王妃 ジョア～日本人水島朔が王妃と呼ばれるまでの物語 ～

幼馴染 高屋敷玄の話 再び

高屋敷玄の話 ～その後～

　俺、高屋敷　玄と美守の家庭は、順調そのものだった。

　結婚して五年後に二人目が、今度は、女の子が生まれた。

　俺は、卒業後、美守の一族が経営する病院に就職し、何かを忘れるかのように働いた。

　就職は、完全にコネだったし、娘婿みたいな俺への風当たりは強かったが、朔の努力を思えば、何だって頑張れた。

　朔は、約束通り二十歳になって医学部に入った。

　医学部でも最難関と言われる大学の一つで、俺の通っている大学ではなかったが、かなり大きなニュースになった。

　大学生になってからも、かなりセーブしていたものの、モデルの仕事は続けていたようだった。

　ただ、それも入学して一、ニ年までだった。本格的な医学部の実習が始まる頃には、最後まで続けていたジョアの専属モデルを、惜しまれながら辞めた。

　デザイナーのジョン・マークレーは、二度と専属のモデルは置かないと公言し、朔を「永遠の女神。我が娘」と呼んだ。

　パートナーのパウル・ド・メーヌとの間で、養子縁組を望んだ記事が、連日、日本を賑わしたのも、この頃だった。

　朔は、日本の医師国家試験を通った後、卒業した大学の産婦人科に就職した。

　国境なき医師団に入ったのは、それからしばらくたってからだった。

　モデル時代にも有名だった語学の才能は、さらに磨きがかけられていたらしい。

　朔は、医師団の医師として働く傍ら、広報活動も担当し、数カ国語を流暢に話しながら、積極的に世界の貧困と医療の不足について発信していた。

　アメリカの有名な雑誌で、世界に影響を与える百人にも、毎年のように選ばれていた。



　朔は、あの日から一度も俺に、連絡を寄越さなかった。

　俺は、どこかの学会で会えるかも。なんて期待したが、そもそも専門が違う俺たちに、一度もそんな機会は訪れなかった。

　モデルをやめた今も、恋の噂が、浮かんでは消え、世界中のパパラッチは、朔が行く、厳しい現場に付き添った。

　朔が国境なき医師団の、広報部員として、自分についてくるマスコミを、最大限に生かしているのは明らかだった。

　ヨーロッパの小国の国王と婚約が発表されたのは、そんな時だった。

　俺は、肩の荷が下りたような、寂しいような複雑な気持ちで、世界を駆け巡った記事を読んだ。

　朔と一緒に写真に映る国王は、厳しい歴史を持つ国を、そのまま背負ったような顔をしていた。

　真一文字に引き結んだ口が笑うのは、朔と話をしている時だけだと、現地の新聞がかき立てた。

　あの日、俺が朔に渡せなかったプレゼントは、そのまま書斎の引き出しの奥に眠っていた。

　結婚祝いとして送ろうかとも思ったが、王室に嫁ぐ女性に送るようなものではなく、次の日、生ゴミに捨てた。

　身分違いの恋。

　世紀のロイヤルウェディング

　日本のマスコミは連日、ヨーロッパから速報を出し続け、報道は過熱気味だった。

　朔の生い立ちやモデルの経緯も、全てさらけ出され、世界は、リアルシンデレラストーリーとして熱狂した。

　世界中のパパラッチが日本を目指し、一時『もりしげ』は休業にまで追い込まれた。

　どこから聞いたのか、俺や親父にまで取材の申し込みが来たが、全て断るには、相当な労力を必要とした。

　ため息のでるような純白のウェディングドレスが、ジョン・マークレーの手で作られ、お后教育に通う朔が、高級車で送迎されるのを、毎日大勢の人が見物に訪れた。






　朔が、一発の凶弾に倒れたのは、明日は結婚式という日の夕方だった。