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ミカエルの話

ミカエル旅に出る。朔との約束

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 飛行機の時間まであと3時間。

 シャルルドゴール空港までは家から車で約50分。

 そろそろ出発した方がいい。

 ミカエルはもう一度、手荷物の中身をチェックした。

 三日前に準備し、昨日、今日の朝とチェックして、それでも、もう一度チェックせずにはいられなかった。

 王妃と呼ばれる友人の、たった一つの頼まれごと。

 大丈夫だ。

 そう言い聞かせると、白い紙に包んだ布袋を、大事そうに荷物の奥へとしまいこんだ。

 これを彼に渡すのは、最後にしよう。

 ミカエルは、そう決めていた。

 電話のベルが鳴った。

 そろそろ迎えの車が来る頃だ。

 受話器をとると、案の定、アパルトマンのコンシュルジュからだった。

「わたしだ。車か? 客? いや。そんな予定はない。誰? 誰だって? ああ。そうか。通してくれ」

 しばらくすると、ドアのチャイムが鳴った。

 ドアを開けると、背の高いハンサムな青年が、大きな腕を開けて待っていた。

「ミカエル」

「パウル。どうした」

 男二人は、しっかりと抱き合った。

 誰もが、この男と会うと、花束をもらったような気持ちになる。

 厳格な弁護士として知られているミカエルも、例外ではなかった。

 彼がそのパートナーと大きくしたブランド ジョワの顧問弁護士として付き合いはじめて、もう何年になるか。

 二人は、いつの間にかビジネスを超えて、友人となっていた。

「何かジョワで問題でもあったか? 申し訳ないが、これから、出張に行くところなんだ」

「ジョーはニューヨーク。僕は、君の見送りをしに来たんだ。空港まで送るよ」

「また、わたしの秘書を丸め込んだな」

「朔の頼まれごとだろ? 僕にも、何かさせてくれ」

「たっぷり、報酬はもらっているよ」

「ミ――カ――エル――」

「わかった。わかった。お願いするよ。ただし、時間に遅れないでくれよ。わたしの予想だと、外務大臣の寄越した車が、むこうの空港で待ってるような気がする」

「多分ね。リムジンの先には、お国の旗がついてるはずだよ。あそこの外務大臣も、朔に首ったけだったからな」

「行くと連絡してからは、矢のような催促だったよ。本当は、朔の故郷である日本からまわりたかったんだが、しぶしぶ彼のところからにしたんだ」

 パウルは気の毒そうに細身の肩をすくめた。

「彼も、まだ結婚していないのかい?」

「ああ。あれは、する気もない。あの国で結婚しないことは、かなり大変なことだと思うが、まあ、そのうちいい出会いがあるさ。それより、そろそろ出たいのだが、送ってくれるか?」

「そのために来たからな」

 パウルは笑った。



「じゃあ、回るのは、サンアディブと東京だけなんだ?」

 パウルは右にウィンカーを出しながら、意外そうに聞いた。

 ここから空港までは比較的まっすぐな道になる。

「ああ。サンアディブへ行って、それから東京。一週間もしたら帰ってくる。仕事半分だが、バカンスついでだよ」

「僕も今日からバカンスなんだ。
 ジョーはニューヨークに里帰りしているし、ルミディの別荘にでも行こうと思ったんだけど、一人じゃ、ちょっとね」

「そうか」

 ミカエルはそのことについては何も聞かず、黙って車の窓の外を眺めた。

 昔はいつも人に囲まれていなければ気が済まないような男だったが、最近は独りでいることが多いと聞く。

 知り合いは皆、バカンスでパリを離れている。ということもあるだろうが。

 道は意外とすいていたが、バカンスに入ったばかりの空港は、パリから逃げ出す人々で混雑していた。

 パウルが、車からスーツケースを降ろした。

 そのまま、ガラガラとエレベーターに向かって歩いている。

「空港まで行くのか?」

「そりゃね。見送りって言ったろ?」

 やれやれ。

 本当に暇らしい。

 搭乗手続きをしていると、チケットの予約がキャンセルされているという。

「そんなはずはない。メールにも届いていた」

 ミカエルは、発券係に詰め寄った。

「おかしいですね。確かにキャンセルになっておりまして」

「どうした?」

 珈琲を両手に持ったパウルが、寄ってきた。

「チケットが、キャンセルされているというんだ。困った。時間に遅れるわけにはいかないんだ」

「キャンセルは、昨日、承っております。キャンセルではなく、正確には変更です。プライベート空路の方でチケットをお取りしているようですね。ルブルジェ空港にお回りください」

 ミカエルとパウルは、顔を見合わせた。

 嫌な予感がした。



 再びスーツケースを車に詰め込み、パウルはおそろしく安全運転をしながら、ルブルジェ空港に向かった。

 プライベートジェットが多い空港には珍しく、大きな飛行機が止まっている。

 飛行機の胴体の真ん中に、見慣れた国の旗が描かれている。

「空港まで「車」が、迎えに来ているはずじゃないのか?」

 パウルは、飛行機に顎をむけると、「あれ。なに?」と、呆れながら言った。

「空港違いだったらしいな。エンジンと燃料が違うくらいで、まあ、鉄の箱でのお迎えであることには、変わらないさ」

 やれやれ。

 朔がらみの仕事は、いつもこうだ。

 ミカエルは、そっとため息をついた。

 空港に入ると、白いトーブを着た人々が、やたら目についた。

「カリム!」

 パウルが叫んだ。

 トーブの一群の中でも、ひときわ大きな男が一人、嬉しそうに手を上げてこちらに向かってきた。

「お会いするのは久しぶりですね」

 カリムと呼ばれた男は、流ちょうなフランス語で話しかけてきた。

「本当に。なんで君がここに? 仕事?」

「ええ。外務大臣から、お二人をバカンスに招待しろって」

「え? いや。僕、ミカエルを送ってきただけで……そもそも、パスポート持ってないけど」

「何のための外交特権です?」

 そう言って、カリムは外に止めてある飛行機を見ながら笑った。

「大臣は、ゆっくり朔との出会いを聞きたいそうですよ」

 ミカエルは天を振り仰いだ。

 やれやれ。

 本当に、先が思いやられる。
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