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13巻
13-2
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「あなたはっ!」
その人物を見て、ルーナは立ち上がって声をあげる。
ネイディアの横に立ち、堂々とルーナの視線を受け止めた男。それは、ヴィントスにも現れた因縁の魔族――バルナドだった。
「な、なんで、あなたがここに……!」
ルーナは、驚きと恐怖で震える声を絞り出す。
「ふふ……あはは……あははははっ」
笑みを浮かべてルーナを見ていたネイディアが、今度はおかしくてたまらないとばかりに哄笑した。
ルーナは、ネイディアの高笑いに目を見開き、呆然と彼女を見る。
人類の敵とも言える魔族。
その魔族を恐れもせず横に侍らせ、大笑いしているネイディア。
これらの光景が、何を示すのか、わからない者はいないだろう。
しかし、それでもなお、ルーナは理解できないでいた。否、したくなかった。
「ネイディア様、嘘でしょう……」
縋るようにつぶやかれる言葉に、ネイディアはようやく笑いを収める。
「嘘? 何が? ああ、ひ弱で優しいネイディアが、というのなら確かに嘘ねぇ」
「どうして……」
「どうしてって、バルナドを見てもわからないの?」
困った子ね。と言わんばかりの顔で、ネイディアは肩を竦めてみせた。
(バルナド……この魔族とネイディア様は仲間だというの? そんな……)
目の前の事実は、それが間違いようもないものだと示している。
しかしルーナの心は、到底それを受け入れられない。
零れ落ちる涙にも気づいていないのか、ルーナはただ駄々っ子のように首を左右に振った。
「ああもう、思ったよりつまらないわねぇ。もっといろんな反応があると思ったのに。ねぇ、バルナド?」
「そうですねぇ。いや、それだけネイディア様の演技が上手かったということでは? この様子ではまったく疑っていなかったようですし」
「ふふ、そうね。わたくしが素晴らしすぎたってところかしら」
「そういうことのようですよ」
バルナドとネイディアは、顔を見合わせてクスリと笑う。
まるで仲の良い友人のような、気の置けないやり取りを目にし、ルーナは渦巻く感情を抑え込むように目を閉じた。
だがすぐに、ネイディアに強い眼差しを向ける。
「ネイディア様、この者が魔族だとご存知なのですね」
「ええ、もちろん」
「魔族が、人を根絶やしにしようとする者たちだとわかっていて、その横に立たせているというのですか?」
唸るような、苦しげに絞り出されるルーナの質問に、ネイディアは天気でも訊かれたかのように、軽い調子で是と返す。
「いいわね。ようやく少し楽しくなってきたわ」
ルーナの鋭い視線を、ネイディアは微笑で跳ね返す。だが、その微笑は、可憐な王女のそれではなく、どこか歪で邪なものだった。
(目の前のこの人は、本当にわたしの知ってるネイディア様なんだろうか? もしかしたら、バルナドに操られてるんじゃ……)
ルーナは、そんな疑いを持つ。
(よし、ならイチかバチか!)
次の瞬間、ルーナはとある魔法語を唱えた。
『ゲイル・ソナ・レアード・スレイ』
ルーナが唱えたのは、かけられた魔法を〈解除〉する魔法だ。この魔法は魔力消費量が多い上に、術者より魔力量が足りない場合は解除することができない。
ネイディアが〈傀儡〉などの魔法で操られているのならば、それを施したのは魔族のはずだ。
ルーナやリュシオンですら到底及ばない魔力を持つ魔族。そのバルナドがかけた魔法を、ルーナが解除できる可能性は低い。
だが、一部でも自我を覚醒させることはできるかもしれない。
やる価値はあるはずだ。ルーナはそう自分に言い聞かせ、魔法語を紡いだのだった。
ルーナの澄んだ声が唱える魔法。
その魔法の効果を示すように、一瞬、青白い光がネイディアを包み込んだ。
間違いなく魔法の発動を示す現象。しかし、光はそのままスッと消えてしまった。
「これは……」
術者にはどんな魔法にも限らず、その魔法が発動したかどうかはわかる。
先ほどの現象が示すのは、〈解除〉の魔法が発動したというものだ。にもかかわらず、何も起こらなかったのは、術の失敗、あるいは魔法が何もかかっていなかったため、解除自体必要なかったということだ。
つまり、ネイディアに〈傀儡〉といった類いの魔法はかかっていない。
しかしそうなると、ネイディアが自分の意思で魔族と共にいるということになる。
「わたくしが操られていると思ったのね。良い子のネイディア様は魔族と遊んだりしないってところかしら」
「おや、これは酷い偏見ですねぇ」
ネイディアの言葉に、バルナドが面白そうに答える。
「あら、魔族は悪い子たちだ、というのは本当のことでしょう?」
「否定はできませんがね」
軽口を叩き合う二人を見て、ルーナはただ絶句するのみだ。
(悪い子? 人をゴミのように見て、殺してしまうことすら躊躇しない存在を、『悪い子』なんて可愛い表現で済ませられるわけない!)
ルーナは、怒りを隠さずネイディアをきつく睨みつける。
思い出すのは、魔族の企みによって魔物化させられた人たちだ。その中には、自ら悪の道を進み、自滅したような人もいた。
だが、なんの落ち度もない、善良な人間もいたのだ。
そんな非道な行いをする魔族が、『悪い子』で済まされるはずがない。
「バルナド。どうやらルーナが怒ったみたいよ?」
「おや。ですが、彼女が私たちをどうにかできるわけでもないでしょう」
煽るような二人の言葉に、ルーナは反射的に口を開く。
『エラン・リデ!』
ルーナの口から飛び出したのは、怒声でも叫びでもなく、攻撃魔法だ。
彼女の伸ばされた右手から、瞬時に現れる数本の氷の矢。それが、目の前のバルナドに襲い掛かる。
その瞬間、ルーナはハッと我に返った。
「あ……」
魔法で出現した氷の矢は、的確に対象者に向かって放たれる。その後は、たとえ術者が止めようと思っても止まるものではない。
魔法を放った後、ルーナが感じたのは恐怖。
バルナドは魔族だ。だが、現在彼女の目の前にいる彼は、人となんら変わらない。
ルーナは、見た目だけとはいえ、人と認識できる者を殺すかもしれないことに怯えた。
けれど、彼女にとって幸か不幸か――至近距離で放たれた氷の矢は、バルナドに辿り着くと思われた瞬間、何かに弾かれるようにその場で粉々になった。
キラキラと氷の粒子をまき散らしながら、氷の矢が消える。
ルーナは、その光景を呆然と見つめていた。
「相変わらずの甘ちゃんね」
言葉も出ないルーナに向け、ネイディアは侮蔑の視線と共に言い放つ。そんな彼女に、バルナドは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「ああ、人を傷つける――否、殺す覚悟がないというやつですか」
「そう。守られてばかりのこの子に、そんな覚悟なんてないわ。実際、感情に任せて攻撃魔法を放っただけで怖がっているもの」
「まぁ、この程度の魔法で私がどうにかなると思われたのは、少しばかり不快ではありますがね」
「あはは、確かにそうね。あの程度で魔族がどうにかなるわけがないわ」
楽しそうに言い切ったネイディアは、次にルーナに向けて手を伸ばす。
それは、バルナドに向けてルーナが攻撃魔法を放った動きを彷彿させた。
(魔法? でも、ネイディア様は魔法が使えるほどの魔力も才もなかったはず……)
そう思うルーナを嘲笑うように、ネイディアが口を開く。
『オル・ディガーデ』
「え、嘘⁉」
ネイディアの放つ〈拘束魔法〉に、ルーナは目を見開いた。しかし、その間にも彼女の魔法は、ルーナに迫る。
「……『ラノア・リール』!」
ルーナは、反射的に魔法を唱えた。
防御障壁を構築する、もっとも単純な〈防御魔法〉。咄嗟に唱えられたのはそれだけだ。だが、膨大な魔力を持つルーナであれば、それで大抵の攻撃から身を守れるはずだった。
(う、嘘でしょう⁉)
ルーナの張った魔法障壁と、ネイディアから放たれた靄が接触する。その瞬間、ルーナの施した防御障壁が、ガラスが散るように飛散した。
そして、そのまま伸びた靄は、ロープのような形になってルーナの身体を拘束する。
(動けない⁉ それに声も! 〈拘束〉の魔法にそんな効果は……)
意識はしっかりあるが、身動きはまったくできない。そして声すら出ない。
ルーナはこの状況に、混乱するばかりだった。
本来、〈拘束〉の魔法は、文字通り見えない枷、あるいはロープのようなものが、対象者を拘束するというもの。
とはいえ、縛りつけるだけなのだから、小さく身動きはできるし声も出せる。
だが、現在ルーナを拘束する魔法は、彼女の意思を縛るかのように、身体だけでなく声までをも奪っていた。抵抗できないルーナを見て、ネイディアは楽しそうに笑う。
「いいザマね。さて、どうしてあげようかしら? 一思いに楽にしてほしい?」
「それも良いですが……ネイディア様、冥府への土産に教えて差し上げてはどうです? 貴女のことを」
「それも一興ね。いいわ、座りなさい」
ネイディアがルーナにそう言うと、彼女の身体からふっと力が抜ける。気づけばルーナは、後ろにあった椅子に凭れるようにして座っていた。
「わたくしが魔法を使ったことに驚いたのかしら? そうよね、たいした魔法も使えない、役立たずな王女だったものね」
代々魔力に恵まれた者が多いクレセニア王家。その最高傑作が、リュシオンといっても過言ではない。
彼のように、強大すぎる魔力がゆえに恐れられる一方、王家にそれほどの魔力保持者が存在することが、国の安泰にも繋がると歓迎されていた。
特に魔力暴走の危険性など知らない一般庶民は、単純に強大な魔力を持っていることが強者の証だと認識していたからだ。
王家に強者がいる――それは、自分たちの生活が守られるという護符でもあった。
だが、ネイディアの魔力は一般人程度。才もなく、魔法使いと呼ばれるには程遠かった。
身体も弱く、魔法使いの才もない――それを揶揄し、役立たずの王女と謗る者もいたのだ。
そんな自分の評価を、ネイディアはまるで他人事のように笑って口にする。それは、本当の自分ではないから言えるのか。
(彼女はいったい……何?)
ルーナに芽生える疑問。
魔法語を聞く限り、ネイディアが使ったのは〈拘束〉の魔法で間違いない。けれどその効果は、ルーナが知るものとは違っていた。
また、世界的に見ても稀な魔力保持者であるルーナを魔法によって拘束できるとしたら、それは彼女以上の魔力をネイディアが持つことに他ならない。
けれど、それほどの魔力を持っているのならば、隠すことの方が難しいはずだった。
「ふふっ、優しいわたくしが種明かしをしてあげる」
ネイディアは、混乱するルーナにそう言って語り始めた。
†
「そうねぇ、何から聞きたいかしら? ああ、喋れないのだったわ」
ネイディアはルーナに問うた後、思い出したように独りごちる。次いで、パンッと軽く両手を打ち鳴らした。
途端、ルーナは、自身を縛る何かが緩むのを感じる。
「あ……」
声が出る。そのことに気づき、ルーナは自身の首に手を伸ばそうとした。しかし、自由になった声とは別に、身体はまったく微動だにしない。
「……魔法が使えるのですね」
ルーナがつぶやくと、ネイディアは「ええ」とうなずいてみせる。
「でも、最近まで使えなかったのは本当なのよ」
「最近?」
ルーナは訝しげに、眉を顰めた。
魔法が使えるかどうかは、先天的な魔力量と、魔法語を唱えることができる才による。
必要な魔力量が足りなければ、その魔法を使用することはできない。魔力量が足りていたとしても、その魔法語を紡ぐことのできる、『才』としか呼びようのない能力が必要となる。
そのため、白魔法と呼ばれる回復や支援に特化した魔法は得意なのに、攻撃に特化した黒魔法はまったく使えない魔法使いも多い。
なお、元々魔法を行使するために必要な魔力量を有している人間は少ない。魔力量に関しては、生まれもって定められている。
人生の中で使用できる魔法の種類が増えたり、あるいは、ほんのわずかだが魔力量が増減したりすることはある。
ただ、ルーナの前世――日本で遊んだゲームのように、『レベルアップによってMPが増加し、気づけば初期値の数倍になっていた』などということは、サンクトロイメにおいてはあり得ないはずだった。
「ネイディア様、順を追って説明してあげなければだめですよ」
「そこまでしてあげないといけないの?」
「はは。もう飽きられたのですか? 仕方のない方だ。では、私が」
バルナドは、クスリと笑うとルーナに向き直る。
「簡単に言うと、ネイディア様は生まれ変わったのですよ」
「生まれ変わった?」
目を眇めるルーナに、バルナドはうなずいてみせた。
「最初から教えてあげましょう。最初はそう、あの女。今は亡きキーラ王妃。彼女は、貴女が生まれる前から、我らと結託していたのですよ」
「生まれる前から?」
聞かされた事実に、ルーナは眉間に皺を寄せる。
キーラ王妃は、クレセニア王国の現国王バートランドの後妻で、ネイディアの母だ。
亡き前王妃の子であるリュシオンを疎んじ、さまざまな方法で亡き者にしようとしていた悪女でもある。だが数年前、彼女に唐突な死が訪れた。それは、何者かによる毒殺という、非業の死だった。
(キーラ王妃と魔族の関係……)
それを聞けばルーナの疑問は晴れるだろうが、一方で知るのが怖い。そんなルーナの内心を嘲笑うかのように、バルナドは語る。
「王妃……キーラは、もともと王の妃候補だったのですよ。ご存知でしたか?」
「えっ、キーラ王妃はベルフーア公爵と婚約していたんじゃ――」
反射的に答えてしまった後、バルナドの思惑に乗ったことに気づき、ルーナは顔を顰める。
とはいえ、この質疑応答の時間は彼らの気まぐれだ。それが終われば、ルーナがどのような目に遭わされるのかわからない。
だが、彼らの狙いを探り、そして逃げ出す算段を見出すためには、この時間がルーナにとってチャンスでもあった。
彼女は、恐怖と焦り、その他もろもろの感情を抑え込み、バルナドの次の言葉を待った。
「そうですよ。それもあってキーラを王妃に選ばず、王は自分の愛する者――クロエ妃を娶った。キーラ王妃も恋人であった公爵との婚姻に納得し婚約した……いや、一度は納得しましたが、すぐに我に返った――ですね。まもなく彼女は、己の未来が、たかが公爵夫人だということに気づいたのです。キーラにとって、それは受け入れがたいことだった。この国で最高位の女性でなければ満足できなかったのですよ、彼女の肥大したプライドというやつは。おそらく王と結婚したクロエ妃を見て、その座が欲しくなったのでしょうね。公爵夫人では国王妃には首を垂れなければなりませんから。そして思ったわけだ。恋人も、権力もすべて手に入れればいいとね」
「まさか……」
唖然とするルーナを余所に、ネイディアが続ける。
「そう。お母様はね、まず手始めに前王妃に死んでもらうことにしたの。その辺については、お祖父様のネグロ侯爵も喜んで協力してくれたみたいよ。そして次に願ったのは、もちろん自分が王妃になることだった」
「じゃあ、クロエ様は……」
「お母様に暗殺されたってわけ。これってお父様も知らないんじゃないかしら? 島国の珍しい毒でまったく痕跡を残さず、心の臓の発作に似た症状が出るんですって。お母様がよく自慢げに話していたわ。でも滑稽よね。自分もまた毒殺されたわけだし」
「そんな……」
国王の前妃であり、リュシオンの母である、クロエ王妃。
リュシオンがまだ幼い時に亡くなっており、その後に、後妻として娶られたのがネイディアの母キーラだった。
しかし、ルーナが知っていたのは、キーラとベルフーア公爵が恋人同士で、国王との婚姻によって引き裂かれたというもの。
ネイディアの言葉を信じるならば、恋人同士だったのは確かだが、権力によって無理に引き裂かれたわけではないようだ。
「お父様は次の王妃を拒んだけれど、その候補もたくさんいたのよ。でも、候補を全員害していてはすぐにばれてしまうでしょう? それでね、お母様は考えたの。その結果が彼、というわけ」
ネイディアは、そう言ってバルナドを手で示す。
バルナドはそれに大袈裟なお辞儀で応えると、後を継いだ。
「キーラ王妃は、私と契約を結びましてね」
「あなたと? 王妃様はあなたが魔族だと知っていたの?」
ルーナが尋ねると、バルナドは肩を竦める。
「いいえ。優秀な魔法使いと思っていたようですよ」
「魔法使い? それなら契約というのは、誰かを襲う企てだったというの?」
「それも否定はしませんが、そんなことではありませんよ。そうですね、ここまで話してしまったのですし、少しだけ教えて差し上げるのも親切ですかね?」
バルナドは、ネイディアの方に顔を向けて尋ねる。それに応え、ネイディアは可愛らしく笑って首肯した。
それを認めて、バルナドはルーナに向き直る。
「キーラ王妃には、我らの協力をしてもらうという契約をしたのですよ」
「協力? それはいったい……」
ルーナは、困惑を隠さずにつぶやいた。
キーラに協力を頼む。
考えられるとすれば、クレセニアという国に混乱を生む、というものだ。
だが、魔族にとって権力にたいした価値はないはずだ。それとも、何か他に考えがあってのことなのか。
どちらにせよ、ルーナにはその答えがまったく予想できなかった。
黙り込むルーナに、バルナドが片眉を上げる。
「おや、どういうことか予想がつきませんか?」
「予想もなにも、意味がわからない」
ルーナがぶっきらぼうに言うと、バルナドは大きなため息をついた。その馬鹿にした仕草にムッとするものの、ルーナは無言を貫く。
(下手に自分の考えを言うより、無知と思われても相手の話を引き出す方がいい)
ルーナの意図を見越しているのか、バルナドはわざとらしく肩を竦めた。
「まあ、貴女ごときでは、答えに辿り着くなど死ぬまで、否、死んでも無理でしょう」
「それは言えるわね」
もっともだと、バルナドに呼応するネイディア。一方ルーナは、努めて平静を装い続ける。
そんな彼女の反応が面白くなかったのだろう。ネイディアは、バルナドを不満げな顔で見た。
「ああ、つまんないわ。ねえ、もう何も言わないで殺してあげたら?」
「おやおや。それでもいいですが、後悔しませんか? まだ何も教えていないでしょう? きっと貴女のことを知らせてやれば、反応せずにはいられませんよ」
「それも一理あるわね」
ネイディアはコクリとうなずくと、ルーナにニヤリと笑ってみせた。
「じゃあ、さっきの質問とは別だけど、あなたにとっておきの秘密を教えてあげる。きっと驚くことになるわよ?」
「驚く?」
ルーナは、ネイディアを訝しげに見た。
彼女が魔族と結託している。それだけですでに十分驚きなのだ。
キーラが、彼らと何を契約したのか。その内容はわからないものの、恐らく自分の利になるためのこと。
それが、敵となりうる者の排除であろうことは、想像に難くない。また、魔族側としては、キーラが王妃になったあかつきに、その立場を利用して自分たちの思うように国や人を動かしてやろうというものなのだろうと、ルーナは思っていた。
確かにそれらは脅威ではあるが、驚きとは違う。
しかし、ネイディアの様子は、まさに子供が驚きを期待してウキウキしている、そのものだ。
「いったい何を……」
聞きたくない。何故かもわからない予感に苛まれつつ、ルーナは声を絞り出す。
怯えを隠せないルーナの様子が気に入ったのか、ネイディアはさらに笑顔を輝かせた。そして、もったいぶりながら口を開く。
「ねぇ――わたくしもまた、魔族なのよ」
一瞬の沈黙。
ネイディアの言葉は、確かにルーナの耳に届いた。しかし、その意味を理解するのに時間を要したのだ。
「……そんなバカな!」
ルーナはあまりにも信じ難いネイディアの告白に、思わず声をあげた。
ネイディアが魔族。
魔法に長け、身体能力も高い魔族という生き物。
何度も対峙したバルナドやラウルを見れば、語り継がれてきた魔族の特性が、まぎれもない事実だと証明された。
だが、これまでのネイディアは身体が弱く、魔法も使えなかった。
人としてすら、弱者に位置付けられる彼女が、魔族であるなどあり得ないことだ。
「おや、否定されてしまいましたね」
「しょうがないわ。時が来るまでは確かにわたくしも『人』だったもの」
「時?」
その人物を見て、ルーナは立ち上がって声をあげる。
ネイディアの横に立ち、堂々とルーナの視線を受け止めた男。それは、ヴィントスにも現れた因縁の魔族――バルナドだった。
「な、なんで、あなたがここに……!」
ルーナは、驚きと恐怖で震える声を絞り出す。
「ふふ……あはは……あははははっ」
笑みを浮かべてルーナを見ていたネイディアが、今度はおかしくてたまらないとばかりに哄笑した。
ルーナは、ネイディアの高笑いに目を見開き、呆然と彼女を見る。
人類の敵とも言える魔族。
その魔族を恐れもせず横に侍らせ、大笑いしているネイディア。
これらの光景が、何を示すのか、わからない者はいないだろう。
しかし、それでもなお、ルーナは理解できないでいた。否、したくなかった。
「ネイディア様、嘘でしょう……」
縋るようにつぶやかれる言葉に、ネイディアはようやく笑いを収める。
「嘘? 何が? ああ、ひ弱で優しいネイディアが、というのなら確かに嘘ねぇ」
「どうして……」
「どうしてって、バルナドを見てもわからないの?」
困った子ね。と言わんばかりの顔で、ネイディアは肩を竦めてみせた。
(バルナド……この魔族とネイディア様は仲間だというの? そんな……)
目の前の事実は、それが間違いようもないものだと示している。
しかしルーナの心は、到底それを受け入れられない。
零れ落ちる涙にも気づいていないのか、ルーナはただ駄々っ子のように首を左右に振った。
「ああもう、思ったよりつまらないわねぇ。もっといろんな反応があると思ったのに。ねぇ、バルナド?」
「そうですねぇ。いや、それだけネイディア様の演技が上手かったということでは? この様子ではまったく疑っていなかったようですし」
「ふふ、そうね。わたくしが素晴らしすぎたってところかしら」
「そういうことのようですよ」
バルナドとネイディアは、顔を見合わせてクスリと笑う。
まるで仲の良い友人のような、気の置けないやり取りを目にし、ルーナは渦巻く感情を抑え込むように目を閉じた。
だがすぐに、ネイディアに強い眼差しを向ける。
「ネイディア様、この者が魔族だとご存知なのですね」
「ええ、もちろん」
「魔族が、人を根絶やしにしようとする者たちだとわかっていて、その横に立たせているというのですか?」
唸るような、苦しげに絞り出されるルーナの質問に、ネイディアは天気でも訊かれたかのように、軽い調子で是と返す。
「いいわね。ようやく少し楽しくなってきたわ」
ルーナの鋭い視線を、ネイディアは微笑で跳ね返す。だが、その微笑は、可憐な王女のそれではなく、どこか歪で邪なものだった。
(目の前のこの人は、本当にわたしの知ってるネイディア様なんだろうか? もしかしたら、バルナドに操られてるんじゃ……)
ルーナは、そんな疑いを持つ。
(よし、ならイチかバチか!)
次の瞬間、ルーナはとある魔法語を唱えた。
『ゲイル・ソナ・レアード・スレイ』
ルーナが唱えたのは、かけられた魔法を〈解除〉する魔法だ。この魔法は魔力消費量が多い上に、術者より魔力量が足りない場合は解除することができない。
ネイディアが〈傀儡〉などの魔法で操られているのならば、それを施したのは魔族のはずだ。
ルーナやリュシオンですら到底及ばない魔力を持つ魔族。そのバルナドがかけた魔法を、ルーナが解除できる可能性は低い。
だが、一部でも自我を覚醒させることはできるかもしれない。
やる価値はあるはずだ。ルーナはそう自分に言い聞かせ、魔法語を紡いだのだった。
ルーナの澄んだ声が唱える魔法。
その魔法の効果を示すように、一瞬、青白い光がネイディアを包み込んだ。
間違いなく魔法の発動を示す現象。しかし、光はそのままスッと消えてしまった。
「これは……」
術者にはどんな魔法にも限らず、その魔法が発動したかどうかはわかる。
先ほどの現象が示すのは、〈解除〉の魔法が発動したというものだ。にもかかわらず、何も起こらなかったのは、術の失敗、あるいは魔法が何もかかっていなかったため、解除自体必要なかったということだ。
つまり、ネイディアに〈傀儡〉といった類いの魔法はかかっていない。
しかしそうなると、ネイディアが自分の意思で魔族と共にいるということになる。
「わたくしが操られていると思ったのね。良い子のネイディア様は魔族と遊んだりしないってところかしら」
「おや、これは酷い偏見ですねぇ」
ネイディアの言葉に、バルナドが面白そうに答える。
「あら、魔族は悪い子たちだ、というのは本当のことでしょう?」
「否定はできませんがね」
軽口を叩き合う二人を見て、ルーナはただ絶句するのみだ。
(悪い子? 人をゴミのように見て、殺してしまうことすら躊躇しない存在を、『悪い子』なんて可愛い表現で済ませられるわけない!)
ルーナは、怒りを隠さずネイディアをきつく睨みつける。
思い出すのは、魔族の企みによって魔物化させられた人たちだ。その中には、自ら悪の道を進み、自滅したような人もいた。
だが、なんの落ち度もない、善良な人間もいたのだ。
そんな非道な行いをする魔族が、『悪い子』で済まされるはずがない。
「バルナド。どうやらルーナが怒ったみたいよ?」
「おや。ですが、彼女が私たちをどうにかできるわけでもないでしょう」
煽るような二人の言葉に、ルーナは反射的に口を開く。
『エラン・リデ!』
ルーナの口から飛び出したのは、怒声でも叫びでもなく、攻撃魔法だ。
彼女の伸ばされた右手から、瞬時に現れる数本の氷の矢。それが、目の前のバルナドに襲い掛かる。
その瞬間、ルーナはハッと我に返った。
「あ……」
魔法で出現した氷の矢は、的確に対象者に向かって放たれる。その後は、たとえ術者が止めようと思っても止まるものではない。
魔法を放った後、ルーナが感じたのは恐怖。
バルナドは魔族だ。だが、現在彼女の目の前にいる彼は、人となんら変わらない。
ルーナは、見た目だけとはいえ、人と認識できる者を殺すかもしれないことに怯えた。
けれど、彼女にとって幸か不幸か――至近距離で放たれた氷の矢は、バルナドに辿り着くと思われた瞬間、何かに弾かれるようにその場で粉々になった。
キラキラと氷の粒子をまき散らしながら、氷の矢が消える。
ルーナは、その光景を呆然と見つめていた。
「相変わらずの甘ちゃんね」
言葉も出ないルーナに向け、ネイディアは侮蔑の視線と共に言い放つ。そんな彼女に、バルナドは大袈裟に肩を竦めてみせた。
「ああ、人を傷つける――否、殺す覚悟がないというやつですか」
「そう。守られてばかりのこの子に、そんな覚悟なんてないわ。実際、感情に任せて攻撃魔法を放っただけで怖がっているもの」
「まぁ、この程度の魔法で私がどうにかなると思われたのは、少しばかり不快ではありますがね」
「あはは、確かにそうね。あの程度で魔族がどうにかなるわけがないわ」
楽しそうに言い切ったネイディアは、次にルーナに向けて手を伸ばす。
それは、バルナドに向けてルーナが攻撃魔法を放った動きを彷彿させた。
(魔法? でも、ネイディア様は魔法が使えるほどの魔力も才もなかったはず……)
そう思うルーナを嘲笑うように、ネイディアが口を開く。
『オル・ディガーデ』
「え、嘘⁉」
ネイディアの放つ〈拘束魔法〉に、ルーナは目を見開いた。しかし、その間にも彼女の魔法は、ルーナに迫る。
「……『ラノア・リール』!」
ルーナは、反射的に魔法を唱えた。
防御障壁を構築する、もっとも単純な〈防御魔法〉。咄嗟に唱えられたのはそれだけだ。だが、膨大な魔力を持つルーナであれば、それで大抵の攻撃から身を守れるはずだった。
(う、嘘でしょう⁉)
ルーナの張った魔法障壁と、ネイディアから放たれた靄が接触する。その瞬間、ルーナの施した防御障壁が、ガラスが散るように飛散した。
そして、そのまま伸びた靄は、ロープのような形になってルーナの身体を拘束する。
(動けない⁉ それに声も! 〈拘束〉の魔法にそんな効果は……)
意識はしっかりあるが、身動きはまったくできない。そして声すら出ない。
ルーナはこの状況に、混乱するばかりだった。
本来、〈拘束〉の魔法は、文字通り見えない枷、あるいはロープのようなものが、対象者を拘束するというもの。
とはいえ、縛りつけるだけなのだから、小さく身動きはできるし声も出せる。
だが、現在ルーナを拘束する魔法は、彼女の意思を縛るかのように、身体だけでなく声までをも奪っていた。抵抗できないルーナを見て、ネイディアは楽しそうに笑う。
「いいザマね。さて、どうしてあげようかしら? 一思いに楽にしてほしい?」
「それも良いですが……ネイディア様、冥府への土産に教えて差し上げてはどうです? 貴女のことを」
「それも一興ね。いいわ、座りなさい」
ネイディアがルーナにそう言うと、彼女の身体からふっと力が抜ける。気づけばルーナは、後ろにあった椅子に凭れるようにして座っていた。
「わたくしが魔法を使ったことに驚いたのかしら? そうよね、たいした魔法も使えない、役立たずな王女だったものね」
代々魔力に恵まれた者が多いクレセニア王家。その最高傑作が、リュシオンといっても過言ではない。
彼のように、強大すぎる魔力がゆえに恐れられる一方、王家にそれほどの魔力保持者が存在することが、国の安泰にも繋がると歓迎されていた。
特に魔力暴走の危険性など知らない一般庶民は、単純に強大な魔力を持っていることが強者の証だと認識していたからだ。
王家に強者がいる――それは、自分たちの生活が守られるという護符でもあった。
だが、ネイディアの魔力は一般人程度。才もなく、魔法使いと呼ばれるには程遠かった。
身体も弱く、魔法使いの才もない――それを揶揄し、役立たずの王女と謗る者もいたのだ。
そんな自分の評価を、ネイディアはまるで他人事のように笑って口にする。それは、本当の自分ではないから言えるのか。
(彼女はいったい……何?)
ルーナに芽生える疑問。
魔法語を聞く限り、ネイディアが使ったのは〈拘束〉の魔法で間違いない。けれどその効果は、ルーナが知るものとは違っていた。
また、世界的に見ても稀な魔力保持者であるルーナを魔法によって拘束できるとしたら、それは彼女以上の魔力をネイディアが持つことに他ならない。
けれど、それほどの魔力を持っているのならば、隠すことの方が難しいはずだった。
「ふふっ、優しいわたくしが種明かしをしてあげる」
ネイディアは、混乱するルーナにそう言って語り始めた。
†
「そうねぇ、何から聞きたいかしら? ああ、喋れないのだったわ」
ネイディアはルーナに問うた後、思い出したように独りごちる。次いで、パンッと軽く両手を打ち鳴らした。
途端、ルーナは、自身を縛る何かが緩むのを感じる。
「あ……」
声が出る。そのことに気づき、ルーナは自身の首に手を伸ばそうとした。しかし、自由になった声とは別に、身体はまったく微動だにしない。
「……魔法が使えるのですね」
ルーナがつぶやくと、ネイディアは「ええ」とうなずいてみせる。
「でも、最近まで使えなかったのは本当なのよ」
「最近?」
ルーナは訝しげに、眉を顰めた。
魔法が使えるかどうかは、先天的な魔力量と、魔法語を唱えることができる才による。
必要な魔力量が足りなければ、その魔法を使用することはできない。魔力量が足りていたとしても、その魔法語を紡ぐことのできる、『才』としか呼びようのない能力が必要となる。
そのため、白魔法と呼ばれる回復や支援に特化した魔法は得意なのに、攻撃に特化した黒魔法はまったく使えない魔法使いも多い。
なお、元々魔法を行使するために必要な魔力量を有している人間は少ない。魔力量に関しては、生まれもって定められている。
人生の中で使用できる魔法の種類が増えたり、あるいは、ほんのわずかだが魔力量が増減したりすることはある。
ただ、ルーナの前世――日本で遊んだゲームのように、『レベルアップによってMPが増加し、気づけば初期値の数倍になっていた』などということは、サンクトロイメにおいてはあり得ないはずだった。
「ネイディア様、順を追って説明してあげなければだめですよ」
「そこまでしてあげないといけないの?」
「はは。もう飽きられたのですか? 仕方のない方だ。では、私が」
バルナドは、クスリと笑うとルーナに向き直る。
「簡単に言うと、ネイディア様は生まれ変わったのですよ」
「生まれ変わった?」
目を眇めるルーナに、バルナドはうなずいてみせた。
「最初から教えてあげましょう。最初はそう、あの女。今は亡きキーラ王妃。彼女は、貴女が生まれる前から、我らと結託していたのですよ」
「生まれる前から?」
聞かされた事実に、ルーナは眉間に皺を寄せる。
キーラ王妃は、クレセニア王国の現国王バートランドの後妻で、ネイディアの母だ。
亡き前王妃の子であるリュシオンを疎んじ、さまざまな方法で亡き者にしようとしていた悪女でもある。だが数年前、彼女に唐突な死が訪れた。それは、何者かによる毒殺という、非業の死だった。
(キーラ王妃と魔族の関係……)
それを聞けばルーナの疑問は晴れるだろうが、一方で知るのが怖い。そんなルーナの内心を嘲笑うかのように、バルナドは語る。
「王妃……キーラは、もともと王の妃候補だったのですよ。ご存知でしたか?」
「えっ、キーラ王妃はベルフーア公爵と婚約していたんじゃ――」
反射的に答えてしまった後、バルナドの思惑に乗ったことに気づき、ルーナは顔を顰める。
とはいえ、この質疑応答の時間は彼らの気まぐれだ。それが終われば、ルーナがどのような目に遭わされるのかわからない。
だが、彼らの狙いを探り、そして逃げ出す算段を見出すためには、この時間がルーナにとってチャンスでもあった。
彼女は、恐怖と焦り、その他もろもろの感情を抑え込み、バルナドの次の言葉を待った。
「そうですよ。それもあってキーラを王妃に選ばず、王は自分の愛する者――クロエ妃を娶った。キーラ王妃も恋人であった公爵との婚姻に納得し婚約した……いや、一度は納得しましたが、すぐに我に返った――ですね。まもなく彼女は、己の未来が、たかが公爵夫人だということに気づいたのです。キーラにとって、それは受け入れがたいことだった。この国で最高位の女性でなければ満足できなかったのですよ、彼女の肥大したプライドというやつは。おそらく王と結婚したクロエ妃を見て、その座が欲しくなったのでしょうね。公爵夫人では国王妃には首を垂れなければなりませんから。そして思ったわけだ。恋人も、権力もすべて手に入れればいいとね」
「まさか……」
唖然とするルーナを余所に、ネイディアが続ける。
「そう。お母様はね、まず手始めに前王妃に死んでもらうことにしたの。その辺については、お祖父様のネグロ侯爵も喜んで協力してくれたみたいよ。そして次に願ったのは、もちろん自分が王妃になることだった」
「じゃあ、クロエ様は……」
「お母様に暗殺されたってわけ。これってお父様も知らないんじゃないかしら? 島国の珍しい毒でまったく痕跡を残さず、心の臓の発作に似た症状が出るんですって。お母様がよく自慢げに話していたわ。でも滑稽よね。自分もまた毒殺されたわけだし」
「そんな……」
国王の前妃であり、リュシオンの母である、クロエ王妃。
リュシオンがまだ幼い時に亡くなっており、その後に、後妻として娶られたのがネイディアの母キーラだった。
しかし、ルーナが知っていたのは、キーラとベルフーア公爵が恋人同士で、国王との婚姻によって引き裂かれたというもの。
ネイディアの言葉を信じるならば、恋人同士だったのは確かだが、権力によって無理に引き裂かれたわけではないようだ。
「お父様は次の王妃を拒んだけれど、その候補もたくさんいたのよ。でも、候補を全員害していてはすぐにばれてしまうでしょう? それでね、お母様は考えたの。その結果が彼、というわけ」
ネイディアは、そう言ってバルナドを手で示す。
バルナドはそれに大袈裟なお辞儀で応えると、後を継いだ。
「キーラ王妃は、私と契約を結びましてね」
「あなたと? 王妃様はあなたが魔族だと知っていたの?」
ルーナが尋ねると、バルナドは肩を竦める。
「いいえ。優秀な魔法使いと思っていたようですよ」
「魔法使い? それなら契約というのは、誰かを襲う企てだったというの?」
「それも否定はしませんが、そんなことではありませんよ。そうですね、ここまで話してしまったのですし、少しだけ教えて差し上げるのも親切ですかね?」
バルナドは、ネイディアの方に顔を向けて尋ねる。それに応え、ネイディアは可愛らしく笑って首肯した。
それを認めて、バルナドはルーナに向き直る。
「キーラ王妃には、我らの協力をしてもらうという契約をしたのですよ」
「協力? それはいったい……」
ルーナは、困惑を隠さずにつぶやいた。
キーラに協力を頼む。
考えられるとすれば、クレセニアという国に混乱を生む、というものだ。
だが、魔族にとって権力にたいした価値はないはずだ。それとも、何か他に考えがあってのことなのか。
どちらにせよ、ルーナにはその答えがまったく予想できなかった。
黙り込むルーナに、バルナドが片眉を上げる。
「おや、どういうことか予想がつきませんか?」
「予想もなにも、意味がわからない」
ルーナがぶっきらぼうに言うと、バルナドは大きなため息をついた。その馬鹿にした仕草にムッとするものの、ルーナは無言を貫く。
(下手に自分の考えを言うより、無知と思われても相手の話を引き出す方がいい)
ルーナの意図を見越しているのか、バルナドはわざとらしく肩を竦めた。
「まあ、貴女ごときでは、答えに辿り着くなど死ぬまで、否、死んでも無理でしょう」
「それは言えるわね」
もっともだと、バルナドに呼応するネイディア。一方ルーナは、努めて平静を装い続ける。
そんな彼女の反応が面白くなかったのだろう。ネイディアは、バルナドを不満げな顔で見た。
「ああ、つまんないわ。ねえ、もう何も言わないで殺してあげたら?」
「おやおや。それでもいいですが、後悔しませんか? まだ何も教えていないでしょう? きっと貴女のことを知らせてやれば、反応せずにはいられませんよ」
「それも一理あるわね」
ネイディアはコクリとうなずくと、ルーナにニヤリと笑ってみせた。
「じゃあ、さっきの質問とは別だけど、あなたにとっておきの秘密を教えてあげる。きっと驚くことになるわよ?」
「驚く?」
ルーナは、ネイディアを訝しげに見た。
彼女が魔族と結託している。それだけですでに十分驚きなのだ。
キーラが、彼らと何を契約したのか。その内容はわからないものの、恐らく自分の利になるためのこと。
それが、敵となりうる者の排除であろうことは、想像に難くない。また、魔族側としては、キーラが王妃になったあかつきに、その立場を利用して自分たちの思うように国や人を動かしてやろうというものなのだろうと、ルーナは思っていた。
確かにそれらは脅威ではあるが、驚きとは違う。
しかし、ネイディアの様子は、まさに子供が驚きを期待してウキウキしている、そのものだ。
「いったい何を……」
聞きたくない。何故かもわからない予感に苛まれつつ、ルーナは声を絞り出す。
怯えを隠せないルーナの様子が気に入ったのか、ネイディアはさらに笑顔を輝かせた。そして、もったいぶりながら口を開く。
「ねぇ――わたくしもまた、魔族なのよ」
一瞬の沈黙。
ネイディアの言葉は、確かにルーナの耳に届いた。しかし、その意味を理解するのに時間を要したのだ。
「……そんなバカな!」
ルーナはあまりにも信じ難いネイディアの告白に、思わず声をあげた。
ネイディアが魔族。
魔法に長け、身体能力も高い魔族という生き物。
何度も対峙したバルナドやラウルを見れば、語り継がれてきた魔族の特性が、まぎれもない事実だと証明された。
だが、これまでのネイディアは身体が弱く、魔法も使えなかった。
人としてすら、弱者に位置付けられる彼女が、魔族であるなどあり得ないことだ。
「おや、否定されてしまいましたね」
「しょうがないわ。時が来るまでは確かにわたくしも『人』だったもの」
「時?」
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