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如月ゆすら

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12巻

12-2

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「スワイドってば、発明をするなら研究所に就職した方がよかったんじゃないか?」

 ふと思いついたように、コーデリアが尋ねた。それに対し、スワイドが頭を掻いて答える。

「いや、確かに開発とか、既存の魔道具の改良研究なんかだと、レングランドの研究所がいいんだろうけどな。俺、庶民的な魔道具を触ったりするの好きなんだよ。ここは、そういうものに触れる機会も多いし、自由時間にこういったものを作ることも許可してくれる。だから俺はここで働けて満足なんだ」
「そう」

 スワイドの言葉に、コーデリアはまぶしそうに目を細めた。
 しっかりと考え、見極め、現在を自分のかてとして未来に進む。そんなスワイドが、彼らには頼もしく見えた。
 久しぶりのスワイドと、楽しい時間を過ごしたルーナたち。けれど、そんな時間もそろそろ終わりだ。
 普段気軽に街歩きができないルーナたちのために、せっかくの機会だからと帰りは商店街を覗いていこうと決めていたのだ。そうなるとあまり長居はできない。
 わざわざ店先まで出て見送るスワイドに、ルーナたちは笑顔を返した。

「スワイド、また来るね」
「おう。また来てくれよな」

 ルーナの頭を撫で、スワイドはニカリと笑う。
 もうルーナは、入学当初の幼い少女ではない。だが、スワイドにとってはいつまでも手がかかる妹分なのだろう。
 そんな彼らの様子を、他の者たちは微笑ましく見守っていた。

「それじゃ、また!」
「気をつけて帰れよ!」

 スワイドの元気な声を背に、ルーナたちは店を後にしたのだった。


     †


 スワイドと別れたルーナたちは、気になった店をのんびり冷やかしながら帰路を歩いていた。
 しかし、同年代とはいえ、男子と女子。
 同じ店が気になることもあるが、それぞれ違う方向に興味が向く場合も多い。

「あ、これいいな」

 エルネストが足を止めたのは、武器防具を扱う店の前。

「ほんとだ」
「うん、それにあの剣もいいな」

 ファビアンとラザラスも気になったのか、三人して店の商品に釘付けだ。
 ルーナとコーデリアは、顔を見合わせてクスリと笑う。

「ねぇ、ゆっくり見てきたら?」
「そうだな。気になるんだろう?」

 女子二人に言われ、三人はどうしたものかと躊躇ちゅうちょする。迷っている彼らに対し、ルーナはさらに後押しした。

「じゃあ、わたしたちはあっちのお店を見てるから。早かった方と合流ってことでどうかな?」
「いいのか?」

 思わず聞き返すエルネストに、ルーナとコーデリアはうなずいてみせる。
 実際、示した店に興味があるのは本当なのだ。

「ありがとう。そっちにも護衛をつけるから」

 ファビアンはそう言うと、ついてきている数名の護衛に目配せした。
 本来であれば、護衛の人数を半減させるのは良くない。しかしこの通りは、警邏けいらの事務所が近いため治安も良かった。そのため、店に入っているなら危険もないと判断したのだ。

「それじゃあ、わたしたちはあっちに行くね」
「ああ、二人とも離れないようにね」
「はーい」
「わかってる」

 ファビアンの忠告に、ルーナとコーデリアは揃って返事をする。それに安心したのか、男子三人の意識はすぐにくだんの店に移っていった。

「コーデリア、わたしたちも行こっか」
「うん。あの店だろ?」

 ルーナが声をかけると、コーデリアは道を挟んで向かいにある店を指さした。
 パイン材でできたロッジ風の店は、入り口のドアにガラスがめ込まれ、そこにレースのカーテンがかけられている。
 ドア横のショーウィンドウには、リボンと共に置かれた帽子やバッグ、ぬいぐるみなどが飾られていた。

「すごく可愛いお店だよね!」
「ああ。だが、可愛すぎてわたしには似合わないかも」

 コーデリアが自嘲気味に言うと、ルーナが彼女をキッと睨みつける。

「似合わないなんてことない! それに、仮にもし似合わないとしても、好きなものをそんな他人の評価で遠ざけるなんて間違ってるよ」
「そ、そうか……」

 ルーナの剣幕に、コーデリアは気圧けおされつつつぶやく。

「そうだよ!」

 ルーナはきっぱりと言い放つと、コーデリアの腕をとった。

(もう、ほんとは可愛いもの大好きなんだって、バレバレなのに。それに、口調こそ男の子っぽいけど、コーデリアってば、すごく綺麗で女の子らしいんだよね。案外自分ではそういうの、わかんないのかなぁ)

 ルーナは、戸惑うコーデリアをよそに、その腕を引っ張って歩き出す。
 通りを横切り、反対側の歩行者専用の歩道に着いたところで、ルーナはコーデリアの腕をようやく離した。
 目当ての店は、そこから目と鼻の先だ。
 改めて二人が歩き出した時、前を歩いていた男女の間を、一人の男が走りながら強引に分け入ってきた。

「キャッ」

 男がスピードをゆるめることなく突っ込んできたため、寄り添って歩いていた男女は当然のように突き飛ばされた。

「大丈夫か!?」

 衝撃で尻もちをついた女性に、連れの男性が慌てて駆け寄る。
 その状況にルーナとコーデリアは呆気にとられていた。しかし、男は立ち止まることもなく、今度はルーナたちに突進してくる。

「危ない!」

 コーデリアが叫び、咄嗟とっさにルーナをかばう。そのせいで、男の進行方向に、コーデリアが立ち塞がることになった。
 次の瞬間、男が彼女にぶつかる。

「痛っ」

 衝撃によろめきながら、コーデリアは顔をしかめた。
 一方男は、自分からぶつかったにもかかわらず、そのまま走り去っていく。

「ちょっ……!」

 思わず抗議の声をあげかけたルーナだが、街灯の柱にもたれかかるコーデリアの方が先だと思い、彼女に駆け寄った。
 見た感じ怪我はないようだが、どこか痛むのか、コーデリアは下を向いたままだ。

「コーデリア、大丈夫?」

 ルーナが覗き込むと、コーデリアが愕然とした表情で自分の右手首を見ていることに気づいた。

「まさか、さっきのか……!?」

 コーデリアはつぶやくと、男の去っていった方向を振り返る。そして、男の姿がもう見えなくなっていることに気づくと、慌てたようにうつむいた。

「そんな……」

 彼女から漏れる弱々しい声音に、ルーナは焦る。

(どこか怪我を……?)

 もしかしたら、酷い痛みがあるのかもしれないと、ルーナはコーデリアの肩に手を回し、再度声をかけた。

「コーデリア、どこか怪我をしたの? 大丈夫?」

 必死に呼び掛けるが、コーデリアは何かに気をとられているらしく、反応がない。

「コーデリア、コーデリア!!」

 ルーナがなおも大きな声で呼び掛けると、コーデリアの意識がようやく彼女に向いた。

「ど、どうしようルーナ。あれを盗られたんだ……」
「え? あれ?」

 一瞬その言葉の意味がわからず、ルーナは困惑しながら聞き返す。だが、盗られたという単語で、あの男はスリだったのかと思い至った。

「いったい、何を盗られたの?」

 コーデリアの切羽詰せっぱつまった様子から、それがよほど大事なものだと察せられる。
 しかし、コーデリアがさほど現金を持ち合わせていないのは、ルーナも知るところだ。とすれば、たとえ財布をすられたのだとしても、ここまで困るほどではない。

(コーデリアの様子は、まるで形見をくしたとか、そんな感じだよね)

 そう思うものの、これまたそこまで大事なものを、スリに奪われるような状態で持ち歩いているだろうかという疑問もわく。
 なんとか落ち着いてもらおうと、ルーナはうつむいたままのコーデリアの肩を抱いた。
 そのぬくもりに縋り付くように、コーデリアがルーナに顔を向ける。
 二人の視線が交わった瞬間、ルーナは驚愕に目を見開いた。

「え、コーデリア、その目……」

 ルーナの言葉で、自分の状態に気づいたのだろう。
 コーデリアはハッと息を呑むと、ルーナの視線から逃れるように顔を逸らした。

(どういうこと? 彼女の目は……)

 ルーナは、混乱しながら考える。
 一瞬見たコーデリアの目。
 それは、いつも見ているものとは違っていた。
 白目の部分がなく、淡い水色が広がるその目。そして黒目の部分全体が、藍色の瞳孔となっていた。しかも、その瞳孔は猫のように縦に細められている。
 ルーナの知る、魔族の目とは違う。だが、一般的な人の目とも間違いなく違っていた。
 疑問に戸惑うルーナだったが、コーデリアの様子が目に入ってハッとする。

(今はそんな疑問いいじゃない!)

 自分に言い聞かせると、ルーナは蒼褪めて震えるコーデリアをぎゅっと抱きしめた。

「コーデリア、しっかりして」
「どうしよう。あれがないと……あれがないと……」

 コーデリアは、うわごとのようにそうつぶやき続ける。
 そこからルーナは、先ほどのスリが奪ったものが、彼女の目を隠すための魔道具だったのだと気づいた。コーデリアがずっと右手首を押さえているところから、きっとブレスレットのたぐいだったのだろう。

(幻惑の魔道具? それとも他のもの? どちらにせよ、それがないとまずいってことよね。でも、すぐ用意できるものじゃないし)

 ルーナは途方に暮れて、周囲を見渡す。
 彼女たちの前にぶつかられた男女が騒いでいるため、今のところ、ルーナたちに注目する者はいない。
 しかし、こちらに目が向き、コーデリアの目に気づかれれば……
 人は、自分たちと違う者に対して手厳しい。そして、未知なるものにも。
 明らかに人とは違う瞳を持つコーデリアの目を見た時、下手をすれば魔族と騒ぎ出す者が出るかもしれない。
 実際に魔族と会い、明確に彼らを知るルーナとは違い、一般の人は魔族と対面したことなどない。おとぎ話として、それらしい特徴を知るだけなのが普通だ。だからこそ、人と違うものが魔族のあかしだと、短絡的に考える者がいてもおかしくない。

(どうしよう……どうすれば……)

 オロオロと狼狽うろたえてしまうだけで、良い知恵も浮かばない。その状況に、ルーナは唇を噛む。

(魔法を唱えるのは、余計に注目を集めるだけだし、〈幻惑〉の魔道具や護符なんて、街で手に入れるのは無理……)

 クレセニア国民にとって魔法は身近だが、しかしそれを使える者は少ない。そのため、魔法の詠唱などすれば確実に注目を浴びるのだ。
 また、特殊な魔道具や護符となれば、一点ものが多く、すぐに手に入れるのは不可能に近い。
 考えれば考えるほど八方塞がりの状況に、ルーナはますます焦る。
 そんな時だった。

「大丈夫?」

 柔らかい女性の声がルーナの耳に届く。
 振り返ると、彼女たちのすぐ後ろに一人の女性が立っていた。
 緋色の髪と、蜂蜜のような柔らかな茶色の瞳を持つ彼女は、理知的な顔立ちに良く似合う銀縁の眼鏡をかけている。
 服装はシンプルな普段着用のドレスで、貴婦人ではないと思われるが、かといって庶民とも言い難い。
 当てめるならば、家庭教師ガヴァネスといった職業の女性に見える。
 そんな彼女の登場に、ルーナは焦った。
 確かに助けは必要だ。しかし、コーデリアのこの状態を考えるならば、誰にも近づいてほしくない。

「あ、あの……」

 ルーナは、女性に声をかけようとしたが、すぐ言葉に詰まってしまった。

(どうしよう、近づかないでくださいなんて、助けてくれようとした人には言えないよ)

 女性の行動は、あくまで善意だ。
 こちらの都合ではありがた迷惑であっても、居丈高に拒否することなど、ルーナにできるはずもなかった。
 一方、彼女の葛藤など知る由もない女性は、そのままコーデリアに視線を向ける。
 覗き込むようにコーデリアを見、女性は彼女の目に気づいたようだ。

「あなた……」

 息を呑む女性に、ルーナの混乱はピークに達した。

(どうしよう、この人が騒いだら……)

 いっそ魔法で昏倒させるべきか――
 そんな物騒な対処法をルーナが考えたところで、女性が驚くほど穏やかに言った。

「大丈夫、任せなさい」
「え?」

 困惑するルーナをよそに、女性は自分の右腕から、つけていた宝珠を連ねたブレスレットを外した。

「これをめて」


 女性は、手に持ったブレスレットをコーデリアに差し出す。しかし、うつむいて震えるばかりのコーデリアがブレスレットを手に取ることはない。

(この人を信じられる確証はない。でも、騒がないでいてくれただけでも、信じてみる価値はあるんじゃないかな……)

 ルーナは覚悟を決め、コーデリアの代わりに、差し出されたブレスレットを受け取った。そして、手にしたそれを彼女の腕にめる。
 驚いたコーデリアが、ルーナの方を向いた途端――その変化は現れた。
 コーデリアの白目部分が、水色から元の白目に変わる。そして、どこから見てもいつもの彼女の目になったのだ。
 どうやら女性が渡してくれたブレスレットは、コーデリアが使っていたものと同じ効果をもたらすようだった。

「コーデリア、これで大丈夫だよ」

 ルーナの言葉に、コーデリアが放心したようにうなずく。
 自分の秘密を知ってしまったルーナのことや、突然現れた救い手のこと。思うことは色々あるものの、コーデリアは最大の危機が去ったことに安堵した。
 二人は視線を合わせ、ホッと息をつく。
 そして、改めて礼を述べようと振り返った。
 しかし、その場にいるはずの彼女の姿がない。辺りを見ても、去っていく姿すら見受けられなかった。

(え、目を離したのって、ほんの一瞬だよね?)

 まるでその場から消えてしまったかのような女性に、ルーナは唖然とする。

「あの人はいったい……」

 ルーナのつぶやきに、コーデリアは軽く頭を横に振った。

「わからない。けど、わたしの恩人だ」
「そうだね」

 その言葉に、ルーナも力強くうなずくのだった。


     †


 寮に帰り着いたルーナとコーデリアは、自室には戻らず、共有の居間に腰を落ち着けた。
 コクリと、自分で淹れた紅茶で喉をうるおしたルーナは、向かいに座るコーデリアをそっとうかがう。
 お互いが黙ったまま、幾ばくかの時間が流れた。
 そうしてようやく、コーデリアが口を開く。

「気に、なるよな」

 つかえながら訊かれ、ルーナはしばし躊躇ためらったのち、コクンとうなずいた。

「気持ち悪いだろ? まるで魔ぞ……」
「そんなわけない!」

 コーデリアの言葉をさえぎり、ルーナは叫ぶ。
 確かに、コーデリアの目がどうしてああなったのかという疑問もあり、できれば打ち明けてほしい思いはある。
 だが、彼女自身を忌避きひする思いはなかった。ましてや、コーデリアが言いかけたように、魔族だなどと思うはずもない。
 そんなルーナの気持ちは、幸いなことにコーデリアに通じたのだろう。

「ありがとう……」

 ホッとつぶやくと、彼女は覚悟を決めるように、膝の上で組んだ両手に力を込めた。

「この目は、母からの遺伝なんだ」
「お母さまの?」
「そう。母は、獣人の血を引いていた。わたしの目は、その先祖返りらしい」

 コーデリアの告白に、ルーナはなるほどと納得する。
 獣人。
 サンクトロイメに存在する種族で、けものそうを持つ者たちだ。
 もともとなのか、それとも迫害されたためかは謎だが、獣人は大陸外の島で暮らす者が大半だ。そのため、クレセニアで彼らを目にすることは珍しい。
 以前ルーナは、シウとカイという、さらわれてきた獣人の兄弟を助けたことがある。
 そのため、彼らが獣相という一般的な人間とは違う特徴をもっているものの、人であることにかわりはないことを良く知っていた。
 コーデリアの獣相は目だけのようだ。しかし白目の色が違うという、純粋な人との明確な違いは、排他的な人間には受け入れがたいだろう。
 ましてや、白目の色が違うというのは、魔族の特徴として知られていた。
 現在では魔族は、架空の存在だと思われている。だが、決して忘れられているわけではない。むしろ、今でも人々に恐怖をもって語られる存在だった。それゆえに『人と違う』、『魔族に似ている』の二つが合わさっただけで、危険な存在だとみなされる可能性は高い。
 瞳のことを、彼女がルーナにも秘密にしていたのは、それらのことを考えれば十分理解できた。

(それでも勇気を出して、わたしに教えてくれたんだ……)

 ルーナにとって、コーデリアは親友といえる。
 だが、彼女にとって自分の存在がそうであるかどうかはわからない。だからこそ、コーデリアがルーナを信頼し、話してくれたことが嬉しかった。
 もともと獣人に対して偏見もなく、さらに言えば、本物の魔族と対峙したことがあるルーナだ。疑問さえ晴れれば、今までと態度が変わるはずもなかった。

「打ち明けてくれてありがとう。これからは、わたしも協力するから」

 コーデリアの手を取り、ルーナはにっこりと笑う。心配した嫌悪の情が彼女から感じられないことに、コーデリアは心の底から安堵した。

「ルーナ、ありがとう……本当は怖かったんだ」

 受け入れてもらえるなんて思わなかった。そうコーデリアが言いたかったのだと、ルーナにもわかる。

「コーデリアはコーデリアでしょ?」

 ルーナが何でもないかのように言うと、コーデリアは涙目でうなずいた。
 そして、ぽつりぽつりと話し出す。

「わたしの母は、わたしが幼い頃に亡くなってしまった。それまでは、父ともうまくいっていたんだが、母が亡くなってから父は、わたしに関わらなくなった。たぶん、この目がうとましかったせいじゃないかな」
「そんな……」
「でも、いつか自分を見てくれるんじゃないかって、ずっと思ってきた。勉強や、マナー。剣だって、父に見てほしくて頑張ったんだ。けど、父はますます遠ざかるだけだった。それでも、レングランドみたいな名門学校に入れば、違うんじゃないか。褒めてくれるかもって……」
「コーデリア」

 ルーナは、コーデリアの告白に眉尻を下げる。
 彼女がレングランド学院に入学した背景を、優秀で真面目な彼女のことだから学ぶために選択をしたのだと、ルーナは単純に考えていた。
 だが貴族令嬢であれば、花嫁学校といわれる、マナーなどを重点的に学ぶ学校に行く者も多い。古い考えの保護者ならば、むしろそちらの進路を選ばせることが普通だ。

「結局、『おまえごときが入学できるはずもない』って言葉に反論したくて、わたしはレングランド学院に入ったんだ。なのに、自分より優秀な子がいることが認められず、最初はルーナに酷いことをしたりもした」

 入学当時のことを思い出してか、コーデリアは恥ずかしそうに笑う。

(あの時、そんな理由もあったんだ……)

 ルーナは、コーデリアの辛さを思って顔を歪めた。
 それと同時に、長期の休暇であろうと寮に残ることの多い彼女に対し、領地が遠いからなどという言葉を信じ、不審にも思わなかった自分を悔いた。

「きっと、父はわたしのこの目が周囲に発覚することを恐れていたんだ。獣人の先祖返りというだけでも醜聞だろうけど、魔族じゃないかなんて疑われたら、父も終わりだ……」

 自嘲するコーデリアに、ルーナは愕然となる。
 そんなことない、と言いたくなった。
 しかし、体面を重んじる貴族にとって、醜聞は何をおいても避けなければならないものだ。
 コーデリアの父がどんな人物なのかは知らないが、貴族であるのならば、そのような考え方をしてもおかしくなかった。
 蒼褪めるルーナに、けれどコーデリアは穏やかに微笑む。

「でも、いいんだ。ここに入学して、ルーナと出会えたこと。エルネストたちと出会えたこと。わたしの選択は間違ってなかったって思えるから。ルーナ、ありがとう」

 ルーナは、コーデリアの言葉に目をうるませる。そして、コーデリアの目を見てはっきりと告げた。

「コーデリアは、わたしが守るから! 絶対、絶対守るから!」

 今回は、見知らぬ女性に救われたものの、もしかしたらこの先、彼女の秘密が発覚する日が来るかもしれない。
 それによって、コーデリアが孤立することがあっても、自分だけは彼女と寄り添おう。
 ルーナは、固く自分に誓ったのだった。


     †


 スワイドのところへ行ってから二日後。
 春の長期休暇に突入したルーナは、寮から公爵邸へと戻ってきていた。
 王都にあるその自室の中で、ルーナは日当たりの良い窓際のソファに腰かけてぼんやりと窓の外を見る。

「ふぁ……昨日は久しぶりに母様と話し込んじゃったからなぁ」

 あくびを噛み殺しながら、ルーナはテーブルの上に置いてある、先ほどまで読んでいた本を手に取った。
 いつも週末には寮から帰宅するルーナだったが、公爵である父と、その妻である母は多忙で、休日に顔を合わせることができないことも多かった。
 そのため、昨夜は久しぶりの親子水入らずで盛り上がったのだ。

(理解があって、わたしのことを溺愛してくれる父様と母様。前世のこともあるし、感謝の気持ちはいつも持っていたけど、これって本当に幸せなことなんだよね)

 コーデリアとその父の関係を考えれば、自分がどれほど恵まれているかということが、これまで以上に身にしみる。

(皆を、もっともっと大事にしなきゃだよね)

 そんなふうにルーナが改めて思った時、部屋の扉がノックされた。

「はい」
「お嬢様、お知り合いの方が訪ねていらっしゃいましたが……」

 扉の向こうから遠慮がちにメイドに声をかけられ、ルーナは首を傾げながらソファから立ち上がる。
 春休みに突入したものの、今日、誰かと会う約束をした覚えはない。

(いったい誰だろう?)

 ルーナは不審に思いつつも、扉を開けて目の前のメイドに尋ねた。

「訪ねてきたって、どちら様?」
「はい、ユーバメッレ様とおっしゃる女性です。客間でお待ちですが」


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