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幼馴染 高屋敷玄の話 再び
高屋敷玄の話 ~日常~
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朔は、花束を渡してくれようとした、小さな女の子をかばうようだったという。
犯人はその場ですぐ捕まった。
沿道の混乱で救急車の到着は遅れ、国王は、必死で止める警備の者を振り払いながら半狂乱で城から走って出てきたという。
一部始終はリアルタイムで報道され、俺は信じられない思いで、その映像を食い入るように見つめた。
すぐに満に電話をしたが、電話は一度も通じなかった。
満が心配だったが、俺のできることは何も無かった。
朔が倒れた城の前にある、門からまっすぐ続く道は、何キロも国民からの追悼の花束で埋もれた。
国葬にしたがる国王をとどめたのは、朔の遺言だった。
朔はこんな事が起きた時にと、もし、自分が結婚前に死亡した場合、葬儀はせず、ジョン・マークレーが所有している南フランスの墓に納骨するように。という遺言を書いていた。
これから結婚しようという花嫁が、こんなことを想定せざる得ない、朔の厳しい人生を思って、俺は哀しくなった。
国王は、朔の希望を叶え、朔が旅立つその日に空砲を撃つにとどめた。
彼は、ジョン・マークレーが待つフランスまでの特別機が離陸する間際まで、白い花に埋め尽くされた美しい棺の側から、片時も離れず、その姿は、国民の涙をさそった。
花嫁衣装を着て寝かせられた朔は、息をのむほど美しく、彼女の功績と共に世界中からその死を惜しまれた。
犯人は、朔の異常なまでの信奉者だった。
ヤツの住んでいた部屋からは、朔の古い雑誌やポスターが溢れ、足の踏み場もないくらいだったそうだ。
「彼女は、誰のものにもなってはいけない」
だから、殺したのだと。
その記事を読んだ時、ぞっとすることに、犯人の気持ちが、手に取るようにわかる自分が、そこにいた。
何度打ち消しても、その思いは、いつもどこかにくすぶっていた。
そして、今はもう彼女が誰の者にもならないという安堵感。
それを思う吐き気がするくらいの自分への嫌悪感。
だが、俺の日常は、何事もなく流れていた。
息子と娘の送り迎えをし、妻の淹れる珈琲を飲んで、笑うことすらできていた。
何で仕事ができるのかわからなかったが、いつも通り、仕事もした。
俺は、ひたすら日常をこなそうとした。
朔の弁護士と名乗る男から電話が来たのは、朔の襲撃事件から半年ほどたった日のことだった。
流暢な日本語だけど、どこか発音が変なその男は、ミカエル・ルモンドと名乗った。
「朔からあなたへお渡しする予定だったものを、お届けにあがってよろしいでしょうか? いえ、お時間はとりません。ほんの五分もあれば。ただ、日本にいるのは今週いっぱいなので、急ですが今週のどこかで、お時間をつくっていただけませんでしょうか?」
ほんとに急だな。
そうは思ったものの「朔からの」という言葉に俺の心は揺れた。
待ち合わせは、ホテルのバーだった。
夜景が綺麗に見える最上階には、えらくスタイリッシュな白髪交じりの男が座っていた。
まだ早い時間だったので、人はほとんどおらず、俺が入っていくと、男はすぐに席を立って迎えてくれた。
「高屋敷 玄さんですね。初めましてミカエル・ルモンドと申します。どうぞミカエルと呼んでください。」
「初めまして」
俺は差し出された手を握った。
「よく俺だってわかりましたね」
「朔からよくあなたの写真を見せてもらっていましたから」
ミカエル・ルモンドは、そう言って、親しみのこもった笑顔で、自分の隣の席を勧めてくれた。
犯人はその場ですぐ捕まった。
沿道の混乱で救急車の到着は遅れ、国王は、必死で止める警備の者を振り払いながら半狂乱で城から走って出てきたという。
一部始終はリアルタイムで報道され、俺は信じられない思いで、その映像を食い入るように見つめた。
すぐに満に電話をしたが、電話は一度も通じなかった。
満が心配だったが、俺のできることは何も無かった。
朔が倒れた城の前にある、門からまっすぐ続く道は、何キロも国民からの追悼の花束で埋もれた。
国葬にしたがる国王をとどめたのは、朔の遺言だった。
朔はこんな事が起きた時にと、もし、自分が結婚前に死亡した場合、葬儀はせず、ジョン・マークレーが所有している南フランスの墓に納骨するように。という遺言を書いていた。
これから結婚しようという花嫁が、こんなことを想定せざる得ない、朔の厳しい人生を思って、俺は哀しくなった。
国王は、朔の希望を叶え、朔が旅立つその日に空砲を撃つにとどめた。
彼は、ジョン・マークレーが待つフランスまでの特別機が離陸する間際まで、白い花に埋め尽くされた美しい棺の側から、片時も離れず、その姿は、国民の涙をさそった。
花嫁衣装を着て寝かせられた朔は、息をのむほど美しく、彼女の功績と共に世界中からその死を惜しまれた。
犯人は、朔の異常なまでの信奉者だった。
ヤツの住んでいた部屋からは、朔の古い雑誌やポスターが溢れ、足の踏み場もないくらいだったそうだ。
「彼女は、誰のものにもなってはいけない」
だから、殺したのだと。
その記事を読んだ時、ぞっとすることに、犯人の気持ちが、手に取るようにわかる自分が、そこにいた。
何度打ち消しても、その思いは、いつもどこかにくすぶっていた。
そして、今はもう彼女が誰の者にもならないという安堵感。
それを思う吐き気がするくらいの自分への嫌悪感。
だが、俺の日常は、何事もなく流れていた。
息子と娘の送り迎えをし、妻の淹れる珈琲を飲んで、笑うことすらできていた。
何で仕事ができるのかわからなかったが、いつも通り、仕事もした。
俺は、ひたすら日常をこなそうとした。
朔の弁護士と名乗る男から電話が来たのは、朔の襲撃事件から半年ほどたった日のことだった。
流暢な日本語だけど、どこか発音が変なその男は、ミカエル・ルモンドと名乗った。
「朔からあなたへお渡しする予定だったものを、お届けにあがってよろしいでしょうか? いえ、お時間はとりません。ほんの五分もあれば。ただ、日本にいるのは今週いっぱいなので、急ですが今週のどこかで、お時間をつくっていただけませんでしょうか?」
ほんとに急だな。
そうは思ったものの「朔からの」という言葉に俺の心は揺れた。
待ち合わせは、ホテルのバーだった。
夜景が綺麗に見える最上階には、えらくスタイリッシュな白髪交じりの男が座っていた。
まだ早い時間だったので、人はほとんどおらず、俺が入っていくと、男はすぐに席を立って迎えてくれた。
「高屋敷 玄さんですね。初めましてミカエル・ルモンドと申します。どうぞミカエルと呼んでください。」
「初めまして」
俺は差し出された手を握った。
「よく俺だってわかりましたね」
「朔からよくあなたの写真を見せてもらっていましたから」
ミカエル・ルモンドは、そう言って、親しみのこもった笑顔で、自分の隣の席を勧めてくれた。
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