌てて駆け寄ろうとすると、それより早くフレイルが駆けつけ、男の手を取った。

「さすがに、こんな子供に暴力は感心しない」

 淡々とさとすフレイルに、頭に血が上っていた男も我に返る。

「……そうだな。すまねぇ」

 男は素直に謝り、振り上げた手から力を抜いた。それを確認し、フレイルも掴んでいた手を離した。

「いったい、何があったんです?」

 ユアンが穏やかに質問すると、男は忌々いまいましそうに少女を見る。

「何がも何も、俺にもわからねぇよ。いきなり服を掴んできたかと思ったら、助けてくれって。家族が病気らしいが、俺は医者じゃねぇ。そう言ったにもかかわらず、服は離してくれねぇし、ほとほと困ってたんだ」
「医者……」
「この町に医者なんてたいそうなもんはいねぇし、薬師くすしもしばらく出かけてる。それも説明したんだが、とにかく助けろって言われてもなぁ」

 男の説明を、少女はうつむいて聞いている。否定しないところを見ると、すべて真実のようだ。
 そんな中、野次馬の一人が声をあげた。

「こいつ、海沿いの子供だろう。なんでこっちに来てんだ」

 海沿い。そう聞こえた途端、少女の肩がビクリと動いた。


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