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幼馴染 高屋敷玄の話 再び

高屋敷玄の話 ~朔~

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 ミカエルと別れて、すぐに家に帰る気も起きず、俺は、とりあえず職場に向かった。

 医局は急変患者でも出たのか、誰もおらず、静まりかえっていた。

 よほど慌てて出て行ったのか、仮眠室のテレビが点けっぱなしになっていた。

 テレビの中には、朔がいた。

 朔が亡くなって半年経っても、よほど視聴率がとれるのか、朔の特番はよく組まれ、放送されていた。

 朔が死んでから、俺は一度も朔の番組を見なかった。

 意識的にそうしたわけではなかったけれど、なんとなく、神格化された朔を見る気になれなかったのだ。

 テレビの中の朔は、英語でスピーチをするところだった。

 白いスーツを着た朔が、壇上に上がった。

 このスピーチは、知っている。

 朔が王妃に決まる前に行った最後のスピーチだ。

 俺はテレビの前につっ立ったまま、動いている朔を見つめた。

 朔は、カメラに向かってにっこり笑いかけると、ゆっくりと英語で話し出した。

「いつも、わたしたちの活動に対するご理解とご協力を、本当にありがとうございます。
 そして、今日、この場で、皆様の前でお話しできることを、心から喜んでいます。

 わたし達の仕事を崇高な仕事とおっしゃってくださる方もおります。
 でも、わたし達は、何も特別なことはしていません。
 目の前にいる人を、今、わたしたちが、できる限りのことをしているだけです」

 俺は、自分の机の電気を点け、朔の封筒を取り出した。

 中には、手紙と小さな白い封筒が入っていた。

 小さな封筒を開けると、大事そうに、白い紙に包まれて、合格祈願のお守りがでてきた。

 あの雪の日、俺が朔に渡した白いお守りだった。

 俺は、震える手で手紙を開いた。





 玄。元気ですか?

 すごく久しぶりだね。

 おかげさまで医師になれました。

 高校受験の時、本当は一緒の高校に行けないって言えなくてごめんね。

 でも、玄も結婚の話を内緒にしていたから、おあいこかな。と思ってます。

 たくさん、このお守りに支えてもらいました。

 大学受験の時も

 医師国家試験の時も

 紛争地帯に行くときも。

 いつもいつも、支えてもらいました。

 本当にありがとう。

 でも、私も、お嫁に行くことになりました。

 宗教が違うし、やっぱりまずいじゃない?

 神様ものだし、できれば神社に納めていただきたいのです。

 しばらく日本に帰れなさそうだし、満に頼もうとしたんだけど、お礼も伝えたくて郵便にします。

 読んだら燃えるような仕掛けを知りたいけど、わからないので、読んだら捨ててね。

 奥さんとお子さんを大事にしてね。

 本当に、本当にありがとう。




           水島 朔



 テレビの中では朔のスピーチが続いていた。

「医療は、彼らのほんの一部しか癒やすことができません。

 癒やしは医療の中で完結するものではないのです。

 人間の身体は完璧な美しい織物のようです。

 肉体だけでなく愛と喜びが絡み合わなければ、破れたところは繕うことができないのです。

 ですから、どうぞ、あなたの周りにいるひとりひとりに微笑みと愛と喜びを分かちあってください。

 ひとりの子ども、ひとりの妊婦、ひとりの病に倒れた兵士、その一人一人がその愛にふれたとき、彼らは癒やされ、平和と愛と喜びにあふれた世界が広がっていくでしょう。

 ありがとう。ありがとうございます」

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